
【note創作大賞応募】半径3m以内で完結する、私の怠惰な日常
北陸への移住そして再婚。「いい人」を辞め、車を手放し、家事の呪縛から自由になっていく。猫二匹と夫と共に小さな暮らしを始めた古本屋の日常。世間の生産性やツヤから静かに逃げ延びた先で手に入れた至福の陰翳。
プロローグ 「免罪符」
階下からは波音のように
大きくなったり 小さくなったりする話し声。
さざ波のような笑い声の合間に
まろみのある低い声が混じる。
細く揺らぐ煙と 珈琲の香り
今日も店は開いている。
古本達に囲まれて
何を話しているのだろう
そんなことを思いながら
ごろんと横になった私のお腹の上
5㎏をゆうに超えた みかん。
大あくびをしながら伸びている。
この子をどかす理由なんて この世にない。
ちょっと重いけど…幸せの重みだ。
みかんを撫でながら思う。
心臓が思うようにコントロールできない。
とても不便だと思ってきたけれど
本当は何もしたくない私にとって それは
「何もしなくて良い 免罪符を手に入れたのだ」
と 気づいてしまった。
みかんがお腹の上からおりたら
起き上がろう。
ちょっと店にも顔を出そう。
そんなことを考えながら
まだ 眠気の波間を漂っている。
冷蔵庫の中に 何が残っていたっけ。
買い物には出たくない。
それでも 美味しい夕食を
夫と共にしたいのだ。
ふんわりとした春キャベツ
そして豚肉があったはず。
これで何とかしよう。
こんな風に
週末の午後は過ぎてゆく。
だが 平日の朝が来ると
わたしは 仕事着を纏って
静かな海の底へ向かうのだ。
第一章 「工場の静寂」
何度も洗われ くったりとした軍手の上に
肘まである厚手のゴム手袋をはめる。
これが私の仕事着だ。
北陸移住をして何度か職を変わり
今は伝統工芸品の一つである錫製品の
加工最終工程に携わっている。
伝統工芸品というと 工房で職人が…
というイメージがあったが
私が勤めているのは 金属加工工場。
そこでの業務の一部に 錫製品を扱う仕事があるのだ。
工房の下請けとなる。
主にツヤ消し作業 いわゆるショットというものだ。
気分屋な心臓。
機嫌を損ねないよう 身体への負担が少ない
座り仕事を探していた。
まさか 工場で伝統工芸品の製作に携わることになるなんて。
「手仕事が好きだ」 その想いが形になったのだろうか。
機械の電源を入れ
照明を点けて手元を照らす。
スイッチを押すカチリという音。
ガラス板越しに中が覗ける。
窓がついた箱のような機械に
両の手を差し込み 私の仕事は始まる。
シャーっという ショットの動く音。
ピストル型の口先からは
砂が勢いよく飛び出してくる。
左手には てらてらと安っぽく光る錫。
砂を慎重に製品に吹き付ける。
口先を製品に近づけたり 少し離してみたり
角度を微妙に変えたりと
指先だけ忙しく動いている。
金属は硬質の印象だったが
錫はとても柔らかい。
傷がつきやすいというだけでなく
気を抜くと 加工の段階で形そのものが歪んでしまうのだ。
照明に照らされた製品を見つめ
砂を吹き付ける。
背後で聞こえる 金属がぶつかるガシャガシャという頭に響くような音と
機械がたてる大きな音。
海に潜ると 地上の音がぼんやりと聞こえるように
私の周りの喧騒が 少しずつ遠くなってゆく。
周りの空気が固定される。
砂が当たった製品は
まるで初雪が富山の町を覆うように
少しずつ 白く 淡く ぼんやりとした光りを纏う。
私は このツヤが消えていく瞬間がたまらなく好きだ。
ギラギラと自己主張していた金属が
影を受け入れ 静寂を纏う瞬間。
それはまるで
世間の『輝け』という波から
私がそっと身を隠す瞬間に似ている。
砂が一粒
箱から飛び出して 首元にあたる。
ピリッとした痛みで 息を止めていたことに気づく。
機械の発する 熱を帯びた埃っぽい空気を吸い込むと 止まっていた時間が動き出す。
地元で造られる芳醇な日本酒を
この片口に注ぐ。
使うほどに 黒ずんだ深みのある器になるのだろう。
そんなことに思いを馳せる。
艶の消えた錫は
ぞくりとするほどに艶めかしい。
金属生地の奥に
しなやかな肢体を思わせる。
夢二か蕗谷か
どちらのように この器は育つのだろう。
そんなことを想いながら
重い片口を ごとりと箱に戻す。
天井の蛍光灯が当たり
錫は鈍く光っている。
そのぼんやりとした明るさを見つめながら
これからは 揺蕩うように暮らしてみたいと
そんなことを思った。
第二章 「削ぎ落としてゆく暮らし」
1 車を手放し小さく暮らす
思いがけず
そんな決断をすることになった。
早春のこと
近所へ買い出しに行こうと
車を走らせていた。
いつもは 車では通らない道。
昔のメインストリートとはいえ
細く 気紛れに現れるカーブ。
地震の爪痕がまだ残る。
黒光りする
この地方特有の黒い屋根瓦をのせた
間口の狭い 細長い家々。
どっしりとした重たそうな瓦が
お行儀良く並んでいる。
玄関の上の屋根の端は 心持ち下がり
瓦が列を乱している。
家が解体されて 更地になった土地。
暖かい陽ざしを浴びて
やっと葉の色の濃くなりはじめた蒲公英が
白く乾いた土の上で 小さく揺れる。
蕾はまだ固く 時折吹く風の中に
冬の色を感じる。
そんな古い町並みの中
店へ車を走らせていた。
週末の穏やかな昼下がり
夫はいつも通り 古本屋を開けていた。
土曜日の午後は「買い出しの日」
そう決めている。
平日 会社勤めをしているため
疲れている勤務後に
買い出しに行きたくない。
週末のまとめ買いは必須だ。
とはいえ 正直なところまとめ買いは面倒くさい。
2人暮らしとはいえ 7日分はかなりの量だ。
プラスチックのカゴ 把手が手に食い込む痛さに目眩を感じる。
けれど
美味しいもの 特に旬の物は食べたいのだ。 この相反する欲望を両立させるために
毎週末気合いをいれて車に乗る。
この日は どうしても外に出たくなかった。
行きたくない 出たくないと
昼食後 ぐずぐずと過ごしていた。
しかし…
仕事後 疲れ切った顔で買い物をしている自分を想像すると 身震いをしてしまった。
仕方がないと ため息をついて
ようやく車に乗り込んだのだった。
一向に気分が上がらないまま
交差点を通り過ぎたとき
事故が起こった。
ぶつかられた衝撃で
扉が大きくへこんでしまったのだ。
保険会社からの連絡は
まさかの 全損判定。
古いけれど大切に乗っている車だった。
直して乗り続けるつもりでいたが
この判定を聞いて
改めて今後を考えてみた。
「生活に車が必要?」
幼い頃から 転居が多かった。
浮き草のような人生に
いつも不安を感じていた。
一つ拠点を定めて
歩いて行動できる範囲内で
生活をしてみたいという
憧れがあった。
思い切って 今 やってみようか。
でも 地方住まいだし無理だろうか。
誰もが 車なしの生活なんて出来ないと言う。
買い物はどうしよう。
通院は。
通勤は。
何かあったら。
レポート用紙に不安要素を書き出してみた。
何個も書けてしまった。
それでも
車なしの 暮らしをしてみたい
そんな声が 胸の奥から聞こえる。
耳を澄ませて 小さい声を拾い集めてみた。
不安は 私の心が感じているのではない。
世間が言う 不安だ。
買い物は 宅配を利用しよう。
通院は 近くの病院へ転院する。
通勤は バスも電車もある。
体調が良ければ歩ける距離だ。
夫が自営業のため 午後からは車がある。
自家用車不在の緊急時は
タクシーを使えば良い。
年間の車維持費を考えたら
タクシー代はたいしたことはないだろう。
よし。
心は決まった。
次は…夫の説得だ。
北陸で生まれ育ち
サラリーマン時代には 都会へ出張三昧だったという夫。
雪の降る地方都市の厳しさも
都会とは違う不便さも
車の便利さも
身に染みて分かっている人だ。
どんな反応をするだろうか。
頭ごなしに反対する人ではないけれど
今回ばかりは 何度か話し合いが必要だろう。
そう 覚悟して。
夫を前に プレゼンテーション。
私の話を ふんふんと頷きながら
ゆっくりと煙草をくゆらし聞いている。
彼から ニ、三の質問のあと
「面白そうやないか」
ふっと煙を短く吐いて ニヤリと笑った。
車なし生活での懸念は
私の体調と体力面。
負担が増えれば 発作が増える。
高感度センサー搭載の 身体なのだ。
彼の心配はそこだけだった。
話は決まった。
これから どんな暮らしになるのか。
新しい扉を 少し開けた気分だ。
心地の良い風が吹き込んでくるのを感じる。
2 家事はオプション
車のない 新しい暮らし。
久しぶりに 小さく心が踊っている。
わたしは
私の人生の主導権を握ったのだ。
伸びた前髪が風に揺れる。
足元には毛並みの整った黒猫のミミと
白と茶色のもさもさとした毛のみかん。
隣には口と顎に髭を生やした夫。
白い物が混じり落ち着いた色合いに見える。
近づくとほんのりと煙の香り。
二人と二匹。
これからを共に歩むのに
申し分ないメンバーだ。
少し浮かれすぎただろうか。
久しぶりに風邪をひいてしまった。
仕事を休み2日ほど身体を休めた。
ずいぶん楽になったな と感じたら
なんと夫にうつってしまい…
二人でだらーんとした日々を過ごしている。
とはいえ 世の中は連休に突入。
店を開けなくては
出店先の本の補充と 入れ替えも…
ということで 古本屋家業は嫁がやってみる。
夫はまだ動けず。
布団の中で 三匹仲良く
否 一人と二匹は 丸まって夢の中。
家の中は 猫の毛がふわふわと舞う。
鍋いっぱいに作り置きした味噌汁。
ご飯だけは毎日炊く。
漬物と納豆と
ちょっとやる気が出たときに 作っておいた煮物。
洗濯物??
そういえば…そろそろ洗わないと
夫のパンツが 棚から消えるかも。
慌てて洗う。
夕方 客足の途絶えた店内で
好きな本を読みながら(一応、店番をしている)
今まで 真面目に取り組んできた『家事』
ダラダラやっても…生活は回っている。
生きていけている。
何故あんなにも懸命に取り組んでいたのか 思い出せない。
子育て期間中ならまだしも
離婚をして 身軽な独り身になったときも
重く痛む頭を鎮痛剤で押さえ込みながら
家事をしていた。
私は 何が欲しかったのだろう。
幸せに生きていくのに
家事は必須ではない。
家事はオプションだ。
あぁ…そういうことか。
たったこれだけのことが
やっと分かった
そんな 昼下がり。
店の客足は途絶えたまま。
そっと二階へ上がり
一人と二匹の間に 身体を滑り込ませる。
いつもより熱く湿り気を感じる。
その身体の横で
わたしも 少しの間目を閉じた。
幸いにも風邪は数日で通り過ぎていった。
体が軽くなると同時に
遠くの方で 風に吹かれ舞い上がった砂埃が見えるような気がした。
柔らかい毛と
人の温もりに満ちた聖域を脅かし始める。
次の週末には 夫が即決してしまった
「マルシェ」への出店が控えていたのだ。
朝活をしてキラキラした女性や
素敵な笑顔のママさんが大勢集まるという
眩しすぎる場所。
「いい人」を辞めて愛想笑いを手放した。
そんな場所に生身で立てば
へなちょこな私は
世間の強いツヤにたちまち呑まれてしまうだろう。
衣装ケースの底で眠っている あの古い着物。
自分を守るための 美しい鎧。
第三章 鎧としての着物
週末は 久しぶりに会う友人とランチ。
翌日は 我が古本屋 初のマルシェ出店。
いつもの半径3メートルを大きく超えた予定。
マルシェなんて
家の店に似つかわしくないような…
どちらかといえば
朝市のほうがしっくりくる。
きっと元気な女性が大勢来るのだろう……
ちょっとだけ 腰がひける。
お誘いはありがたいけど
出店はどうしようかな~
なんて 逡巡する私のとなりで
「よし、出よう!」
即決する夫。
お隣の市のイベントに
お誘いを受けたことが うれしかったらしい。
そんなこんなで出店決定。
わたしの心は エンジンかからずのまま。
でも せっかくの出店
お誘いは 本当にうれしい。
私も楽しみたい。
たとえ場違いに感じても
どこにいても わたしは私。
自分の世界のまま そこに立てばいい。
リサイクル着物屋で一目惚れをした
古いボタニカル柄の着物を取り出す。
久しぶりの着付け。
二日連続の着物生活。
猫と怠惰を愛する。
そんな自分を隠さないと決めたけれど
まだ少し気になる 「世間の目」
そんな気弱な心を着物は優しく包んでくれる。
帰宅して お留守番していた二匹を抱っこ。
帯だけ解いて
午後の通常営業開始まで
しばしのお昼寝。
黒猫ミミが 着物の裾に頬ずりしながら
微睡んでいく。
頬の近くでは ぐぴぴ…とミカンの小さないびき。
私も掛け布団の波に身を任せ
一緒に航海に出発した。
少しだけのつもりが ぐっすりと眠ってしまったようだ。
窓の外が薄暗くなっている。
軽く帯を巻き
乱れた髪を撫でつけながら階下へ向かう。
電球でオレンジ色に照らされた店内。
「よく寝たわ」
ひと言だけ夫に告げ 夕飯の支度のために
二階へ戻った。
第四章 予定のない至福
台所と隣の間を仕切る 引き戸。
半間の戸が4枚。
古い仕様なので 上部と足元近くには
笹の葉の模様が刻まれた
硝子がはめ込まれている。
引き戸の枠の右端 上の方
無造作に ピンでカレンダーが貼ってある。
大きく書かれた日付と
その下にはたっぷり予定を書き込める余白。
昔 祖父母の部屋に貼ってあった物と似ている。
先月も 今月も
週末の余白は ほとんどない。
古本屋の出店
マルシェ
自治会の集まりや親睦会
個人的に入れた 楽しみな事
油性ペンで 鉛筆で
予定が入る度に 書き込んでいく。
歯磨きをしながら
カレンダーの前に立ち 眺める。
毎朝 何となくしている事だ。
文字で埋め尽くされている週末を見て
思わず 眉毛がきゅっと寄ってしまう。
カレンダーに予定がたくさん書かれている事が 苦手なのだ。
平日の仕事はルーティンだ。
仕方がないことだから書き込んでいない。
のんびりとした私の脳では
数週間先の予定を
覚え続けておくことは難しい。
人との約束は 忘れてはいけないと思うから
書き込んでいる。
一つ一つの用事は もちろん嫌なことではない。
嫌なことはしないと決めている。
けれど…
「カレンダーは空白が多いほど良い」
と思う。
たいした書き込みのない月を終えて
べりべりと1枚剥がし
丸めて捨てる時
あぁ 静かな良いひと月だった
と安堵する。
足元には全てを悟った老子のような みかん。
何も語らないけれど
ひと月静かな時間を共にした 同士だ。
休日の朝 アラームをかけずに自然と目覚めるまで布団の中にいる。
頭の辺り いたずら盛りのミミが
様子をうかがいに来る気配。
起きてよ~ かまってよ~
とおねだりする相手は たいてい夫。
盛大に顔を舐められ降参した彼が
ミミを抱えて 先に台所へ消える。
廊下の向こうから
コーヒーマシンの電源を入れる音。
ライターの蓋がカチンと閉まり
椅子が軋んでいる。
苦い煙と珈琲の香りが鼻をくすぐる頃に
やっと布団から抜け出す。
朝のわたしは 薄い珈琲を好む。
熱い液体を口に含みながら思案する。
まだ予定はない 今日はどうしようか
それが至福のひと時。
何も決まっていない 何にも縛られていない
そう思うと 深く息を吸える。
午後からは古本屋が開店するのだが
わたしは気が向いたら 顔を出す程度。
午前中は 夫もわたしもそれぞれが
したいように過ごす。
食事だけは共にする。
決めているわけではないが 自然とそうなった。
空白だらけのカレンダー
そんな生活リズムが
心身の健全さを保つ秘訣の人間もいるのだ。
今月は忙しすぎる。
落ち着き払ったみかんと
お転婆娘のミミに
カレンダーを見せて相談してみよう。
きっと言葉の代わりに
「お休みとって のんびりすればいい」
とでも言うかのように
大きなあくびを返してくれるだろう。
私は 生産的な人生は歩めそうにない。
ひとり苦笑いをする。
まぁ それも良いかと思う。
エピローグ 「休日の美味しい時間」
予定のない休日
昆布餅を食べてみた。
スーパーのパンコーナーの端に置かれた
和菓子たち。
大好きな「あんこ」
眺めているだけで 週末を迎えた幸せを感じる。
夫も無類のあんこ好き。
どれを買っていったら喜ぶだろうかと
商品を眺めながら あれこれ思案する。
ふんわりとした蜂蜜色の生地の どら焼き。
あんのまわりに薄く焼かれた皮をまとった けんつば。
カリカリとした皮の かりんとう饅頭。
ザ・和菓子 といった風情のお菓子たち。
その中で ひときわ控えめな佇まいの
「昆布餅」
白い餅の中に 細かく刻んだ昆布。
袋を手に取ると くったりとした柔らかい餅。
今日は買うと決めていたので
迷わず買い物カゴに入れる。
帰宅して いそいそとお茶の準備をする。
夫はまだ 下の店舗で仕事中。
後で報告するから味見しないとね と
自分にいい訳をしつつ
わたし一人の 優雅なティータイム。
さて お味の方は…
素材の甘さを感じる 柔らかい餅に
ほんのりとした塩気。
たまに昆布の歯ごたえを感じる。
文句なく美味しい。
米所の富山だ。
餅が美味しくないはずがない。
そこに県民が愛して止まない 昆布。
熱いお茶によく合う。
県外の友人達にオススメしたい。
いつか会うときは ぜひ食べてもらおう。
夜 仕事終わりの夫にそんな感想を伝えた。
ただ一つ疑問
「何故 甘い和菓子コーナーに
このお餅があるのだろう。
おにぎりと同系列だと思うんだけど。」
ハハッと
どら焼きを囓っていた夫が吹き出す。
富山県民への道のりは まだ長そうだ。
美味しいもの食べてるの?
と食いしん坊のみかんが
寝床からトコトコやって来る。
もう遅いから寝るよと 声をかける。
抱き上げるとグルグルと喉を鳴らす。
子猫の頃から変わらない 就寝前のひとこま。
今夜は暖かい。
みかんは布団の中に潜らず お腹の上で休むつもりのようだ。
もふもふとした毛並みを撫でながら
ずっしりとした重みを感じる。
隣で眠る夫の足の間には 小さなミミ。
足首に顎を乗せ 枕にしている。
身動きがとれなくなった夫は 気をつけの姿勢のまま寝息をたてている。
ミミをどけるということは考えないらしい。
明日の朝起きたら 二人で身体が痛いねぇと笑いあうのだろう。
ツヤを消した私の日常には
これ以上ない 優しい至福の陰翳が広がっている。