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My Little Star ママとむぎちゃん


    梅雨が来ると思い出す。 

    毎月てくてくと国道沿いを歩き

    あの産院に通った事。

     (むぎちゃんの事)

     むぎちゃんはジメジメした梅雨の真ん中、台風の目のようなピカピカの晴天の朝に産まれた。

    3体のお人形といった感じで、その日産まれた赤ちゃんがガラスの向こうに寝かされているのを嬉しくて何度も見に行った事を覚えている。


    退院時には四肢の動き活発にマルがついていた。元気で夢のように可愛い男の子。

    初めての新生児育児は真夏だった。

    くじらの短肌着。

    ミルクっぽい頭の匂い。

    あれは今思い返してもやっぱり夢そのもの。

    すぐそこなのに

    もう2度と戻る事はできない。

    思い出しただけで泣きそうになる。

    (ママの事)

    私が生まれたのは昭和の終わり頃。
    あと少しすればバブルが弾けて、日本が少しずついろんな意味でクールダウンしてくる頃。

    もの心ついた頃から感受性が強く、
    幼稚園の頃には
    どうして自分は生きているのか。
    明日の朝もし目が覚めなかったら
    どうなってしまうのかと、心配しながら眠りについていた事を覚えている。

    (むぎちゃんの事)

    暑さが少し和らいだ頃

    むぎちゃんと予防接種のため近所の小児科に行った。

    むぎちゃんは明日も来るようにと言われた。


    (眼振が気になるから、念の為MRIをとるために紹介状を書いてもいいですか?)

    私を不安にさせないためかサラリとそのお医者さんは言っていた。

    私も不安にならないためサラリと振る舞っていた。子供の頃からずっとそうしてきた。

    (ママの事)

    どうしてだろう?小さな頃から
    いつも心許ないような、不安なような感情を抱えていた。

    それが何かはわからないけど、じわじわ広がってゆきそうで怖かった。

    窮屈に感じる事が多かった。
    お父さんやお母さんが何かのきっかけで機嫌が悪くなると、その場にいるのがとても辛かったけど、そこしか行く所もないと知っている。

    そんな感覚。

    (むぎちゃんの事)

    薬で寝かされたむぎちゃんがMRIに吸い込まれていく様子はSF映画の宇宙船みたいだった。

    結果をみた医師が難病の可能性が高いから、大学病院を紹介させて欲しいと分厚い医学書を見ながら説明した時、横にいた夫は痙攣しながら卒倒した。

    そんな断片的な記憶は宇宙の塵みたいに今も私の頭に浮遊している。

    むぎちゃんの小脳には、あるべき体幹機能を担当している部分がなかった。

    つまり動かす司令を出す場所がないって事です。

    医師は言った。淡々と。

    子供の頃見た少女漫画や小説には、そういう時の決まり文句があった。

    (悪い夢なら覚めてほしい。)

    なぜかその事を思いだしていた。

    なぜだろう。

    (ママの事)

    思春期にさしかかる頃、無邪気な自分でいれた子供の心も置いていかないといけなくなってきた。

    モヤモヤはさらに膨らんでいた。

    なじめない場所はどんどん増えていった。

    (むぎちゃんの事)

    可愛い大事なむぎちゃんの身体に

    大きな事が起こっている。

    でも本当にそうだったのだろうか?

    診断を受けていわゆる病名と呼ばれるものをもらったけれど、むぎちゃんは昨日と変わらず元気で愛くるしい赤ちゃんだ。

    少数派って悲しい事なんだろうか?

    眠れない真夜中、お宮参り用の小さな服を仕立てながら考えた。

    普通て何だろう。

    洋裁が好きだった。悲しい事があった時いつも手を動かしていれば、没頭できたから。

    それでも、今回ばかりはぐるぐると思考の沼に沈み込み抜け出す事ができずにいた。

    こんな時、人はどうするのか知りたかった。

    同じ病名のついた子供のいる
    ママのブログを読んでみた。

    何かの記事で、いつかIPS細胞で子供の足りない所が出来たならというような願いを目にした。

    子供が病気や何らかの事情で苦しい思いをしていたらそう願う親心を痛い程感じた。

    でもその時の私は違和感を覚えた。

    それは子供の頃からずっと引っかかていたあのモヤモヤだった。

    何か大切なメッセージがきっと隠れている。

    私は何に泣いていたのだろう?

    むぎちゃんが当たり前に首が座らなかった事?

    立ったり歩いたり出来ない可能性が高い事?

    発達に重度の遅れと書いてある事?

    でもそれが本当に辛く悲惨な事であれば、
    目の前のむぎちゃんは、こんなに清々しく楽しそうに、キャラキャラはしゃいでいるはずはないのだ。

    むぎちゃんはまだ魂のまんまで、見るもの全てが美しくキラキラとしている。

    私はいつから、誰かの価値観や優劣を自分の当たり前にしてしまったのだろう。

    1番身近な存在である親がありのままの子供で完璧だと思っていなければどうなるだろう?

    五体満足であればどんなにいいか。
    もっと成績がよければ。
    もっと運動ができれば。
    もっと容姿がよければ。

    それは今まで大人になる過程でいつも私が抱えてきたモヤモヤだった。

    もっともっとと足りない何かを埋めなければならないような不安。

    小さな頃から積み重ねた違和感が正体を見せた。

    なぜいつも心もとなかったのか。辛く不安定だったのか。

    私は幼少期ありのままの自分で愛される安心に包まれていたかった。

    私は他の誰かに正解を探す事をやめた。

    むぎちゃんの嬉しいに100パーセント目を向け、一日100の楽しい言葉をかけた。

    実際むぎちゃんとずっと一緒にいられた支援学校入学までの時間は夢のように楽しかった。

    療育園で一緒に遊び、いつも2時間近くバギーでお散歩して、歌って踊ってむぎちゃんと一緒に目一杯遊んだ。そこにはいつも子供時代の私もいた。

    リハビリも沢山通ってむぎちゃんと頑張った。足りない何かを埋めるためでなく、むぎちゃんが新しい世界を見る為に。

    むぎちゃんを大切にする事は自分を大切にする事と同じだった。

    まだ魂とうっすら繋がっているむぎちゃんはとても魅力的だ。

    願った通り表情の豊かな子に成長し、周りにはいつも人が集まっている。

    7歳になったむぎちゃんはバスに乗り支援学校に通いだした。むぎちゃん自身の世界を築き始めた。

    ふいに1人になる時間が出来た。

    あんなに自分の時間を望んだはずなのに、気がつくと私はいつも反芻している。

    くじらの短肌着。

    ミルクっぽい頭の匂い。

    夢のようだった。

    大学生の頃、心もとない感情はピークを迎え、雨の中、自転車を押しながらとぼとぼと国道沿いを歩いていた。

    私は自分が泣いている事に気がつかなかった。

    信号待ちの横断歩道。ふと自分が雨に濡れていない事に気がついた。

    びっくりして顔を上げると、大きなお腹をした妊婦が自分の傘に私を入れていた。

    横断歩道の向こうに小さな産院があった。

    そう。ずっと先、私が魂の約束をしたむぎちゃんとこの世で初めて顔を合わせる場所。


    梅雨が来ると思いだす。

    国道沿いをてくてく歩いて

    あの産院に通った事を。

    妊娠がわかった日

    一体何の感情か分からなかったけど、
    涙がぽとぽとと歩道に落ちるのを見ながらその道を1人帰っていた。


    今なら分かる。

    全てがここに繋がっていたのだ。




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    物語のように余韻の残るエッセイを書いています。 つたない言葉ながら、自分なりの形で愛を表現できたらと思っています。 ハンデのある息子から光のオーラを浴びて笑顔をもらっています。 雨の日も、嵐の日も、晴れの日も。 マイペースに地球での時間を大切に生きたい主婦の日記です。🌿

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