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父の命を救ったブラック企業 |回顧

    新卒で入社した会社がブラック企業だった。

    自分で選んだ会社とはいえ、
    人生で一度しか使えない「新卒カード」を、
    クソみたいな会社に捧げてしまったのは本当に汚点である。


    ただ、今振り返るとこの会社でみた景色は面白く、何より最後に重要な伏線回収が待っていた。

    では、どうブラックだったか説明していこう。

    残業代が出ない

    ……あぁ、申し訳ない。普通だ。
    普通すぎる。まぁ聞いてくれ、

    人員に対して業務量が明らかに見合っておらず、終業時間から3時間残業がデフォルトだった。

    それでも残業代は出なかった。
    理由は「裁量労働制だから」。

    ほんとクソ。
    でも、こういう話は割とよくある。
    ムカつくけど、よくある。
    これは平凡なブラック企業あるあるだ。

    では次へ行こう。

    お揃いのペンダント

    入社してしばらくした頃、
    上層部のおじさんたちが、みんな同じペンダントをつけていることに気づいた。

    若くて何も知らなかった私は、
    「みんな仲良しなんだな〜」
    くらいに思っていた。

    のんきである。

    そんなある日、
    同期の中で最も先輩とのコネクションが強かったK田さんが言った。

    「どうやらこの会社、社長含め上層部が、とある新興宗教の信者らしい」

    『みんな仲良し♡』
    『お揃いのペンダントつ〜けよっ♡』

    …ではなかったようだ。
    とはいえ、この国には信仰の自由がある。

    小学校で習ったから知っている。
    他人の信仰に口を出す権利が、私にはない。
    ただ、どうか、動揺する権利だけは与えられたい。

    そしてある朝出社すると、自分の机の上に分厚い本が置かれていた。

    表紙には知らないおじさん。
    タイトルは超スピっている。

    その会社は、個別デスクがパーテーションで仕切られていたので、隣の同期、N田さんをのぞいてみた。

    N田さんは虚無の表情で、表紙のおじさんと見つめ合っていた。

    恋ではない。
    教祖だった。

    どうやら新入社員全員に配られているらしい。

    ちなみに10人いた同期の中で、一番最初に脱出に成功したのはN田さんである。

    …話を戻そう。

    この会社は読書を推奨していて、推薦図書を読んで感想文を書く文化があった。

    この、教祖の本も推薦図書だそうだ。
    感想はどう頑張っても書けそうになかった。


    そして極めつけだ。

    地獄ツアーへの強制参加

    その日は定時で切り上げ、宗教の集会へ参加するよう、と業務命令が降りてきた。

    残業代は出さないくせに、立派な観光バスが用意されていた。優先順位がおかしい。やっぱりクソだ。

    会場には大量の信者らしき人々。
    大規模ホールが埋め尽くされている。

    アウェイだ。
    アウェイすぎる。

    ド派手な映像。
    大音量の音楽。
    時折飛び出す謎のフレーズ。

    信仰心のない私からすると、もはやネタである。

    クライマックスを迎えたステージでは、
    なんだか絶妙にダサい音楽とそれに合わせて踊る人々。

    これ以上のアウェイがどこにあるというのだろうか。

    隣の座席の同期、N村くん(イケメン)に、
    「なんか、ヤバいね」と私はヘラヘラと小声で言った。

    N村くんは、
    「そうだね」と言った。

    ただ私はN村くんの「そうだね」に温度がないことを、すぐに気がついた。
    横を見ると、N村くんは笑っていなかった。

    怒っていた。
    あとN村くん、鼻たかッ。横顔かっこよ。

    その後、N村くんもすぐに退職した。

    そこから同期はどんどん辞めていった。
    辞めた分だけ仕事量は増える。

    残った人に負担が集中する。
    耐えられなくなった人がまた辞める。

    ブラック企業あるあるの負のループである。
    こうなってくると、勝負はひとつ。

    いかに早く逃げ切るか。
    私は入社から10か月後の11月、無事退職した。 

    そして伏線回収へ

    退職までの期間は本当に辛かった。
    毎朝泣きながら会社へ行き、泣きながら帰ってきていた。

    私の父は感情移入しやすい人だ。
    娘がそんな状態なのを見て、相当心配していたらしい。

    私には伏せていたが、そのストレスから胃潰瘍になり、近所のクリニックを受診した。

    そこで医師から言われた。
    「少し気になる所見があります。大きな病院で検査を受けてください」

    紹介状を持って総合病院へ行った父は、精密検査を受けた。そして判明した。

    癌だった。

    しかも、その癌は初期症状が出にくく、早期発見が難しいタイプだったという。
    その後、父は手術を受けた。

    幸いにも早期発見だったため、無事に治療は成功。
    15年以上経った今も元気に暮らしている。

    そうだ。
    父の癌を見つけたきっかけは、私だったのだ。

    ブラック企業で私が病む。
    娘を心配した父が胃潰瘍になる。
    受診したことで、発見しづらい癌が見つかる。

    鮮やかな伏線回収である。

    あの頃、本当に辛かった。
    でも今振り返ると、あの出来事には意味があったのかもしれない。

    ブラック企業にも、そこで働いた意味はあった。

    もしかしたら、あの訳のわからない宗教にも何か恩恵があったのかもしれない。

    ……いや、それはないな。
    うん、それは絶対にない。


     
     
    39歳二児の母 |見慣れた日常をちょっとおもしろく

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