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22歳で玄800䞇円の借金を背負ったナキモトが27歳で完枈するたでの話

    これは、小説家を倢芋おいるナキモトが、ただ物曞きになる前の話である。

    チュヌトリアル。22歳のナキモト。借金は800䞇

    22歳、冬。
    ナキモトは倧孊の講矩宀で、倩の声倧孊職員の説明に耳を傟けおいた。

    「ナキモト、いよいよ奚孊金ずいう名の借金の返枈が始たる」
    しぶしぶ頷いたナキモトに、声はただ続いおいた。
    「しお、その総額は分かっおいるな」
    ナキモトは手元の玙を芋぀めた。そこには、目を逞らしたくなる珟実が蚘されおいる。

    日本孊生支揎機構奚孊金
    䞀皮無利子を月々64,000円×12か月×4幎3,072,000円
    二皮有利子を月々100,000円×12か月×4幎4,800,000円
    蚈7,872,000円。

    月々の返枈額は、合わせお玄37,000円。
    これを䞀皮は18幎、二皮は20幎かけお返しおいくのだ。

    「ゲッ」
    数字を突き぀けられたナキモトは呻いた。だが声は続く。

    「ちなみに、高校時代借りおいた奚孊金は䜿甚しなかったから、䞀括で返枈しおおくこず。分かったな」
    ※ナキモトの時代は、高校はただ無償化ではなかった。授業料を払っお通うずころだったのだ。

    「ちなみに最初の町勀め先は、予備校である。超絶ブラックだけど、ナキモトの胜力じゃあ、ここが粟䞀杯だし、今、䞍景気だから。正瀟員の道があっただけ感謝しなよ。じゃっ」

    そう。
    ナキモトは、教員採甚詊隓に倱敗し、民間䌁業ぞの就職も䞭々決たらないダメ孊生だったのだ。
    単䜍だけは、253単䜍も取っおいるクセに。
    二回卒業出来るほど講矩を受けおも、就職にはおんで圹に立たない。

    それでもナキモトはどうしおも倧孊に行きたかった。
    母子家庭だし、お金がないのはわかっおいた。
    それでも、愛媛に䜏んでいたナキモトは、どうしおも四囜を出お本州に出陣したかったのだ。
    呚りからは散々蚀われたし、物心぀く前に別れた父芪が亡くなっおいれば絊付型の奚孊金がもらえるのに、ず思わなくもなかったが、ナキモトは借金を背負っお進孊するこずにした。

    倧孊進孊には埌悔はない。
    ナキモトの奚孊金の䞀郚を効の倧孊の孊費に䜿われたり、芪の車の買替費甚にされたり、倧孊の絊付型の奚孊金を申請を华䞋されたりもしたが、無事、倧孊を卒業する芋蟌みは立っおいた。

    芋蟌みがなかったのは、就職先。それだけである。

    ナキモトが就掻をしおいたのは、リヌマンショックの圱響で、景気がガクッず萜ち蟌んでいた時期であった。
    ぀いおいない。
    圧迫面接も受けたし、女はいらない、ず面ず向かっお蚀われる時代。
    呚りも就職浪人する同回生がチラホラいた。
    それでもなんずか卒業前に埡瞁があり、正瀟員で拟っおもらった䌚瀟に就職を決めた。
    そうしおナキモトは、倧孊進孊ず同時に背負った借金ず共に、瀟䌚人ぞの䞀歩を螏み出したのであった。

    ミッション1 ブラック䌁業にしがみ぀け

    さお、借金を背負ったナキモトが、最初に就職したのは予備校である。

    さっきも述べたがナキモトは、教員採甚詊隓に萜ちた人間である。
    ナキモトはアホだった。
    文孊郚に進孊しおおきながら、取った免蚱は䞭孊瀟䌚ず高校地理歎史。
    教員免蚱のこずを倚少知っおいる方はお分かりだろうが、瀟䌚科の免蚱は文系孊郚ならどこでも取埗出来る免蚱である。
    ずいうこずは競争盞手が倚いのだ。

    時は䞍景気。公務員である教員志望は倚かった。
    日本史専攻だから臎し方ないずはいえ、この時、囜語の免蚱を取っおいたらたた人生は倉わっおいたはずだ。
    䜕故なら囜語の方が、取れる孊郚が限られおおりら取埗者数が少ないのだ。
    ずはいえ、埌の祭りである。

    それでも教育業界にしがみ぀いたナキモトの劎働条件は、曞類䞊は以䞋の通りであった。

    ・12:30〜22:30䌑憩2時間
    ・絊䞎20侇
    ・䌑日月8日シフト制

    もちろん、こんなのは嘘だ。ある過酷な日のナキモトの䞀日はこんな感じであった。

    05:30 起床、着替えお家を出る。
    07:00 校門前で生埒募集のビラ配り
    08:30 終了、朝食を食べ、出勀
    09:00 校舎掃陀、授業研究※
    12:00 䞊叞出勀、ナキモト、タむムカヌドを抌す
    15:00 生埒登校、生埒察応しながら合間に高校き行っおビラ配り
    19:00 生埒察応
    22:30 生埒垰宅、ナキモトタむムカヌドを抌す、䌚議
    01:00 垰宅、日報
    03:00 就寝

    ちなみに予備校ずいえども、ナキモトは授業をしない。䞊叞も含めお教えない。
    講矩はすべお、オンラむン授業である。
    ナキモトの仕事は、生埒を入塟させるのず、適切な授業を取らしお志望校に合栌させるこずであった。
    そのため、講垫でもないのに授業研究が必芁だったのである。

    入瀟しお3ヶ月で10キロのダむ゚ットに成功したナキモトが、粟神を病たなかったのは奇跡ず蚀えるだろう。
    いや、元々おかしいから病んでいるのず同矩か。
    たぁ、それはさおおき。
    ナキモトは圓然のように蟞めるこずを考えた。
    だが、奚孊金を抱えおいる身。
    おいそれず蟞められないし、実家はあれど頌れない。
    バむトで食い぀なぐずいえども、倧阪ですら最䜎賃金が800円代である。
    家賃ず奚孊金の固定費で10䞇はかかっおいるナキモトにずっお、フリヌタヌになるのは珟実的な遞択肢ではない。

    そしお、新卒䞀瀟目だった。呚りの皆も同じず思い蟌んでいた。今のようにSNSで晒す時代でもただなかったから、比范が出来なかったのだ。
    ナキモトは、自分の眮かれおいる状況が圓たり前ず思い蟌んでいた。
    䌑みの日でもビラ配りは行い、もし断れば「生埒のこず考えない、自己䞭だ」ず泚意される。
    ナキモトは考えるこずを攟棄しお、忠実なコマずなり働くのであった。

    むベント発生 転職を決意せよ


    その頃、ナキモトは最初に配属の校舎時代の先茩瀟員䞀人ず共に、新芏校舎に異動しおいた。
    プラむベヌトを犠牲にした仕事の匷芁は、最初の校舎で䞊叞から培底的に躟けられおいる。
    それを間近に芋おいた先茩瀟員も、同じように仕事をナキモトに抌し付けおいるのが日垞だった。
    思考停止䞭のナキモトもたた、圓たり前のように受け入れおいた。

    そんな日々を過ごしおいたナキモトの意識を倉える事件が起きたのは、2幎目の冬。
    きっかけは、日課のビラ配りに行かされたから。
    その日、雪が降っおいた。
    そしお、ナキモトは䜓調䞍良だった。
    先茩瀟員はビラ配りに行かない。ナキモトが行くしかない。
    雪の䞭、生埒が䞋校する䞀時間くらいの間、ビラを配り続けるなんお、耐えられるずは思えなかった。

    ナキモトは珍しく先茩に意芋した。䜓調が悪いから今日は勘匁しおくれ、ず懇願したのだ。
    それでも、先茩はナキモトに「行け」ず呜じた。
    そしお、お埗意の「生埒のこず、䜕も考えおいないんやな」ず付け加えた。

    その日、家に垰ったナキモトは熱を出し、翌日むンフル゚ンザず蚺断された。
    5日間、䌑んだ。この䌚瀟に入っお、初めおの長期䌑暇だった。

    目が芚めた。少し前に流行った蚀葉颚に蚀うなら、蛙化珟象ずいうのだろうか。
    時を同じくしお、同期からも蟞めたり、蟞めたいず蚀う話が出おきおいた。
    ようやく搟取されおいるこずに気づいたナキモトは、転職の決意をしたのだった。

    ミッション2 転職掻動を成功させよ

    決めるず行動が早いナキモト。早速転職サむトに登録をした。
    ずはいえ、新卒の転職でミスっおいるナキモトは、迷わず゚ヌゞェントを䜿うこずにした。

    登録しおすぐにいく぀か゚ヌゞェントの担圓ず面談をした。
    最初に蚀ったのは、「教育業界は嫌だ」ずいうこずである。
    倧孊時代から倢芋おいた教育業界ぞの情熱は、䞊叞ず先茩瀟員の手によっおボキボキに折られ、欠片もナキモトには残っおいなかったのだ。

    じゃあ、䜕をする、ず問われたナキモトは迷わず蚀った。
    「高い物を売る営業職に就きたい」
    ず。 

    具䜓的には、車、家、保険である。

    圓時のナキモトは、生埒を入塟させられない人間売れない営業、お荷物瀟員ず芋られおいた。
    それが、ナキモトは悔しかった。
    䜕故なら新芏校舎である。ただ軌道にも乗っおいなかった。
    来塟する生埒も既にどこかに通っおいるような、冷やかしも倚かった。
    入塟する情熱がある生埒は皆、先茩瀟員が持っおいく。
    勀務時間倖も含めお毎日必死にビラ配り、ポスティングをしおもナキモトに充おがわれるのは、入塟する気がない生埒なのだ。

    それも実力ず蚀えばそうなのだが、ただ若かったナキモトは反骚心旺盛であった。
    野球でいえばバッタヌボックスに立たせおもらっおいないのに、営業ずしお萜第を抌されおいた事に䞍満が募っおいた。
    だから、本圓に営業ずしお向いおいないのか、詊しおみたかったのだ。

    アホの極みである。圓時のナキモトに送る蚀葉があるなら、䞀蚀。
    「やめずけ」
    だが、圓時24歳のナキモト。䞖間知らずであった。
    そしおナキモトは、効に「男だ」ず断蚀されるほど、気が匷い。
    負けっぱなしは性に合わない。
    ずいうこずで、ナキモトは異業皮で営業をする道を遞んだ。

    めがしい䌁業に曞類を出しお、面接をしお。
    新卒の時の苊劎が嘘かのように、あっさりず就職先が決たった。
    そしお、ナキモトは転職したのだった。

    ミッション3 営業ずしお己の限界に挑戊しおみろ

    10月。ナキモトは、東京にいた。
    転職したのは、東京の䞍動産䌚瀟である。
    いや、正確にいうず東京に本瀟があり、倧阪に支瀟がある䌚瀟であった。
    圓時、倧阪に䜏んでいたナキモトは圓然のように倧阪支瀟配属予定で、本瀟の面接を受けた。
    盎埌、支瀟での配属予定の郚眲が無くなるこずが決定した。
    既に採甚通知が出おいたナキモトは、東京の郚眲なら採甚可胜、ず蚀われ、ノコノコず䞊京しおきたのだ。

    結果的に、この遞択肢は正解であった。
    ナキモトは、西で暮らしおいた人間だ。
    東京など、足を螏み入れたこずはない。
    だっお、ディズニヌランドすら行ったこずがなかったのだから。
    正確には、東京ディズニヌランドには、である。倧孊の卒業旅行で、ナキモトはパリのディズニヌに行っおいた

    もちろん、地理は党くわからない。電車の路線もわからない。
    支絊されおいる携垯で乗換案内アプリを駆䜿しお、満員電車に耐える毎日だった。
    だが、必死にやればやるほど、面癜いように結果が぀いおきたのだ。

    予備校の時よりも、ある意味、条件は厳しかったのに。

    ナキモトの仕事は、䞍動産の䞭でも買取再販ず蚀われる職皮だった。
    具䜓的にいうず、䞭叀のマンションの䞀宀を買い取り、リノベヌションずいう付加䟡倀を斜しお、再販するずいう業務であった。
    曎に、転職゚ヌゞェントの担圓より
    「詊甚期間が3か月あるが、そこでクビになった人間はいない。3か月過ぎるず正瀟員になれる」
    ず蚀っおいたが、党くの嘘であった。

    3か月以内に、リノベヌションできるマンションを䞀宀、買取しないずクビだ。
    その情報を埗るのは、䞍動産の仲介業者を通じおである。

    地の利も人脈もないナキモトだったが、逆に燃えた。
    RPGのゲヌムをプレむをしおいるように、毎日知らない駅で降り、その蟺にある䞍動産業者に飛び蟌むず、挚拶がおら情報を集める。
    倧阪で働いおいた時には愛媛の蚛りが抜けず、マむナス評䟡だった蚀葉が、東京に来たらプラスに働いた。
    ぀たり、「若い倧阪から来た女が、必死に飛び蟌み営業しおいる」ず、評䟡されたのだ。

    運もあった。入った䞍動産䌚瀟は、出入りが激しい䌚瀟だった。
    どれくらい激しいかずいうず、䞀週間持おばいい方。3か月で䞭堅。䞀幎もいれば、ベテランずいうように。
    そんな䌚瀟だ。仲介の人もどんな䌚瀟か知っおいた。
    そんな䌚瀟で必死に頑匵っおいる、倧阪蚛り本圓は違うがの女は、珍しかったのだろう。
    憐れみもあり、情報はくれなくおも挚拶くらいはさせおくれた。
    それが、ナキモトには嬉しかった。

    アホでも動けば、結果が぀いおくる。

    ナキモトが入瀟しお3か月目。
    䜕ずか1件、仕入ができたナキモトは、クビの皮䞀枚぀ながった。
    ここから、ナキモトは奚孊金を返枈しながらも、東京生掻を謳歌する日々を送っおいくのだった。

    ミッション完了 奚孊金を完枈せよ

    25歳のナキモトが䞊京しお、早くも2幎が経っおいた。
    䌚瀟は盞倉わらず、どんどん人が蟞め、どんどん新しい人が入っおきた。
    2幎過ぎたナキモトはもう、立掟なベテラン瀟員である。

    最初の頃に名刺を亀換した仲介業者からも「䞀幎も圚籍しおいるなら」ず、案件が回っおくるようになった。
    䞊が抜けたから、ず支店長を任されたり、組織線成で圹職が倉わったりしながら過ごしおいたナキモトは、そこそこ皌いでいた。
    ちょうど仕事が楜しかった時期である。

    契玄で垰宅が22時を過ぎようずも。
    同僚ず倜通し、飲み屋ずカラオケに行ったりするのも。
    友達ずディズニヌランドに行っおいる時に、電話がかかっおきおも。
    東京でできた友人ず遊ぶのも、すべお楜しかった。

    奚孊金の支払いも、月額15,000円くらいになっおいた。
    二皮有利子を操䞊返枈しおいたからだ。

    東京に出お䞀幎皋。
    予備校時代も、幎に䞀床、安月絊にも関わらず、100䞇円くらいは繰䞊返枈をしおいたナキモトである。
    ブランド品に興味がなく、家も3点ナニット。TVもない郚屋で暮らしおいたナキモトが金を䜿うのは、本ず酒、仕事で履き朰す靎くらいである。

    貧乏暮らしに慣れおいるナキモトだが、䞍動産営業の時代は、裕犏だった。
    営業の醍醐味であるむンセンティブが貰える皋、売䞊を䞊げおいたからだ。
    䌚瀟は成果を出せない時はボロク゜に蚀うが、数字を䞊げればキチンず報酬をくれた。
    しょっちゅう改悪されおいたが、ナキモトには有り䜙るくらいの金であった。

    特別なこずは䜕もしおいない。
    仲介業者に飛び蟌み営業をしお、テレアポしお、情報を集め。
    買取しお、リノベヌションしお、付加䟡倀を぀けお販売する。

    だが、どんどん目利きする物件がよくなった。蟞めおいく人のおこがれももらった。
    時期もよかった。
    今のように億ションではなく、䞭叀物件ならただ手が届く範囲の金額で売っおいた。
    圓たり前のように、やるべきこずをやっおいたら結果が぀いおきた。
    あれだけ予備校時代は腐っおいたナキモトだったが、䞊京したこずで運気が倉わったのだ。

    ずはいえ、パワハラ、セクハラは圓たり前にあった䌚瀟ではあった。
    灰皿こそ飛んでは来なかったが、曞類は投げ぀けられるし、机はバンバン叩かれる。
    䞋ネタを蚀われるのも、日垞茶飯時だ。

    けれど、ナキモトは平気だった。朝瀌ず終瀌が終われば、倖回りに行けるのだ。それも䞀人で。
    耐えるこずには慣れおいたし、成果を䞊げればお金が入っおくる。

    怒鳎られおも䞍動産未経隓で、ただ宅建の資栌すら持っおいないナキモトには、プラむドもぞったくれもない。
    そりゃあ最䜎限の資栌も持っおいないなら、足で皌ぐしかないよなぁ、ず思うのみである。
    パワハラもセクハラ発蚀も、右から巊ぞず聞き流すくらいのスキルは身に぀いおいた。

    倧事なのは、金である。

    残業代は぀かないがちゃんず定時があっお、垰れず促しおくれ、電話察応はあるが䌑みはキチンず䌑んでも怒られない。

    それにナキモトを安心させたのは、倚くの人の目があるこずだ。
    前の䌚瀟では、基本先茩瀟員ずナキモト、二人であふ。
    垞日頃、ナキモトを「出来ない、䜿えない、ダメ人間」ず叱責しおいた先茩瀟員は、ナキモトが転職を決めた時期に異動になり、ナキモトの同期の䞋で働いた末、退職しおいた。
    ぀たり、先茩瀟員もたた、䌚瀟から芋たら「出来ない瀟員」だったのだ。

    だから今床は、倚くの人がある環境で働きたかったのだ。
    䞀人がダメずいっおも、他の人には違う颚に映るこずもあるのだから。

    その刀断は、最善の刀断だった。䜕故なら入った圓初は、ただ䌚瀟に叀き良きクセ匷の営業マンが沢山いたのだ。
    それこそ、色んなタむプの営業がいた。女性の営業も。
    ナキモトは、真䌌た。パクった。どんな人でも、むダミ混じりに挏らす蚀葉を聞き逃さず、電話応察に聞き耳を立おた。

    䞀緒だったのは、1幎皋。盎接、教えられはしなかったし、むンセンティブが䞋がったこずで、皆、退職したり独立しおいった。
    しかし、僅かな間でもあのギスギスした空気を、䜕が䜕でも数字を䞊げるスキルを間近で芋れたこずは、ラッキヌであった。

    ナンバヌワン営業にはなれなくおも、コンスタントに数字を、たたに跳ねるくらいの実瞟は出せるようになっおいた。
    曎に぀いおいたのは、グルヌプ䌚瀟ず合䜵したこずである。
    投資甚物件を扱っおいたグルヌプ䌚瀟には、䞭囜籍の営業がいた。
    異囜の蚀語を習埗し、キチンず数字を出すそのバむタリティは、芋習うべきものであった。

    泥臭く営業するのは、タむパ・コスパを考えるず、今の時代にそぐわないだろう。
    だが、ナキモトが所属しおいた䌚瀟では口癖のように「泥臭営業」ず蚀われおいたし、実際やっおみるず数字が出るのは、䞊京しお右も巊もわからない状態だったナキモトには身に沁みおいた。

    そんなこんなで、時には䜙裕で、時には苊しみながら䜕ずかクビにならない数字を叩き出し、むンセンティブを貰っおいたナキモトは、ずうずうその日を迎えた。

    残っおいた䞀皮無利子を党額返枈出来る貯金が出来たのだ。

    震える手で繰䞊返枈の電話を架けたナキモトは、最埌に尋ねた。
    「これですべお完枈でしょうか」
    「はい、完枈です。  本圓にお疲れさたでした」

    その䞀蚀を聞いたナキモトは涙した。
    20幎はかかる奚孊金の返枈を、たった5幎で終わらせたのだ。
    これでナキモトは、高校時代から背負っおいた借金生掻を終え、ようやくキレむな身になるこずが出来た。

    そしお、決意を新たにしたのだ。
    「よヌし。今床は、䜙った金で遊ぶぞヌ」


    しかし、䜓は正盎であった。
    前職よりもマシ、ずは蚀え、売れない営業マンは人暩がない䞖界で働いおいたナキモトには、知らず知らず無理が蓄積しおいった。
    そしお、ずうずう免疫疟患である甲状腺の病気・バセドり病を発病したナキモトが営業を続けられなくなったのは、それから玄1幎埌の話である。

    これが、金のために健康を顧みず働いた、ナキモトの末路であった。

    皆さん、健康を害しおたで、働いたらダメだぞ
    アホなナキモトのように、ならないように。

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