
【脚本】 汚れた花
あらすじ
その東京には二種類の人間がいた。
地上で暮らす人間と、川の中で暮らす人間。
地上に上がることが許されない『神田川強制収容河川』で生まれ育った少年ジュンとイクオ、そして少女アスカは、ある日、川に捨てられていたCDを拾って音楽に触れる。情報統制された灰色の世界が、鮮やかなカラーの世界に塗り変えられた感覚だった。
ロックスターを夢見るジュン。
好きなだけ本が読みたいイクオ。
お花畑で仰向けで眠りたいアスカ。
三人は希望の無い生活に耐えながら地上への憧れを強くする。三人を牛耳る男・ハイエナを、勢い余って殺してしまったジュンとイクオは、アスカの手をとって、最大のタブーである地上に這い上がる!
しかし地上には、更に非情な運命が待ち構えていた……。
愛しき少年少女の、過酷な青春と恋を描く人生讃歌。
登場人物
【川の人間】
ジュン(18) ロックに憧れるロマンチスト
イクオ(19) ジュンの親友でクールなリアリスト
アスカ(17) 薄幸の美少女
ハイエナ(36) 川の中の権力者
【地上の人間】
ライオン(35) テロ集団『獣の牙』リーダー
リスザル(40) テロ集団『獣の牙』副リーダー
紅・ホン(56) 中華料理店を営む中国人
偉・ウェイ(30) 紅の息子
瀬川明美(35) 強制収容河川の解放を求める人権弁護士
小山内真一(29) 明美の助手
黛明日花(17) ギター弾き語りの練習をする少女
第1章 前略、 神田川強制収容河川より
〇1 神田川の中(夜)
絶望に震えるアスカ(17)の表情アップ。
取り上げた聖書を読み上げている警官A。
警官A「互いに愛し合うことのほかは、誰に対しても借りがあってはなりません。人を愛する者は律法を全うしているのです。『姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな』、そのほかどんな掟があっても『隣人を自分のように愛しなさい』という言葉に要約されます」
水底が露出している浅瀬で、暴行を受けて血まみれのアスカの父親と母親が警官達の前に跪かされている。
傍らで、2人の幼い妹を抱きしめているアスカ。
警官A「お前らは、政府が与えたもの以外の、地上の出版物の所持と鑑賞は禁じられている。しかもこれは聖書だ。重罪だな」
父親「俺達も人間だ。俺達はたまたま川で生まれて、あんた達はたまたま地上で生まれた。ただそれだけのことだ」
警官B「お前、危険思想だな」
父親「しかも同じ日本人だ。目の色も、髪の色も、肌の色も、同じ……」
警官A、拳銃を抜き父親の頭を撃ち抜く。
アスカ「……!」
崩れ落ちる父親。
絶句する家族一同。
警官A、母親の頭に銃口を突きつける。
泣き叫ぶ妹達。
アスカに振り向く母親。
祈るような目で哀しく微笑んで、アスカに何かを話しかけたその瞬間、撃ち抜かれる。
アスカ「……!」
その表情のまま崩れ落ちる母親。
〇2 ビルの屋上
その光景をビデオ撮影している瀬川明美(35)と助手の小山内真一(29)。
小山内「やりやがった……」
明美「……」
〇3 神田川の中
アスカに歩み寄り拳銃を向ける警官A。
警官A「カエルの子はカエルだよな」
泣き叫ぶ妹達を抱きしめるアスカ。
祈るような、諦めたような眼差し。
かかってきた携帯電話に出る警官C。
警官C「……! おい、止めろ!」
警官A「あ?」
警官C「人権保護団体の奴らが見てるらしい」
警官A「ちっ」
父親と母親の手首に刻印された認識番号(バーコード)を端末で読み取り死亡処理する警官達。
画面「認識番号」、「消去」、「OK」の表示。
震える妹達を抱きしめるアスカ。
〇4 ビルの屋上
携帯電話で仲間と話している明美。
明美「……ええ。分かったわ」
電話を切り周囲を見回しながら、
明美「行くわよ。公安に気づかれたらしいわ」
小山内「くそ……」
小山内、カメラを止めてSDカードをダミーと差し替えてポケットへ。
急いで撤収しようとすると公安の男数人が現れる。
明美「!」
公安A「やっぱり瀬川さんでしたか。国際人権NGO日本代表弁護士、瀬川明美さん」
明美「……」
公安B「何を撮ったか見せて下さい」
小山内「(カメラ渡して)まだ何も撮ってませんよ」
公安A「ポケットに入れたSDカードも」
小山内「!」
明美「……」
別のビルの屋上から公安が明美を監視していた。
〇5 神田川の中
両親の死体を運んで行く川の人々。
アスカ達を慰める老人。
老人「アスカ、あとで来なさい。先のことを考えないとな」
アスカ「(無言で頷く)」
去っていく老人。
アスカ、両親を殺した弾丸の薬莢を拾う。
妹達の手にそれぞれ1個ずつ握りしめさせる。
アスカ「はっきりしたわ。この世界に神様なんていない。でも、こんな世界でも、お父さんとお母さんは私たちを愛してくれたんだよ。それだけは、これから先、何があっても忘れちゃだめだよ」
ただただ黙って聞く妹達。
2人を強く抱くアスカ。
〇6 都内
賑やかな夜の街を走る明美の車。
小山内「(運転して)くそ……決定的な映像だったのに」
アンニュイな表情で窓外を眺める明美。
窓ガラスに映るネオン。
平和を享受する若者たちの姿。
明美「……」
× × ×
明美のモノローグに乗せてイメージ映像。
明美M「50年以上前の高度経済成長期、政府は健全な日本社会を作るために、思想、宗教、人種、階級、犯罪歴等、国家権力にとって都合の悪い人間を社会から隔離した。大量の対象者を隔離するため、全国にある幾つかの川を強制収容所とした。関東だと『神田川強制収容河川』、関西だと『淀川強制収容河川』などだ。川の中の社会は、政府の管理で体系化していった。彼らは地下で不当な低賃金で労働を強制され、地上の経済を支えていた。彼らに自由と人権は与えられず、地上の人間から差別されている。そんな世界で二世三世が生まれ育っている。若い彼らは地上の世界を知らない。希望の無い世界の中で、地上への憧れを胸に秘めて、肩を寄せ合って、それでもたくましく生きている」
高度経済成長期の日本の様子。
当局によって川の中に移送される人々。
浅瀬や高水敷に建てられたスラムのような居住区。
地下の工場で単純労働をする川の人々の生活。
彼らを厳しく監視・管理する当局。
地上から蔑む目で川の人々の生活を見下ろす市民。
それでも歯を食いしばって家族と生きる川の人々。
子供達、若者達のカメラ目線ポートレイト。
汚れた服と顔、それでも瞳の奥に光が宿っている。
タイトル 『汚れた花』
〇7 神田川の中(日替わり・夜)
夜空に白い月。
剥き出しの岩場が道になって続く浅瀬の真ん中で、アスカがガラクタに腰掛けて月を眺めている。
アスカ「……」
ジュン(18)とイクオ(19)が歩いてくる。
アスカの姿を見て立ち止まる。
月明かりに照らされて可憐なアスカの横顔。
思わず見惚れるジュン。
ジュンM「ドブ川に、一輪の花が咲いたようだった。白い月明かりに照らされた彼女は、灰色のこの世界で、孤高の光を放っていた」
イクオ「……」
ジュンを小突いて促すイクオ。
ジュン「(歩み寄り)あ……。あの、君、アスカ?」
アスカ「(振り向く)……」
ちょっと考えて、
アスカ「イクオに……ジュン?(逆に指差して)」
ジュン「ブー。俺がジュンでこっちがイクオ」
アスカ「……だと思った」
ジュン「はは……」
イクオ「ハイエナに言われて、迎えに来たよ」
アスカ「うん」
× × ×
川の中を歩く3人。
ジュン「ハイエナと暮らすの?」
アスカ「うん……」
ジュン「……」
アスカ「妹達を守ってもらうの。安全な所で預かってもらえるって。その引き換え……」
イクオ「……」
アスカ「2人は彼の子分とか?」
ジュン「そんなんじゃねーよ」
イクオ「使われてやってんのさ」
アスカ「ふ〜ん。……あ!」
一輪の黄色い花が咲いている。
立ち止まるアスカ。
ジュン「どうしたの?」
アスカ「(花を見つめて)……」
しばらく見つめてから花を摘む。
アスカ「汚れる前に……奇麗なうちに……」
覚悟を決めたアスカの表情。
花を髪に飾る。
ジュン・イクオ「……」
× × ×
歩く3人。
地上、橋の上で数人の若者が楽しく話している。
3人に気づいて会話が途切れる。
若者達を見上げる3人。
蔑むような目で見下ろす若者達。
ヒソヒソと去って行く。
ジュン「……」
イクオ「行こう(促して)」
若者達の去った方から、バカにしたような笑い声が聞こえる。
ジュン「(ムカッ)」
石を拾って投げるジュン。
イクオ「ジュン!」
監視カメラが見ている。
何度も石を投げるジュン。
アスカ「……」
イクオ「ジュン! よせ! 何やってんだよ!」
地上、警官が駆けつける。
イクオ「行くぞ!」
地下水道に逃げ込む3人。
〇8 地下水道
暗い気持ちで歩く3人。
ジュン「あいつら、たまたま地上に生まれただけのクセに……」
イクオ「(呪文のように呟く)どうせ世界は終る、どうせ世界は終る、どうせ世界は終る、どうせ世界は終る……」
アスカ「何それ?」
イクオ「悔しい時とか、やりきれない時に唱えるおまじない」
アスカ「……」
3人「どうせ世界は終る、どうせ世界は終る、どうせ世界は終る、どうせ世界は終る……」
〇9 ハイエナの家
水上の大きな小屋にたどり着く3人。
にやついて小屋の前に立っているハイエナ。
ハイエナ「アスカ。待ってたゼ。入んな。今日からここがお前の家だ」
アスカ「……(頷く)」
ハイエナ、アスカの髪の黄色い花を摘んで捨てる。
ハイエナ「貧乏臭い真似はしなくていい」
アスカ「……」
ハイエナ「ほらよ」
ジュンにロック雑誌、イクオに『二都物語(上巻)』を渡し、アスカの肩を抱いて小屋に入っていく。
小さく振り向くアスカ。
小さく手を振るジュン。
捨てられた花を拾うイクオ。
〇10 地下水道
重い足取りで歩くジュンとイクオ。
〇11 地下水道の隠れ家
ハイエナにもらった本や雑誌などを隠している2人の秘密基地的な空間。
キラキラとしたロックスターのポスターも貼ってある。
二都物語を読んでいるイクオ。
ロック雑誌を読まず、目を閉じて壁にもたれかかっているジュン。
イクオ「眠たいなら、小屋に帰って寝ろよ」
ジュン「起きてる……。まぶたの裏にアスカの顔が残ってる感じなんだ……」
イクオ「……それって、恋だな」
ジュン「恋……」
イクオ「叶わぬ恋。あの子今頃、ハイエナにやられちゃってるんだ……」
ジュン「……」
〇12 ハイエナの家
床に散らばるアスカとハイエナの服。
ベッドの上に裸のハイエナとアスカ。
シーツに血と汗などの染み。
ハイエナ「1年前から目を付けてたんだ。お前は俺だけのものだからな」
アスカ、涙を浮かべ力なくシーツを握る。
アスカM「どうせ世界は終る、どうせ世界は終る、どうせ世界は終る、どうせ世界は終る……」
〇13 明美の事務所(日替わり)
強制収容河川の実態を撮影した映像をプロジェクターで流して会議をしている明美。
「川の中でも階級やグループが形成されています。支配する者される者。字が読める者。宗教にすがる者……」「このような地下の工場で働いて……」「しかし、この低賃金の労働力が日本の経済を……」「一般人のSNS等検閲をはじめ、徹底的な情報規制がされているので海外に伝わらず……」「先進国でありながらこれが黙認されているのはあり得ない。国際人権団体である我々としても……」などなど、外国人スタッフと英語で話している。
〇14 地下の工場
ガシャーン、ガシャーン、ガシャーン!
単純機械労働をしているジュンとイクオ。
× × ×
別の部署、裁縫の仕事をしているアスカ。
隣の席の年増女がアスカの作業を覗く。
年増女「トロいわねぇ。さっさとしてよ。私の仕事が増えちゃうじゃないのよ」
アスカ「……」
年増女「奇麗な指して、あんた、今まで何やってたの?」
アスカ「……」
年増女「ふん」
× × ×
夜になり終業のベルが鳴る。
工場を出て行く人々。
アスカ、年増女に呼び止められる。
年増女「あんた、ちょっと来なよ」
アスカ「え?」
年増女「いいから、ついて来な」
〇15 地下水道(夜)
年増女の後を歩くアスカ。
袋小路のような地下道の奥に、粗野な男が2人待っていた。
アスカ「……」
男A「へぇ〜。いいじゃねえか」
男B「ほらよ」
年増女、男から煙草と錠剤をもらい去って行く。
アスカ「……」
男A、アスカの頬をなでて顔を近づける。
男A「大人しくしてたら痛い目には……」
アスカ、男Aの頬を叩く。
すかさず叩き返す男A。
腕を押さえつける男B。
必死に抵抗するアスカ。
男Aの腕に噛み付いて逃げる。
男A「くそっ、ふざけやがって!」
男B「待てっ!」
アスカの逃げた先に、ジュンとイクオが鉄棒を持って立っていた。
男A「!」
男B「何だよ、お前ら」
ジュンとイクオの背に隠れるアスカ。
男A「何だよ。女渡せよ。後でそっちに回してやってもいいんだぜ」
ジュン「渡さねーよ」
イクオ「バカだな。なんで俺たちがいるか分かんない?」
イクオ、2人に近寄り小声で囁く。
イクオ「この子、ハイエナの女だから。手を出すとヤバいよ」
男B「え、ハイエナの?」
男A「ちっ」
去って行く男たち。
アスカ「ありがと……」
イクオ「別に。ハイエナに言われてるから」
アスカ「……うん」
アスカ、ちょっと落ち込んだ様子。
ジュン「ハイエナなんて、別に……関係ないけどさ」
イクオ「まあね」
アスカ「……」
〇16 神田川の中
淡々と歩く3人。
〇17 地下の工場(日替わり)
淡々と働くアスカ。
隣の席に年増女の姿が無い。
× × ×
書類を持って通路を歩くアスカ。
ジュンの働く姿を見つける。
ふと、視線を感じて振り返るジュン。
目と目が合って微笑み合う。
去って行くアスカ。
傍らで見ていたイクオ。
イクオ「そーいうの、高嶺の花って言うんだぜ」
ジュン「どんな意味」
イクオ「手が届かない場所に咲く花」
ジュン「(背伸びして手を伸ばす)手を伸ばしても……」
イクオ「届かない」
ジュン「……」
〇18 神田川の中(夕)
地上、川沿いの小さな階段広場に、ギター弾き語りの練習をしている黛明日花(17)がいる。
♪
君の誇りを汚すものから
君を守っていたい
野蛮な街に心が
負けてしまわないように
偽りだらけのこの世界で
愛をまだ信じてる
少年らしさは傷口だけど
君のknife
明日花に気づかれずに見上げて聴いているジュン。
ジュン「(憧憬)……」
〇19 地下水道の隠れ家(夜)
二都物語を読んでいるイクオ。
エアギターをしてハナモゲラ語で歌うジュン。
ジュン「〜♪」
イクオ「……(笑)うるさいな」
ジュン「……それ、面白いの?」
イクオ「どうかな……」
ジュン「暗い所で本読んでると目が悪くなるらしいぜ」
イクオ「知ってるよ」
ジュン「……なあ、もし地上に出れたら、自由になったら、何になりたい?」
イクオ「……考えたこともないな」
ジュン「文を書く人とか?」
イクオ「(笑)無理だよ。ジュンは?」
ジュン「ロックスター!」
その様子をこっそり覗いている男A。
〇20 神田川の中
警官に密告する男A。
男A「へへ、市民の義務を果たしたってことで」
警官A「市民? 何を言ってる。お前らは市民じないぞ」
男A「え?」
警官A「市民てのはな、国家、政治、社会に対して権利と義務を持つ者だ」男A「……」
男Aの足下に数枚の小銭を投げる。
プライドもなく拾う男A。
〇21 地下水道の隠れ家
警官に集団で暴行を受けるジュンとイクオ。
隠し持っていた本や雑誌が燃やされている。
二都物語を手にする警官A。
警官A「ちっ。インテリぶりやがって。……ん?」
黄色い花(アスカが摘んだ花)が押し花になって挟んである。
警官A「(花をつまんで)……」
イクオ「!」
警官A「……」
花もろとも本を火の中に投げ捨てる。
イクオ「……」
〇22 留置所
ボコボコにされてうなだれているジュンとイクオ。
傍らでハイエナが警官に金を渡している。
警察A「気をつけろ。お前の子分だから黙ってるんだ。記録にも残さない。だけどあまり目に余るとかばいきれないぜ」
ハイエナ「すいません」
警官A「どうだ、あの女は? うまくやってんのか?」
ハイエナ「まぁ」
警官A「頼むぜ。こっちもヤバい橋渡ってるんだからよ」
ハイエナ「それはもう、もちろん」
警官A「ち……、お前はいいご身分だなぁ」
ハイエナ「気休めですよ。所詮川の人間ですから……。そちらの方がよっぽど羨ましい」
警官A「当たり前だ。さっさと連れて帰りな」
〇23 ハイエナの家
ジュンとイクオを殴りつけるハイエナ。
ハイエナ「気ぃ抜いてんじゃねえ。お前らは他のクズとは違う。環境に流されるな! 生き方に意志を持てよ!」
ジュン・イクオ「……」
ハイエナ「自意識なんか捨てろ。使える奴はそいつに合わせてやってやればいいんだ。バカとハサミは使い用さ。笑われようが、蔑まれようが、汚くてもいいから、自分の意志を持っていかねぇと、生きてる意味がねえだろ?」
ジュン・イクオ「……」
ハイエナ「……」
ハイエナ、イクオに『二都物語(下巻)』を投げる。
ハイエナ「ほらよ。続きだ」
〇24 地下水道の隠れ家
二都物語をパラパラとめくるイクオ。
ジュン「続きが読めて良かったじゃないか」
イクオ「上巻、まだ全部読んでなかった」
ジュン「でもさ」
イクオ「飴とムチってやつさ。ハイエナの野郎……」
〇25 モンタージュ(時間経過)
感情を殺して淡々と生活するジュン、イクオ、アスカの点描。
〇26 神田川の中(日替わり・夜)
満月の下、ジュンとイクオとアスカが歩いている。
イクオ、二都物語のあらすじをアスカに話したり。
アスカ「面白いの?」
イクオ「どうかな……」
ジュン「ん?」
泥の中で何かがキラリと月明かりに反射した。
ジュン「なんだ?」
拾い上げる。
1枚のCDだ。
イクオ「CDだ」
盤面にはマジックで『新曲demo』と書いてある。
ジュン「えっと……」
イクオ「デモ。完成前の、仮の段階の歌だな」
あたりを見回す3人。
アスカ「歌……聴いたことある?」
ジュン「ちゃんとは……無い」
イクオ「かける機械が必要だな。ハイエナ、持ってるだろ」
アスカ「探してみる? あの人今日帰って来ないよ」
〇27 ハイエナの家
本、絵画、美術品、電化製品などが無造作に積んである部屋を物色する3人。
ジョン・レノンのレコードを手にするジュン。
ジュン「うおおっ、これがジョン・レノン! ちくしょう。ハイエナの奴」
プレーヤーは見つからない。
拳銃とダイナマイトを見つけるイクオ。
イクオ「見ろよ。こんなのもあるぜ。あいつ何考えてるんだ?」
ジュン「本物?」
イクオ「多分」
イクオ、拳銃を持って、鏡に向かって構える。
イクオ「……」
じ〜っと、自分に銃口を向ける鏡の中の自分を見つめる。
ジュン「(ダイナマイト持って)これでさ、こんな世界を作ってる奴らをぶっ飛ばしてやろうか?」
アスカ「ヤケクソになっちゃだめだよ」
イクオ「よく考えたら、俺たち生まれた時からヤケクソだよ。アスカ、お前だって……」
アスカ「……」
ジュン「あった!」
ジュン、CDラジカセを見つける。
イクオ「動く?」
ジュン「(電源を入れて)うん……(笑)」
寄り添ってCDをかける3人。
音楽が流れ出す。
♪『JAM』(ザ・イエロー・モンキー)
恍惚の表情で初めての音楽を聴く3人。
涙が溢れ出すジュン。
ジュン「……」
イクオ「……」
アスカ「……」
〇28 モンタージュ(時間経過)
引き続き♪『JAM』に乗せて。
灰色の生活を送る3人の日々の点描。
ハイエナの仕事に奔走するジュンとイクオ。
心を鬼にして弱者から取り立てをする。
闇取引のトラブルで相手と喧嘩する。
× × ×
アスカの身体を思うがままに貪るハイエナ。
アスカの歪んだ顔に浮かぶ……快感の表情。
そして自己嫌悪に落ち込んで涙する。
× × ×
工場で働く3人。
目が合って小さく手を振ったり。
× × ×
事後、汗だくのハイエナ。
ビールを飲んで口移しでアスカにも飲ませる。
そしてまた弄ばれるアスカ。
× × ×
闇取引のトラブルで警官に追いかけられるジュン。
そしてまた袋叩きに合う。
仕事のミスでハイエナに髪を掴まれて罵倒されるイクオ。
× × ×
ハイエナが不在の夜、また3人で寄り添って♪『JAM』を聴く。
アスカ「……」
イクオ「……」
ジュン「……」
♪『JAM』が終わり……
〇29 街(日替わり)
明るくてカラフルな地上の情景。
大手商社ビル……爆破される。
騒然となる現場。
周囲に散らばる『獣の牙』犯行声明のビラ。
〇30 神田川の中
緊急車両のサイレンが鳴り響く地上を見上げて歩くジュン、イクオ、アスカ。
アスカ「なんだろう?」
ジュン「爆破テロかな? 例の」
イクオ「ああ」
アスカ「爆破テロ?」
ジュン「ハイエナが言うにはさ、地上ではなんとかって言うテロ集団が、政府の施設とか大企業とか爆破してんだって」
アスカ「なんでそんな……野蛮なことを……」
ジュン「世界を変えようとしてんだよ」
アスカ「そんなんで、世界は変わるの?」
イクオ「幻想だよ」
ジュン「ま、俺たちは地上のことを何も知らない」
と、再び地上を見上げる3人。
アスカ「……(何かを見てふと足を止める)」
ビルの屋上看板、綺麗な花畑で女性モデルが仰向けになって微笑んでいるファッション広告。
アスカ「(見惚れて)……」
つられて見つめるジュンとイクオ。
アスカ「天国みたい……」
ジュン「地上にはさ、あんなお花畑がいっぱいあるのかな?」
イクオ「さあ」
アスカ「地上に出て、お花畑で仰向けに寝転んでみたい。きっとキラキラとした夢が見れるよね」
無言になって佇む3人。
アスカの淡い夢を見る眼差し。
〇31 ハイエナの家(夜)
アスカの虚な眼差し。
情事の後、ベッドの上で煙草を吸うハイエナとまどろんでいる。
ハイエナ「ジュンとイクオ。あの2人は使える。俺の若い頃に似てるんだ」
アスカ「……どっちに?」
ハイエナ「足して二で割った感じかな。だけど切れ過ぎる奴は危険だ。ジュンは単純なロマンチストだ。現実社会じゃ、ロマンチストはただの空想家さ。だけどイクオ、あいつは頭もいいし何か内に秘めてやがる。気を緩めると、俺が出し抜かれる」
アスカ「……」
〇32 神田川の中(日替わり・夜)
アスカとジュンが歩いている。
アスカ「(何かを見つけて)あ……」
堤防の壁面、手の届かない所に可憐な花が一輪咲いている。
アスカ「あんな所に咲いてる」
ジュン「届かないな」
アスカ「肩車して」
ジュン「え?」
アスカ「肩車」
ジュン「……」
アスカを肩車するジュン。
初めて触れるアスカのリアルなぬくもり。
ジュン「……」
花を摘もうとしたアスカの手が止まる。
アスカ「……」
ジュン「どうした?」
アスカ「やっぱり、やめとく。花って、どんな所にも咲くよね。か細いけど、たくましいよね」
アスカを下ろすジュン。
花を見つめる2人。
ジュン「昔、戦場カメラマンの写真集を見たんだ。1枚だけ、花の写真があった。戦場に咲いた花の写真。なんか、とても奇麗に見えた」
アスカ「……」
ジュン「アスカも……奇麗だよ」
アスカ「……私なんか、汚れてるよ」
ジュン「汚れてなんかない!」
思わずアスカの手を握るジュン。
アスカ「……」
ジュン「……」
握り返すアスカ。
寄り添う2人。
イクオ「……」
イクオが物陰から2人を見ていた。
拳を握りしめる。
イクオ「(何かを見つけて)!」
凄まじい表情のハイエナだ。
角材を持ってジュンに向かって歩いている。
助けに駆け出すイクオ。
ジュン「!」
怒り狂ってジュンに殴りかかるハイエナ。
必死にジュンをかばうイクオとアスカ。
イクオ「やめろ!」
ハイエナ「どけっ!」
アスカ「やめてよ! このケダモノ!」
ハイエナ「……!」
ハイエナ、アスカを掴み上げる。
ハイエナ「ケダモノだと? アスカ、俺はお前をこのクソみたいな世界から守ってやってるんだぞ! 無理矢理犯してもいいんだ。けどな、俺は人間だ! 獣じゃねえ! だからギブ&テイクでやってるんだ! 地上にはな、わんさかレイプ魔がいるぜ。あーなったら人間終わりだ。ただの犬畜生だよ。俺が汚いだと? 冗談じゃねえ。俺は出来た人間だ。地上のクソ野郎より出来た人間だ!」
そっと傍らに落ちていた鉄棒を握りしめるジュン。
ジュンを押さえるイクオ。
ハイエナ、アスカを連れ去って行く。
残されたジュンとイクオ。
〇33 地下水道の隠れ家
ハイエナから盗んだCDラジカセ。
♪『JAM』を聴いて涙を流すジュン。
しかし、電池が切れて聴けなくなる。
ジュン「……」
イクオ「……」
ジュン「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……(絶望感)」
噛み締めた唇から血が流れる。
× × ×
インサート。
ハイエナに激しく抱かれるアスカ。
× × ×
ジュン、悔し涙が溢れてくる。
目と目が合うジュンとイクオ。
ジュン「(決意)……」
イクオ「(察して)……」
駆け出す2人。
〇34 ハイエナの家
ハイエナに襲いかかるジュンとイクオ。
2人を相手に一歩も引かないハイエナ。
怯えて震えるアスカ。
ジュン、死に物狂いでハイエナにしがみつく。
イクオ、その隙に拳銃を取りに行く。
ハイエナ、ジュンを殴り倒す。
アスカ「ジュン!」
イクオ「ハイエナ!」
イクオ、ハイエナに拳銃を構える。
ハイエナ「お前、なんでそれを!」
イクオ「(狂気の眼差し)……」
ハイエナ「(恐怖)……」
イクオ、発砲する。
撃たれるハイエナ。
ハイエナ「……嘘だろ……くそっ……」
凶暴に、残酷に、全弾撃ち尽くすイクオ。
血まみれになってのたうち回るハイエナ。
呆然とハイエナを見下ろす3人。
ハイエナ、懇願するようにアスカの前に平伏す。
ハイエナ「アスカ……お前を、本当に愛してるのに……。両親が殺されたのを聞いて……あいつらに金積んで……お前に手を出さないように頼んだんだんだぜ……。この世界の、暴力と貧困と災難から……お前を守ろうとしたんだ。愛してるんだ……」
アスカ「……」
絶命するハイエナ。
放心状態の3人。
イクオ「アスカはもう汚れなくていい。代わりに俺が、俺とジュンが汚れるから」
ジュン「……」
アスカ「……」
騒ぎと銃声を聞いて表に人が集まっている。
誰かが中をのぞいて、ハイエナの死体を見て騒ぎ立てる。
イクオ「(我に返り)逃げるぞ」
ジュン「うん」
部屋を漁ってリュックに色々と詰め込むイクオ。
アスカを抱きかかえるジュン。
ジュン「アスカ、しっかり!」
アスカ「……」
ジュン「イクオ、何してんだ。はやく!」
イクオ「ちょっと待て」
イクオ、金庫を開けて金をリュックに詰め込む。
野次馬をかき分け逃げていく3人。
× × ×
時間経過。
ハイエナの死体を調べる警官達。
警官B「(捨てられた拳銃を調べて)ハイエナのか。ったく、どこで手に入れやがったんだ、あいつ」
警官A「自分の銃で、自分の子分に殺されちまいやがった。世話ないぜ」
警官B「全弾撃たれてる。ひでえ死様だな」
警官C「(来て)北C区の地下水道へ逃げて行ったようだ」
警官A「殺人犯だ。見つけ次第射殺だ」
〇35 地下水道
袋小路のような地下水道を逃げる3人。
迫って来る警官から隠れながら逃げる。
細い地下水道に追いつめられて行く。
ジュン「あっ……!」
溶接された鉄格子で行き止まりになっている。
ジュン「くそっ……、もう終わりだ……」
アスカ「……」
絶望するジュンとアスカ。
イクオの眼は光り輝いている。
イクオ「終わりじゃない。始まりだ」
ジュン「え?」
イクオ「この先は地上へ通じるトンネルだ」
ジュン「でも、これ……!」
イクオ「行き止まりじゃない。新しい世界への、入り口だ」
イクオ、リュックの中からダイナマイトを出す。
ジュン・アスカ「あっ!」
イクオ「行こう。地上へ」
ジュン・アスカ「……!」
〇36 地上へ通じるトンネル
爆発音がして揺れる。
地下水道から3人が出て来る。
遠く先に見える出口を無言で見つめて立ち尽くす。
目と目をあわせて、出口に向かって歩き出す。
〇37 広大な空き地
3人が警戒してトンネルから出て来る。
周囲を見回す。
誰もいない。
ジュン「……」
イクオ「……」
アスカ「……」
鳥かごから放たれたように走り出す3人。
声に出さない歓声をあげて。
〇38 とある道
数台のパトカーが走っている。
身を隠す3人。
干してある洗濯物を盗んで着替える。
雑居ビルの螺旋階段を上っていく。
〇39 雑居ビル・屋上(日替わり・早朝)
屋上看板の裏の物陰で寄り添って眠っている3人。
ジュン、ふと目を覚まして眠るアスカを見つめる。
ジュン「……」
夜が明けて明るくなっていく。
起きる3人。
朝日に街がキラキラと照らされている。
初めて地上を見下ろして感動する3人。
ジュン「見ろよ。世界の先まで見えるぜ」
イクオ「すごいな」
アスカ「キレイだね……(涙)」
アスカの頬に涙がつたって光る。
ジュンとイクオの目にも涙が浮かんで光る。
そっとアスカの手を握るジュン。
〇40 同・表
ビルから出てきた3人。
ふと、さっきまでいた屋上を見上げるアスカ。
アスカ「あっ!」
ジュン・イクオ「え?」
身を潜めていた屋上看板は、綺麗な花畑で女性モデルが仰向けになって微笑んでいるファッション広告だった。
アスカ「……あの時と同じ」
ジュン「は、あははは。全然気づかなかった」
イクオ「金があったら、あれ買うことできるのかな?」
アスカ「欲しい」
笑い合う3人。
第2章 地上にて
〇41モンタージュ
初めての地上の世界を楽しむ3人の点描。
溌剌と街を歩く。
公園のキッチンカーで買い食い。
芝生の広場に寝転がって昼寝。
高層ビル街を見上げて歩く。
展望台に上って東京を見下ろす。
ファーストフード店で食事する。
夜の繁華街をドキドキして歩く。
コンビニで買い物する。
ホテルに泊まる。
綺麗な布団でぐっすり眠る。
図書館で本を読む。
イクオ「(二都物語上巻の続き読んで)……」
デパートでショッピングする。
アスカ「(綺麗な花柄の服を眺めて)……」
ライブハウスでロックを体感する。
ジュン「(憧れ)……」
〇42 遊園地(日替わり)
はしゃいで遊ぶ3人。
ゴーカートしたり。
満面の笑顔。
× × ×
ベンチに座っているジュンとアスカ。
アスカ、ジュンの肩にもたれて眠っている。
ジュン「……」
アスカ、目を覚ます。
アスカ「(照れて)……あ、ごめん」
ジュン「(照れて)いいよ」
太陽に照らされて見つめ合うジュンとアスカ。
飲み物を買って来たイクオが、そんな2人を見て切なく微笑む。
並んで座り遊園地の平和な景色を眺める3人。
アスカ「今まで、心から笑ったこと無かったような気がする。笑ったフリをするだけで……」
ジュン「うん」
イクオ「……」
3人の前を、幼い姉妹が楽しそうに駆け抜けて両親も笑って後を追う。
アスカ「お父さんとお母さんは殺されて……川に妹達がいるのに……私だけいいのかな……(思い出して悄然となる)」
イクオ「……仕方ないよ」
アスカ「……私達、これからどうするの?」
ジュン「どうにかなるさ。ハイエナの金でしばらくは困らないですむんだ」
イクオ「いつまでもってわけにはいかないさ。考えないと……」
アスカ「うん……」
ジュン「……」
〇43 街中(夕)
賑やかな雑踏の中を重い足取りで歩く3人。
街頭ビジョンに『獣の牙』爆破テロ未遂で逃亡中のニュースが流れる。
イクオ、立ち止まってニュースを見る。
アナウンサー「テロリストの1人はその場で射殺され……」
気づかず歩き続けるジュンとアスカ……雑踏に消えていく。
アナウンサー「獣の牙は、強制収容河川で暮らす人々の地上への開放と人権擁護を求めており……」
イクオ「……」
歩くジュンとアスカ、イクオがいないのに気づく。
ジュン「(キョロキョロ)あれ? イクオ?」
アスカ「(キョロキョロ)え……」
雑踏の中、イクオを探すジュンとアスカ。
ひとり佇んでニュースを見ているイクオ。
と、2人がいないのに気づく。
イクオ「(キョロキョロ)……」
雑踏の中、ジュンとアスカを探すイクオ。
雑踏の中、イクオを探すジュンとアスカ。
雑踏にひとり残されて立ち尽くすイクオ。
イクオ「(不安)……」
ジュンの声「イクオ!」
イクオ「(振り向く)!」
その先にジュンとアスカが立っている。
イクオ「(ほっ)……」
2人に駆け寄る。
〇44 教会前の道
歩いて来る3人。
門を閉じた小さな教会がある。
ジュン「あそこに教会がある。神様にでもすがろうか」
アスカ「この世に神なんて、いないよ」
イクオ「気休めさ」
塀を乗り越えて教会に入っていく。
〇45 教会・中
誰もいない薄暗い室内に忍び込んだ3人。
ステンドグラスの光にキリスト像が幻想的に照らされている。
アスカ「あの世みたい……」
ジュン「うん」
イクオ「……」
キリスト像を見つめる3人。
祭壇の前に棺が置いてある。
ジュン、ふと気になって中を覗こうとする。
ジュン「死体入ってるのかな?」
イクオ「まさか」
アスカ「やめなよ」
ジュン「(チラッと中を見て)えっ……?」
ジュン、棺の蓋を開ける。
イクオ「おい! 何やって……」
棺の中には銃や手榴弾等の武器が詰まっている。
驚く3人。
ジュン「これって……」
イクオ「(手榴弾を手に持って)本物か?」
アスカ「危ないよ!」
イクオ「本物っぽい」
ジュン「なんかやばいな……」
アスカ「逃げようよ」
イクオ「ああ」
と、バタバタと人が入って来る物音がする。
3人「!」
物陰に隠れる3人。
慌ただしく男たち(『獣の牙』メンバーでコードネーム・リスザル、クロサイ、シマウマ、カモシカ、ヤブイヌ、アナグマ)が入口から入って来る。
足を怪我してうめいているクロサイ。
リスザル「大丈夫だ、しっかりしろ! 弾は抜けてる」
クロサイ「血が止まらねえよ、くそっ!」
リスザル「心配するな。ライオンが医者を手配してくれる」
クロサイ「アナグマはどうなったんだ。あいつも撃たれてた」
シマウマ「ダメだ。その場で死んだ……」
カモシカ「くそっ、なんであんな所に警官がいたんだ!?」
ヤブイヌ「お前、ちゃんと見張ってたのか?!」
カモシカ「当たり前だ! 急に裏から出てきやがったんだ!」
シマウマ「待ち伏せられてたんじゃないか」
リスザル「バカな」
ヤブイヌ「ここはなんだ! 大丈夫なのか?」
リスザル「武器の取引に使ってる隠れ家だ。夜まで身を潜める」
ヤブイヌ「ライオンはどうしたんだ!?」
リスザル「落ち着け、いろいろ連絡して事態を確認してる!」
ヤブイヌ「確認ってなんだ!?」
などど言い合っている。
隠れて息を潜めている3人。
ジュン「(小声)なんか……やばいぞ……」
イクオ「(小声)こいつらひょっとして……」
と、背後から男の声が聞こえる。
男の声「偽善者よ、まず自分の目から梁を取り除け」
3人「(振り向く)!」
キリスト像がしゃべっている?
男の声「そうすれば、はっきり見えるようになって、きょうだいの目からおが屑を取り除くことができる。聖なるものを犬に与えてはならない」
否、裏口から入って来たであろう強面で屈強な男・ライオン(リーダー)が、キリスト像の陰で聖書を読んでいて傍に出てくる。
メンバー達「ライオン!」
ライオン「(読んで)また、豚の前に真珠を投げてはならない。豚はそれを足で踏みつけ、犬は向き直って、あなたがたを引き裂くであろう」
顔を上げるライオン。
ライオン「あれは待ち伏せられてた」
メンバー達「!」
ライオン「その前に……」
と、聖書を閉じると、聖書の陰で3人に拳銃を向けている。
3人「……!」
ライオン「そこのネズミ、立て」
メンバー達「!」
立ち上がり姿を見せる3人。
素早く3人を取り囲むメンバー達。
シマウマ「なんだこいつら!?」
ヤブイヌ「スパイか!?」
カモシカ「まさか、ただのガキじゃねえか」
リスザル「どうする?」
ライオン「……」
ヤブイヌ「顔を見られてんだ。このまま帰せねえだろ」
3人「……」
壁に追い詰められる3人。
と、不敵に微笑むイクオ。
いつの間にか盗んでいた手榴弾を持っていて、レバーを握り安全ピンに指をかけて構える。
一同「!」
ライオン「……盗ったのか? オモチャじゃねえぞ」
イクオ「ピンを外してレバーを離せばいいんだろ?」
メンバー達を牽制する。
イクオ「(瞳に宿る狂気の光)……」
ライオン「……」
イクオ「ジュン、窓から逃げろ」
3人の後ろに窓がある。
ジュン「だけど……」
イクオ「早く! アスカを守れ!」
ジュン「!」
ジュン、慌てて窓を開けて、アスカの手を握り窓を乗り越える。
捕まえようとするメンバー達。
イクオ、安全ピンを抜いて牽制する。
イクオ「動くな!」
メンバー達「くそっ」
外に出たイクオとアスカ。
ジュン「イクオ!」
イクオ「(振り向かず)行け!」
ジュン「……」
アスカの手を引っ張って駆け出すジュン。
アスカ「イクオ!」
メンバー達を牽制するイクオの後ろ姿……アスカの視界から消える。
一瞬だけ、少しだけ、振り向くイクオ。
イクオ「……」
ライオン、その隙を見逃さずイクオの手を掴む。
すかさずメンバー達が取り押さえる。
手榴弾を奪い取り安全ピンを戻す。
リスザル「2人を追え!」
イクオ「待ってくれ! あんたら獣の牙だろ!?」
メンバー達「!」
イクオ「俺達は川の人間だ! 1週間前に川から逃げてきたんだ!」
驚いて顔を見合わせるメンバー達。
イクオの手首の認識番号を確認するリスザル。
リスザル「本当だ」
ライオン「……神田川か?」
イクオ「(頷いて)あんたら、川の人間のためにやってるんだろ。だったら、あの2人だけでも見逃してくれ!」
ライオン「……」
ヤブイヌ「なに言ってやがる!」
ヤブイヌ、イクオに覆いかぶさり押さえつける。
ヤブイヌ「怪しすぎるぜ、待ち伏せに関わってるに決まってる! スパイは殺らないと!」
ライオン「そうだな……」
拳銃を向けるライオン。
イクオ「!」
発砲!
壁に血飛沫が飛ぶ。
〇46 街角
雑踏の中を手を繋いで走るジュンとアスカ。
立ち止まり振り返る。
雑踏を見つめる。
イクオは現れない。
ジュン・アスカ「……」
〇47 教会・中
顔面血まみれで呆然としているイクオ。
イクオに覆いかぶさったまま頭を撃ち抜かれて死んでいるヤブイヌ。
愕然としているメンバー達。
ライオン「こいつが内通者だった」
クロサイ「ヤブイヌが? くそっ……」
カモシカ「やっぱり、地上の奴は信用できなかったな」
シマウマ「だけど、こいつを入れなければ、あの大量の爆弾は手に入らなかった」
リスザル「俺たちの出自はバレたのか?」
ライオン「いや、それは無さそうだ」
ヤブイヌの死体を足蹴にどかすライオン。
起き上がり顔面の返り血を拭うイクオ。
ライオン、自分の認識番号をイクオに見せる。
イクオ「!」
ライオン「俺たち全員、川の脱出者だ。川に残した家族のために戦っている」
イクオ「……戦う? 爆破テロが?」
ライオン「人権団体が動いているが、地上で生きてる奴らに、俺たちの本当の苦しみは分からない。世論を味方につけて世間に訴える運動より、少数精鋭で実践的に行動する方が早くて確実だ」
イクオ「だからって、暴力で世界は変わるのか?」
ライオン「変わる。これは革命だ」
イクオ「だけど、罪の無い人が犠牲になって……」
ライオン「地上で罪の無い奴なんかいない。俺たちを虐げて搾取して暮らしてるんだ。世界の仕組みを知ろうとしないで見せかけの平和を享受してる奴らが、政治と権力と強欲に溺れる奴らが、血を流すのは自然の理だ」
イクオ「……」
カモシカ「それより大丈夫か? 逃げた2人がこの場所を警察に通報したら……」
リスザル「脱出者だ。警察には行かないだろうが……」
ライオン「念のためここは放棄する。クロサイを医者に診せてから郊外に移動する。ヤブイヌに教えてないアジトが残ってる」
シマウマ「こいつはどうするんだ?」
ライオン「……連れて行く」
メンバー達「!」
カモシカ「嘘だろ? 仲間にする気か?」
ライオン「見極める。怪しい素振りを1ミリでも見せたら、その場で殺す」
リスザル「確かに、さっきの度胸は買うが……」
ライオン「こいつは使えるかもしれない。さっきの目。仲間のために本気で死ぬ気だった」
イクオ「……」
メンバー達「……」
ライオン「あの2人は見逃す。代わりについて来い」
イクオ「……(頷く)」
シマウマ「いいのか? あの2人、顔を見られてるんだぞ」
イクオ「……頼む。自爆テロでも何でもする。そのかわり、あの2人はこのまま自由にしてやってくれ」
メンバー達「……」
暗くなった室内に雷が光る。
〇48 雑居ビル・屋上(夜) ※S39と同じ
綺麗な花畑で女性モデルが仰向けになって微笑んでいるファッション広告の屋上看板の裏で待っているジュンとアスカ。
アスカ「……来ないね」
ジュン「……」
アスカ「やっぱり、分からないんじゃ……」
ジュン「あいつなら、きっと分かるよ……」
アスカ「でも……」
ジュン「……」
ジュン、おもむろに立ち上がる。
ジュン「待ってて、様子を見てくる」
アスカ「私も……」
ジュン「危険だよ。いざとなったら俺ひとりの方が動きやすい」
アスカ「……」
ジュン「大丈夫。必ず一緒に帰ってくるから」
アスカ「……やっぱりダメだよ。もう私達、離れない方がいいよ。また離れ離れになったら……」
ジュン「……」
ジュン、手を差し出す。
ジュン「うん……一緒に行こう」
その手を握るアスカ。
〇49 教会 ※雨
降り出した雨に燻る全焼した教会の焼け跡。
警察と消防が現場検証をしている。
やって来たジュンとアスカ。
野次馬に紛れて様子をうかがう。
野次馬1「なんでも、テロリストの隠れ家だったみたいなの」
野次馬2「銃声がしたんだって?」
野次馬3「1人死んでたらしいわ」
ジュン・アスカ「……!」
野次馬1「頭撃ち抜かれてたみたいよ」
野次馬3「仲間割れじゃないかって話」
野次馬2「この教会、なんか怪しいと思ってたのよ」
などなど話を続ける野次馬。
ジュン・アスカ「(愕然)……」
傘もささずに立ち尽く2人を訝しむ野次馬。
ジュン、アスカの手をとって足早に去る。
〇50 雑居ビル・屋上 ※雨
屋上看板裏に戻り、物陰で雨を凌いで寄り添って震えている2人。
ジュン「……」
アスカ「イクオは?」
ジュン「……」
アスカ「探さなきゃ」
ジュン「(首を振る)」
アスカ「なんで?」
ジュン「(嗚咽)殺されたんだ」
アスカ「うそだよ、あんなの……」
ジュン「(堪えていた悲しみが溢れ出す)……うわああああ!」
アスカ「(込み上げて)……あああああ!」
抱き合って泣きじゃくる2人。
大雨にけぶる屋上看板。
× × ×
朝、昼、夜、晴、曇、雨、別の広告写真に変わる屋上看板、などのタイムラプス映像。
真昼の太陽に照らされる屋上看板。
更に別の広告写真に変わっている。
〇51 某大企業・会議室(数ヶ月後)
明美と小山内が男性社員・橋本と面会している。
橋本「脱出者支援?」
明美「そう。強制収容河川からの脱出者を支援するの。政府は公表してないけど、少なからずいるのよ。でも今のままじゃ例え地上に出れたとしても行き場が無いわ。のたれ死ぬか、結局犯罪に走って強制送還されるか……、非合法に消されるか……」
橋本「……」
小山内「わかりやすい例を言えば、北朝鮮の脱北者支援です。当面の衣食住の支援、自立のための就学、就労支援などの生活支援」
明美「公的支援がある脱北者支援と違って、こっちの運営は個人や企業からの寄付で賄うしかないの。ファンドレイズの目標額は、とりあえず年間7000万円。日本で人権保護の寄付を募るのは容易じゃないと思ってるんだけど、あなたなら共感してくれると思って」
橋本「……流石にこれをうちの会社に通すのは無理だろ」
明美「……卑劣な暴力行為を説得材料の一つにあげるのは、非常に不本意なんだけど、獣の牙のテロ行為、御社もターゲットになり得るんだけど、支援を表明したらターゲットから外れる……」
橋本「暴力には屈しない」
明美「……」
橋本「君の訓示だろ?」
明美「……」
橋本「それに、うちとしては世論や他の対外的なリスクの方が大きいよ。獣の牙か。でもあいつら、メンバーが1人が死んだ未遂事件から数ヶ月たつけど何もないだろ? 解散したとも聞くぞ」
小山内「……どうですかね」
橋本「共感はできる。でも、俺はもう学生の時とは違う。でもまあ、大した額じゃない。瀬川なら絶対にできると思うよ」
明美「……」
〇52 新宿西口の通り
スタバのコーヒーを飲みながら歩く明美と小山内。
明美「獣の牙がこのまま消えるとは思えないけど。むしろもっと大きなことを企んでるじゃないかって」
小山内「奴ら何者なんですかね。極左暴力集団、某国の工作員、国際武装ゲリラ組織、過激化した宗教団体、色々と噂されてますけど」
明美「……もしかしたら」
× × ×
人混みを駆け抜ける男女2人。
2人を追いかける数人の警官。
警官「待てー!」
× × ×
小山内「もしかしたら?」
明美「……川の脱出者の集まりとか」
小山内「だったら公表しませんかね? 強力なアジテーションになる」
明美「しないわよ。そんなことしたら川の人々への反感が高まるもの」
小山内「そっか」
× × ×
逃げる男女2人。
追いかける警官達。
× × ×
明美「どんな理由があっても暴力を認めちゃいけないわ」
小山内「でもさっき、暴力行為を説得材料に……」
明美「だから、非常にって、不本意って、重ね重ね言ったじゃない!(ポカリと小山内の頭を叩く)」
小山内「痛っ、暴力暴力」
と、人混みを抜けて走ってきた男女2人とぶつかって転ぶ明美。
明美「痛っ!」
明美、同じく転んだ2人を睨む。
薄汚れたジュンとアスカだった。
明美「(アスカだけを見て)……」
アスカ「ごめんなさい!」
慌てて駆け出す2人。
警官達が駆けてくる。
警官「大丈夫ですか!?」
明美「ええ、多分……」
小山内「なんですか?」
警官「ひったくりです!」
2人を追う警官達。
明美「(呆然と見送って)……」
小山内「大丈夫ですか?」
明美「今の子……」
〇53 東京都庁
イベント開催で賑わっている都民広場。
人混みに紛れるジュンとアスカ。
ジュン、盗んだハンドバックをアスカに渡す。
ジュン「いつもの所で隠れてろ! 巻いて来る」
アスカ「うん!」
正面入口から都庁に入って行くアスカ。
追ってきた警官達の前に姿を見せるジュン。
警官「いた!」
反対方向に逃げるジュン。
追いかける警官達。
その時……、
都庁の正面入口で大爆発が起こる。
ジュン「!」
燃え上がる炎。
巻き上がる煙。
パニックになる人々。
飛び交う悲鳴と怒号。
ジュン「……アスカー!!」
ジュン、現場に向かおうとするが逃げ惑う人々に押し戻される。
続けて、上層階でも大爆発が起こる。
ますます混乱する一帯。
降り注ぐガラスの破片やコンクリートの塊。
それらが直撃する人々の阿鼻叫喚。
反射的に物陰に身を隠したジュン。
それでもアスカの元へと前に進む。
ジュン「アスカー!!」
燃え盛る正面入口を目の当たりにする。
ジュン「(愕然)……!」
と、都庁が上層階から崩れ始める。
× × ×
数ブロック離れた場所でスマホで撮影しながら倒壊する都庁を見ている明美と小山内。
明美「……」
× × ×
本能で全力疾走で逃げているジュン。
迫って来る大量の粉塵と灰と煙。
追いつかれ爆風に巻き込まれる。
運良く物陰に吹き飛ばされる。
× × ×
完全に倒壊した都庁。
巨大な煙が空を覆う。
粉塵と灰に包まれた都庁周辺、新宿一帯。
緊急車両のサイレンがけたたましく鳴る。
叫んで人々を誘導する警察官や消防士。
恐怖でしゃがみこんで震えている人々。
パニック状態で泣き叫ぶ人々。
至る所でうずくまっている怪我人。
ごった返す野次馬やニュース取材。
それらの状況を撮影している明美。
仕事仲間と電話で話している小山内。
小山内「やりやがった!」
明美「!?」
小山内「獣の牙が声明を発表したそうです。神田川強制収容河川を管理する東京都の庁舎を攻撃したって」
明美「(怒)……バカヤロウ」
× × ×
先が見えない煙の中をフラフラと彷徨うジュン。
ジュン「アスカ……アスカ……アスカ……」
アスカの姿を探すが……力つき崩れ落ちる。
ジュン「(名前を叫ぼうとするが声が枯れて出ない)」
途方に暮れる。
〇54 北新宿の一角(夜)
外国人が多く暮らす多国籍感が漂う街角。
新宿方面から家に向かう人々が歩いている。
中には粉塵まみれの人もいる。
小さな中華料理店『小龍飯店』の前で立ち上がる煙を見ている偉(ウェイ・30)が、近所のタイ人の青年と話している。
青年「日本でこんなテロが起こるなんて想像できなかったですよ。タイでは10年前に大きな爆弾テロ事件があったですけど。中国はどうでしたか?」
偉「僕は日本で生まれ育ったから……。テロじゃないけど母は天安門事件を体験してるから、色々と話は聞いてるけど……」
青年「天安門事件?」
〇55 小龍飯店
客のいない店内で、紅(ホン・56)が事件を報道するテレビニュースを見ておののいている。
画面には『東京都庁爆発テロ 7月11日』のテロップ。
偉が暖簾をおろして入ってくる。
以下、2人の時は中国語で会話。
偉「今日は閉めるよ」
紅「……」
偉「(隣に座って)大丈夫?」
紅「……」
偉「母さん?」
紅「言葉が見つからないよ……」
偉「……」
黙ってテレビを見る2人。
と、戸に何かがぶつかる音がする。
紅・偉「……?」
偉、戸を開ける。
粉塵まみれの女性が戸にもたれて倒れている。
偉「母さん、人が……!」
介抱する2人。
紅「頭を怪我してる」
女性の顔を覗く紅。
アスカだ。
紅「しっかり! 大丈夫かい?」
アスカ「……(紅を見つめ、気を失う)」
紅「偉、救急車!」
偉「(店内に戻り電話かけつつ)来てくれるかな」
紅「待った!」
偉「え?」
紅「電話切って!」
偉「……?」
アスカの腕を握って手首を見つめている紅。
偉「(覗き込んで)一体何が?」
袖が破れて手首の認識番号が見える。
偉「あっ!」
紅「この子、川から逃げて来た子だ……」
偉「……」
紅「病院には連絡できないよ。通報されて強制送還されてしまう。最悪の場合……」
偉「でも……」
紅「王(ワン)先生を呼ぶんだよ。内密にって!」
偉「分かった!」
電話をかける偉、我にかえって、
偉「母さん、王先生は獣医だよ!」
紅「この際いいんだよ!」
〇56 同・一室(日替わり・朝)
体を綺麗に拭われて包帯を巻かれているアスカ。
布団で寝ていて、傍で紅が座ったまま寝ている。
アスカ「うう……」
目を覚まして起き上がるアスカ。
アスカ「(頭痛い)……っ」
気配を察して目を覚ます紅。
紅「……ああ、良かった。大丈夫かい?」
アスカ「(まじまじと紅を見て)……お母さん?」
紅「……混乱してるんだね」
アスカ「……」
紅「安心して。誰にも言ってないから。あんた、川から逃げて来たんだね」
アスカ「川から?」
紅「覚えてないのかい?」
アスカ「……」
紅「頭の怪我で、一時的な記憶喪失かしら?」
頭を抱えるアスカ。
紅「名前は?」
アスカ「名前……」
紅「……それも覚えてないのかい?」
アスカ「……アスカ?」
紅「アスカ?」
アスカ「分からない……。誰かが、呼んでた気がする」
呆然とする2人。
第3章 向日葵と野良犬
〇57 小龍飯店・店内(1年後)
偉M「それから1年経ったけど、結局、アスカの記憶は戻らなかった」
紅と偉と働いているアスカ。
笑顔で元気に接客している。
アスカ「(笑顔)いらっしゃいませー! 2名様ですか? こちらの席どうぞー!」
偉「(厨房から料理出して)アスカ、天津飯と餃子定食!」
アスカ「はーい!」
溌剌と働くアスカ。
そんなアスカを見つめる偉。
偉M「雑多な街角の、しがない中華料理店に、一輪の花が咲いたようだった。記憶を失って生まれ変わった彼女は、向日葵のように明るく、地味に生きてきた僕の灰色だった人生を眩く照らした」
と、物思いにふける偉。
アスカ「(気づいて)ちょっと偉! 忙しいんだから、ぼーっとしてないで!」
偉「(焦)あ、ごめん」
偉M「だけど、母さんの強キャラに影響されてしまったのか、ちょっと怖い。元々どんな性格だったんだ?」
紅が皿を洗いながらそんな2人を見ている。
紅「(微笑んで)」
〇58 同・住居(夜)
浴室。
鼻歌(♪『JAM』を明るめに)を歌って風呂に入っているアスカ。
アスカ「♪〜」
× × ×
居間。
テレビを見て晩酌している偉と紅。
アスカの鼻歌が聞こえている。
偉「今日はご機嫌だな」
紅「久しぶりに裏の不動産屋のイケメン君が来たからかもねえ」
偉「えっ……」
紅「……」
偉「そうなの?」
紅「自分で訊きな」
偉「……」
と、鼻歌が途切れる。
偉・紅「?」
× × ×
浴室。
アスカ、じっと手首の認識番号を見つめている。
アスカ「……」
〇59 同・店内(日替わり)
仕込みで餃子を包んでいるアスカと紅。
テレビが付いている。
東京都庁爆破テロに関するニュース映像が流れ出す。
アナウンサー「明日7月11日は、東京都庁爆破テロから1年。都庁跡地、東京グラウンドゼロでは、追悼式典が行われます。厳戒態勢の中、関係者が参列して……」
手を止めてテレビを見る2人。
紅「行ってみるかい?」
アスカ「え……?」
紅「何か思い出せるかも」
アスカ「……」
厨房で仕込みをしている偉。
偉「(手を止め聞き耳を立てて)……」
アスカ「……怖い」
紅「……」
アスカ「私、昔のこと思い出さない方が、幸せなのかも……」
偉「……」
アスカ「でも、このまま過去から逃げてていいのかなって、思う時も……」
紅「わざわざ災難に遭いに行く必要はないよ」
アスカ「……」
紅「私はね、権力の理不尽な暴力にあって、国を捨てて逃げて来たのよ。最初はドイツに行って、最終的に日本に辿り着いたんだけどね。私にしたらやっぱりここは異国だけど、でも、ここには家族と仕事があって、大切な居場所なのよ」
アスカ「……」
紅「ずっとここにいればいい」
アスカ「いいの?」
紅「(小声)偉には内緒だけどね、私、女の子が欲しかったのよ」
アスカ「(クスッ)」
紅「(微笑む)こうやってね、毎日朝が来て、餃子を包める。ここは平和な場所なのよ」
アスカ「(微笑む)」
偉「(微笑む)」
手際良く仕込みを続ける偉。
黙々と餃子を包むアスカと紅。
〇60 葛西臨海公園(日替わり)
水族園を楽しむアスカと偉の点描。
ペンギン見て「可愛いー、ペンギン飼いたい!」とか、初めての水族館に興奮する少女のようなアスカと保護者のように見守る偉。
偉M「月に1度はアスカと外出する。社会が劇的に変わらない限り、彼女は市民権を得ることはできないだろう。出自を隠して生きていかなといけない。でも、せめて日常生活は、人並みに楽しく過ごせばいい」
大水槽で回遊するクロマグロに圧倒される2人。
アスカ・偉「おおお〜」
目の前を高速で泳ぐ巨体の群泳。
光を受けてキラキラ光るメタリックなボディ。
アスカ「……海ってすごいんだね」
偉「うん」
アスカ「(広い海に思いを馳せて)……」
と、どよっと歓声がわく。
1匹のマグロが血を流してゆっくり沈み始めた。
子供達は叫び声をあげ、大人達はざわめく。
すると、他のマグロたちが集まって来て、沈んでいくマグロの上をグルグルと旋回する。
アスカ「……!」
大人も子供も息を飲んでしばし静寂になる。
写真を撮ろうとスマホを構える人々がつめかけて騒然となる。
呆然と立っているアスカと偉。
偉「すごいな……」
アスカ「魚でも、仲間が死ぬのがわかるんだね……」
× × ×
芝生広場を歩く2人。
マグロ事件で少しテンション下がっている。
白詰草が一面に咲いている一帯がある。
アスカ「お花畑みたい」
偉「白詰草だね」
白詰草の花畑に座る2人。
持ってきた弁当を食べる。
偉「(失笑)中華弁当って……。休日なんだからサンドイッチとかハンバーグとか、母さんも気を遣って欲しいよな」
アスカ「(笑)作ってくれたんだから文句言わないの」
食べ終えて……、
アスカ「このまま……ちょっと眠りたい」
偉「いいよ」
アスカ「(どこか不安な眼差しで偉を見る)……」
偉「……大丈夫。側にいるよ」
アスカ「(ニコリ)」
仰向けになって目を閉じるアスカ。
青い空の光、海風の匂い、ピクニックを楽しむ人々の声。
小さく寝息を立てているアスカ。
アスカを見つめる偉。
と、悲しい夢を見てるのか、うなされるアスカ。
偉「……?」
アスカ「……ジュン……イクオ……」
偉「……!」
アスカの閉じた目に涙が浮かぶ。
偉「……」
しばし時が流れる。
濡れた瞳で目を覚ますアスカ。
アスカ「……なんだろう、悲しい夢を見た気がする」
偉「……そうか」
アスカ「(涙に気づいて)あれ、泣いてる? おかしいな……、あれ? あれ?」
小さく震え出すアスカ。
そっとアスカの手を握る偉。
偉「アスカを巻き込んだ奴らのテロ活動はまだ続いてるし、外の世界は物騒だ……」
アスカ「(涙が止まらない)」
偉「僕は強くないし、甲斐性もないけど、母さんと僕が守る小龍飯店で、アスカに降りかかる災難から、アスカを傷つけるものから、守ってみせるよ」
アスカ「(涙が溢れ出る)」
偉に優しく抱きしめられて……。
〇61 大きな中華料理店・会場(日替わり)
華やかな中国伝統の結婚式が行われている。
鮮やかな赤い衣装に身を包んだ偉とアスカ。
幸せそうに見つめ合い交杯酒の儀式を行う。
感無量で泣き出す紅。
アスカ「(涙目で笑顔)」
〇62 とある道(日替わり・夜)
必死に走って逃げている明美。
角刈りと丸刈りの男が明美を追いかけている。
路地裏に追い詰められる明美。
男たちに捕まり暴行を受ける。
明美「助け……!」
馬乗りになって口を押さえつける丸刈り。
丸刈り「黙れ! 警告を無視するからだ!」
角刈り「川の奴らの味方なんかしやがって。この非国民が」
明美「(恐怖)……」
と、ひとりの若者が颯爽と現れる。
鉄パイプで丸刈りの頭を殴り飛ばす。
ひっくり返って身悶える丸刈り。
続けて角刈りを襲う若者。
慌てて逃げ去る角刈り。
明美に振り返る若者……ジュンだ。
ジュン「……」
明美「……」
ジュン、ゆっくり明美に歩み寄る。
明美「あ……ありがとう……」
と、明美を素通りして倒れている丸刈りのポケットを物色するジュン。
明美「え?」
財布を見つけて金だけ抜き取るジュン。
明美「……ちょ、ちょっと、何してるの?」
丸刈り「……てめぇ」
ジュンの腕にしがみつく丸刈り。
袖がめくれて手首の認識番号が見える。
明美「(見て)!」
丸刈りを殴りつけて気絶させるジュン。
明美「あなた、強制収容河川の!」
ジュン「!」
慌てて駆け去るジュン。
明美「待って! 待って! 私は味方よ!」
立ち止まり、振り返るジュン。
ジュン「……」
〇63 モンタージュ
明美の事務所。
テイクアウトの牛丼をモリモリ食べるジュン。
明美「……私のも食べる? まだ手つけてないから」
ジュン「ん」
明美M「極右の暴漢から助けてくれたこの少年は、神田川強制収容河川から脱走して来たと言う。いつ、誰と、どうやって脱出したか、詳しいことは話してくれない。地上では不法就労の解体業とか、非合法の仕事をして生き延びてきた」
× × ×
事務所ビル屋上。
物置小屋の整理と掃除をする明美とジュン。
明美M「今の私には、弁護士として彼を守る手段が無い。事務所屋上の物置に住まわせることにした。水回りは事務所のを使えばいい。誰も文句は言わない。諸団体の度重なる脅迫に屈してスタッフは辞めてしまったのだから」
リサイクルのベッドとテーブルを置いてそれなりの部屋になる。
明美「なんか、ペントハウスみたいでいい感じじゃん。自分用にすれば良かった」
ジュン「なんで、ここまでしてくれるんだ……?」
明美「誰かに言われたのよ。いくら弁護士として川の人々のために粉骨砕身で戦っても、自分の人生を犠牲にしてまでやり抜く覚悟はあるのかって?」
ジュン「……」
明美「ま、君は命の恩人でもあるし。あいつらにレイプされてマジで殺されてたかも知れない」
ジュン「……」
明美「それと、協力して欲しいの」
ジュン「協力?」
明美「何をしたらいいか分からないけど、君の存在が希望になる時が来るかも……」
ジュン「希望……」
明美、屋上の手すりにもたれ煙草に火をつける。
明美「脱走者を匿うなんてとんだ酔狂よ。私も、終わりの見えない困難と挫折で、半分やけっぱちなのよ」
大きく煙を吐いて、
明美「だけど……弁護士としての信念はゆるぎない」
遠くを見つめてキリッと言う。
× × ×
ジュンの部屋(元物置小屋)。
オーディオ機器、CD、レコード、音楽雑誌が充実していく時間経過。
明美M「何か欲しいものある? と訊いたら、ロックが聴きたいと言った。川の中でCDを拾い、隠れて聴いていた歌があるらしい。それはデモ曲で誰の歌か分からない。歌詞で検索してみたけど出てこない。きっと世に出なかった歌なんだろう」
部屋に引きこもってロックを聴くジュン。
× × ×
明美の事務所。
牛丼を食べる手を止めてテレビを見ているジュン。
仕事の手を止めて明美も見ている。
獣の牙による某議員事務所爆破テロのニュース。
ジュン「……あいつら(歯軋り)」
明美「……」
明美M「ジュンは、獣の牙に憎しみを募らせていた。深い因縁があるようだけど、まだ、過去のことを話してくれるほど心を開いてくれない」
明美「卑劣な暴力は絶対に許せない。獣の牙なんか絶対に認めない。だけど、その目的が強制収容河川解放なのが私達にもジレンマなのよ」
ジュン「……本当の敵って誰なんだ」
明美「……」
ニュースは続く。
アナウンサー「そして来月、7月11日は、東京都庁爆破テロから1年。警察は、獣の牙がこの日に合わせてテロを決行する可能性も高いとして、今から厳戒態勢に……」
× × ×
とあるオフィスで会議をしている明美。
鞄と供にレコード店の袋が置いてある。
仕事を終えて、
男性スタッフ「それ、アナログレコード? そんな趣味あったっけ?」
明美「あ、私のじゃなくって……」
男性スタッフ「あー、ついに瀬川さんにも……」
明美「セクハラ、パワハラ」
男性スタッフ「まだ最後まで言ってないよ」
× × ×
ジュンの部屋。
ジュンにレコード渡す明美。
明美「通りかかったレコード屋に入ってみたら。私もちゃんと聴きたい気分になって」
ジョン・レノン『イマジン』の中古品。
ジュン「(笑顔)おおー、ジョン・レノン」
明美M「笑った。最初は野良犬のように警戒していたジュンだったけど、次第に心を開いてくれている。物に釣られているわけじゃないと信じたい」
2人でレコードを聴く。
ジュン「歌で世界を変えることってできる?」
明美「え……」
ジュン「あんたも、獣の牙も、何年やっても世界を変えられないでいるんだろ?」
明美「……」
ジュン「歌で世界を変えることができればな……」
明美「ジュンは……ロマンチストなんだね」
〇64 地下鉄(日替わり)
新宿行きの地下鉄に乗っているジュン。
抱えきれないほどの花束を抱えている。
窓に映る自分を見つめる。
ジュン「……」
〇65 東京グラウンドゼロ(東京都庁跡地)
7月11日、ジュライ・イレブン。
爆破テロから1年を迎えて追悼式典が行われている。
厳戒態勢の中、遺族や警官、消防士ら関係者が参列して黙祷が行われる。犠牲者の名前が読み上げられる。跡地を囲むフェンスには犠牲者の写真やイラスト、メッセージが飾られている。そこに人々が集まり献花をして祈りを捧げている。
花束を置いて黙祷するジュン。
ジュン「……」
ふと、1枚の写真に目が止まる。
軽音部で歌っている女子高生……明日花(S18)の写真に『天国で夢を叶えてね』などのメッセージが添えられている。
ジュン「……」
〇66 事務所ビル屋上(夜)
遠く新宿方面にトリビュート・イン・ライト(都庁を模した2本の光の柱を跡地から夜空に照射する追悼ライトアップ)が見える。
ベンチに腰掛けて眺めるジュンと明美。
明美「……そっか」
ジュン「……」
明美「……」
ジュン「……明美の夢は?」
明美「え……?」
明美M「呼び捨てかよ。だけど、初めて名前で呼んでくれた。野良犬が保護犬になった気分だ」
明美「今やってること。絶賛挫折中。でも発展途上中」
ジュン「うん……」
明美「ジュンの夢は?」
ジュン「ロックスター」
明美「……ねえ、なんか歌ってよ!」
ジュン「え?」
明美「なんでもいい。好きな歌。何か歌えるでしょ?」
ジュン「人前で歌ったことない。っていうか、大きな声で歌ったことないな……」
明美、拍手をして促す。
つられて立ち上がるジュン。
ジュン「……」
トリビュート・イン・ライトを背に歌い出す。
アカペラで♪『JAM』を歌う。
魂がこもった歌声。
感極まって涙が溢れ出す。
明美「……」
泣きながら歌うジュン。
その姿に、その歌声に、心が震えて涙を流す明美。
ジュン「(涙)♪〜」
明美「(涙)……」
孤高のステージ。
歌い終えるジュン。
呆然とする2人。
明美、我にかえって拍手する。
ジュン、涙を拭ってはにかむ。
明美「すごいよ……。なりなよ、ロックスターに。全力で応援する」
ジュン「(涙目で笑顔)……」
〇67 『獣の牙』アジト(日替わり)
倉庫の一室。
テレビを見ている獣の牙メンバー一同。
獣の牙による某議員事務所爆破テロのニュース。
アナウンサー「そして来月、7月11日は、東京都庁爆破テロから1年。警察は、獣の牙がこの日に合わせてテロを決行する可能性も高いとして、今から厳戒態勢に……」
シマウマ「こんなこと言ってやがる。どうする?」
クロサイ「ちょうど1年だ。やってやろうぜ」
シマウマ「そうだよな」
リスザル「しかし、警戒してどこも厳戒態勢になる」
カモシカ「だからこそ、力を見せつけてやるんだよ」
イクオ「ダメだ。711は影響が強すぎる。俺たちが恨まれるのは仕方ないけど、川の人々まで敵視されかねない。ただでさえその風潮はあるんだ。711は喪に服した方がいいと思うけど」
一同「……」
ライオン「コヨーテの言う通りだ。711に実行は無い」
一同「……」
話を続ける一同。
イクオを伺うリスザル。
平然と話しているイクオ。
リスザルM「ライオンは教会で拾った野良犬にコヨーテと名付けた。コヨーテは、賢くて学習能力と適応性に富んでいるが、凶暴で残酷な一面もある動物だ。同じだ。こいつは何か危険な匂いがする」
〇68 芸能事務所ビル(日替わり)
配達員に扮装してビル内を下見しているライオン、リスザル、イクオ。
リスザルM「仲間に入れて1年ちょっとでライオンの片腕になりつつある。いつも冷静で、無表情で、まるで心が読めない」
倉庫に忍び込む。
ビル設計図見て爆弾の設置場所を確認する。
奥を物色するイクオ。
イクオ「(何かを見つけて)あ……!」
ライオン「どうした?」
イクオ「(呆然)……」
大きな看板の前で立ち尽くすイクオ。
あの、綺麗な花畑で女性モデルが仰向けになって微笑んでいるファッション広告の看板だ。
イクオ「……」
ライオン「どうした?」
イクオ「……これ、欲しい」
リスザル「(きょとん)え?」
ライオン「(きょとん)看板?」
イクオ「持って帰る」
ライオン「バカ、何言ってやがる」
イクオ「持って帰る。手伝ってよ」
と、ニッコリ笑う。
ライオン・リスザル「(ポカン)……」
リスザルM「嘘だろ。あのコヨーテが笑った。まるで純粋な少年のように」
笑顔のイクオ。
しかしその目に、涙がキラリと光る。
第4章 もう2度と会えない君へ
〇69 音楽番組(5年後・夜)
4人組ロックバンド『A17ー597ー321』のライブ。
ギターを掻き鳴らしてヒリヒリと熱唱するジュン。
盛り上がる観客。
♪
もう終わりの鐘が鳴る
突然の雨の様に機関銃よりも無差別に
もうここからさよならしなくては!
恋焦がれ憧れの君はどうにかお元気で
汚れ散った悲しみを胸にためて
目を閉じて膝抱え夜明けを待つのさ
夜明けを待つのさ
僕らの無力を夜明けが照らすな
夜明けはもうそこだ。
演奏後、MCとトークするジュン。
MC「ありがとうございました! 今日のゲストライブは『A17ー597ー321』の皆さんです!」
ジュン「どうも」
MC「2回目の出演になりますけど改めて。バンド名、非常に独特ですけど」
ジュン「(笑)覚えにくくてすいません」
MC「由来は?」
ジュン「(手首の認識番号見せて)俺の認識番号です」
MC「ボーカルのJさんは、なんと、神田川強制収容河川からの脱出者なんですけど、国際的な人権団体の尽力もあって、前代未聞の市民権を獲得しているんですね」
ジュン「おかげさまで」
MC「その社会性もあって、いま世界でも注目されていますけど、どうですか?」
ジュン「そうですね、世界が見てるから、政府も俺に下手なこと出来ません」
MC「いや、まあ、そこは、ははは……」
ジュン「まあ色々と、諸団体からの圧力や殺害予告や嫌がらせがあるんで常に緊張感あるけど、屈せず歌ってやろうと思ってます」
MC「なるほど。で、明日、ライブがあるということで」
ジュン「明日、7月11日、ジュライ・イレブン。日比谷野外音楽堂でフリーライブします」
MC「フリーライブ! これには中継も入って……」
と、トークが続く。
〇70 『獣の牙』アジト
イクオ以外の獣の牙メンバーが、その音楽番組を観ている。
クロサイ「ライブ中継か。みんなで見ようぜ!」
シマウマ「いいな」
ヤマネコ「Jは俺達の、川の人間の希望の星っすね」
リスザル「やり手の弁護士がいて、国際的人権団体がバックについたからな。世界的に注目されて大手レコード会社も便乗して、うまくやってるよ」
シマウマ「……なあ、はっきり覚えてないけど、やっぱりこのJって奴、あの時の、教会で逃げた奴じゃないのか?」
ヤマネコ「教会?」
リスザル「コヨーテが違うって言ってる。それでいいだろう」
一同「……(奥にいるイクオをチラリと見る)」
電話で話しているイクオ。
インテリ風な眼鏡をかけていて、流暢な英語で話している。
イクオ「I will transfer the balance later.」
電話を切り、一同の元に来る。
リスザル「どうした?」
イクオ「アメリカ※※※社へのサイバーテロが成功したようだ」
一同「おおー!」
シマウマ「やっぱ、アメリカのハッカーは腕が違うな」
イクオ「高い金払ってるんだ。当たり前だ」
クロサイ「よし、明日はライブ鑑賞してパーッと飲もう。(イクオに)なあ、たまにはいいだろ?」
イクオ「ライブ鑑賞?」
ヤマネコ「(テレビ指差して)コヨーテさんの推しですよ」
テレビ画面、ジュンが喋っている。
イクオ「(見て)……」
リスザル「……」
〇71 とある場所
公安の男と密会しているリスザル。
書類にサインをしている。
リスザル「これで本当に、市民権の獲得と犯罪行為の免責、終身年金の支給が保障されるんだな?」
公安1「警察は嘘はつかない」
リスザル「なんの冗談だ?」
公安1「そっちこそ嘘はないだろうな? 本当に爆破テロの計画は無いんだな?」
リスザル「あの1年前のが最後だ。もうサイバーテロしかしないだろう」
公安2「あの時、特殊部隊が撃ち殺したのは誰だったんだ?」
リスザル「リーダーだったライオンとカモシカ。それで結成メンバーは俺1人になった」
公安1「なるほどな、結束力は以前ほど無しか」
リスザル「いや、コヨーテがうまくまとめてる」
公安2「自分を差し置いて新参者がリーダーになったのが納得できなかったか」
リスザル「そんなんじゃない。もう潮時だと思っただけだ」
公安1「まあいい。では本題に入ろう。我々としては……」
などと話は続く。
〇72 小龍飯店・店内
閉店作業をしている偉とアスカ。
2階から子供の声と暴れる音が聞こえる。
顔を見合わせる2人。
2階住居から紅が顔を出す。
紅「アスカー、双子が手に負えないわー!」
アスカ「(やれやれ)」
偉「こっち俺がやるから」
アスカ「うん」
〇73 同・住居
寝室で双子の男の子・純と郁生(3)を寝かしつけるアスカ。
アスカ「なんでケンカするのよ」
純「純と郁生の名前、とりかえっこしたい」
アスカ「なんで?」
純「郁生の方がいい」
郁生「やだ!」
アスカ「どっちもいい名前なのよ」
純「なんで?」
アスカ「パパがつけた名前だから」
郁生「なんで?」
アスカ「ママにとって、きっと大切な人の名前なんだって」
郁生「それ誰?」
アスカ「さあ? ママね、記憶喪失なの」
純「きおくそーしつ?」
郁生「なにそれ?」
アスカ「う〜ん。いい子で寝たら、明日教えてあげる」
純・郁生「まだ寝なーい!」
アスカ「言うこと聞かないとこうだぞ!(くすぐる)」
純・郁生「きゃー!」
戯れあって暴れる3人。
× × ×
隣の居間で3人が暴れる音にため息をつく紅。
紅「(やれやれ)……」
〇74 明美の事務所ビル屋上
遠く新宿方面に建設中の新・東京都庁が見える。
ギターを弾き語っているジュン。
明美が聴いている。
♪
ゆらゆら揺れてる 君がいる思い出
ゆらゆらしながら「君こそが思い出」
すり減った思いで 僕の旅は終わらない
終わりはない
初めてついた嘘 初めて弾いたギター
罪深き音色が響き出した!
「眠る君のそばで」僕はただ夢を見る
儚き事と知る 今は未だ夢の中
世界が傷ついて泣き出して雨が降る
世界の傷跡を歩いて行く すり減ったブーツで。
歌い終えるジュン。
拍手する明美。
明美「(感慨深く)あれから5年か……」
ジュン「(微笑んで)歌で世界、変えられそう?」
明美「(微笑んで)変わってるよ。すごいよ、ジュンは」
ジュン「俺じゃないよ。明美だよ。弁護士兼マネージャー」
明美「認めたくないけど、獣の牙の影響もある。見てみぬ振りをする海外の大企業や資産家にサイバーテロを仕掛けて、大衆的に世界を巻き込んだ」
ジュン「だからって奴らの罪が消えることはない」
明美「もちろん」
ジュン「大切な2人を奪われた……」
明美「……」
ジュン「2人にも、俺の歌を聴いて欲しかったな……」
夜空を見上げる。
〇75 日比谷公園(日替わり)
警察による厳戒態勢が敷かれた会場周辺。
ライブ開催の抗議活動をする諸団体。
それに対抗する人権団体やファン。
それを報道するマスコミ各社。
続々と集まってくる人々。
〇76 日比谷野外音楽堂(夕)
夕方の空にギターが鳴り響く。
ステージに現れるジュン。
歓声をあげる観客。
ライブが始まる。
♪
深い闇から見上げたら とんがる三日月
泣いて吐いて笑っても せまる高い壁
孤独と二人きりで 弾む楽しい会話
敵はいつも己の中 天国の隣に
とんでもねぇくせにブッとんだっていいさ
乗れよ向い風
震える両腕を後ろに隠したら
破れた声で 叫べ歌
汚れた指で弾け
孤独と二人きりで つぶれてたまるか
破れた声で 叫べ歌
汚れた指で弾け
歪んだ顔で 叫べ今
汚れた指で弾け!
叫ぶように歌うジュン。
盛り上がる観客。
中継するカメラクルー。
〇77 警察の地下駐車場
出動する特殊部隊。
〇78 『獣の牙』アジト(夜)
リスザル以外のメンバーが酒を飲みながらテレビ中継でライブを見ている。
クロサイ「リスザルはまだ来ないのか?」
シマウマ「遅いな」
イクオ「……」
♪
痺れる右手でブーツの泥を払うように
バイバイ
深い森をさまよって 街へ続く道を探して
深い森の真ん中で 階段が雲を突き抜けて
深い森を見おろして 螺旋に座って気付くんだ
君がいるこの胸が天国
〇79 小龍飯店・店内
店内のテレビにライブ中継が流れている。
接客しているアスカ。
ふと手を止めてテレビに見入る。
熱唱するジュンの姿。
♪
時をこえて夜をこえて歩き続けよう
光と影が追いかけあって太陽と月がぶつかるまで
君のために君のかわりに傷だらけになる
もう泣かないでそんな所で
海をこえて山をこえて歩き続けよう
西へ東へ南へ北 体温を上げてどこまでも
君のために君のかわりに泥だらけになる
もう泣かないでそんな事で
アスカ「(見入って)……」
客「すいません」
アスカ「……あ、はい!」
〇80 『獣の牙』アジト
静かに突入の展開をする特殊部隊。
盛り上がっているメンバー一同。
♪
抱えきれない花束を抱いて
窓に映った笑顔悲しげ
胸一杯のこの愛をして
願うのはたった1つ
かけがえのない君の事を
君よどこへいくの?
行かないでよ! ここに居てよ! 嘘
揺られてる地下鉄に
揺れてる花の様な君よ
さっきからずっと……
〇81 小龍飯店・店内
仕事の手を止めてライブに見入っているアスカ。
常連客「アスカちゃん、瓶ビールおかわり」
アスカ「(見入って)……」
常連客「おーい」
偉「(持ってきて)はいはい、ビールですね」
〇82 日比谷野外音楽堂
改まって語り出しているジュン。
ジュン「……それで、えっと、実は俺の名前は、ジュンって言って……イクオとアスカって仲間と一緒に神田川から逃げてきました。だけど2人とも……理不尽な暴力で死んでしまった」
静まり返る会場。
ジュン「次に歌う歌は……かけがえのない親友・イクオと……永遠に愛する人・アスカに捧げます」
〇83 『獣の牙』アジト
イクオ「……!」
〇84 小龍飯店・店内
アスカ「……!」
偉「……!」
〇85 日比谷野外音楽堂
祈るように、歌い出すジュン。
♪
もう2度と会えない君へ
あれからどれ位経ったろう
短く感じたり永く感じたり
もう2度と会えない君へ
今なら前より心から
話したり見たり傷つけ合えたり
この世界はそのうち勝手に終わるよ
どうせならば果てまで行こう
忘れなければ 忘れなければ!
思い続けて時は流れて
〇86 小龍飯店・店内
記憶が蘇って号泣しているアスカ。
嘆き震えるアスカを抱きしめる偉。
紅と純と郁生も寄り添っている。
呆然と一家を見つめている客達。
〇87 『獣の牙』アジト
静かに涙を流すイクオ。
その時、特殊部隊が突入し、いきなり銃撃する。
なす術もなく撃たれるメンバー達。
壮絶に死んでいく。
イクオ、銃撃を受けながら逃げ出す。
〇88 日比谷野外音楽堂
涙を浮かべて歌うジュン。
♪
もう2度と会えない君へ
色々とここは変わったよ
僕自体が君の知らない僕さ
もう2度と会えない君へ
たまにはこの歌を歌って
わざわざまたぼくは君を失う
この体はいつかは灰になるでしょう
どうせならば果てるまで行こう
〇89 『獣の牙』アジト
血まみれで這いずって裏口から逃げるイクオ。
色褪せた看板が立てかけてある。
あの、綺麗な花畑で女性モデルが仰向けになって微笑んでいるファッション広告の看板だ。
その前で力尽きて倒れるイクオ。
看板を見つめる。
♪
忘れなければ 忘れなければ!
思い続けて時は流れて
忘れなければ 忘れないからね
思い続ける 時よ流れよ
〇90 イクオの見た走馬灯のような幻
一面の花畑でアスカが笑っている。
ジュンもいる。
そしてイクオは、笑顔で2人に駆け寄る。
〇91 それぞれの姿
♪
もう2度と会えない君へ……
もう2度と会えない君へ……
もう2度と会えない君へ……歌を
家族に抱かれて泣き続けるアスカ。
血まみれで死んでいるイクオ。
太陽のように眩しいライトの光の中で、歌い終えたジュン。
〈了〉
想定使用楽曲
ザ・イエロー・モンキー『JAM』
注1 中谷美紀『MIND CIRCUS』
注2 ZIGZO『チェルシー』
注3 ZIGZO『flow』
注4 ZIGZO『3day in a well』
注5 ZIGZO『深い森にいた』
注6 ZIGZO『WALK』
注7 ZIGZO『a line to exit』
注8 ZIGZO『もう2度と会えない君へ』
初稿 2009/6/13