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『どうせ私なんて』を手放した日:静かに訪れた、セルフイメージの変化

    「どうせ私なんて。」

    この言葉を、私はいつから使っていたんだろう。

    私は何もできない。
    私は人に好かれない。
    どうせ私なんか。

    そんな言葉を私は物心ついた頃から使ってきたし、ずっと事実だと思い込んでいた。

    でも、ある日ふと考えた。それは事実ではなく、長い時間をかけて信じ込んできた「思い込み」だったのかもしれない。

    そう気づいてからも、その思い込みを手放すのは簡単ではなかった。頭では違うとわかっていても、気づけばまた「私なんて」と口にしている。
    そんなことを何度も繰り返していた。

    そんな頃、留学時代の友人が「久しぶりに会いたい」と連絡をくれた。

    そのとき私は思わずこう口にした。

    「〇〇ちゃん、私なんかに会ってくれるかな。」

    その瞬間、自分で驚いた。

    「え? 私、今そんなこと言った?」

    ものすごい違和感だった。

    以前なら何の疑いもなく口にしていた言葉なのに、今の私にはもうしっくりこない。

    その違和感に気づいた瞬間、私は思った。

    「ああ、私はいつの間にか『私なんて』を手放していたんだ。」

    振り返ってみると、「私は何もできない」というのも事実ではなかった。

    アメリカの大学院を卒業し、県立高校で英語を教え、モンテッソーリ教室を立ち上げた。

    私は昔から、英文法やモンテッソーリ教育や子育てを学んで人に伝えることが好きだった。

    「人に好かれない」という思い込みも、本当だったのだろうか。

    会いたいと言ってくれる友人がいて、私と話すのを楽しみにしてくれる人が実は結構たくさんいる。

    私が信じていたのは、現実ではなく、自分で作り上げた物語だったのかもしれない。

    今思うのは、思い込みは「頑張って消すもの」ではないということだ。

    セルフイメージが少しずつ変わっていくと、それまで当たり前だった自己否定の言葉が、自分の中で「何か違う」と感じられるようになる。

    「私なんて」は、無理に否定したから消えたのではない。

    もう、それが今の私にはしっくりこなくなっていたのだ。

    『私なんて』を手放した日は、何かが突然劇的に変わったわけではない。

    誰かに褒められたわけでも、大きな成功を手にしたわけでもない。

    ただ、自分の中で、「私なんか」はもう事実じゃなくなった。

    あれほど当たり前だった自己否定の声が、小さくなっていた。

    そして私は初めて、「私は私のままでいいのかもしれない」と思えた。

    セルフイメージが変わると、自分を否定する言葉は、自然と聞こえなくなる。気にならなくなる。

    ある日ふと、「それ、もう今の私じゃないな」と違和感を覚える。

    本当の変化は、案外そんなふうに静かに訪れた。


     
     
    「ちゃんとしなきゃ」から自由になり 自分の人生を生きるための自己理解サポート アメリカMA留学→高校英語教師→モンテッソーリ教室主催。 我が子の不登校を機に教室を閉鎖→自分自身の生きづらさと向き合い 20年苦しんだ「生きづらさ」を克服。 頑張ってもうまくいかない女性を支援中

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