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Photo bychiharuna3

教員は「芋えないケアをしおいる」

    「この孊生は適性がないので、孊校ずしおも早めに芋極めおほしい」

    そう蚀われお、すぐには蚀葉が出なかった。

    いや、正盎にいうず蚀葉が出せなかった。

    圓然、その孊生のこずが頭に浮かんだ。

    確かに、思考が倧きく広がるタむプではなかった。
    䞀぀の問いに察しお、すぐに倚くの芖点を持おるような孊生ではなかった。

    けれど実習では

    「この患者さんに、自分は䜕ができるだろうか」
    ず、䜕床も私たちに盞談しおきた。

    蚀葉を遞びながら、ゆっくりず。
    時間がかかるこずもあったが、自分なりに考えようずしおいた。

    孊校の䞭では芋えにくかったその姿に

    私たちは䜕床も驚かされおいたのだった。

    適性がない。

    芋極める。

    その蚀葉の重さを、どこたで受け取ればいいのか
    枬りかねおいた。


    看護教員の仕事は、あたり理解されおいない。

    病院で患者に向き合う看護垫ずは違い
    教員は孊生に向き合う。

    けれどその本質は、倧きくは倉わらない。

    どちらも「ケアの仕事」だ。

    看護垫が患者の回埩ずその人らしい生掻を支えるように

    看護教員は、孊生が看護垫ずしお成長し

    自分の力で珟堎に立おるようになるたで関わり続ける。

    知識を教えるだけでは足りない。
    技術だけでも䞍十分だ。

    䞍安で立ちすくむ孊生に声をかけ
    倱敗に向き合う力を支え

    ずきには珟実を突き぀け
    考え盎しおもらうこずもある。

    それは、教えるずいうより

    「支える」に近い。


    私は、少しだけ間を眮いおから、こう答えた。

    「孊校は、孊生を排陀する堎所ではないず思っおいたす。
     難しさを感じる孊生こそ、その人の良い郚分を芋぀けお、
     そこから䌞ばしおいく堎所なのだず考えおいたす」

    蚀い終えたあず
    わずかに空気が止たった気がした。

    うたく䌝わったのかどうかは、わからない。

    ただ、自分の䞭では、それ以倖の蚀葉を遞ぶこずができなかった。


    瀟䌚に出たこずのない孊生に察しお
    いたこの段階で「適性」を芋極めるこずは、
    そんなに容易なこずなのだろうか。

    そしお、そもそも。

    「孊校」は
    誰かを芋限るための堎所ず思われおいるのだろうか。


    看護孊校は
    看護垫になりたいずいう気持ちを持った孊生が
    その思いを持ち続けられるように支える堎所のはずだ。

    できないこずに線を匕くのではなく

    できるようになるたで関わり続ける堎所のはずだ。

    それなのに

    その孊生にずっお最も孊ぶ機䌚である実習の堎で

    期埅ず䞍安にかられながら臚んだはずの最高、か぀、本物の孊習の堎で

    「芋極める」ずいう蚀葉が出おくるこずに
    どこか矛盟を感じおしたう。


    適性があるのかないのかは
    本来、孊生自身が時間をかけお芋出しおいくものではないだろうか。

    経隓し、悩み、迷いながら

    それでも続けるのか、立ち止たるのかを決めおいく。

    その過皋そのものが
    すでに孊びであり、成長の䞀郚だ。

    もし、自分が

    あるいは自分の子どもが

    目指しおいる堎所で

    ただ䜕者でもない段階で「向いおいない」ず芋られおいたずしたら。

    そのずき
    その蚀葉をどう受け止めるだろうか。

    どんな状況にあっおも
    「自分は支えられおいた」ず感じるこずができる孊生は

    きっず、その先で、よりよい看護をするのではないかず思う。

    看護孊生ず患者は
    別の存圚なのだろうか。

    ケアを受ける偎ず、ケアを孊ぶ偎。

    立堎は違っおも
    どちらもたた、誰かに支えられる存圚であるこずに倉わりはない。

    ケアが
    その人がその人ずしお成長しおいくこずを支え
    やがお自分の力で生きおいけるようになるたで関わるこずなのだずしたら

    看護ず教育は
    本来、ずおもよく䌌た営みなのではないかず思う。

    看護教員にできるこずは、限られおいる。

    成長を代わるこずはできない。
    結果を保蚌するこずもできない。

    それでも
    可胜性を手攟さずに関わり続けるこずはできる。

    どれだけ䞍確かでも
    その人が進もうずしおいる道を
    簡単に閉じおしたわないこずはできる。


    看護教員の仕事は、目立たない。

    この仕事が、どれほど芋えにくいものであっおも

    けれど確かに
    未来の看護を支えおいる。

    それは、患者のそばに立぀前の段階で行われる
    もうひず぀の「ケア」なのだず思う。

    あのずきの蚀葉が正しかったのかどうか
    今もわからない。

    ただ䞀぀だけ、確かに思う。

    人をケアするずいうこずは
    その人の可胜性を、途䞭で決めおしたわないこずだ。


    創䜜倧賞2026
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    看護臚床15幎・教員19幎目/元・囜詊指導に悩む教員。什和以降、担圓クラスの囜詊党員合栌を継続䞭「教員4〜5幎目の壁」を砎る実践的ノりハりを発信。他校に蚀えない職堎や囜詊指導の悩みは無料LINEで個別盞談䞭👇 https://lin.ee/p8s0wqK

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