
炎上に思うこと | 未熟なままの大人たちが、社会を作っている
子供の頃、「大人になったら何でもわかるようになるんだろうな」と思っていた。
20歳になれば完璧な大人になるものだと思っていたし、30歳なんてもう達観した人間だと思っていた。でも、実際はどうだろう?
私は今、大人と呼ばれる年齢になったけれど、根本的な自分は昔と変わらない。
好きなものは好きだし、苦手なことは苦手。失敗するし、時には拗ねる。大人だからって完璧になるわけじゃなくて、ただ責任が増えて、選択肢が増えただけ。
だけど、世の中は「ここからが子供で、ここからが大人」と線を引く。円滑な社会システムの構築のためには、必要なことだからだ。
◆ そもそも「大人」ってなんなんだろう?
こち亀のアニメ主題歌に、こんな歌詞があった。
誰でも一度は子供だったけど みんな忘れてる
偉そうな顔した政治家や
目の上ブルーなおばさんも
私は小さいながらに「そんなもんなのか?」と思った。でも、大人になってみると、たしかにみんな忘れてる気がする。
自分も昔は子供だったのに、「大人なんだからこうしなさい」とか「子供はこうあるべき」なんて言うのは、なんだか変な話だ。
昔の私と今の私は、まるで別人なのか? そうじゃない。ただ、年を重ねただけ。
私は子供の頃からずっと「私」で、大人の私もその延長線上にいるだけ。
それなのに、社会は便宜的に「子供」と「大人」を分けて、それぞれに違うルールを押し付けている。
◆ 大人は、本当に「大人」なのか?
大人って、子供の完成形じゃない。むしろ、大きくなっただけの子供だ。
おじいちゃん・おばあちゃんが、まるで子供のように無邪気になっていくのは、何かを忘れたからじゃなくて、むしろ「人間の中心」に戻っていくからじゃないかと思う。
子供は何かに夢中になって、大人はそれを忘れてしまうけど、年を重ねるとまた「大事なこと」に立ち返る。
だから、人は木のようなものなのかもしれない。
年輪を重ねても、中心は変わらない。ただ、いろんな経験を重ねて、少しずつ厚みが増えていくだけ。
◆ 「完璧な大人像」に疲れてない?
最近の社会は、子供に「大人らしさ」を求めすぎている気がする。
小学生に「将来の夢は?」と聞いたり、中学生に「受験を意識しろ」と言ったり、高校生に「社会に出る準備をしろ」と急かしたり。
「子供は子供らしく」と言いながら、実際には「大人らしさ」を押し付けている。
そして、大人になったらなったで、「大人ならこうすべき」と完璧なイメージを求められる。
でも、それってちょっと息苦しくないだろうか?
◆ 私も未熟、あなたも未熟
政治家も、目の上ブルーなおばさんだって、会社の上司だって、みんな昔は子供だった。
そして、今も「子供の先」にいるだけの存在だ。

つまり、私も未熟、あなたも未熟。みんな大きな子供たちが、必死に社会を回しているだけ。
だったら、「大人だからこうあるべき」「子供だからこうしなきゃいけない」なんてカッチリ分けなくても、もう少し柔らかくてもいいんじゃないか?
お互いに、許し合って、支え合って、ちょっとずつ成長していけばいい。
そんなふうに思う。