
ペテルギウス/短編小説
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この歳になって何をやっているんだろう。
30年も生きていれば、一度くらいはそう思ったことがあるだろう。
かく言う私も、今まさにその状態だった。
何をやっているんだろうにも種類があると思う。
飲みすぎた翌朝に思うような、その場限りの後悔。
そしてもうひとつは、
ここまで積み上げてきた人生そのものを振り返った時に訪れる後悔。
前者なら大抵なんとかなる。
後者だって、考え方によってはなんとかなるのかもしれない。
でも本当にそう思える人は、
そもそも「何をやっているんだろう」なんて考えない気がする。
コンビニ帰りだった。
夜風が冷たい。
吐いた息が白くなる。
冬だなと思いながら、なんとなく空を見上げた。
星には詳しくない。
オリオン座も北斗七星もよく分からない。
でもひとつだけ知っている星がある。
ペテルギウス。
その名前を知ったのは、もうずいぶん前のことだ。
彼とは何年前に会ったのだろう。
7年か。
8年か。
そのくらい前だったと思う。
付き合っていたわけじゃない。
友達でもない。
何度か食事に行って、何度かドライブをして。
夜中のラーメン屋。
コンビニの駐車場。
海沿いの道。
会う場所はいつも適当だった。
次の約束も曖昧だった。
それでも気づけば会っていた。
あの日も冬だった。
車を降りて、二人で空を見上げていた。
寒かった。
私はポケットに手を突っ込みながら「帰りたい」と文句を言っていた気がする。
「星とか興味ないし」
そう言う私に、彼は笑っていた。
「あれ知ってる?」
彼が空を指差した。
「知らん」
「ペテルギウス」
「なにそれ」
「星の名前」
「へえ」
「オリオン座の肩のとこ」
「肩って何」
「肩は肩やろ」
そんな会話をした。
たぶん彼にとっては何でもない会話だったと思う。
その時の私にとっても、きっとそうだった。
少し背が高かった。
冬になると黒いダウンばかり着ていた。
コーヒーはブラックしか飲まなかった。
笑う時だけ少し目が細くなった。
車の中では古い邦楽が流れていた。
覚えていることは意外と多い。
でも不思議なことに、もう名前は思い出せない。
結局、私たちは付き合わなかった。
告白もしていない。
喧嘩もしていない。
自然と連絡が減って、自然と会わなくなった。
終わりの瞬間すら覚えていない。
当時は何とも思っていなかった。
少なくとも私はそう思っていた。
彼がいなくなっても平気だったし、別に失恋したとも思わなかった。
それなのに31歳になった今でも、冬の空を見ると思い出す。
あの頃の私は、30歳を過ぎたら結婚していると思っていた。
子供もいると思っていた。
でも実際は違った。
将来のことは相変わらずよく分からない。
この歳になって何をやっているんだろう。
ふと笑ってしまう。
当時の私は気づいていなかった。
いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。
今さら認めたところで何も変わらない。
連絡先も知らない。
今どこで何をしているのかも知らない。
結婚しているかもしれないし、子供がいるかもしれない。
冬の空を見上げる。
ペテルギウスは相変わらずそこにあった。
この歳になって何をやっているんだろう。
そう思いながら、私は少しだけ笑う。
あの人の名前は思い出せない。
でもペテルギウスは覚えている。
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暑い日だからこそ冬のお話し。
優里やん。