
「あう~」は良い。
バスの降車ボタン競争に毎日参加していた。
私の特技は早押し(バスの降車ボタン)である。
トラップがなければ誰にも負けない。
「次は〜」の段階で押すのではもう遅い。
前のバス停から発車し、前の画面が次のバス停名に切り替わった瞬間に押すのだ。
私の降りるバス停はライバルが多かった。
学校の目の前に停まるので、学生は皆同じ場所で降りる。
皆いい歳なので隠してはいるが、内側の炎がめらめらしている。やってやるという目だ。
車内は殺気に満ちあふれる。
―ブレイクタイム―
私が降りる2つ前のバス停で、乗ってくる人たちがいる。眼鏡のお父さんと赤ちゃんだ。
抱っこされている赤ちゃんは1歳くらいだろうか。
彼らが降りるバス停には保育園があるから、
毎日送り届けられているのだと思う。
赤ちゃんは可愛い。
その赤ちゃんとお父さんが乗ってきた途端、
車内はポワポワのトロトロだ。
赤ちゃんは窓の景色を見ながら「あー」だの「うー」だの言う。何言っているかわからなくて可愛い。
お父さんはその言葉から
「あ、ほんとだねぇ。お花さいてるね」
などと言う。天才だと思う。
赤ちゃんはバスの手すりを触ったり、窓ガラスを触ったりして自分の触覚を育んでいる。
その2人はバス停ひとつ分だけ乗って降りる。
学校の一つ前のバス停だ。
どうやら、赤ちゃんも自分が降りるべき時を理解
しているらしい。
降車ボタンを押したい、と可愛くアピール。
お父さんが赤ちゃんの指を支え、押させようと
する。
コンビニがあるのでここで降りる学生達もいるが、
さっきまでの殺気はどこにやら。
赤ちゃんを溶けそうな顔で見ている。
「あう~」(ぴんぽーん)
「(かぁわいい!!!!)」
コレが皆の心の声である。
赤ちゃんがボタンを押した。
赤ちゃんがボタンを押せた。
本当は高速拍手をしたくて仕方がない。
ここが常に立っているような混雑したバスの車内で
なければ、今頃スタンディングオべレーションが
起きている。
が、ここはバス。ただのバス。
私達は自分の左手を必死で止める。
バスが停車する。
赤ちゃんとお父さんが降りる。
ドアが閉まる。
―戦闘開始―
「っっっっっっびんぼんっっっ!!!!」
気を抜いたままの学生はこの戦いに敗れる。
ドアが閉まった瞬間に皆の目の色が変わり、殺気が生まれたことに気付くべきだ。
こうして、赤ちゃんに気を取られていた私は
敗れた。
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