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「甲子園。俺たちの夏」。私は、まだ勝っていないチームを追いかける 


    今年も甲子園を目指す夏が開幕する。

    高校野球の取材をしていると、よく聞かれるのだ。
    「今年の優勝候補はどこですか?」
    「注目選手はいますか?」
    と。

    もちろんいる。
    でも答えない。
    答えられないからだ。

    150キロを投げる投手もいるし、ドラフト候補もいる。
    甲子園常連校には報道陣が集まり、スタンドは観客で埋まる。
    試合が終わればSNSには動画が流れ、新聞やテレビも大きく取り上げる。
    甲子園大会は覚悟がぶつかり合う真剣勝負である一方で、
    見ている観客にとっては「お祭り」のようだ。

    特に強いチームには、人が集まる。
    それは自然なこと。勝者の物語は面白いし胸が躍る。
    努力が実り、夢が叶う。人はそういう物語が大好きだから。

    思えば。
    むかし、私はそういうチームばかりを取材していた時期があった。
    スポーツ系出版社に勤務して5年間も春夏の甲子園取材をさせてもらった。

    私が担当していた頃の甲子園は、
    それはもう華やかでキラキラした舞台だった。
    勝っているチームはカッコいいし、ドキドキする。
    将来、プロ野球選手になるかもしれないし、
    そんな選手たちの高校時代を取材している自分は、
    どこかに勘違いした優越感があった。
    取材している自分に酔っていた、と言ってもいいだろう。
    そんな20代前半を過ごしていた。


    フリーライターになって、30代を迎えるころ、
    新しい世界を見る機会があった。
    九州の夏の地方大会を見に行った。
    甲子園をかけた熱い戦いを期間中追いかけた。
    選手たちに話を聞くと、
    どの選手にもストーリーがあり、挫折や栄光、誰にも言えない悩み、
    誰かに聞いてほしい心の声を抱えていた。
    負けて悔しい涙も同じだった。


    そうだ、彼らもまた、
    甲子園で活躍している選手と同じ高校生なのだ。
    そこから地方大会の魅力に取りつかれてしまったのだ。


    ゲリラ豪雨や水害が多かった九州の高校野球。
    震災を経て6県がひとつになって思い合う東北の高校野球。
    学童野球の聖地水戸を中心に野球愛が深い茨城の高校野球。
    1回戦から外野開放、決勝に3万人以上が集まる神奈川の高校野球。


    どの高校野球も、甲子園につながる大事な舞台だった。
    強豪校のグラウンドではなく、部員が足りない学校。
    優勝候補ではなく、まだ夏に勝ったことのない学校。
    そんな学校にどんどん惹かれていく自分がいた。

    茨城の県立水戸三。
    神奈川の私立中央大学横浜。
    宮城の県立加美農業。

    この夏、私が追いかける三つの学校だ。
    共通しているのは、夏の大会でまだ勝ったことがないこと。
    (加美農業は佐伯友也監督が就任8年の間で)

    2026年、第108回全国高校野球選手権大会は、3363チームが出場。
    そのうち、甲子園に出られるのは49校だけだ。

    その裏側には、何千もの「負けるチーム」が存在する。
    私は長い間、その事実を知りながらも、
    どこかで勝者の物語を追いかけるべきだと思い込んでいた。
    注目されるチームを書くことを求められていたからだ。


    ある日、チームの男子マネージャーの言葉に立ち止まった。

    「ウチ、勝ってないから、
    チームのインスタで発信することがないんです…」

    勝っていないから、発信できない・・・のか?
    その言葉を聞いたとき、胸が苦しくなったのを覚えている。
    勝っていない人には、語る価値がないのだろうか。
    結果が出ていない人には、物語がないのだろうか。

    強いチームは放っておいても人が集まる。
    誰かが書く。
    誰かが撮る。
    誰かが広める。
    でも、勝ってないチームは違う。
    書かなければ残らない。
    観に行かなければ知られない。
    そんな姿を書きたいと思った。


    茨城県立水戸第三高校は、
    女子マネージャーの「先生、野球部作っちゃおうよ」という一言から
    始まった創部3年目の野球部だ。
    今夏、初代1期生の選手たちが最後の夏を迎える。
    学校の創立100周年の夏だ。

    宮城県立加美農業高校は、
    かつて部員2人だった時期があった。
    連合チームを経験し、昨秋は50年ぶりの県大会出場を
    果たすまでに成長した。
    佐伯友也監督は就任8年目になるが、まだ夏に勝ったことがない。


    神奈川県の私立中央大学横浜高校。
    創部から挑戦を続けながら、
    あと一歩届かない夏を9回繰り返してきた。
    今年が10回目の夏。
    かつて、中学の強豪チームでプレーした選手が入部し
    風向きが変わってきている。


    この三校、信じてもらえないかもしれないが、
    勝っていないのに、選手たちはとても楽しそう、幸せそうなのである。
    なぜなのか、この夏、私はその答えを探る取材をする。
    これは母性なのか?
    勝利主義へのアンチテーゼなのか?
    過去の懺悔なのか???
    年齢を重ねたことで「消えてしまいそうなもの」が
    気になってしかたないという衝動もある。

    理由は、分からないが、
    ただ一つ言えるのは、私はワクワクしている。
    優勝候補を追う時とは違う種類のワクワクだ。
    今年の夏も、きっと多くのチームが目の前で負ける。
    私が追いかける三つの学校も、その中に入るかもしれない。
    でも、私は見届けたい。
    まだ勝っていないチームが、どんな夏を過ごすのか。
    そして、その先にどんな景色があるのか。

    この夏、
    甲子園につながる、俺たちだけの夏。

    私は、まだ勝っていないチームを追いかける。






     
     
    樫本ゆきと申します。スポーツ系出版社の元雑誌編集者です。音声配信が趣味で、そのテキストや、取材メモなどを残しています。むかしユキネーと呼ばれていた時代ありました。

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