
RECLAIMER #14 エピローグ ~それぞれの生きる道~
◆高橋の「仕様書」
週明け、月曜日の早朝。
静まり返ったオフィスに、軽快かつ攻撃的なキーボードの打鍵音だけが響いていた。高橋は、モニターに映るGEMINIのカーソルが次々と論理を紡ぎ出すのを、獲物を狙う鷹のような鋭い眼差しで見つめていた。
「……よし。これで、数千人の社員から漏れ出していた一千万単位の『奪還』が可能になる」
「あら、こんな朝早くから珍しいわね、高橋さん」
背後から声をかけてきたのは、同僚の女性上司だった。
「そんなに忙しい時期じゃないでしょう? ん? 稟議書……? 何を書いているのよ、それ」
高橋は手を止めず、凛とした、そして磁石のように人を引き付ける声で答えた。
「これは、私たちの力で『パパとママの未来を奪還』するための仕様書です」
「はあ? 何を言っているの。人事は受け取った書類を機械的に回すのが役目。そんな手間のかかること、いちいちやってられないわよ……」
「違います!」
高橋がピシャリと言い放った。その声の鋭さに、ちょうど出社してきたばかりの「月収百万円」の直属上司が、ビクッと肩を震わせる。
「人事は何も稼げないコストセンター? 誰がそんなことを決めたんですか! 私たちはここから革命を興すんですよ。私はこのボールペン一本で、社員全員の可処分所得を増やしてみせる。会社という『システム』を、社員を救うための『装置』へ書き換えるんです!」
その気迫に気圧されていた百万円上司が、眼鏡の奥の目を面白そうに細めた。
「……面白いな。すぐに全社導入とはいかないが……。よし、俺の元いた出向先の社長に連絡してやろう。モデルケースとして、まずは一つの拠点を
『奪還区』に指定して運用してみる価値は、十分にある」
高橋の唇に、確信に満ちた勝利の笑みが浮かんだ。彼女はもう、書類を処理するだけの歯車ではない。巨大な企業の構造を再設計する「アーキテクト」へと進化したのだ。
◆吉田仁の「通過点」
同じ頃、吉田もまた、これまでとは全く違う、弾むような足取りで自分のデスクへと向かっていた。彼は真っ先に佐藤の元へ歩み寄り、一通の封筒を差し出した。
「佐藤先輩。例の遡及請求と、社会保険料の随時改定に関する書類、すべて揃いました。これで……『奪還』を開始していいんですよね?」
佐藤は仁の顔を見るなり、何も言わずにデスクの引き出しから一枚のクリアファイルを差し出した。
「……ほら、これ。お前の『第一戦』の報酬だ」
中には、ディズニーランドの最新宿泊プランのパンフレットと、既に印鑑の押された有給休暇の申請書が挟まれていた。吉田は一度も、佐藤にディズニーの話などしていない。
「……えっ。どうして、これを」
「いつでも行ってきていいんだ、吉田。会社はお前を縛り付けるための監獄じゃない。仕事なんてな、人生という長い旅の途中に立ち寄る『通過点』に過ぎないんだよ」
佐藤は吉田の肩を強く叩き、穏やかだが揺るぎない眼差しで続けた。
「仕事は、家族や愛する者との時間を買い取るための『資源の供給元』だ。そのくらいのマインドでいろ。心を壊してまで、会社に魂を売る必要なんてないんだ」
「おいおい、そんなこと言わずに、しっかり会社にも貢献してくれよな!」
横からひょっこりと、大河原社長が上機嫌な顔を出した。
「君たちが知恵を絞り、安心して働ける環境を自ら勝ち取る。それこそが、この会社を強くするんだ。我が社は全力で君たちの生活を『武装』する。君たちは、その恩返しにプロとして全力で仕事を楽しむ。……これぞWIN-WIN。最高のハックじゃないか、なあ?」
社長の豪快な笑い声が、朝のオフィスに快く響き渡った。
吉田は、手の中にある有給申請書とパンフレットを、折れないように、しかし大切に握りしめた。
窓の外には、突き抜けるような青空が広がっていた。かつては自分を閉じ込める鉄格子に見えていた窓枠は、今や、どこまでも続く自由な世界への「ゲート」にしか見えなかった。
(……奪還。ここから、俺と、真由美と、陽菜の……本当の人生が始まるんだ)
吉田の胸には、もう冷たい不安の風は吹いていなかった。
ただ、愛する家族を連れて「夢の国」へと向かう、確かな勇気と熱い咆哮だけが、全身を駆け巡っていた。
横浜の街に、一人の男が「システムの利用者」として覚醒した証の、誇らしげな足音が響いていった。
◆あとがき
本書を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
もし今、あなたが給与明細を見て「取られている」と感じているなら――
その視線が、ほんの少しでも変わったとしたら幸いです。
「第6の力=奪還」
それは、特別な才能でも、裏技でもありません。
すでに存在している制度を、違う角度から見ること。
そして、自分や大切な人を守るために、正しく使うこと。
ただ、それだけです。
多くの人は、制度を「与えられるもの」として受け取ります。
しかしこの物語では、それを「誰かの人生を守るために設計された仕組み」として描きました。
作中で静かに存在していた「彼」。
その正体に触れるかどうかは、あなた自身に委ねられています。
ただ、ひとつだけ確かなことがあります。
制度は、敵ではありません。
理解し、使いこなした瞬間、それは――
あなたと、あなたの大切な人を守る、静かな味方になります。
明日、給与明細を開いたとき。
もしほんの少しでも、以前とは違う見え方をしたなら――
その瞬間、この物語は完成します。
◆RECLAIMER 今後の展開について
本編「RECLAIMER」は、ここで一度完結となります。
しかし、奪還すべきものは、まだ人生の中に数多く残されています。
今後は、本編内で登場した超実践編のみを抜粋・再構成した有料記事として公開予定です。
また、後日談となる新章。
そして――また別の男の物語。
制度を読み解き、人生を設計する。
本編では描ききれなかった彼らの物語も、今後展開していく予定です。
より実践的なテーマの記事も構想しています。
RECLAIMERの物語は、ここで終わりではありません。
人生に埋もれた資産を取り戻す旅は、まだ続きます。
ぜひ、次の奪還にもご期待ください。
◆追伸:もう一つの奪還について
ちなみに、作中で描いた「育休」というテーマについては、もう一つ別の形でもまとめています。
育休は、ただ仕事を休む期間ではありません。
家族の時間を確保しながら、制度を理解し、人生設計を組み替えるための期間でもあります。その考え方を、より実践寄りに掘り下げたKindle書籍も公開しています。
正直、まだ多くの方に知られている本ではありません。
ですが、これから育休を取得するパパ・ママにとって、「知らなかった」で失われるものを少しでも減らすために作った一冊です。
制度を使う前に、一度だけでも目を通していただければ幸いです。
それもまた、人生に眠る資産を取り戻す――
一つの「奪還」だと思っています。
▶ Kindle書籍はこちら
※社長、雇用保険を回収させていただきます(note版)では
佐藤蓮の育休に入る際のプロローグや本編内のストーリーパートを加筆リライトしたものを公開しております。
異端児 この国をハックする者たちは佐藤蓮と桐生誠のストーリーです。
育休をどう捉えなおすのか、怪物らしいロジックを楽しめます。
知らなかったでは終わらせない。
これは、人生に埋もれた資産を取り戻す物語。