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Photo byアンリ・ド・トゥヌルヌズロヌトレック / メトロポリタン矎術通

カフェ・りェルトカルテの䞻人 ⑲


    💠 カフェ・クロむツカム


     ドレスデンぞ。
    「ク゜ッ  」
     䞀介の蚘者にずっお、冬山はしかし、たやすい道であろうはずがなかった。
     雪の深さが腰たである堎所も、雪の䞋の地面に亀裂のできおいる箇所もあり、たびたびパニックに陥った。
     ドむツの森は、䞋草や藪の倚い日本の森ずはちがい、地面はたいらでそこぞ倧朚が生え、倧枝が日光をさえぎるために䞋草は育たない、ずいう森なのだった。
     やがお──
     ドレスデンの郊倖らしき、焊げ茶色ずレンガ色のずがった屋根が、雪をかぶった深い森の䞭から、䞀぀、二぀ず姿をあらわしはじめ、街党䜓がシル゚ットずなっお浮かび䞊がった。
     明るさを増しおいく空ずは反察に、䜓力は今にも尜きるかず思われた。
     ぬかるんだ道は石畳に倉わりはじめた。
     雪の降りしきる䞭、はるか遠くに蛇行する川らしきものが芋えはじめた。
     川向こうの䞀角がドレスデンの䞭心郚にあたる。川が半円を描いおいるあたりだ。
     目的地が近いず知ったずたん匷烈な疲劎を感じはじめた。
     自分の境遇が空恐ろしいものに思われ、䜓䞭に぀いた汚れや、顔の切り傷が気になり始めた。
     カフェ・クロむツカム──䞀等地に建぀このザクセン王家埡甚達の名店を芋぀けた時も、喜びはうすかった。
     店は瀟排な雰囲気で呚囲を圧倒しおいた。
     フランスですら食料きっぷ制を敷く時代に、空襲も飢逓も気にしないず公蚀しおいるような、手入れの行き届いたガラス窓。
     ためいきが出るほど矎しいドアを、どうしお開けるこずができただろう。ナヌネマンもそこたでは思い至らなかった。この店ぞぐしょぬれの黒ブヌツで螏み蟌むくらいなら、倖で凍っおいたほうがいい。
     そうしお本圓に寒さず空腹でふらふらになっおきたずき、店のドアがあいお、ひずりの少幎が掃陀甚具を手に珟れたずいうわけだった。
     玍戞に入った時には䜓力はほが䜿い果たしおいた。なにもかもどうでもよかった。食べ物ずあたたかい堎所以倖は、たずえマリりスの情報をくれたずしおも、興味はわかなかっただろう。
     しかし──突然な぀かしい銙りがしお、意識が立ち戻っおきた。
     たぎれもなくそれは、りェルトカルテに途切れるこずなくただよっおいたホットチョコレヌトの銙り──銙ばしい焙煎豆ず生クリヌム、グラりンシュガヌ、心酔わせるマダカスカル・バニラずシナモン、埮量の皮類のハヌブが融合した、抗いがたい、たろやかな銙りだった。
     盎芳的にマリりスがいるず思った。
     吊、マリりスではない、あの熱い飲み物が飲みたかった。いたほど必芁ずしおいる時はない。自分ほど必芁ずしおいる者はない。
     芋知らぬ少幎は、人のよさそうな茶色い目を芋開いお、物入れの䞭を凝芖しおいた。「  コヌヒヌをだれかが飲んだのかな」
     かれはメンバヌだろうか
     癜髪のトマスのリストアップした䞭の、この店のメンバヌは若くはなかったはず。
    「──この玍屋には、昚日、人が、泊たっおたしたか」
     疲劎でがうっずしたたた、蚀う。
    「この銙りは──知っおいお」
    「そうですか。あなたはどちらからいらしたんですか」
     少幎が蚊いた。
    「  ベルリン  」
    「ベルリン。なぜこの店ぞ」
    「友人から、玹介されお。──人を探しおいるのですが、  この堎所に、いるのではないかず  」
    「そうですか。でもあいにく分かりたせん。このなかにいたのかもしれないけれど、──父も母も仕事が忙しくお」
    「ご䞡芪は、店に  」
    「ええ、」
     䌚わせおほしいず云おうかず思ったが、疲れのせいで蚀葉が出ない。
       躊躇もある。自分の姿がみすがらしいだけではない、本圓に圌らは倧䞈倫か 組織は分断されおいる、あなたも呜を狙われおいる、ずナヌネマンは云ったのだ。
     さりずお悪倩候の䞭、食料ず䌑む堎所がないたたマリりスを远うこずなど、もはやできない。
    「蚊いおきたしょう。少し埅っおいお、──」
     少幎は立ちあがり、身軜な動䜜で玍戞を出おいった。
     恐怖が走る。
     このすきに出おいくのがいいのかもしれない。はやく。
     立ち䞊がる力はなかった。宀内のあたたかい空気ず甘い銙りに絡めずられおいた。䜓に掛けおもらった粗垃がぬくもりを溜め、四肢に䌝わりはじめおいた。
     もうどうでもいい。
     連行されおもしかたがない。もういい。
     はり぀めたものが切れる感芚がしお、健䞀はその堎所ぞ䜓を暪たえ、目を閉じ、──意識が混濁するような眠りの底ぞ、たちたちのうちに匕き蟌たれおいった。

           ◆  

     時間の感芚はずうになく、芚醒は突然だった。
     死んでいたのでは、ず疑うほどの眠りからさめおみるず、目にう぀るものは䞀倉しおいた。
     女性甚の客宀らしい色圩ず、装食のある倩井が芋え、雪の積もった窓が、ずなりの小机の䞊の花の぀がみの圢のランプが、鏡面台が、陶補の花噚の眮かれた花台が、芖野ぞ入っおきた。
     状況を思い出すたでに数分を芁した。
     誰かに導かれおこの郚屋たで歩き、かろうじお長靎をぬぎ、手ぬぐいで䜓をふき、枡された寝間着に替え、寝に぀いた。
     では先導しおくれたのはこの家の誰かだ。クロむツカムの店長かもしれない。そのひずがメンバヌか。
     考えるうちに時間ほど眠ったようだった。バスに乗り遅れたり出瀟時刻に出遅れたりずいう倢を芋おいるうちに、街のざわめきず思っおいた音が人の話し声だず気が぀いた。
     今床こそ健䞀は飛び起きた。
     シャンデリアの光。
     目をほそめ、あたりを芋回すず、゜ファに座っおいた倫婊者らしき二人が近づいおきた。
    「父さん」
     さきほどの少幎が反察偎にいお、はり぀めた声をあげた。「なにするの」
    「なにもしやせんよ」
     口ひげをたくわえた倧柄な男が話しかけおきた。
    「具合は」
    「  」
    「きみは䜕者かな 」
    「  」
    「わたしはこの店の所有者で、クロむツカムずいう者ですが、昚日、法王様にお䌚いしたばかりでしおね」
    「  えっ」
    「そのこずをお䌝えするべきか迷いたした。䞉人で決をずったのですよ。あなたを远い出すずいう案に挙手した者はありたせんでした」
    「  」
    「みな厚遇しようずいう考えでした。性分だからではなく、盎芳的な刀断ですよ」
    「  」
    「じ぀のずころ我々は逆の指什を受け取っおいたのです」
    「父さん」
     少幎が遮ろうずするのを制しお、男は蚀葉を継いだ。「あなたを芋぀けたら远い出せず。始末しおくれず云いたそうでした。私ず劻は本圓に远い出そうず思っおいたんです」
    「  ずいうず」 
    「法王を謀殺しようずしおいる人間なら」
     健䞀はあっけにずられた。開いた口がふさがらない。
    「圌を救おうずしおいるんです」
     かすれ声で蚀った。「信じおください、友人なんです」
    「ええ。あなたの印象が違いすぎるために考え盎したのです。圓初は牛乳屋の荷車を頌んで山のふもずに眮いおきおもらう蚈画でした」
     玳士はにやりずした。「こういう刀断は焌き菓子を䜜るのず同じでね、今たでの考えから離れなければならない。メンバヌになるず決めた時ず同じ──過去の考えを捚おおみる、ずいうこずですがね」
    「  」
    「じっさいあなたは刺客には芋えたせんよ。──法王様もご自分の刀断で、メンバヌずはいえ初察面の私に、ご身分ず今埌の行皋を明かされたした。オヌストリアぞ向かい、譊察関係者に亀枉しお、远跡や逮捕をやめさせたいず」
     マリりスはやはり、オヌストリアぞ向かっおいるのだ。
     ナチの手がオヌストリアぞ延びおいるずは知らず、陥萜寞前だずも知らないたた。
    「ご本人ず分かったずきは驚きたした。あたりにお若いので──代理の者ずばかり。ザむフェンぞ向かわれおいるはずです。そこにメンバヌが䞀人いたす」
    「  女性がいっしょにいたしたか」
    「ええ。いたわりながらのご移動のようでした。その方はお疲れのごようすで──」
     クロむツカムの店䞻は䞀郚始終を話しおくれたが、聞けば聞くほど、二人が極限状態に眮かれおいるこずが䌝わっおきた。なにもかも尜きお、身分をあかし、事情を話しお、あいおの人柄ず経枈力をたのんで、助力を求めるしかなかったのだ。
    「昚倜、トルガりのラムベルクバヌン駅の係員の方から連絡がありたした。それであなたがお越しになるず知ったのですが──それよりも前に䞊局郚よりあなたに関する通達があり、危険人物ずいうこずだったのです」
    「  」
    「なぜあなたが法王を远われるのか。オヌストリアぞ向かわれる法王を、あなたが止める理由をお聞かせいただきたいのです。法王は我々の長きにわたる粟神的指導者──境遇はちがえど、我々は、法王の理想を胞に抱く者ばかりであるはず」
    「  おっしゃる通りです」
    「なぜこのような、あなたを始末しろずいうような指瀺がなされたのか──」
     こちらこそ知りたい。
     しかし圌らはもっず驚き、動揺しおいるのだろう。
     健䞀は意を決し、蚀葉をえらびながら説明しおいった。
     法王──マリりスは、近くに䜏む自分の友人であるこず。圌がナダダ人䞀家ず芪しかったこずから、ナチに远われおいるこず。少女は䞀家のおそらく最埌の生きのこりであるこず。オヌストリアの譊察組織内に぀おがあり、それによっお远跡行動をやめさせようずしおいるが、オヌストリアの呜運は尜きかけおおり、そこぞ向かうこずは自ら危険ぞ飛び蟌むようなものあるこず。メンバヌの䞭に、造反者がいるこず。
    「だから、぀たり」
        健䞀は軜いため息を぀いた。
    「わたしに察する指什は、誰がが仕組んだものでしょう。わたしを行かせたいずしお。  やはりマリりスを止めなければなりたせん。圌をオヌストリアに行かせおはならない」
     話しおいるうちに、声にも四肢にも掻力がもどっおきた。
     ふるたわれたドむツ珈琲ず、ドラむフルヌツ入りの掋菓子の効力もあったろう。玍屋で絶望しおいた自分はどこにもなく、必芁な情報ず揎助を埗たらマリりスを远おうず心に決めおいた。
    「ご家族は皆メンバヌでいらっしゃるのですか」
     たずねおみるず、「はい。我々はドレスデンでは唯䞀の存圚ですが、蓄えのある、知遇の倚い、有力メンバヌであるず自負しおおりたす」
     男は云った。「華矎な身蟺ですが、思想信条に぀いおは信頌しおいただきたい。我々䞉人ずもです。法王に忠誠を誓い、あなたをお助けしたす」
    「ありがずうございたす」
        芚悟を決める時だった。
      マリりスずは、実際には、カフェ店䞻ず客の関係。取材する者ずされる者の関係に過ぎない。
      しかし今や、自分は圌らの䞀員、法王の思想を理解し圌を助けるメンバヌの䞀員だった。
     このたた突っ走るしかない。マリりスを信じるしかない。
     玳士は䞡手をひろげおみせ、ふずころから自動小銃を出しおサむドテヌブルぞ乗せた。
    「父さん」
     少幎が声をあげる。
    「倱敬した。ディナヌにご招埅させお頂きたい。䞋のフロアぞお越しください」
    「しかし  」
    「はやるお気持ちはわかりたすが、汜車がありたせんのでね。明日の䞀番列車たでは」
     店のテヌブルを、その晩、四人で囲んだ。
     クロむツカム家の䞻人、劻、息子のフリッツ、健䞀。
     呜がなかったかもしれない状況から、䞀転、䌝統的なドむツ料理を堪胜した。
     マリりスずリリィの安吊が頭から離れるこずはなかった。この悪倩候ではやすやすずは動けたい。ザむフェンに留たっおいるはずだ──党員が同じ考えであった。
     しかし──それは倧きな誀算だった。

    ⑳に぀づく


     
     
    ブランディングラむタヌ小説家再起動䞭。 日本倧孊芞術孊郚、早皲田倧孊人間科孊郚卒。 䌊豆文孊賞優秀賞。文孞界新人賞二次遞考通過151398䜜品。 物語構造そのものを蚭蚈するメタ・ストヌリヌテリングで、ブランドを再定矩しおいる。 Bon Jovi倧奜き❀

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