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「創作を楽しむのが大事!」を勘違いしてはいけない。

    こんにちは、雨夏ユカリです。


    「創作で一番大切なのは、楽しむことだ」


    こんな言葉を聞いたことはないでしょうか?

    プロもよく言います。「楽しむことが一番大事」、と。だから私たちも、それを信じてみる。「楽しい! 楽しい!」と自分に言い聞かせながら、ペンを握る。キーボードを叩く。


    ……で、楽しくなったでしょうか?

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    『来世ではちゃんとします⑬』より 

    なってないですよね。

    むしろ、楽しめない自分に罪悪感を覚えたりしていませんか。「私は創作を、楽しめない。私には才能がないんだ」って。

    その罪悪感は、完全に不要です。

    なぜなら。「楽しむことが大事」という話が、あまりに「誤解」されて認識されているだけだからです。

    心理学的に読み解くと、この言葉には全然別の意味があることがわかります。

    今回は、「楽しむのが大事」という言葉がなぜ誤解されやすいのか、そしてプロが本当に伝えたいことは何なのか。心理学の研究や実際のクリエイターたちの言葉を交えながら、紐解いていきたいと思います。

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    確かに、「楽しんでいる天才」は存在する

    世の中には、確かに「息をするように創作を楽しんでいる」人たちが存在します。

    たとえば、小説家の森博嗣。彼は大学の助教授をしながら執筆を始め、驚異的なペースで作品を量産しました。彼にとって執筆とは何か。こう語っています。

    「書くこと自体がスリリングで、思いのほか楽しい。はっきりいって、小説を読むよりも楽しい」

    読むより書く方が楽しい。すごいですよね。

    イラストレーターの中には、「勉強の息抜きに絵を描いていた」なんて人もいます。息抜きが絵。普通の人にとっての「漫画を読む」「ゲームをする」が、彼らにとっては「絵を描く」なわけです。

    こういう人たちを見ると、思ってしまいますよね。

    「ああ、やっぱり創作って、楽しめる人がやるものなんだ」と。

    「自分には、そういう才能がないんだ」と。

    ……でも、ちょっと待ってください。

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    プロだって、苦しんでいる

    実は、「常に楽しんでいる天才」は、プロの中でもかなりの少数派です。


    美大受験を描いた漫画『ブルーピリオド』に、こんな言葉があります。

    「好きなことをやるって、いつでも楽しいって意味じゃないよ」

    刺さりませんか。私はめちゃくちゃ刺さりました。


    英語圏の作家たちの間では、こんな格言が昔から愛されています。

    「I hate writing, I love having written.(書くのは大嫌いだ。でも、書き終わった状態は大好きだ)」

    これ、何十年にもわたって、数えきれないほどの作家たちが「わかる」「まさにそれ」と共感し、引用し続けてきた格言です。つまり、「書いている最中は苦痛だ」というのは、プロの世界では常識に近い感覚なんです。


    あの村上春樹ですら、こう語っています。

    「書きたいときでなくても書くというのは、考えてみれば当たり前のことなんですよ。労働というのはそういうものです」

    労働。そう、彼にとって小説を書くことは「労働」です。毎朝4時に起き、1日10枚書くと決めたら、書きたくなくても10枚書く。タイムカードを押すように、淡々と。


    『承認欲求女子図鑑』にも、「絵を描くの大っ嫌いだから辞めたい」と叫ぶ作家が登場します。


    プロだって、苦しいものは苦しい。やりたくない日だってある。

    これが現実です。

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    アマチュアは楽しみ、プロは苦しむ

    心理学研究でも、「プロは苦しい」と示唆されています。

    努力研究で世界的に有名な心理学者、K・アンダース・エリクソン博士の研究が代表的。


    彼はベルリンの音楽アカデミーで、エリートのバイオリニストたちを調査しました。そこで明らかになったのは、ちょっと意外な事実でした。

    エリクソン博士は、プロが行う「意図的練習」を、こう定義しています。

    「not inherently enjoyable(本質的に楽しくない)」


    楽しくない。これ、プロの練習の定義なんです。

    実際、エリートの音楽家たちにアンケートを取ったところ、「上達のために最も重要な練習」を「最も労力がかかり、最も楽しくない」と答えました。唯一「楽しい」と答えたのは、「音楽を聴くこと」と「寝ること」くらいだったそうです。


    つまり、こういうことです。

    ・アマチュアは「できること」を気持ちよく繰り返すから、練習が楽しい。

    ・プロは「できないこと」に限界まで負荷をかけ続けるから、練習が苦痛になる。


    もし今、あなたが創作を「苦しい」「楽しくない」と感じているなら。

    それは、プロと同じ「限界への挑戦」の領域に足を踏み入れている証拠です。

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    じゃあなぜ、プロは「楽しめ」と言うのか?

    ここまで読むと、一つの疑問が浮かびませんか。


    プロだって苦しんでいる。エリクソンの研究でも、プロの練習は「楽しくない」と定義されている。しかも、プロは仕事だから逃げられない。趣味なら「今日はやめよう」と逃げられるけど、プロには締切がある。編集者がいる。生活がかかっている。


    苦しい上に、逃げられない。

    なのにどうして、プロは「楽しむのが大事」なんて言えるんだろう?

    矛盾していませんか?

    ……実は、矛盾していないんです。


    むしろ、「逃げられない」からこそ、プロは「楽しい」境地へと至ることができるんです。


    ここが、多くの人が誤解しているポイントです。プロが楽しんでいるのは、活動が「苦しくなくて、楽しいから」ではない。

    彼らは、「苦しいのに、楽しめる状態を手に入れてる」だけなんです。

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    ストレス免疫——苦痛の「ワクチン」

    鍵は、心理学でいう「ストレス免疫」の考え方にあります。


    ストレス免疫とは、ワクチンの考え方をストレスに応用したもの。

    私たちの体は、弱毒化したウイルスを接種することで、本物のウイルスへの免疫を獲得します。実は、心理的な苦痛に対しても、同じメカニズムが働くことがわかっています。

    「対処できるレベルの適度な苦痛に、繰り返しさらされることで、将来のより大きな苦痛に対する耐性が獲得される」

    これがストレス免疫の理論です。

    実際、2025年に科学雑誌『Scientific Reports』に掲載された研究でも、「中程度のストレス」を経験した個体は、全くストレスのない環境で育った個体や、過酷すぎるストレスを受けた個体よりも、不安に対する回復力(レジリエンス)が高くなることが実証されています。


    さて、ここで思い出してください。

    趣味で創作をしている人は、苦痛を感じたら「今日はやめよう」と逃げることができます。だから、いつまで経っても苦痛に慣れない。次に机に向かうときも、また同じ苦痛がそのままの強さで襲ってきます。


    一方、プロは逃げられません。苦痛を感じても、机に向かい続けなければならない。毎日、毎日。その結果、何が起きるか?

    彼らの脳内では、「ストレス免疫」が形成されていく。

    「書けない」「評価されない」「自分の才能のなさへの絶望」。これらの苦痛が、毎日少しずつ脳に蓄積される。

    すると……?

    耐性が付き、最初は「100」の音量で脳内を支配していた苦痛が、「70」に下がり、「50」に下がり、やがて「30」くらいになる。


    苦痛がゼロになるわけではありません。しかし、支配されなくなる。

    そして、苦痛のダメージが減った脳には、「余白」が生まれます。

    この余白に、ほんの少しだけ「遊び」や「実験」を忍ばせることができるようになる。「自分が一番好きな描写を入れてみよう」「このキャラクターに、今の自分の愚痴を言わせてみよう」と。


    これこそが、プロが言う「楽しさ」の正体です。

    楽しさとは、最初からそこにあるお花畑ではない。苦痛の支配力を下げ、耐性という鎧を手に入れた者だけが、その果てにようやく見つけることができる「戦利品」なのです。

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    ただし、「ただ耐える」だけでは壊れる

    ここまで読んで、「苦痛を浴びて耐性をつければいいのか!」と思った方。

    ちょっと待ってください。それは危険です。

    心理学者マーティン・セリグマンの有名な実験があります。犬に「絶対に逃げられない電気ショック」を与え続けると、やがて犬は逃げる努力すらやめてしまう。扉が開いていても、もう動かなくなる。

    これを「学習性無力感」と呼びます。うつ病のモデルとしても知られている現象です。

    「何をやっても無駄だ」「どうせ自分はダメだ」——こう思い込んでしまったら、苦痛に耐えるどころか、心が完全に折れてしまいます。

    つまり、苦痛には「耐性がつく苦痛」と「心を壊す苦痛」の2種類があるのです。


    じゃあ、プロはなぜ壊れずに耐えられるのか?

    答えはシンプルです。プロはプロになる過程で、苦痛を「安全に処理する技術」を身につけていたからです。意識的にせよ無意識にせよ、苦痛をやり過ごすための工夫を獲得していた。でなければ、プロになるほど長く続けることは不可能だったはずです。

    なら、私たちもその「技術」を学ぶことができれば?

    プロと同じように、苦痛耐性を獲得し、創作を「楽しむ」ことができるのではないか?

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    研究が示す「苦痛耐性」の重要性

    驚くなかれ、実は研究でもその可能性が示唆されています。

    2023年に行われた、起業家やクリエイター志望の学生を対象にした調査があります。この研究では、面白い結果が出ました。

    「良いアイデアを思いつく能力が高くても、苦痛耐性が低い人は、実際の作品や成果に結びつけることができない」


    つまり、才能やセンスがあっても、「苦痛に耐える力」がなければ、作品は完成しない。アイデアを形にする過程で必ず発生する「思い通りにいかない苦痛」に耐えられず、途中で投げ出してしまう。

    また、脳科学の研究(2021年、eNeuro)では、苦痛耐性が高い人の脳を調べたところ、「感情や痛みを処理する領域」と「論理的思考や目標達成を司る領域」の接続が強いことがわかりました。

    これは「苦痛を感じない」のではなく、「苦痛を感じながらも、目標に向かって動ける」脳の回路が存在することを意味しています。

    そして重要なのは、この回路はトレーニングによって鍛えられるということです。

    では、具体的にどんなトレーニングをすればいいのか?

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    「地獄」から生還した心理学者の技術

    ここで登場するのが、心理学で有名なDBT(弁証法的行動療法)です。

    DBTは、苦痛に対する耐性を獲得するための心理療法なんですが……開発者自身のエピソードから、その威力の絶大さがわかります。


    マーシャ・リネハン博士。彼女は18歳のとき、重度の境界性パーソナリティ障害と強烈な自殺願望を発症しました。精神病院の隔離室に、26ヶ月間も収容されました。自傷行為が止まらず、電気けいれん療法まで受けました。

    「病院で最も治療が難しい患者」

    そう呼ばれていたそうです。


    しかし、彼女はそこから這い上がりました。

    「自分を殺してしまうほどの圧倒的な苦痛を、どうすればやり過ごせるのか」

    その問いに、自身の身体を実験台にして挑み続けた。そして、苦痛を克服し、退院後に心理学の博士号を取得し、自分を救った技術を「DBT」として体系化したのです。


    彼女の自伝のタイトルは『Building a Life Worth Living(生きるに値する人生を自分で作る)』。


    死にたくなるほどの苦痛すら、技術でやり過ごすことができる。

    だとしたら、私たちが直面する「書けない苦痛」「才能がないと絶望する苦痛」も、同じように技術で対処できるはずです。

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    「3行ノート法」——苦痛耐性を鍛える最初の一歩

    とはいえ、DBTは専門的な心理療法であり、全部を独学で習得するのは難しい。

    そこで、DBTの考え方と、心理学者ジェームズ・ペネベーカー博士の「筆記開示」の研究を組み合わせた、シンプルな実践法を紹介します。

    名付けて、「3行ノート法」。

    やり方は簡単です。「苦しい」「つらい」と感じたとき、ノートに以下の3つを書き出します。

    1. 事実(カメラに映る客観的な状況だけ)

    2. 感情・思考(その事実に対して、自分が感じたこと・考えたこと)

    3. 反証・妥当な考え(感情や思考に対する反論や、極端すぎない形に直した思考)

    たとえば、こんな場面を想像してください。


    渾身の力で描いた絵をSNSに投稿した。翌朝見たら、いいねが1つしかついていなかった。

    「死にたい」

    ……とてもよくある状況ですよね。この苦痛を、3つに分解してみましょう。

    1. 事実: 絵にいいねが1つだった。
    2. 感情・思考: 最悪の気持ち。自分の絵に価値なんてない。こんなんじゃプロになれない。才能がない。もう描きたくない。

    ここまで書くと、嫌な気持ちになります。当然です。

    でも、最後にもう一つだけ書きます。感情や思考に対する「反論」です。

    コツがあります。「もし自分の大切な親友が、この1と2を言ってきたら、自分はなんて返すだろう?」と考えてみてください。

    3. 反証・妥当な考え: いいねが1つでも、後から増える可能性はある。少なくとも1人には刺さっている。その人は本当は100回くらい押したかったかもしれない。プロになれるかどうかは1枚の絵じゃ決まらない。今後の練習次第だ。

    どうでしょうか。最後まで書くと、少しだけ「……確かにな」という気持ちになりませんか?

    これが、DBTにおける重要な考え方——「徹底的受容」の入口です。

    私たちは、事実から勝手に「自分を責める思考」を作り出してしまいます。「いいねが1つだった」という事実から、「自分には価値がない」という結論に、一瞬でジャンプしてしまう。

    でも、その結論は極端すぎることが多い。その極端さを少し和らげてあげるだけで、驚くほど苦痛が減ることがあるのです。

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    苦痛の音量が下がったとき、何が起きるか

    では、この「3行ノート法」を続けて苦痛耐性を少しずつ獲得すると、何が起きるのか。

    魔法のように苦痛がゼロになるわけではありません。

    しかし、苦痛の「音量」が確実に下がります。その結果、「楽しむ余地」が生まれてくる。

    「楽しむのが大事」とは、「常にハイテンションでいろ」という感情の強制ではなかった。

    「苦痛を処理して余白を作り、そこに遊びを一滴だけ垂らせ」という、極めて実践的な生存技術の教えだったのです。

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    楽しむのは、その後でいい

    だから、もし今あなたが「創作が苦しい」「全然楽しくない」と悩んでいるなら、どうか自分を責めないでください。

    それは、あなたに才能がないからではなく、プロと同じ「限界への挑戦」に足を踏み入れたという、誇るべき成長の証です。

    『ブルーピリオド』の八虎が、血反吐を吐くような苦痛の果てに、ふと呟いた言葉を思い出してください。

    「絵を描くのってこんなに楽しかったっけ」

    楽しさもまた、副産物なのです。

    最初からそこにある感情ではなく、苦痛から逃げず、ノートに感情を吐き出し、耐性という鎧を少しずつ手に入れた者だけが、その果てに拾うことができる戦利品。

    だから、今は無理に楽しもうとしなくていい。まずはノートを開いて、事実と感情を切り離してみてください。

    あなたの創作活動が、少しでも良いものになることを祈っています。




    こまでお読みいただき、ありがとうございました。

    このnoteでは、「心が折れずに創作を続けるための哲学や科学」をテーマにしています。制作の励みになりますので、いいねやコメント、フォローなどしていただけると喜びます。


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    考えすぎて社会からはみ出しちゃった人。本を読んで考えたことを綴ってます。 創作活動に使える心理学・哲学の話や、スタレの哲学的考察をメインに、面白かった本の話を楽しく書いています。だいたい週一更新。 Youtubeのスタレボイロ解説、はじめました。

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