
人生の脚本は、 書き換えられる
何かをしようとする度に
どこかで、ブレーキをかけている自分がいる。
それ以上、踏み込まないことで
守られてきた過去の私が
何かをしようとする度に
ふっと、顔を出す。
(もう、止める必要はない)
(あの頃の私と、違うのだから…)
そう分かっていても、
もう一歩、踏み出したら
今まで築いてきたものや、関係性も
変わってしまうような気がして、
「ここまでなら、大丈夫」と
範囲を決めていたのかもしれない。
本当は、踏み出したい自分に
気づきながら──
受け取る“条件”がある?
いつの頃からだったか
私は出来るだけ、
目立たないように過ごしてきた。
自分の個性を隠して、
見えないようにすることで
愛を受け取れるものだと
信じていたのかもしれない。
──
母は私に、
嫉妬のような感情を持っていた。
幼い頃から、家族や周囲の人の感情を
感じ取りやすかった私は、
母の感情には、一番敏感だった。
(きっとお母さんは、こっちの方がいいんだろうな)
(今日は、お父さんと二人で出かけたいんだな…)
表情や、声のトーン、言葉の“微妙な違い”で
機嫌を察して、
自分の行動を決めるようになっていた。
そうして考え、行動してきた習慣が
心の深い部分に眠っていたことに、
心理学を学んで、気づいた。
私が我慢したり、遠慮をすることで
みんなが仲良くできるなら、
それで良いと思っていたんだろう…
けれど、本当は
それだけじゃなかったのかもしれない。
愛を受け取る“条件”になっていたんだ、と──
自分が我慢したり、遠慮することが
愛を受け取る“条件”になっていると
あらゆる場面で
その“条件”が適用されると気づいて、
上手く受け取れない、自分がいた。
一番目の座席
「お母さんがいないと、無理でしょう」
度々、その言葉を聞いていたけれど
当時は、素直に受け入れていたのだと思う。
ただ……
いつになっても、どこへ行っても
根底には、母の言葉が残っていた。
物理的な距離を取っても
心の距離は、全く離れていなかった……
人生の主人公の席に
自分自身ではなく、
ずっと、母が座っていたのかもしれない。
一番目の座席を譲ることで
受け取れるもの(=愛)があると知ってしまうと、
無意識の間に
脳は、同じ“パターン”を繰り返すようになる。
それは、母との関係性だけではなかった。
何かをしようとする度に
あと一歩、というところで諦めてしまったり、
自分にはできないんじゃないか、と
考えるようになっていた。
──大切な人の言葉を
信じることが出来ずに、後悔した日がある
──話を打ち明けた時に
掛けられた言葉で、心を閉ざした瞬間もある
それでも、自分の人生を諦めきれなくて
同じような壁にぶつかり、
同じようなパターンを繰り返しながら、
ここまで進んできたのだと分かった。
心理学で『人生脚本』という言葉に出会った時
「あぁ…これだったんだ…」と
答えが見つかったようで、安心したのを覚えている。
『人生脚本』は、幼少期に自分の生き方を決めて
無意識に作り上げた“人生のシナリオ”のようなもので、
大人になっても、その脚本通りに行動するとされています。
文章を書いていると、ふと流れてきた曲があった。
偶然か、必然なのか…
まるで想いを、汲み取ってくれているようだった。
今は、心の奥に抱えてきた想いを
少しずつ、外側へ出して、伝えていけたら
『人生の脚本は、書き換えられる』、と
自分自身を信じられるようになった。
同じような重さを抱えてきたあなたへ
言葉を届ける場所を、ここから作れるように──
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
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ゆかり|four tnks (フォー・サンクス)