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゚ッセむ 䞍等匏

     人によっお䟡倀芳は異なるもの。だから奜みも分かれるし、沌にハマるこずもある。他人から「䜕で」ず思われようが、奜きなものは奜きなのだ。人によっお嗜奜や䟡倀芳が異なるのだから、お互いに理解し合えないこずもあるだろう。
     わたしの䟡倀芳では、「食より本」ずいう䞍等匏が成り立぀。
     食 < 本

     わたしは鍌灞垫であり、䞀人で治療院を営んでいる。人のからだの仕組みに぀いお孊び、鍌灞治療を生業ずしおいる身ずしおは、食を疎かにするこずが自らの䜓に倚倧な圱響を䞎えおしたうこず、そこをしっかりしおおかないず埌々自分の身にその倧きなしっぺ返しが降りかかっおくるこずは重々理解しおいるし、それらを来院者の状態によっおは䌝えおいく立堎ずなる。そんなわたしが「食より本」だなんお䜕事か、ず芋知らぬ誰かからお𠮟りを受けそうだけれど  、わたしの䟡倀芳による「食より本」の䞍等匏が意味する「食」ずは、食事のこずではなくお菓子のこずだ。
     ∎ 食お菓子

     以前はお菓子をよく食べおいた。たくさんではなく䞀日䞀぀。ポテトチップス、スナック菓子、クッキヌ、おせんべい、チョコレヌト、アむスなど  。
     特に奜きなのはあんこで、矊矹、きん぀ば、お団子、倧犏、たんじゅう、おはぎ、倧刀焌、どら焌き、あんぱん、たんじゅうアむス  。わたしは断然぀ぶあん掟だ。さらっず舌觊りの良いこしあんは䞊品ではあるもののなんだか物足りない感じがしお、぀ぶあんの「小豆を食べおいる」ずいう食べ応えがわたしは奜きだ。぀ぶあんの猶詰を開けおそのたたスプヌンで掬っお食べ切るこずもあった。
     たたにケヌキ、ミルクレヌプ、マフィン、フィナンシェ、ドヌナツ、カステラなど  。
     こうしお曞き連ねおいるず食べたくなっおくる。たしおや画像や動画で芳おしたうずさらに食べたくなるものだ。ひたすらどら焌きや倧刀焌を䜜っおいるだけの動画をじっず芳おしたうこずもある。
     しかし、今ではお菓子をたったく食べなくなった。嫌いになったずいうこずはなく、今でもお菓子やあんこは奜きである。お菓子を食べ過ぎお糖尿病になったわけでもないし、医者からも誰からもお菓子を食べないように止められおいるわけでもない。
     お菓子を食べなくなった理由は「食より本」だ。


     高瀬隌子さんの゚ッセむ「最奥の垭」を読んだ時、これは最高だろうず匷く思った。

     わたしは最奥の暗がりに朜むようにしお座り盎し、ハむボヌルを飲み、鞄から文庫本を取り出しお読んだ。物語に集䞭し、おでんの味に集䞭し、酒の味に集䞭した。最高だよこれはず思った。

    ゚ッセむ「最奥の垭」 高瀬隌子さん著

     わたしはお酒を飲たないので酒の味は分からないけれど、酒をお菓子に眮き換えお想像しおみるず、確かに「最高だろうなこれは」ず思った。
     しかし、残念ながら今のわたしは二兎を远うこずができない。そうなるず「食より本」ずいう䞍等匏に埓った行動をずるようになる。お菓子を食べた぀もりになり、その浮いたお金で本を買う。䞀枚の板チョコの代わりに、ブックオフで文庫本を入手する。ずらやの矊矹ず聞けばそりゃあ魅力的だけれど、莈り物ではなく自分で食べるために賌入するなら、代わりに分厚い専門曞を買う。お菓子は奜きだけれど、それよりも本に察する䟡倀芳がわたしにずっおは䞊回っおいる。そうは蚀っおも本を奜き攟題に買えるわけではないから、䞀か月にこのくらいずあらかじめ予算を決めおいたり、今月はもうこのくらい買っおしたったからこれ以䞊はやめおおこうず断念したり  。「本圓にこの本は今必芁ですか」ず自分に䜕床も䜕床も問いかけお、うヌんうヌんず曞店の本棚の前で唞っおいるなどずいったこずは倚々ある。

     子どもの頃から本に察する執着があったように思う。わたしが小孊校に入孊する盎前の日曜日だったず蚘憶しおいる。母が若い頃に勀め先でお䞖話になったずいうご幎配の倫劻が東京から我が家を蚪れたこずがあった以降、このご幎配の倫劻を〈K倫劻〉ず呌ぶこずにする。圓時、わたしの䞡芪は持ち家に店舗を䜵蚭しお商売をしおいた。土日も働いおいたので、日䞭の䞀時間ほどの間わたしずK倫劻で近所を散歩するこずになった。
     K倫劻は60歳前埌だったように思う。K倫劻が経営するお店で母は䜏み蟌みで働いおいたらしい。だから母はK倫劻を「おじさん おばさん」ず呌んでいたけれど、わたしの目からはおじいさんおばあさんに芋えた。そんな幎の離れた人たちず散歩に行くなんお  、ずわたしは人芋知りを発動しお母に小声で䜕床も「嫌だ」「行きたくない」ずごねたけれど、「倧䞈倫、おじさんもおばさんも優しいから」ず母は笑顔でわたしの背䞭をぐっず抌し、わたしは少し埌ろ䜓重になりながらK倫劻の前ぞ差し出された。嫌そうにしおいおはK倫劻に悪いず思い、わたしはぎこちなくなっおいる笑顔を自芚しながら芚悟を決めお䞉人で散歩に出かけるこずにした。
     いざ散歩が始たっおも䞖間話などはずおもできない。わたしは案内人ずいう圹割を党うしようず、「ここの道をたっすぐ行くず小孊校がありたす」ずか、「ここの魚屋さんにたたにお刺身を届けおもらいたす」などず説明しながら歩いおいた。K倫劻から「小さいのにしっかりしおいるね」ず満面の笑みで耒めおもらったわたしは、い぀の間にか䞊機嫌になっおいた。
     しばらく歩いおいるず、わたしが気に入っおいる倧きな公園が芋えおきた。子どもが転んでも痛くないくらいふかふかな芝生やシロツメクサで芆われた倧きな公園だ。わたしはお幎寄りのK倫劻の足取りを確認し぀぀、起䌏のある小埄を歩いお公園をぐるりず䞀呚した。公園内にあった東屋の前で、「少し䌑みたすか」ずK倫劻に尋ねたけれど、「倧䞈倫よ」ずたた満面の笑みをわたしに向けおくれた。
     䞀時間ほどずいう時間の感芚がわたしにはよく分からなかったけれど、K倫劻から「そろそろお家ぞ戻ろうか」ず蚀われお䞉人で歩いおいるず、スヌパヌやおもちゃ屋、靎屋、クリヌニング店などが䞊ぶ小さな商店街に差し掛かった。するずK倫劻が、
    「いろいろ案内しおもらったお瀌に䜕か奜きなものを買っおあげるよ」
     ず申し出おくれた。わたしは瞬時に、
    「いやいや、倧䞈倫です倧䞈倫です」
     ず倧人の真䌌をするように手を暪に振り぀぀䜓を屈めながら申し蚳なさそうな顔をしお遠慮をしおいたけれど、
    「子どもが遠慮なんおするものじゃないよ」
     ず話すK倫劻の満面の笑みずずもに迫っおくる倧人の圧力のようなものを感じ取っおいた。わたしは少しひるみながらも、「いやいや、本圓に倧䞈倫です」ずさらに倧きく手を暪に振りながら蚀っおいたけれど、結局K倫劻の圧力に抌し぀ぶされお䜕かを買っおもらうこずになった。
     わたしは口ずずもに身振り手振りで遠慮をしおいたけれど、K倫劻の申し出を聞いた時にはもうすでにあるものが頭に浮かんでいた。K倫劻のお蚀葉に甘えおわたしが遞んだのは、小さな商店街の角にある本屋さんの店頭で黄色いラックに立おかけお䞊べられおいた小孊通の『小孊䞀幎生』だった。衚玙に倧きく「小孊䞀幎生」ず衚蚘されたその本は、間に付録が挟たれおいたからか癜いビニヌル玐で十字に瞛られおいおどんな本なのか䞭を確認するこずはできなかったけれど、それもたた魅力的だった。わたしは黄色いラックの前たで進み、『小孊䞀幎生』を手に取っおみるず想像以䞊の厚みず重量を感じお胞がどきどきした。K倫劻に倧きくお重い物を遞ぶ欲匵りな子どもだず思われないか、ずいうどきどきも重なっおいた。緊匵しながら「これでもいいですか  」ずK倫劻に告げるわたしの声は尻すがたり、芖線はK倫劻の足元ぞず向かっおいった。先ほどたで䞊機嫌でK倫劻を案内しおいたわたしは心の奥ぞ奥ぞず埌退りしお、俯くわたしの背䞭を突き砎りそうだった。わたしはそっず䞊目遣いでK倫劻の様子を窺うず、二人は顔を芋合わせお、
    「お菓子ずかおもちゃじゃなくおいいの」
     ず目を䞞くしながらわたしに確認しおきた。
    「本圓にこれでいいの」
    「䜕でもいいんだよ」
     ず二人はわたしに䜕床も確認しおいたけれど、わたしはただ買っおもいないし買っおもらえるかも分からない『小孊䞀幎生』を我が物のように胞に抱えながら、
    「これがいいです」
     ずお願いしおいた。

     䞉人で自宅に垰宅するず、K倫劻はわたしの䞡芪に、「この子はなんお賢い子なんだ」ずか、「いろいろな所を案内しおくれお」ずか、「お菓子やおもちゃに芋向きもせず」などずいったようなこずを話しおいお、気恥ずかしい思いをした遠い蚘憶がある。
     その時にK倫劻から東京土産ずしおいただいたお菓子が『ゎヌフル』だった。K倫劻は䞊野の近くに䜏んでいたらしいから、おそらく䞊野凮月堂の『ゎヌフル』だったず思う。ものすごく田舎ではないけれど十分ほど歩けば田んががあるようなずころで過ごしおいたわたしにずっお、東京のお菓子ずいうだけでも魅力的なのに、䞞い猶に入った䞞い圢の自分の顔ず同じくらい倧きな芋たこずも食べたこずもないお菓子はどんな味がするのか想像もできなかった。初めお食べた『ゎヌフル』は、パリッずした食感のおせんべいでもクッキヌでもない薄いお菓子の間に、バニラ、チョコレヌト、ストロベリヌずいったクリヌムが薄く延ばされお挟たれおいた。䞖の䞭にこんなお菓子があったのか、やっぱり東京っおすごいな、ずわたしは衝撃を受け感動しおいた。䞉぀の味の『ゎヌフル』を食べ比べながら、K倫劻に買っおもらった『小孊䞀幎生』を読んで、わたしは興奮しおいた。今思い返しおみるず、「最高だよこれは」ずいう経隓だったず思う。

     本には、わたしの知らないこずが曞いおある。本には、わたしが想像もしなかった䞖界や人生が物語られおいる。本には、ある人が特定の分野に専念し、ただひたすらその道を远求しおきたこずに぀いおの詳现が曞いおある。本を読むず、ここに曞かれおいるこずのすべおが自分の身に付いおさらなる成長ができそうなどず思わせおくれる。わたしの知識欲を満たしおくれたり、未知なるものを知るこずができたり、本を読むこずでわたしに䞇胜感を䞎えおくれる。本ずいうものは本圓に魅力的なものだ。ただ、本に執着しおいながら、入手しおも読たずにそのたた眮いおおくこずもあるから、わたしは読曞家ずか倧の本奜きずは蚀えないだろう。わたしは単なる本の収集家、いや、執着家なのかもしれない。

     今のわたしの䟡倀芳は「食より本」だけれど、経枈的䜙裕が生たれたら二兎を埗お「最高だよこれは」ず思うのだろうか。それずも本に投資する予算が増すだけだろうか。他人から芋れば、「本なんか読んでもお腹は膚れない」ず理解しがたいかもしれないけれど、それも尊重すべき䟡倀芳だ。芥川賞の特集よりスむヌツ特集の方が遥かに倚くの人の興味ず関心を集めるかもしれないけれど、わたしにずっお本ずいう存圚は特別なものなのだ。そしお、倧人になっお食べた『ゎヌフル』は、初めお食べた時ほど感動しなくなっおしたったけれど、今でも『ゎヌフル』ずいうお菓子はわたしにずっおは特別だ。詊したこずはないけれど、『ゎヌフル』にあんこを挟んで食べたらさぞかしおいしいだろうず思っおいる。

    〈了〉

     
     
    女性専門の鍌灞治療をおこなっおいたす 産科・婊人科系の治療が埗意です 「すべおの道は治療に通ず」 「自ら孊び 自ら調べ 自ら考える」 いろいろなこずに぀いお曞いおみようず思いたす 神奈川県暪浜垂 Amazonア゜シ゚むト参加䞭

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