
🌸「色めがね」をはずして見る世界で
得体のしれない人を怖いと思いませんか?
「色めがねでみる」という言葉があります。
ほかから見知った情報や
そこから生まれる憶測から
先入観を通してとらえることです。
人のことなんて誰にも分らないし
分からないとなんだか不気味な生き物ですよね。
分からないと不気味だから
話したり接したり
うわさできいたりして
みんな自分なりにその人をカタチづけていくのだと思います。
「先入観」というめがね
友人も
夫婦やこども、母親だって
「そうなのかもしれない」というめがねをかけると
同じ言葉でも、同じ行動でも
「そうなのだ」と見えてしまいます。
同じ場所なのに
朝と夜でまるで違って見えるし
風だって、さわやかにも不気味にもなります。
誕生日サプライズを一生懸命考えている友人も
なにかかくしてるなと思ったら
その子のいつもの笑顔も会話もみんな嘘のようにみえてきます。
同じ人でもめがねによって見え方はかわってくるから
うわさや、憶測や先入観
それだけをみてその人を理解してしまうのは
とても損をしていると思います。
でも
そんな先入観や憶測で人を理解しないと
得体が知れなくて不気味だから
自分なりの色めがねで人を理解したことにして安心するのでしょう。
わたしのことばも行動も
自分が思ってもいないような解釈をされていることが
きっとたくさんあるんだろうなあ。
そして
相手がそう思ったということを
わたしも知らないで過ごしているんだろうなあ。
そうじゃないのに
そんなこと考えてやったわけじゃないのに
きっと相手なりの色めがねで
わたしの行動も言葉も解釈されているんだと思うのです。
めがねをはずして見る世界
自分の本当を見せたり
相手の本当を知ることは
とてもむずかしいけれど
自分の本当を語りながら
その人の本当に触れて
いままでつけてきためがねを
少しずつはずして
そこにある真実だけを見てみると
真実は意外とシンプルで
とても普通なものだったりします。
女だからとか
先生だからとか
シングルだからとか
片親だからとか
そのことばからうまれる
先入観や偏見をぜんぶとっぱらって
起こってきた真実を見たとき
それはとても普通で
純粋でとても美しいものだと思うのです。
自分色のめがねで人を見る
かかわる全ての人の本当を見るのは不可能だけれど
他人の色めがねを通した本当を見るよりも
できるだけ自分のめがねで人を見ようと思います。
相手と話して
自分なりに解釈して
自分の本当も見せながら
人とかかわっていこう。
得体のしれなかった人たちが、どんどん分かってくると
心があったかくなってやっと安心できるから
できるだけあたたかい世界に
自分を置いてあげたいと思うから。
映画 「怪物」を観てかいた感想文をリライトしました。
最後までお読みいただきありがとうございました。