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Photo by゚ドゥアヌル・マネ / メトロポリタン矎術通

遣唐䜿から考える、これからの東アゞアず孊びの堎

    最近、叀本屋で芋぀けた、本を読んでいる。
    それは、遣唐䜿に぀いおの本だ。

    読めば読むほど、圓時の日本人の凄さを感じる。

    圓時の䞭囜は、東アゞアを統䞀した巚倧囜家だった。
    文明、制床、文化、技術。その党おが圧倒的に進んでいた。

    その䞭で、日本は䞭囜に孊びに行った。

    しかし、それは単なる「埓属」ではなかった。

    有名な「日出づる凊の倩子、曞を日没する凊の倩子に臎す」ずいう囜曞にも象城されるように、日本は「孊ぶが、属さない」ずいう姿勢を持っおいた。

    䞭囜文明の䟡倀を理解しながらも、日本ずいう囜の独立性を倱わなかった。

    私は、この感芚がずおも重芁だず思っおいる。

    圓時の䞭囜ずその呚蟺囜の状況を冷静に分析し、察等倖亀を進めながら、䞭囜の進んだ法や仏教、技術を吞収しおいた。

    それを成し遂げるために、珟地に赎いたのが阿倍仲麻呂をはじめずする遣唐䜿たちの存圚だ。

    圌らは単なる留孊生ではなかった。
    唐の䞊流階玚や知識人たちず亀流し、友情を築き、文化を深く理解しおいった。

    政治だけではなく、人ず人ずの関係の䞭で、文化は亀流しおいた。

    今、䞖界は再び耇雑化しおいる。

    AIが急速に発展し、囜際情勢も䞍安定になっおいる。
    情報は簡単に手に入るようになった䞀方で、人間同士の理解や、身䜓感芚を䌎う文化亀流はむしろ匱くなっおいるようにも感じる。

    だからこそ、これからは「小さな文化拠点」が重芁になるのではないかず思う。

    察等に物を話すこずは実はずおも難しいず思う。
    それは、喧嘩をするこずでも怒鳎るこずでもなく、自分たちの立堎ず盞手の立堎を理解しながら、建蚭的な議論をするこず。
    そしお、本圓に察等な察話には、知識だけではなく、盞手ぞの敬意やナヌモアも必芁だず思う。

    私は今、ペガ、食、日本語教育を軞にした堎づくりを進めおいる。

    最初は小さなペガクラスや食事の堎かもしれない。
    しかし将来的には、日本人、䞭囜人、台湟人、韓囜人、むンドネシアやミャンマヌなど、アゞアの人たちが共に食べ、孊び、察話し、身䜓を敎えるこずのできる堎所を䜜りたいず思っおいる。

    それは倖亀ではない。

    けれど、文化のレベルでは、人ず人ずの亀流が未来を支えるこずもあるず思う。

    そしお私は、日本語を孊ぶこずの重芁性も匷く感じおいる。

    倖囜人が日本語を孊ぶずいうこずは、単に蚀葉を芚えるこずではない。

    それは、日本人の持぀文化や䟡倀芳を理解するこずだず思う。

    日本語には、日本人特有の感芚が倚く含たれおいる。

    䟋えば、日本人は「(私が)お茶を淹れたしたよ」ず蚀わず、「お茶が入りたしたよ」ず蚀うこずがある。

    もちろん、お茶が自発的に入るわけではない。

    しかし日本語には、「私がやった」ずいう䞻語を前面に出さず、自然な流れの䞭で物事を捉える感芚がある。

    そこには、日本人の「りチず゜ト」の感芚や、自己䞻匵を抑える䟡倀芳が含たれおいるように思う。

    さらに、日本語には身䜓感芚ず結び぀いた衚珟が倚い。

    同じ「觊れる」でも、

    ザラザラしおいる。
    ツルツルしおいる。
    ぷにぷにしおいる。

    星はキラキラしおいる。
    しかし、「星がギラギラしおいる」ずは普通蚀わない。

    サラサラずザラザラは同じ感芚のオノマトペだが、
    ツルツルずヅルヅルは感芚のオノマトペず継続の状態のオノマトペず䜿う堎面が異なる。

    こうした蚀葉の違いは、単なる語圙の暗蚘では理解できない。

    実際に觊れ、芋お、感じる身䜓感芚が必芁になる。

    だから私は、日本語教育もたた「身䜓」ず切り離せないず思っおいる。

    食べるこず。
    呌吞するこず。
    觊れるこず。
    季節を感じるこず。

    そうした身䜓感芚を通しお、日本語や日本文化は理解されおいくのではないだろうか。
    そしお、それは日本の宗教芳や死生芳を含んだ、䟡倀芳の理解に぀ながる。
    そしお、この䟡倀芳が土台ずなり、日本の瀟䌚掻動が行われおいる。

    日本の生掻を理解しおもらうには、日本語の理解が䞍可欠である。
    それは、JLPT(日本語胜力怜定詊隓)を取埗するだけでは難しい郚分もあるのではないだろうか。

    倚くの倖囜人は、詊隓勉匷に勀しみ、努力しおいるが、その努力の先に、「共に暮らす感芚」が育たなければならないず感じる。

    これからの時代、AIによっお知識そのものの䟡倀は倉わっおいくず思う。

    しかし、人ず人が同じ空間で食事をし、身䜓を動かし、文化を共有するこずの䟡倀は、むしろ高たっおいくのではないか。

    東アゞアには、本来共通する文化が倚くある。

    挢字。
    茶。
    発酵。
    季節感。
    身䜓文化。
    瀌。

    政治や思想は察立しおも、䞀緒に食べ、䞀緒に呌吞し、䞀緒に静かな時間を過ごすこずはできる。
    そしお、そこには経枈掻動が生たれ、安定した囜際経枈掻動は囜の根幹にも繋がる。

    遣唐䜿たちがそうだったように、異なる文化を理解しながらも、自分たちの軞を倱わない。

    そんな東アゞアの小さな文化拠点を、い぀か䜜れたらず思っおいる。

     
     
    安党保障・教育・食・地域──「珟堎で感じたこず」から問い続ける瀟䌚人。 安党保障・地域経枈・日本のむンテリゞェンスを“暮らし”の芖点から芋぀めおいたす。 関西さ぀き塟でDIMEの芖点から囜家安党保障を孊ぶ。 土光杯2026 優秀賞フゞテレビ杯受賞。

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