
エッセイ📙保阪がまさかでまっさかさま
「ねぇ、見てっ!あの人!保阪尚希に似てない?!」
――あれは確か、高二の秋。
朝のバス停で、いつも一緒に登校していたマリナが、ウキウキした様子で話しかけてきた。
期待度MAX!
こんな田舎に、まさかの保阪尚希?
あの美形でかっけぇ?
けれど、辺りを見渡してみても、私の目に“それらしき人”は映らない。
半信半疑で、眩しそうに目を細めて遠くを見つめる、マリナの視線の先をたどると――
そこにいたのは、保阪尚希というよりは、保阪の補佐的な友人役がしっくりきそうな男の子だった。
横顔を見る限り、小顔で背も高い。
でも、私には保阪尚希には見えないな…。
だが、キラキラ瞳を輝かせているマリナとの絆を切らないでおこう!と、そっと本音は置いておいた。
その日私たちは、彼のことを「ホサ」と名づけた。
それからというもの、毎朝マリナによる“ホサ探し”が始まった。
ホサを見つけた日のマリナは、すごく嬉しそう。
――そう!
これが正しく恋する乙女なんだ…。
私は、そんなマリナのときめきをお裾分けしてもらいながら、ホサを見つけた日は一緒に喜びを分かち合っていた。
そんな日々が続き、落ち葉がやがて雪に変わる頃――
恋する乙女にとっての一世一代の大イベント!バレンタインデーが近づいてきた。
二人がうまくいけばいいなぁ…。
心で願いつつも、純情な乙女心をまくし立てるわけにはいかない。
どうするんやろ…マリナ。
そう思っていたある日。
ついにマリナが言った。
「私!バレンタインにホサにチョコ渡す!」
よしっ! よくぞ決意した!
そうと決まれば、私は全力でサポートするよ!
マリナは、もしアイドルになったら100万ドルのスマイルで、100人くらいは笑顔にしちゃえるくらいの愛らしいルックスの持ち主だった。
しかし!
それだけじゃない、持ち前の根性で、いつも私を驚かせた。
私たちはよく自転車で待ち合わせをして、小さな山みたいな上り坂を越えて、海まで出かけていた。
ゼイゼイ息を切らしながら自転車をこぐ私の前で、スイスイと軽快に自転車をこぐマリナ。
その後ろ姿はまるで、競輪選手のようだった。
ある日、電車から降りる時にドアに頭を挟まれたマリナ。
「ガシャーンッ!!」
見てるこちらが
「ギャーァア!」
と叫びたくなるような衝撃的瞬間だったのに、マリナは何事もなかったようなドヤ顔で颯爽と歩く。
ゴクッと唾を飲むほど痛そうなのに、
極道の妻のようなすごく堂々とした風格すら漂っていた。
さらに―。
小指をしゃくとり虫のように動かすという、地味にすごい特技まで持っている。
「あれ、やって!」と私がせがむと、
嫌な顔ひとつせず、いつでも披露してくれる優しさまでプラス。
そんな魅力満載のマリナなんだから…
ホサよ、ほらっ!
さっさとマリナを彼女にしないと、他の誰かに狙われちゃうぞっ!
私たちは学校帰りにショッピングモールに行き、チョコレート、ラッピンググッズ、カードなどをああでもない、こうでもないと真剣に選んだ。
私は父が好きなウイスキーボンボンを買いながら、Weに「好き」って思える相手はそうバンバン現れるわけじゃない…。
愛ってカタチは色々やな。なんて思っていた。
そして、ついに決戦の日――。
私たちは、ホサが下校するであろう時間を見計らい、バス停前のビルの隙間に身を潜めた。
“……さっ、さぶい……”
二月の北風に容赦なし。
いつ来るかもわからないホサを、屋外で待ち続けるには、かなりのガッツが必要だった。
髪の毛だってボッサボサ。
ハッ!
もしやこれは。
この恋が“本気かどうか”試されている、試練なのかもしれん。
マリナの姿をしっかりと見守るのだ――!
それは、まるで、
ホサを張り込む新人デカ・マリナを見守る、
ベテラン刑事のような私への、
神の啓示に違いない!
マリナがホサを確保するまで、私は絶対に逃げ出さない!
さぞかしマリナは緊張してるだろうな…
って
えっ!!?
余裕でボリボリ巨大ポッキーかじってる!
さすがマリナ!
肝が座ってるな…。
私もドシン!と構えて“ホシ”ならぬ、“ホサ”を待つぞ!
覚悟が決まった、その瞬間。
キキーィッ。
停車したバスから、ついにホサが姿を現した!
きた〜ぁっ!
「突撃ーぃっ!」
心の中で叫ぶのと同時に、マリナはホサ目がけて走り出した。
ドキドキドキドキドキドキドキドキ…!
「あの人!保阪尚希に似てない?」
あの日から、どれくらい経っただろう…。
たった今、私の目の前で…
マリナがホサの元へと向かいました。
恋のキューピットさん!お願いします!
ここから急ピッチで、二人の縁を結んで下さい!
私は祈った。マリナの幸せを、心から。
そして見届けた。
マリナがちょこっと恥ずかしそうに――
ホサにチョコを渡す、その瞬間を。
(よかったね。よくやったね!)
私はホクホクした気持ちで、マリナが戻ってくるのを待った。
しかし… 待った!
マリナの様子が何やらおかしい…。
ほんとはもっとほっとしたような…
ホットな顔で、帰ってくると思ってたのに。
そこにいたのは、
犯人を取り逃がした刑事のような、いじけた顔のマリナだった。
え…まさかっ…
ホサには彼女がいたの――?
聞きたい。でも聞けない。
私はぐっと我慢し、グッドな結果じゃない場合も想像しながら、マリナが自ら口を割るのをそっと待った。
すると――
「……じゃなかった…。」
えっ!?聞こえない。
もっと声を張って!
はやる気持ちを抑えつつ、告白後の自白を待つ私。
「違った!ホサじゃなかった!初めて顔近くで見たら、全然!ホサじゃなかった!!」
「え〜ん!どうしよう!カードに名前まで書いちゃったよーう!!」
「崖からまっさかさまに突き落とされた気分!!」
ついさっきまで
“恋する乙女”
だったマリナが、
ふと目を離した隙に、
“後悔する惨めな女”へと
早変わりしてしまった。
そう、近眼だった彼女は、初めて間近でホサを見て、
マジか?!ガーン!と
ショックを受けたのだった。
だって、
全然、保阪尚希じゃなかったんだもんっ!!
マリナのハートは、巨大ポッキーのように盛大に“ポキッ”と折れてしまっていた。
やっぱりやだ! キューピットさん!
その矢を放たないで!!
……でも。
あんなふうに誰かを好きになって、あんなふうに全力でぶつかっていけるマリナは、やっぱりちょっと、かっこよかった。
玉砕したって、この際、気にしないで!
正々堂々と、玉座に腰かけていいよ!って
声かけしたいくらい誇らしい気持ち。
いつか玉の輿に乗っちゃったりなんかして、その時はノリノリで笑い話にしちゃお!って
言いたかったけど言えなかった…。
なかったことにはできない、ちょっと痛かったけど、それでもやっぱり愛おしい。
あなたがいたから一緒に味わえた感情なんだよって…
かけがえの無い、一度きりの
青春あるあるな出来事なのでした。
上り坂をスイスイ登るマリナの姿も、ホサにまっさかさまに突き落とされたマリナの姿も、どっちも同じくらい、ちゃんと輝いてたよ。
まるで叶姉妹のように(容姿は除く)、
可能な限り一緒に過ごした登下校。
あの冬の空気も、北風の冷たさも、巨大ポッキーをかじる音も、全部まるごと胸の中に残ってる。
あの頃の私たちは、ちょっと不器用で、でも、びっくりするくらいまっすぐで。
あんなふうに誰かを好きになれる時間って、人生できっとすごく貴重。
だからこそ――
あの一瞬一瞬が
かけがえのない宝物だったんだと思う。
いつも隣にいさせてくれて
あの冬を一緒に過ごさせてくれて、
本当にありがとう。
私、一生忘れないよ!
今では立派な三児の母となり、
ますます輝きを増すマリナ。
当時の自分を「おもしろすぎる!」って
笑い飛ばせる巨大なハートはさすがだよ!
これからも、ずっと&そっと
あなたの幸せを願っています。
――あの冬の日のことを、胸の奥であたためながら。