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「複雑さ」を魂の深さと勘違いしていた頃の話ーLAが苦手だった理由ー

    LAとオレンジカウンティだけは、なぜか行く気になれなかった。

    昔アメリカに住んでいた。ニューヨーク、シカゴ、サンフランシスコ、ワシントンDC、ボストン、シアトル。ほとんどの大都市に行った。

    でも、LAとOCだけは。

    理由は明確だった。

    ビーチ。サーファー。アスリート。あの話し方。あの空気。あのカラッとしたエネルギー。

    西海岸のアクセントを聞くだけで、どこか「浅そう」と感じていた(すみませんただの偏見)

    そういうものに、当時、私は全く興味が持てなかった。

    4年前に初めて訪問して以来、今では、一番好きな場所なのに。


    当時の私が惹かれていたのは、もっと複雑なエネルギーだった。

    知的で、論理的で、少し影があって、感情も複雑で、簡単には読めない人。

    そういう人たちを見て
    私は「深い」と思っていた。

    逆に、自然に幸せで楽しそうな人や、軽やかな人を見ると、どこか物足りなく感じていた。

    だからヨーロッパにも強く惹かれていた。
    歴史。重厚感。知性。芸術。メランコリー。
    そっちの方が"本物"に見えた。

    だからヨーロッパに住みたかった。
    アメリカに住んだくせに、アメリカが苦手だった。

    今思うと、「深さ」の定義が完全に逆方向だった。

    私が"深い"と思っていたものの中には
    「未処理の痛み」と「複雑さ」が混ざっていた。

    unresolved pain + complexity

    でも当時の私は
    それを"魂の深さ"だと思っていた。

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    いかにも南カリフォルニアのヤシの木と太陽

    その感覚が崩れ始めたのは、数年前、初めてLAに来て、ビバリー夫婦と出会ってからだった。

    彼らは、驚くほど自然だった。
    明るくて、オープンで、軽やかで、楽しそうで、全然苦しそうじゃない。

    でも、一緒にいると感じた。
    この人たち、深い。

    しかしその深さは、「重さ」として存在していなかった。

    ただ自然に、自分として存在している。
    だから無理がない。駆け引きもない。
    ドラマもない。

    軽やか。
    それなのに、圧倒的に深かった。

    そこで初めて、「軽やかさ」と「浅さ」は、全然違うものだと気づいた。

    むしろ、統合されている人ほど軽い。

    自分を大きく見せようとしない。
    無理に賢く見せようとしない。
    不足感を埋めるために
    複雑さや知的さを纏わない。

    その後、自分の交友関係や恋愛の好みまで変わり始めた。

    これも昔の私なら、理解できなかったと思う。

    昔の私は、"重さ"の中に深さを探していた。
    それが魅力だと思っていた。

    でも今の私は、"まっすぐに自分を生きている人"に深さを感じる。

    自然に笑っている人。
    無理していない人。
    人生を楽しめる人。
    自分と戦っていない人。

    そういう人たちの中に、統合された深さを感じる。

    The deepest people I’ve met were often the lightest. Not because they had suffered less. Because they had integrated what they had lived through.

    #アメリカ生活 #ロサンゼルス #人生観 #統合 #精神的成熟 #海外生活 #海外暮らし #自分を生きる #ありのまま #ヒーリング #マインドフルネス #魂の設計図 #魂の目覚め #深さ

     
     
     

    YUKA

     
     
    元ニューヨーク州弁護士ーありのままの自分に戻る旅ー 「正解」より「本音」を選んだら、人生はどう変わるのか。自分の体験と、その裏にある法則を書いています。 Forbes掲載

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