芋出し画像

幎勀めたLITALICOを退職したした。

株匏䌚瀟LITALICOを退職したした。幎間お䞖話になった方々、本圓にありがずうございたした。

LITALICOずいう䌚瀟がい぀の間にか奜きになり、尊敬しおやたない䞊叞たち、ビゞョンを本気で远う玠晎らしい仲間ず働けたこずを誇りに思いたす。瀟䌚課題ずがっぷり四぀で向き合っおビゞネスしおいる䌚瀟は他にはなかなかない。

そんな人たちがこんなにいる。だからこそ自信を持っお退職の決断ができた。


入瀟のきっかけ

圓時、自分でやっおいた事業をたたみ、副業でコヌチをしながらスタヌトアップで泥のように働いおいた。この時はしんどかった  
コロナで瀟䌚が倧きく揺らぐ䞭、2021幎4月LITALICOに入瀟した。きっかけは息子の3歳児怜蚺だった。

初めお聞いた「発達障害」ずいう蚀葉

「今日、3歳児怜蚺行っおくるね。」ずいう劻の蚀葉に僕は出瀟の準備をしながら、「ほヌいOK」なんおゆるい返事で返しおいた気がする。

䌚瀟での仕事を終え垰宅するず、空気が違うこずに気づく。
劻は䞍安いっぱいな顔で出迎えおくれた。「怜蚺いっおきた。それでね  」ず䞍安な感情のたたに色んな蚀葉で䌝えおくれたのだけれども正盎途䞭の話は芚えおいない。最埌に「発達障害かもしれない。」この聞き芚えのない蚀葉だけが残っおいる。

息子のこずを理解したい䞀心でのぞんだ採甚詊隓

そうかもしれないずいう曖昧な状況。なんずも蚀葉にならないモダモダ感があった。
ただ、今の状況が真っ暗やみのように䜕もわからないから䞍安になるんだずいう気持ちから、そこからはたず家族で知るこずから始めようず、曞籍やwebでの情報収集をし、セミナヌや勉匷䌚は参加できるものは党お参加した。

ほんずうは僕も䞍安でいっぱいだった。
だからこそ、粟䞀杯のみえず匷がりでカッコ぀けおいたんだず思う。

その䞭で出䌚ったのがLITALICOだった。

あるコラムの䞭で以䞋の文章ず出䌚っお、䞍安が䞀気に晎れたこずを今でも芚えおいる。

「個ず環境の盞互䜜甚」ずは、個人の特性ず、堎所や人、物ずいった環境が盞互に圱響するこずで、障害や困りごずが珟れるずいう考え方

出兞LITALICO発達ナビ

あっ個人に障害があるず捉えるんじゃなくお、個性ず環境のマッチングによっお障害が生たれるのか。
だずしたら、コヌチングで個性を発揮する支揎はやっおいる。
あずは今の瀟䌚にどんな環境があるのかを理解しお、息子の個性に合わせた蚭蚈ができるようになればいいんだ。そのこずに気づかせおもらえおすごく腹萜ちした。

その埌たたたただが、コヌチングを孊ぶ䞭でLITALICOで働いおいる方ず出䌚い、リファラルずいう圢でLITALICOに入瀟するこずができた。

最終面接でのこず。
圓時の事業郚長ずの面接の䞭で、「んヌなんか熱量がものすごいから、もう採甚。䞀緒に働きたしょう。」ず、「熱量」ずいう理由で採甚されたのは今でも芚えおいる。「息子のこずを理解したい。」ただその䞀心で必死でプレれンしおいたんだろう。

やっおきたこず

LITALICOに入瀟が決たり、最初に携わったのがLITALICOラむフずいう郚眲。
この郚眲では、発達障害のあるお子さんの保護者の方に向けた勉匷䌚やラむフプランニングを提䟛しおいた。

ご盞談に来おくれる保護者の方の「子どもを理解したい」「保護者ずしお䜕かできるこずはないか」ずいう切実な思いず、それでもその心が折れおしたいそうになるくらいの䞍安ず誰にも盞談できない孀独感は痛いほど気持ちがわかった。

だからこそ、その保護者の「願い」や「思い」を䞀滎もこがさない。受け止めるこずだけは絶察ぶらさないずいう思いで䌎走させおいただいた。

たた、ここで働くメンバヌたちが個性豊かでおもしろく、「自分らしさ」を党開に発揮しおいる人ばかりで、自分たちでも「動物園だよね、ほんず。」なんお声がよく䞊がっおいた。
「自分らしさ」が発揮された環境を䜓感できたのは、コヌチングの䞭でも、その人の「可胜性を信じる」ではなく、「可胜性をすでに知っおる」うえで向き合える倧きな財産になった。

自分だけのコンパスを確認しお、目的地を決める。たどり着くための地図を携える。

そんな個性豊かな仲間ず䞀緒にやっおいたラむフプランニングずいう仕事。
この䞭でやっおいたこずは自分だけのコンパスを確認し、目的地を決めお、たどり着くための地図を携える。そのお手䌝いをさせおいただいおいた。

ラむフプランでは「子育お」ずいうテヌマが䞭心になる。この「子育お」では、自分の「コンパス䟡倀芳」ず向き合うこずになる。

自分にはどんな䟡倀芳があるのかこれを確認する。
そうするず、䟋えば、受隓に必死になっおいるのは子どもではなく自分の䟡倀芳だず気づいたりする。そしお、ちゃんずお話しを聞かせおいただくず、「この子らしく人生を歩んでほしい」ずいう願いに行き着く。

自分の䟡倀芳に気づき、願いを芋぀ける。
こうするこずで、本圓の目的地が決められるようになる。

あずは、目的地に向けお、どんな孊校や環境が個性を䌞ばすのかさらに、どんな関わ方やサポヌト可胜性を広げるのか個性ず環境で敎理しおいきながら目的地に向けお可胜性ずいう地図の解像床を䞊げおいく。

この䞀連のプロセスは、コヌチングず重なるこずも倚く、教えるこずではなく、受け止めお聞くこずの嚁力を䜓感する倧きな孊びになったし、䜕よりこのプロセスの䞭で、「党然話しおくれなかった子どもず話せるようになったんです」「子どもがこの孊校行っおみたいっお前向きになったんです」「私も子どもず䞀緒に自分らしく挑戊しようず転職したんです」なんお、こんな瞬間に立ち䌚わせおいただけたのは僕にずっお代え難い経隓だった。
今、コヌチングを通しお「いろんな方の人生に向き合い続けたい」ず背䞭をおしおくれた経隓にもなった。

ひずりの声を聞き、届ける。

その埌LITALICOゞュニアずいう児童発達支揎、攟課埌等デむサヌビスをやっおいる郚眲に移り、勉匷䌚の開発や、Web広告の制䜜運甚などマヌケティングを担圓した。

やっおみおだけど、たぶん僕はマヌケティングは向いおいない。

仮に「たくさんの人に効率よく届けるを最倧化するこず」だずするず、僕は真逆のこずばかりしおいた。
すんごい迷惑かけおた気もするが、優しい仲間はいいねいいねず提案や詊䜜に察しお快くやっおみようず蚀っおくれた。ほんず倧感謝。

でも僕は僕なりにやっおきたマヌケティングは奜きだ。
それは、「そのひずりにちゃんず届くために深く理解するこず」そのために、ひずりの声をむンタビュヌずいう圢で聞かせおいただいたり、勉匷䌚でも、バナヌひず぀ずっおも目の前のそのひずりに察しお぀くっおしたう。
䜜っおいるのは「売るための広告」ではなく、「思いを届ける手玙」だず思っおやっおいた。

そんな届けたいず思えるサヌビスやそれを支える人達がいる。本気でそう思えたからこそ自信を持っお退職を決断できた。

だから退職するこずを決めた

「息子のこずを理解したい」この思いがきっかけで入瀟した。
4幎間、2぀の事業郚での経隓。この経隓を経お確信しおいるこずがある。

それは「僕たち家族ならもう倧䞈倫」ずいうこず。

3歳児怜蚺の時から4幎。LITALICOでの経隓を掻かしながら、息子ず向き合う䞭でより理解が深たり、その個性が発揮されるための考え方や関わり方、孊校の遞択肢、瀟䌚資源など、環境偎のこずも自分たちで遞択し、䜜っおいけるず思えるようになった。
そしお、自分らしく成長しおくれおいる息子はもうランドセルを背負っお孊校に行っおいる。
自身の力でどんどん未来に向けお歩んでいる。圌の成長が䜕より倧䞈倫だず思わせおくれる。
真っ暗やみの䞭にいた4幎前。LITALICOでの経隓を通しお、今では「僕たち家族なら倧䞈倫」ず確信の䞭で晎れやかな気持ちでいる。

そんなふうに思える今を䜜っおくれたLITALICOには倧感謝。

これからやっおいくこず

だからこそ、自分自身も自分らしく生きおいこうず独立するこずを決めた。

やりたいこずは倧きく぀。

぀めは、コヌチングを通しお「その人らしく生きるこず」を䌎走するこず。キャリア、マネゞメント、子育お 個人も䌁業も抱えおいる課題を「聞くこず」を通しお解決のお手䌝いをしおいきたい。

぀めは、聞くこずをもっず広げおいきたい。
SNSではどんどん発信が増える䞭で、受け手が圧倒的に足りおないず感じる。聞いおくれるから話したくなる。これが原理原則だず思う。
聞いおくれないから、目を匕こうずする、過激になる。
これは子どもが教えおくれたこずだ。「ちゃんず受け止める安心」があるず、自然ず自分らしさを発揮し始める。
聞くこずを通しお心地いい埪環がたわる䞖界を少しでも実珟したい。

぀めは蚀語化のお手䌝いをしおいきたい。
SNS、AI、どんどん環境が倉わっおいく䞭で、「自分の蚀葉で話すこず」「自分の䟡倀芳から問いを立おるこず」がその人らしく生きるこずに繋がるず感じおいる。

そんなこんなで吹いたら䞀瞬で吹き飛ぶ状態で正盎ガクブルですが、自分らしくマむペヌスで挑戊しおいきたす。

いいなず思ったら応揎しよう

この蚘事が参加しおいる募集