日々妄想している腐女子は、推理力が高いようです。【創作大賞2026応募中】
あらすじ
ヨリコとトモエは腐女子だった。教室で大っぴらにBL談義を繰り広げて白い目を向けられる様なオタクだ。
そんな二人がある放課後、忘れ物を取りに教室に戻ると、中から男子二人の今にも秘め事を始めてしまいそうな声が中から聞こえてくる。
興奮した二人は教室に突入するが、そこにBLカップルなんて居らず、いたのはスクールカースト最上位の東城伊織だった。イオリはずっと自分一人だったと言って教室を出て行ってしまう。
BLカップルはどこへ行ってしまったのか。
事件発生
私とトモエは上履きから靴に履き替えて、正面玄関を出た。外は寒くなってきていて、夕暮れの赤みでなんだか寂しくなってきた木々の枝先が余計に寂しく見える気がした。秋だなと思う。これからもっと寒くなると思うと、憂鬱でならなかった。別に寒いのが苦手という訳ではないが、その気持ちを乗り越えてくるほど寒くなるのは勘弁願いたい。
「はぁ」
「ヨリコ氏、ど、どうしたの?」
少し吃り気味に、トモエは問いかけてくる。もしかしたら、私が怒っていると感じてしまったかもしれない。この親友はそういう部分が繊細だ。私は少し微笑みながら答えた。
「なに、秋だなと思っただけさ」
トモエが少しホッとする表情を見せる。前髪が長めで目にかかっている為、表情が読み辛い。それでも長く親友をやっていると、わかる様になってくる。それから意味ありげにトモエは微笑んで口を開いた。
「ビ、BLの、秋だね」
「そうなのだよ! トモエ氏、アンニュイな気分はBL心をくすぐる! でゅふでゅふでゅふ」
「そ、そうだね! でゅふでゅふでゅふ」
私達は道の真ん中で立ち止まり、そんな風に笑い合う。下校人数は減っているけど、この時間でもまばらに人はいて、私達に奇異の視線を送りながら遠ざかっていく。いつもこんな調子でやっている。でもそんなの気にしていたら、立派な腐女子にはなれないのだ。
「さぁ、早く帰ってアニメを視聴しなければ」
「そ、そうだね……あっ」
突然、トモエが突然そんな声をあげる。何かを思い出したというような表情。なんだろう。少し歩き出していた私は、トモエに向かって軽く振り返る。
「きょ、教科書……持って帰らないと」
「ん? 教科書? なんで?」
別に置いていけばいい物だ。あんな重い物持って歩くなんて、馬鹿げている。少なくとも私は、いつもそうしている。トモエは馬鹿正直に、すべての教科書を持ち歩いているのだろうか。
「だ、だってテストあるから」
トモエは少し不安そうに呟く。元々猫背気味で自信なさげな態度なのが、余計猫背になって自信が無くなって見えた。
トモエとは同じクラスだから、同じタイミングで同じ事をするはずだ。私は少し記憶を手繰り寄せた。教師が喋っているシーンが浮かんでくる。そういえば。
「あぁ、なんかテストするからとか言ってたね、でも何で教科書持って帰るのさ?」
私の問いにトモエは顔を歪ませた。何か変な事を言ってしまっただろうか。テストなんて、授業の復習のためにやるものだ。よって授業を聞いていればできる問題しか出ない。応用的な問題が出たとしても基礎さえ学んでいれば、そこから考えて解けるはず。私が分からないという顔をしていると、トモエが口を開く。
「ヨ、ヨリコ氏は無二の親友で何でもわかり合えるけど、そ、そこだけは分かり合えないみたい」
すこし呆れた様子でトモエは体を反転させて、もと来た道に戻っていく。私はそれを追いかけた。
「私も行くよ」
「あ、ありがとう」
私達は、自分たち一年生の教室が並ぶ廊下に差し掛かった。この時間になると廊下には誰もいない。廊下の先の非常口まで見えるけど、人がいないとなんだか寂しい感じだ。普段は生徒でごった返しているから、余計にそう思うのかもしれない。なんとなくホラーの舞台になるのが分かる気がした。かと言って化け物なんて出てくることもなく、私達は教室の前までたどり着く。
「も、もう一軍の人いないかな」
少し足が重くなるトモエ。一軍に苦手意識があるのだ。私は少し思い返してみる。教室を出た時は、一軍の人たちが集まって喋っていた。何かを食べに行こうかとか、遊びの相談をしていたから、さすがにもう決まって移動を開始して居なくなっているだろう。
「もういないでしょ、一応中の様子を……」
私がそう言いかけると、自分の口をすぐさま押える。それを見てトモエは不思議そうにした後、それに気づいたらしく目を見開いた。私は教室の中に対して聞き耳をたてる。何か私の中に衝撃が走る声が聞こえたのだ。
「佐藤、俺我慢できない」
「先輩、教室ですよ、こんな所で」
そんなくぐもった声が聞こえてくる。廊下に面した窓はスリガラスで中が見えない上に閉めきられているし、ドアは両方閉まっている。そのせいでちゃんと聞こえないが、聞こえてくる声からして、男子二人。しかも。
「リリリリリアルBLカップル!」
悲鳴にも似た声をトモエがあげる。一応抑え気味ではあったものの、それなりの音量だった。その声の途中で私はトモエの口を押えて阻止したけど、中まで聞こえてしまったかもしれない。私達は身をかがめて息をひそめる。
「バカ! せっかくのチャンス」
私は可能な限り声を抑えてトモエを咎める。気持ちは分かるが、せっかくリアルでそんな良い物を鑑賞できる機会だ。バレてしまっては意味がない。押さえていたトモエが、首を縦に振ろうとしているのが伝わってくる。理解はしてくれたらしい。私はトモエの口を押さえていた手を離した。
「でゅふ、ご、ごめん、ハァハァ」
声を抑えているけどトモエは興奮しているらしく、あまり抑えられていない。暴走してしまうといけないから、私はトモエを落ち着かせようとする。理想としては、リアルBLカップルに私達の存在を知られる事なく、二人の顔を確認して、今後も追いかけていきたい。理想を叶えるべく私は作戦を練っていると、突然教室の中から金属が擦れるような音が聞こえてきた。
「いかん、バレたかも」
「し、しまった、リアルBLカップルの情事を覗く機会が」
トモエが絶望的に顔を青くして言った。気持ちは痛いほどわかる。しかも自分のせいで、チャンスを不意にしてしまったのだ。私はトモエの肩に手を置く。
「気持ちは分かる、でも今は次の作戦に移る時、リアルBLカップルの顔だけでも拝む」
それだけでも、今後の妄想のオカズに大いに役立つ。今後の彼らについて、警戒されて拝めないだろうし、そもそもこんな形で露見したらもう学校では絶対にそういう事はしないだろう。つまりこれが最後のチャンスでもある。私はトモエを伴って、焦らず素早く教室の正面の方のドアに近寄った。慌てて何かを片付けているような音が中から聞こえる。急いで片付けている様な、そんな印象をうける。
「早く」
私はトモエを急かして、教室のドアに手をかける。そこでもう一度金属が擦れるような音が聞こえた。私は構わずにドアを開け放つ。まず目に入ったのは黒板。私は焦らず何でもない様に装って、教室の中に入った。
「わ、忘れ物してしまったぁ」
「このうっかりさんめぇ」
私達は二人で「HaHaHa」と、少しわざとしくなってしまった笑い声をあげる。とりあえず些細な事はもうどうでもいい。私は目を見開いてリアルBLカップルの姿を探すため教室内に視線を移した。黒板から外側の窓の方、そして教室後方の景色が順に視界に飛び込んでくる。でも、おかしい。景色しか見えていない。
「あれ?」
間抜けな声が出てしまう。トモエも同じような声を隣であげている。一瞬起こっている事に、脳が追い付かなかった。中にはリアルBLカップルなんていなくて、教室の後方にスクールカースト最上位、東城伊織が座ってスマホをいじっているだけだったのだ。イオリの背中にかかる程度の長さの軽く茶色に染めた髪が、肩からさらりと落ちる。顔をこちらにあげたらしい。
「と、東城伊織……さん」
トモエが、必要以上に身構えて声をあげる。無意識にやっているのかもしれないが、トモエが私に体を寄せてきた。少し戸惑いつつも私は代表する様に、イオリへ問いかける事にする。
「イオリ氏、この教室に他の誰かがいなかっただろうか?」
「……誰もいなかったけど、ずっと私だけ」
イオリはポツリとそれだけ言って、組んでいた足を外した。キレイな足が伸びるスカートの中が見えそうになる。どれだけの努力をして、そのキレイな足を保っているのか分からないが、そんな足を見せられたらスカートの中がどうなっているのか気になるのは、私だけではないはずだ。いかん。ついつい凝視してしまった。
私が見入ってしまっているのに気付いたのか分からないが、イオリは冷たい視線をこちらに送りながら立ち上がった。それから、シワが寄ってしまったスカートを撫でる様にして直す。姿勢を元に戻すと、少し高めの身長のおかげでやっぱりイオリは一軍だなと思わされる。少し気崩した制服のおかげか、どこぞのモデルが教室で撮影をしているかのような錯覚をしてしまいそうだ。制服の首元から伸びる白のふわりとしたオシャレなタートルネックが、モデル感を高めているらしかった。先生に注意されそうなものだが、イオリだから許されているのだろう。誰も注意はしない。
私が見入っているのを、いつもの事の様に気にする風もなく、イオリは後ろのドアから出て行ってしまった。
「はぁ」
トモエの気の抜けたような声が聞こえる。少し体が触れているだけだが、力が抜けたのが分かった。苦手意識は相当な物らしい。さすがに殴りかかってくる訳でもないし、いじめを受けている訳でもない。実害はないはずだ。
「そんなに緊張しなくても、イジメとかしてくる訳じゃないわけだし」
私の言葉にトモエは、力無く首を横に振る。
「い……いつも冷たい視線送ってくるし、か、陰口とか言われてる気がする」
考えすぎでは、とか言いかけて私は口をつむぐ。確かに陰口を言われているかもしれない。私達は教室で普通にBL談義を繰り広げている。一応抑えているつもりだが、それでも周りから見れば気持ち悪いオタクだろう。でも好きな物を好きと言って何が悪い。私は自己完結しながら「それより」と言葉を続ける。
「リアルBLカップルが消えてしまった」
「そ、そうだ、何で東城氏しか居なかったの、た、確かに声が聞こえていたのに」
トモエが悔しそうにする。せっかく滅多にお目にかかれないリアルBLカップルなのに、見逃した。そんな悔しさだろうか。私もまったく同意である。はっきり言って、見たかった。本当に見たかった。現実で遭遇したのはこれが初めてかもしれない。しかもこの学校にリアルBLカップルが存在していたとは。せめて二人の顔だけでも見たかった。
私は諦めきれずに、外側の窓に近づく。この校舎は新校舎でベランダは無い。旧校舎の方でふざけた生徒がベランダから転落したとかで、新校舎はベランダを無くしたらしい。それはともかく、窓はすべて施錠されている。ここは最上階の四階だからまずないと思うが、一応、窓を開けて下を見てみる。誰もいない。上や左右も見てみるけど誰もいない。ここから逃げた訳でもない。
次に掃除道具入れを開けてみる。金属が擦れるような音がして、ドアが開いた。途中で聞こえてきた音はこれらしい。でも中には誰も隠れていなかった。どっちにしても、サイズ的に二人隠れるのは難しそうだ。私は一つだけしまい忘れて床に放置されていたチリトリを、掃除道具入れに戻しながらドアを閉めた。
それから教室正面の教壇も確認する。一応人が隠れられない事もない。でも足元が丸見えになるから、すぐわかるはずだ。当然誰も隠れていない。
「ほ、本当にどこへ消えてしまったの……リアルBLカップル消失事件……ッ!」
「消失、か」
煙のように消えた、とまでは言えない。脱出する方法はなくはない。でも、違和感がついて回る物だ。私は教室を見回してみる。他に何か見落としている事はあるだろうか。掃除道具入れぐらいしか、身を隠せる場所はない。
「はっ! そうだ!」
私は弾けるように声をあげる。極めて重要な事を失念していた。なぜこんなにも大事な事を忘れていたのか。私が突然声をあげたのに驚いたトモエが、こちらをじっと見つめて問いかけてくる。
「ヨリコ氏、な、何かわかったの?!」
「早く帰ってアニメの視聴を! 全年齢という憎き鎖のせいで、彼らは私達の頭の中でしか結ばれないのだ!」
「た、確かに! リアルBLカップルも大事だけど、お、推しカプを支援するのも大事ですな!」
トモエは急いで忘れ物を、カバンに突っ込む。それを見て私は教室を出て、トモエと共に足早に教室を離れた。とりあえずリアルBLカップルについては保留だ。見えないリアルより、目の前の妄想。花より団子。使い方が正しいかどうかわからないが、そういう事だ。
推理
翌日、授業がすべて終わって、私とトモエは保健室でおしゃべりをしていた。放課後の教室は一軍たちのたまり場になるため、スクールカースト最下位の生徒は素早く帰宅するか、思い思いの場所で友達と語り合う。私達が行きついたのはこの保健室だった。
「毎度になるけど、一応言うね、ここは談話室ではなく保健室だからね」
保健室の先生が呆れた様子で声をかけてくる。私は「分かっていますよ」とだけ言って、トモエに向き直った。私達は体調が悪いわけでもないし、教室に行く事ができない生徒でもない。保健室の先生からすれば、ずっといてもらっては、本当にここを必要とする生徒に使ってもらえない可能性がある。かと言って強くも言えない。そんな感じなんだろう。保健室の先生は「ちょっと用事で出てくる」と諦めたように口にして、出て行ってしまった。
「そ、そういえば昨日のリアルBLカップルについて、か、考えてみたの」
先生が出て行ったからではないと思うが、ちょうど会話が途切れたタイミングでトモエがそう切り出してくる。
「聞こうか」
やっぱり気になっていたらしく、勉強どころではなかったのかもしれない。私も気になっていた。リアルなBLという物を見てみたいし、その顔も拝みたい。
「と、東城氏がBLカプを逃がしたとかどう?」
おそらく一番最初に思いつくのがそれだろう。私も考えて、すぐ否定した。私のそんな考えを、当然知らないトモエは自信満々で続ける。
「わ、私達の声を聞いて、逃げようとしていたリアルBLカップルを、わ、私達が正面の方のドアから入ってくるタイミングと同時に、う、後ろのドアから脱出させたとか」
「それで、イオリ氏が私達に嘘をついたか」
トモエが頷く。
「イオリ氏がリアルBLカップルを助けるのはあるかもしれない、が今回に関しては不自然と言わざる負えない」
不思議そうな表情をして、トモエが首を傾げる。私は出来る限りわかりやすい様に言葉を選び、続けた。
「状況としておかしい、イオリ氏が目の前にいるのにリアルBLカップルはイチャイチャしていた事になる、例えばイオリ氏が脅迫してイチャイチャさせていたとしたら、聞こえてきた声が自然すぎるし、脅迫とかではなかったのなら、イオリ氏は席を外す事もせずにそれを眺めていた事になる、普通に考えるならリアルBLカップルは自分たちの関係を隠したいだろうし、誰かに見られながらなんかではなく、二人きりの方がいいと考えるだろう」
一気に言いすぎて、トモエは少し混乱した表情になった。それでも何とか飲み込んだらしく、新たな考えを口にする。
「り、リアルBLカップルにそういう性癖というか、そ、そういう趣味があって、東城氏に頼んで見てもらったとか?」
「面白い考えだね、でもそれも違和感があるな、イオリ氏がグルだったのなら一緒に脱出してしまった方がいい、一応後ろめたさもあるだろうからそっちの方が思いつきやすいだろうし、そもそも残る意味がない、残っても面倒なだけだ、現にイオリ氏が残った事で私達に変な勘繰りをされている訳だしね」
私の言葉にトモエは少し唸る。脅迫ではないだろうし、偶然居合わせたとしたら、席を外さないイオリも、そのままそこでおっぱじめたリアルBLカップルも不自然。性癖や趣味という可能性の方は、グルだったなら一緒に逃げなかったのは何故か。やっぱりどっちも違和感がある。スッキリ説明できるストーリーはなんだろうか。
私が考え込んでいると、トモエが思いついたように口を開く。
「じゃ、じゃあリアルBLカップルのどっちかが、と、東城氏とか」
後輩君の方は佐藤だから、イオリとは苗字が違う。そう考えると、ありえるなら先輩君の方だけど、イオリは私達と同じ一年生だ。後輩がいない。それに。
「そもそも、声が違ったでしょう」
閉めきられた窓越しでくぐもった声だったから、絶対違うと言い切れないが。トモエが追い打ちをかける様に反論する。
「そ、そういう事をする時は、お、男っぽい声になっちゃうとか」
可能性は無いとは言い切れない。でも、と私は返す。
「むしろそういう時こそ、飛び切り可愛い声を意地でも出すのでは、と思うけど」
「……まぁ、そうかなぁ」
少し納得していない様子で呟くトモエ。例えイオリの声がそうだったとしても、やっぱりイオリだけが脱出せずに残るのは違和感がある。その辺をわざわざ追及する必要もないかと思っていると、トモエはスマホを取り出していじり始めた。自ら話題に出しておいて、飽きてしまったらしい。それとも考えをすべて吐き出して満足したか。
私は少し呆れながら昨日の状況を思い出してみる。
私達は忘れ物を取りに、教室に向かっていた。その時に教室を出入りした人間は居なかった。つまり少なくともイオリは、私達が教室のある廊下に差し掛かる前に教室に入った事になる。また、リアルBLカップルも同じだろう。イオリとリアルBLカップルの入った順番は分からないけど。
教室の前までくると、リアルBLカップルのくぐもった声が聞こえてきた。廊下に面した窓とドアはしっかり閉まっていたから、はっきり聞こえなかったのだ。声を聞いた私達は、興奮して少し声を漏らし、それから身をひそめた。その時金属が擦れるような音、掃除道具入れが開けられる音がする。しばらく何かを片付ける様な音がして、また掃除道具入れが閉められた。
私達は何食わぬ顔で教室に突入。でも中にはイオリが座ってスマホをいじっているだけだった。
イオリは自分しかいなかったと言って教室を出る。その後、外側の窓を確認したが、すべてきっちり施錠されていた。掃除道具入れの中も確認したが、誰も隠れていなかった。
こんな流れだっただろう。私は考えを巡らせる。イオリの置かれた立場を考えると、トモエの考えた可能性が無いとは言い切れないのが悩ましい。いろいろ可能性を考えていると、ふとさっきトモエが納得していない表情をしていた事を思い出す。
「トモエ氏よ、そういえばどうして、イオリ氏が男っぽい声になっているかもと言ったのだ?」
「ん? な、なんか聞き覚えがあったんだよ、リアルBLカップルの声、ど、どっちの声か分からないけど、なんだか覚えがあるような」
思い出せないという顔で首を傾げるトモエ。でもすぐに表情を変えて口を開いた。
「り、リアルBLカップルが誰なのかわかったら、ヒ、ヒントにならないかな」
「……ヒントにはならないと思うが、誰なのか判明させたいのは確かだね」
昨日顔が見れなかった。今後のオカズの為に、正体を判明させておきたかったが、できなかった訳だ。でも落ち着いて考えれば、絞る事は出来るかもしれない。
「ヨ、ヨリコ氏の頭脳で、な、何とか見つけ出して」
トモエが期待のこもった視線を向けてくる。
「私の頭脳はそんな優秀ではないよ……でも考えてみよう、トモエ氏も知恵を貸してほしい」
私の言葉で、トモエは勢いよく首を縦に振る。
「じゃあまず、名前が判明している佐藤の方かな」
「せ、先輩の方は、な、名前分からないもんね」
佐藤に先輩と呼ばれていた事以外に、手掛かりがない。
「一つの事実として、佐藤氏は、先輩がいる以上、三年生ではない」
「う、うんじゃあ先輩の方も、い、一年生ではないって事かな」
トモエの言葉に私は頷いて見せる。
「そしてもう一つ、私達一年生の教室でそういう事をしていたのだから、どちらかは一年生の可能性が高い」
イケナイ事をしようとしていたのだ。全く縁も所縁もない教室でそういう事をしようする勇者ではないと仮定すれば、どちらかの自分の教室という事になるだろう。
「つ、つまり?」
やっぱり勘の悪いトモエは気づかない。まぁそういう所が可愛らしい部分でもあるのだが。私は少し笑って見せてから口を開く。
「佐藤氏は私達のクラスの人間という可能性が高い、先輩が一年生という事はありえないからね」
「ク、クラスメイト?」
「そう、イケナイ事をしようというのだから、自分の教室を使う可能性が高い、という事だよ」
「な、なるほど」
トモエは理解できているのか疑わしい感じだが、気にせず続ける。
「さて、ここで悩ましい問題が起こる」
「な、悩ましい問題?」
「そう、佐藤という日本一の多さを誇る苗字は、私達のクラスに四人もいる」
もう少し特殊な苗字だったら、特定も簡単だったのに。まぁ文句を言っても始まらないから、クラスメイトの佐藤を私は思い浮かべた。
「で、でもそれなら、ひ、一人しか!」
「気が合うね、トモエ氏もそう思うかい」
おそらくトモエも、佐藤たちの顔を思い浮かべたのだろう。そうなればもう一人しかいない。
「水泳部の佐藤だね」
「そ、そう! イ、イケメンだから!」
トモエの言葉に私は頷く。ほか三人の佐藤は、ブサイクと普通しかいない。こうなるとBLが似合うのはイケメンの水泳部佐藤しかいないだろう。うん、それしかいない。
「でゅふでゅふでゅふ、さ、佐藤氏か、じゃ、じゃあお相手は渡仲氏!」
「そう! 分かっているね! トモエ氏! でゅふでゅふでゅふ」
私達は日頃から怪しい男子二人組をチェックしている。イケメンの仲良し二人組はほぼBLで間違いないから、動向をチェックしているのだ。オカズにする為に。
「さ、佐渡カプかぁ、あ、あの二人やっぱり」
「そうそう、私達の狙った通り、カップルだったんだよ」
それから私達はどういうシチュエーションだったかなど、予想と妄想を言い合い語り合った。
「はっ」
ひとしきり語り合い満足していた頃に、私は正気を取り戻した。何を言っていたんだ私は。イケメンの仲良し二人組はほぼBLで間違いないとか、BLが似合うのはイケメンとか、理論的でも何でもない事を言っていた。そんな事でリアルBLカップルを、突き止められる物か。妄想ではなく現実のBLカップルが目の前にいるのだ。意地でも正体を突き止めたい。
「トモエ氏よ、妄想もいいが、理論的に考えてみよう」
「え、えぇ」
明らかに不満そうな表情を浮かべるトモエ。もう、それでいいじゃないか、と言いたげな表情だ。それとも理論的なんて言葉を持ち出したら、場が白けるとでも思ったのだろうか。トモエは少し考える素振りをした後、思いついたように口を開く。
「そ、そんな事より!」
そんなに頭を使う事が嫌なのか。そうリアルBLカップルについて興味がないかのような口ぶりで言った後、トモエは自分のスマホの画面を見せてくる。そこにはテレビ画面を録画したらしい動画が映し出されていた。
「ききき、昨日のアニメの、このこ、このシーンよかった事ない?!」
興奮しすぎて、吃りが少し激しくなっている。スマホをよく見ると、昨日私も視聴したアニメのワンシーン、主人公男が友達の男に怒って壁ドンをするシーンが映っていた。明らかにそういう事を匂わせていると思う。BLアニメではないから、そこから発展することは無いけど、全国の腐女子たちのオカズとして役立ってくれるアニメだ。
結局私は、またもや妄想の方に傾いてしまった。
「わかる!」
私は大いに同意する。私も実はスマホでテレビ画面を録画したのだ。いつでも見られるように、そして妄想のオカズとするために。私たち二人は同意し合った後「でゅふ、でゅふ、でゅふ」と笑う。その間もトモエのスマホは動画が流れていて、音声が聞こえてきていた。
「ロッカーに入ってたこれ、なんだよ!」
壁ドンをしている方のキャラの声。どんなシーンだったか。興奮しすぎて、何に怒っていたのかあんまり分かっていなかった。私はトモエのスマホから聞こえてくる音声に集中してみる。
「ッ!」
聞こえてきた音声で、私の中に閃くものがあった。そういう事か。この状況なら、いろいろ説明がつくのではないか。すぐさま私は、トモエの腕を掴んでスマホを覗き込んだ。
「なっ、なっなに?!」
トモエが驚いて手を引こうとするが、私は構わずスマホを見つめ続ける。猛烈な勢いでストーリーが出来上がっていった。
「これだ、これなら消失は可能だ」
私はトモエの腕を放して、自分のスマホを手に取る。出来上がったストーリーを補完するためにネットである情報を検索する。しっかり覚えているから検索するのに困らない。出てきた情報を見て確信に変わる。
「思い返してみればそうだった、なんで気付かなかったんだんだか、トモエ氏も私も知っていたはずなのに」
「ど、どういう? な、なに?」
突然の私の行動に、トモエは目を白黒させている。私は少し興奮気味にトモエに向かって口を開いた。
「リアルBLカップル消失の謎が分かったよ」
「え!」
私の言葉にトモエはついてこれていない、という感じの表情だ。
「ど、どうやって、き、消えたの?」
トモエの問いかけに、私は首を横に振る。
「今説明すると二度手間になる」
「に、二度手間? な、なんで?」
「イオリ氏にこの話をするからさ」
「ど、どういう事? ぜ、全然分からない」
トモエは混乱しているらしかった。まぁ仕方がない事ではあるが。でも同じ話を何度もする事をほ億劫なことは無い。それに、この話はイオリにしなければならないだろう。実は証拠もないから、その場で証拠を引き出さなければならない。
「とりあえず、明日の放課後イオリ氏をここに呼び出そう」
「え?え? 呼び出す? と、というよりどうやって呼び出すの」
混乱の極みであるトモエはそんな疑問を投げかけてくる。私はニヤリと笑って返した。
「イオリ氏は体育の着替えを保健室でしているのだから、先生に伝言を頼めばいい、それにイオリ氏を救ってやらねば」
おそらくイオリは置かれた立場によって、いろいろ苦しい思いをしていると考えられる。その苦しい思いは今回の真実を突きつける事で、ぶっ壊せるだろう。殻を破ってやるのだ。
解決編
「何の用?」
翌日の放課後の保健室。ちゃんと来てくれたイオリが椅子に座り、不機嫌そうに足を組む。ちゃんと来たというより、自分の行いがバレていないか不安で確かめに来たという所だろう。私は対面に座り、その横でトモエが私に体を寄せて座る。トモエには結局真相を話していない。リアルBLカップルの正体が気になるから、この場にいるという事だ。
「伝言通り、一昨日教室で起こった事がわかったのさ」
私の言葉で、イオリは少し居心地が悪そうに座りなおす。保健室の先生を説得するのは大変だった。でもイオリの置かれた立場を考えると、保健室の先生も無視する訳にもいかない。その気持ちをくすぐる様にして、言いくるめたのだ。
私はイオリに少し微笑んで見せて、さてと口を開く。
「私達、一昨日教室で会ったでしょう? その時、私とトモエ氏は男子二人の声を聞いたんだよ、それも付き合っているかのような、今にも秘め事を始めてしまいそうな声」
「へぇ、でも私以外誰もいなかったから、聞き間違いか、別の教室から聞こえたのを勘違いしたんじゃない」
一息にイオリが言った。勝ち誇ったわけではないけど、私は少し笑って返す。
「ふふっ、今日はよく喋るんだね」
私の言葉に、イオリが少し眉をひそめた。イオリはよく喋るタイプではない。必要な事だけ言うような感じだ。今回で言えば「へぇ」とだけ言う方が、イオリらしい。偶然かもしれないけど疑って見れば、イオリの饒舌は疑われない様に必死にしていると考えられる。ますます私の中に、確信めいたものが生まれてきた。
「話を進めようか」
イオリは不機嫌そうな表情で俯く。私は構わず言葉を続けた。
「私とトモエ氏は声を聞いて、そのまま教室に入った訳だけど、知っての通り男子はいなかった、声は確かにその教室から聞こえてきていたのにね」
私は指を一つ立ててから口を開く。イオリは相変わらず俯いたままだった。見られていないけど、そこは雰囲気として指を立てたままにする。
「考えられる事その一、イオリ氏がリアルBLカップルを逃がした」
少し大袈裟に私は顔を横に振る。
「いやいや、これだと不自然だね、イオリ氏がその場にいるのにリアルBLカップルは秘め事を始めようとしていたのだから、その逆も不自然だね、イオリ氏はどういう状況かわからないけど、入ってきた男子二人がそういう雰囲気になったのに席を外す事もせずに、それを眺めていた事になる……無理やり説明しようとすればできるけど、どっちも不自然だね」
イオリが何か言おうとして口を開いた後、結局何も言わずに眉をひそめる。たぶん先ほど私が、饒舌なんだねと言ったからだろう。何か言えば疑いが濃くなると思ったかもしれない。
「なにか、あるのかな?」
私が問いかけると、イオリは首を横に振る。
「ふむ、何もないなら続けようか」
私はそう言いながら、二本目の指を立て言葉を続けた。
「考えられる事その二、リアルBLカップルはイオリ氏と男子の組み合わせだった」
「なっ、私の声が男っぽいっていうの!」
弾ける様に前のめりになって、イオリが声を荒げる。トモエが私の腕にしがみついた。よっぽど受け入れられない物だったのだろう。私は優しく声をかける。
「大丈夫、ちゃんと可愛い声だよ、だからその二も否定できる」
私の言葉を聞いて、イオリが少し恥ずかしそうに元の姿勢にもどる。トモエもくっついたままだけど、しがみつくのをやめた。
「声の問題だけじゃない、そもそもリアルBLカップルの内の一人がイオリ氏なら、一緒に逃げなかったのは不自然すぎるんだよね、わざわざ残る必要はない」
煙の様に消えてしまったように見える逃げ方があったのであれば、その方法で二人とも消えてしまえば、今こんな風になっていなかった。こんな状況を想像できていなかったとしても、残るのは不自然だ。
「では男子二人はどこへ行ってしまったか、まさに煙の様に消えてしまったか」
私は少し大袈裟に両手を使って煙のジェスチャーをして見せた。イオリはそれに嫌な顔をしてから口を開く。
「だから、聞き間違いじゃあ」
私の言葉と動作に少し苛立ったらしいイオリの言葉に、私はすかさず声をあげた。
「そう、それだよ、強いて言うなら聞き間違いだったんだよ」
「え?」
トモエが疑問の声をあげる。当然納得できないと言った感じの気持ちも混ざっているだろう。自分が聞いたリアルBLカップルの声。確かにその場に人がいたという証明。それを聞き間違いと言われているのだ。当然の反応だと思う。私は疑問に答える様にトモエに声をかける。
「私達は声を聞いただけで、中を覗かず、身をひそめた、姿は見ていないんだよね」
「た、確かそうだけど、じゃ、じゃあどういう事なの?」
トモエは唸る様に答えを求めてくる。分からないと気持ち悪いと言った感じだ。私はそれに答えるためにイオリに向き直りつつ、口を開く。
「声は確かに聞こえた、でも人が煙の様に消えるわけがない、だとすればだよ……その場にリアルBLカップルなど居なかったと考えるべきだ」
至極当然の帰結。魔法でもない限り、その場から人が消えるなんてありえない。今回のケースでは、居なかったという方がしっくりくるのだ。
「い、居なかった? でも」
疑問が再燃したようにトモエが再度声をあげる。それを制する様に私はスマホを取り出しておどける様に掲げた。これが答えなのだと見せる様に。その姿を、呆ける様にトモエが眺める。あまり勘の良いタイプじゃないトモエは、なかなか真相に気付かない。なんとなく気付いてくれた方が探偵の推理っぽく見えたけど、仕方がない。私は答えを口にする事にした。
「音声の再生をすれば、人間はいらないよね」
「あっ、お、音声の再生」
トモエの中で、いろいろ繋がったのが分かる様な声だった。私はスマホを操作する。そして、音声が流れ始めた。あの時聞いたリアルBLカップルの声が流れる。まるっきり同じセリフとトーン。そこから先の続きも流れていく。
「ドラマCDだったよ……少し古いけどね、私もトモエも持っている」
しばらく続きを聞いたトモエが、思い出したように表情を変えて口を開いた。
「そ、そうだ、も、持ってる、このドラマCD」
私はトモエの言葉に頷く。ドラマCDの事を忘れていたけど、聞き覚えだけはあった。聞き覚えがあるという事は、知っている人の声。そして、その場に居たイオリ。その状況によってトモエの中で勘違いが起こった。だから、イオリがリアルBLカップルの一人ではと思ったのだ。二人の内どちらかがドラマCDについて覚えていたら、すぐに真相の一部を見抜けていたかもしれない。
「じゃ、じゃあイオリが聞いていたドラマCDを、か、勘違いした?」
トモエは信じられない、という表情で聞いてくる。キラキラした一軍の人間が、スクールカースト最下位の私達と同じ趣味を持っているなんて信じられない、といった顔。私はイオリに視線を移してみると、顔を赤くして、スカートを握り締めていた。真相の一部はおそらくこれで、間違いない様だった。でもそれだと不自然さが残る。
「……ただ聞いていただけじゃないよね」
私の声に、イオリが勢いよく顔をあげて私を見る。物凄い形相で私を睨みつけていた。これ以上言ってくれるな。そんな気持ちだろうか。分からなくもないけど、これはイオリの殻を破るためだ。私は構わず続ける。
「ただ聞いていただけなら、掃除道具入れが開け閉めされた意味がわからない、それにイヤホンを使っていればバレないのに、それをしなかった」
私の言葉を聞いても、トモエは特に驚かなかった。たぶんその辺は、疑問にも上がってなかったという事だろう。我が親友は思いのほかボケっと生きているらしい。まぁトモエのそういう所は可愛らしい。私が少し微笑むと、トモエは首を傾げるだけだった。
「それ以上は」
私とトモエの少し緩んだ空気に割って入る様に、イオリは呟く。物凄い形相は脅しだったのか、効果が無いと分かって今度は泣きそうな表情になっているイオリ。私はそれに対して首を横に振った。
「こんなの恥ずかしい事じゃないさ、私が解放してあげよう」
私は努めて優しい笑顔を浮かべながら、続ける。
「イオリ氏はドラマCDを流して掃除道具入れの中からそれを聞いていたんだよ、あるシチュエーションを楽しんでいた訳だ、その時、掃除道具入れに入りやすい様に、チリトリを含む道具を外に出していた」
「あっ、そ、そういう」
トモエが納得した声をあげ、私はそれに頷く。こういう事へのトモエの勘は鋭い。すぐに何をしていたか、悟ったらしい。イオリに視線を向けると小刻みに震えて顔を、というより全身真っ赤にしていた。
「イオリ氏はリアルBLカップルが教室に入ってきて、咄嗟に隠れてしまったら出るに出られず、秘め事を覗き見てしまう、という高度なシミュレーションプレイを楽しんでいたんだよね」
そのシチュエーションなら、声のみで事足りる。姿は想像すればいい。そういう場面に出会ってしまった時と、ほとんど同じ状態である。
「そ、そこに私達が来ちゃったんだ」
「焦っただろうね、掃除道具入れから出て、スマホの音声を切る、入りやすい様に出していた掃除道具を元に戻す、そこまでやってさらに私達に見られない様に教室から脱出するのは出来なかった……ちなみにチリトリが出しっぱなしだったから私がしまっておいたよ」
おそらく相当焦っていたのだろう。だからこそチリトリという足元にある物が視界に入らず、しまい忘れてしまった。それに教室の外まで聞こえるほど大きい音で、掃除道具入れを開け閉めしてしまったのも失敗だっただろう。たぶん焦って力が入ってしまったのだ。
イオリは私の言葉を聞いて立ち上がった。
「しょっ」
小刻みではない震え方をしながら、イオリの口から音が漏れる。動揺しすぎて言葉になっていない。一軍の人間が、こんな風に動揺する姿は滅多に見れない。特にイオリはクールなタイプだ。余計にレアな姿だった。それだけに相当バレたくなかったのだろう。
やっとの思いでイオリは言葉をつむぐ。
「しょしょしょ証拠出しなしゃいよ!」
どう見ても余裕がない。まともに口が回っていなかった。なかなか可愛らしい物だ。トモエもこういう姿を見れば、恐れが払しょくされるのではないだろうか。
私は少しトモエに視線を移した後、イオリに対して口を開く。
「証拠はない」
証拠を求められるのは想定の内だった。でも残念ながら、この推理を補強する決定的証拠はない。指紋や髪の毛などの遺留品の検査でもできれば証拠を用意できたかもしれないが、もちろんそんな事出来る訳もなく。
「じゃ、じゃあ」
救いの光を見たかのように、イオリの表情が明るくなる。言い逃れができるかもしれない、という希望を見たのだろう。でも残念ながら、証拠に変わる物を用意してきていた。
「でもある方法を使えば、証拠の代わりになるんだよ」
私の言葉でイオリの表情は一変して、絶望の陰が差す。私は懐からある物を取り出して、イオリに掲げて見せた。
「しょ、しょれは」
「このドラマCDの限定イラストだよ……偶然手に入れた」
このドラマCDは好きではあったが、ものすごくハマったわけではない。でもそういう物こそ、なぜか限定品を手に入れられたりするのだ。
「ひゃきゅまい限定でちゅせんが行われたげんていイラシュト!」
さっきからイオリのキャラが崩壊しているが、大丈夫だろうか。少し心配になりながら私はある事を切り出す。
「さて……踏み絵って知ってるかな? 歴史の授業で出て来たやつさ、キリシタンをあぶりだすために行われた物だね」
私の言葉にイオリが一瞬で顔を青くする。キャラが崩壊している状態でも、頭はしっかり回っている様だ。これから私がしようとしている事を察したらしい。私は構わず続ける。
「これだけのプレイをする人間なら推しのキャラを愛しすぎていて、イラストさえも踏む事は出来ないだろう、つまり私がさっき言ったような事を君がしていないと言うなら、このイラストを踏めるはず、それはもうぐちゃぐちゃに」
私が床にイラストを置くと、イオリは少し後ずさる。
「ちなみにこの限定イラストは忘れて仕舞われていた物だ、私には必要ない、ほしいならイオリ氏にあげよう……ただしイラストを踏む様な人間にはあげられないけどね」
私はイオリに笑いかけてから言葉を続ける。
「さて、どちらを選ぶかな? イラストを踏めば、ここで話した事は間違いだったと謝罪しすべて忘れよう、さっき話した事なんてしていないと証明できる、イラストは手に入らないがね……踏まなければ、この限定イラストを手に入れる事は出来るが、認める事になる」
イオリは顔を横に振りながら、表情を崩していく。ほとんど泣きそうな顔。イオリからしたら究極の選択かもしれない。
「さ……」
イオリは一度そんな声を漏らした。それから少しだけ顔を横に振る。眉をひそめて、口を真一文字に結んでいる。葛藤しているらしい。でもそれも長く続くことは無かった。
「さっ」
また何かを呟いたと思ったら、イオリは飛びつく様にして床に這いつくばる。正直何が起こったか分からなかった。倒れたのかと思ったが、そうではない。よく見ると置いてあるイラストを抱きしめている。
「佐藤きゅんと江崎しぇんぱいにしょんなひどい事出来る訳ないでしょぉぉぉぉ」
イオリは胸にイラストを抱きしめて上体を起こし、こちらを睨みながら続けて叫ぶ。
「やったわよ! 認めればいいんでしょ! 掃除道具入れに入って、ドラマCD流して、悦に浸ってましたよ! これでいいんでしょ! もうっ! 人の趣味を暴いて、そんなに楽しい訳?!」
そこまで言ったイオリは、胸に抱きしめているイラストに「あんな悪魔の所に居て辛かったね」と呟いている。確かに私もBLを愛する者として、少しひどい事をしてしまったかもしれない。佐藤きゅん、江崎しぇんぱいすまない。
そんな感じで私が少し反省をしていると、トモエが一歩踏み出した。なんだろうと思っていると、トモエは口を開く。
「イ、イオリ氏! ……そ、そういう高度なプレイは私達も経験してるよ、そ、それを同志と語り合うとね、すごく楽しいんだよ!」
イオリを恐れていたはずなのに。私はトモエの成長を密かに喜びながら、イオリに向かって語りかける。
「そうだよ、楽しいんだ……なのにそんな楽しい趣味のはずなのに、それを隠して苦しんでいるイオリ氏を、私は救いたかったんだよ」
私達の言葉を聞いてイオリは「たの……しい?」と呟く。
「あぁ、同志と共有すると楽しい、一人で苦しんでいるより確実にね」
「でも、私」
少し言いにくそうにイオリは口ごもった。それに対して、私は優しく語りかける。
「イオリ氏が男でも気にしないさ、同志だからね」
私の言葉に対して、トモエも大きく頷いて見せていた。
イオリはジェンダーレスというやつだ。女装して学校に通っている。学校側は理解を示し、クラスメイトは女子として受け入れている。かなり幸運な方だろう。本来ならイジメられていてもおかしくないし、ましてやスクールカースト最上位の一軍として認められるなんて考えられない。それを成し遂げたイオリは、どれだけ女子としてあり続ける努力をしているんだろう。何の努力もせずに漫然と女子をやっている私やトモエが、スクールカースト最下位なのは当たり前に思えた。
ちなみにトモエがBLカプの片方がイオリではと思ったのも、それが要因だろう。イオリは男であるという事実が、トモエの頭にあった。だからそういう事をする時は、声が男っぽくなってしまうのではと考えてしまった。
それにしてもイオリは女子にしか見えない。足は超キレイでスカートでも違和感がない。だからこそ、男性のシンボルをどうしているのか、スカートの中への興味は学校中の人間が持っているだろう。でもそれを確認できる手段はない。イオリは着替えをする時、保健室を利用する。イオリ自身は女子のつもりでも、クラスの女子たちはやはり着替えを共にするところまでは受け入れられなかった。かと言ってイオリ自身が、男子と一緒に着替えをする事を受け入れられなかった。そんな事があって保健室での着替えが常になった訳だ。更衣室が一緒なら見る事もできたが、できない。今の状態でスカートをめくって見てみる訳にもいかない。確認する手段がないとはそういう事だった。
イオリは完全に女子にしか見えない。でも恋愛に関しては、イオリの恋愛対象である高校生男子はきっと受け入れられないだろう。本当に好きならという事が、お盛んな思春期真っただ中の男子が思える訳がない。だからきっとイオリはBL趣味に走ったんだ。欲求をそちらに向けた。そして、そこからはただ沼にハマっていた。
私はイオリを見つめる。いろいろな所で歪みが生じている。きっとその歪みは、イオリ自身を苦しめている。このまま一人で苦しみ続ければ、きっとどこかで糸が切れてしまうのではと思う。
「一緒に楽しもう、それに恋愛相談に乗るし、応援する」
私は握手を求める様に手を差し出した。それを見てトモエも慌てて同じようにする。どっちにしてもBLの同志が増える事は良い事だ。イオリ側からしても、一人で苦しむなんてことは無くなるだろう。
「難しい事は考えないで、友達になろう」
「そ、そうだね」
私とトモエに対して交互に視線を移したイオリ。それからいろいろな感情を混ぜ合わせた様な表情を浮かべる。嬉しさがベースにあると信じたい。
「二人とも」
イオリが呟いた後、立ち上がって私たち二人を抱きしめた。
「おぉ」
「あ、あぁ」
私達は驚いて声をあげてしまう。女子として受け入れているつもりでも、こういう密着にはやっぱり少し驚いてしまう。こういうのがきっとイオリに、歪みとして認識されてしまうのだろう。友達になるなら慣れないとな。
「……ありがとう」
そんなイオリの声が微かに聞こえてきた。少し震えた声。
「同志の為だ」
「そ、そうだよ」
私達はそう優しく声をかける。そして、抱きしめてくるイオリから見えない事を良い事に、私達は視線を送り合うとニヤリと笑い合った。
同志として助け合いだ。私達はイオリを応援し助ける。イオリは私達にリアルBL実況をしてオカズを提供する。これこそウィンウィンである。ぐへへ。
エピローグ
放課後の保健室。私とトモエはそこにやってきた。
「こんにちはー」
「こ、こんにちは」
保健室のドアを開けて、二人そろって挨拶をする。しばらく進んでいくと、机に向かっていたらしい保健室の先生が座ったままこちらに視線を向けていた。
「こんにちは」
呆れた様子で微笑みを浮かべて、そう返してくれる。いつもの事だった。それから先生は机に向き直って、仕事を再開させる。私とトモエは部屋の中央にあるソファに腰を下ろした。
「そういえば」
一度机に向かった先生が、そう体をこちらに向ける。顔には呆れた様子なんてなく、むしろ感謝する時の様な笑顔を浮かべていた。なんだろう。いつも呆れた表情ばかり見せる先生が、そんな風にするのは珍しい事だ。ついにBLに、興味を持ってくれたのだろうか。ずっと私達の話が聞こえているのだから、そのうち興味を持っても不思議ではないだろう。私は少し期待を持って、先生の言葉の続きを待つ。
「……なんでそんな期待する様な表情」
先生が私の顔を見て、不審そうに呟く。
「期待? そんな顔してましたか」
「まぁいいわ……東城さんだけどね」
イオリの話らしい。先生は不審そうな表情だったのが一変して、嬉しそうな表情になっている。
「最近とても雰囲気が変わったわ」
「あぁ、そうですね」
リアルBLカップル消失事件の謎解きをした日から、イオリは確かに変わった。さすがにキャラが根本から変わってしまう事は無かったが、雰囲気や態度やその他もろもろが変わった。一軍達の集まりの中にイオリがいるのは変わりないが、いつもの黙ってその場にいるだけではなく、話に少し加わったり、返答が一言だけではなくなったり、教室では少しの変化が見て取れる。加えて、私達と放課後にこの保健室で過ごす事が多くなった。
「あの日、伝言を頼まれた時はどういう事かと思ったけど、あの時から変わったのね」
ちなみに先生にはあの時の事は、詳しく話していない。イオリの名誉にかかわる事だ。恥ずかしい事ではないと私なら思うが、イオリはきっとまだそうは思えないだろうから。先生も無理に聞き出そうとはしてこないから、面倒が無くていい。先生はとても理解のある人なんだと思う。
「東城さんは、いろいろあるから……心配だったのよ」
もちろんBL趣味の話ではないだろう。女装して学校に通っている件についてだと思う。クラスメイトや学校は受け入れてくれている。表面上は。でもふとした拍子に出る反応までは隠しきれない。自分で言うのもなんだが、私達は多感な思春期なのだ。女子たちの中に紛れていても、いや、男子たちの中であっても、男性と女性、その意識は確実に、頭のどこかに持ってしまっている。
それだけではない。イオリ自身にも悩む原因がある。
「イオリの、男性としての成長の事ですか?」
先生は一瞬驚いた様子を見せた後、微笑む。
「やっぱりすごいわね、よく見てる」
「入学当時は首元を隠していなかった、でも一、二か月前辺りから、首が隠れる服を制服の下に着るようになった」
「そ、そうなの?」
トモエが少し驚いたように声をあげる。そうだろうと思っていたが、やっぱり気付いていなかった。
「気付いてたか」
先生が苦笑を浮かべる。私は気にせず自分の推測を話した。
「喉仏が出てきたんでしょうね、それで隠すために」
私が謎解きをイオリに聞かせている時、私の声が男っぽいっていうのと怒った場面があった。今一番気にしているデリケートな部分だったから、あんなにも怒ったんだろう。先生が少しため息まじりに、口を開く。
「女性でありたいのに、日々男性的に成長していく自分の体、何とかしてあげたいけど、どうする事もできなくて、辛いわ」
「でも先生は、できることを最大限してるじゃないですか」
私の言葉に先生は驚いた表情を見せる。私は気にせず続けた。
「私の推測ですが、老害教師どもに頭を下げて回ってますよね? イオリ氏の服装……首元を隠す服装の件を含めて、注意しない様に」
校則には書かれていないが、イオリの服装をよろしくないと思う老害教師はおそらく居るずだ。その教師たちが注意してこないのはおかしい。学校として受け入れるという選択をしているのだから、それに真っ向から歯向かう事はしなくても、陰で注意しようという老害教師が居てもおかしくないはずなのに。
それに先生は放課後少し時間が経ってから、用事で保健室から出て行く事が多い。生徒が、保健室に来る可能性が高い時間帯にもかかわらずだ。方向性を変えて考えると、その時間帯は教師の授業後の雑務がひと段落するタイミングと一致する。そのタイミングを狙って老害教師に突撃しているんだろう。入学からそれなりに時間が経っているというのに、根深い物だ。
「……何の事かしら」
何でもない風を装った口ぶりでそう言った後、先生は再び机に向き直って仕事を再開させた。わざわざ追及する事でもないから、私もこれ以上何も言わない。
「せ、先生いつもありがとう」
トモエの言葉に、先生の背中は少し揺れる。嬉し泣きでもしそうなのか、照れているのか。それは分からない。
「おじゃましまーす」
ドアの方からイオリの声が聞こえてきた。
「今日もいるね」
少し足早にソファの方までやってきたイオリが、そう口にした後、腰掛ける。
「最近多いが、いいのかな? あちらの友達は」
心配というほどでもなく、単純に疑問に思った。イオリは私の問いに少し首を横に振る。
「あっちは友達って程じゃないよ、一緒にいるのは学校がある間だけ、遊びに行くのに誘われた事ないしね」
いろいろ難しいらしい。イオリが普通の女子なら自分から誘ってみればという所だが、そう簡単な事ではないかもしれない。やんわりとした拒絶でもあるのか、相手側が気づかう事に疲れているのを、イオリが感じ取ってしまっているのか。
「そういえば、トモエがオススメしてくれたの見たよ」
目を輝かせて、イオリがトモエに迫る。
「そ、そうなんだ!」
トモエもそれに対して、嬉しそうに答えた。ちょっと近いな。
「きゃっ」
私はさり気なく、トモエと自分の座り位置を入れ替えた。
「なに? 急に? いきなり動かしたからトモエが目を回してるじゃない」
怪訝そうにイオリが聞いてくる。私は「別に」とだけ言って、そっぽを向く。特に何もない。なんとなくこちらに、座りたかっただけである。それだけである。
「意味が分かんないよ、トモエ、大丈夫?」
「う、うん」
心配そうにトモエに触れようとしたイオリ。私はその手をやんわり押しのける。
「痛! 叩く事ないでしょ、なによもぉ」
「ヨ、ヨリコ氏、ど、どうしたの?」
よくわからないという感じで、トモエも首を傾げた。本当に何でもないのだ。本当に。
「ふふっ」
先生がいつの間にか、こちらに顔を向けていた。嬉しそうに微笑んでいる。
「なんです」
私がそう問いかけると、先生は「なんでもぉ」と含みのある笑顔で立ち上がった。なんか腹立つ。こちらが優位になってたはずなのに。
「ちょっと用事があるから、出てくるね」
何も言う暇もなく、先生は保健室を出て行ってしまった。
「それで、何か不満でもあるの?」
先生を見送ると、イオリがそう口を開く。トモエも、疑問に満ちた瞳でこちらを見てきた。
「……別に」
「絶対なんかあるでしょぉ」
「そ、そうだよ、い、いつもとなんか違う」
イオリとトモエにそう言われながら、私はそっぽを向いて「別に」と呟き続けるのだった。