
a.m. 4:27- ひとりごとの浅瀬で。
白む空。
鳥の声。
明日だって、
いや、今日だって、
朝早くから予定があるのに。
待ってくれない夜と、焦るわたし。
朝が来てしまう。______
……
______言葉という表現に、魅了されている。
私にとって言葉は、世界を描く手段のひとつ。
誰かに私の世界を伝えるために、
或いは、私の中に遺すために、
拙くとも、この瞬間を表すに最適な解を懸命に選び取って綴るもの。
決してそのものにはなれずとも、その宿命的な誤差をも昇華できるもの。
人は、言葉以外で通じ合えることに感動を覚える。
言葉が、きっと、もの凄く直接的に想いを伝え合おうとする「営み」だから。
言葉は「記号」だから。
誰にでもわかる共通の型に当て嵌めるように、抽象化するように落とし込んだ「記号」なのだから。
それでも。
言葉というものは、単純で、明瞭で、奥深くて、精緻で、繊細で……
でも、だから、。
できるだけ伝わる形に模られた言葉、
それ以外で伝わる非言語のコミュニケーションに、人は心を動かされる。
「通じ合えた」という、体感覚的な実感を携えて。
だから善し悪しの評価や邪な気持ちでは無く、
私は一昨日、ただ「そういうふう」に、ごく純に、言葉をかけられたのだと思う。
「───────。?」
耳奥にずっと残っている問い。
揺るがすように、鈍い痛みを伴って心に響いた問い。
私の応答は、理想の形に差し替えて。
「ね。本当にね。」
それだけでよかったな。
言葉足らずでも、それで十分だった。
私の心を表するに足る言葉だった。
それだけに収められたならよかった。
説明とか、いらなかったんだろうな。
それこそ、「言葉は要らなかった」のだろうな。
口惜しい。心から。
言葉の愛しさを知っている。
知っているから、言葉が要らないことの尊さも知っている。
行間にある確かな余白と背景と余地、
それらが描き出す広い裾野の、その美しさを知っている。
何かを言葉にすることで削ぎ落とされ、濾されてしまう部分が放つ輝きも、その貴さも知っている。
私は言葉の持つ果てしなく広い裾野の全体を、「言葉」として愛でている。
「それでもなお」、信じたい理由は言葉にできない。
今は。
それでも、確かにここにあるから。
言葉にはしないでおこうと思って、。______
……
______陽が昇った。
黎明の空は文字通り赤く焼け、
私はここに、未だ狭間に。
……
ここまで、私のひとりごとの浅瀬に立ち寄り、波打ち際を一緒に歩いてくださってありがとうございました。
早起きの時間になってしまったので、そろそろ。
おやすみなさい。