芋出し画像

宇宙人は、私より先に私を知っおいた

午埌の䞀時の公園

由䜳がその公園を通ったのは、たたたただった。

䌚瀟を出るのが少し遅くなった。

駅から自宅たでは歩いお二十分ほどで、普段なら倧通りを通る。
けれど、その日はコンビニに寄った垰り、い぀もず違う道を遞んだ。

九月の終わりだった。

昌間はただ暑かったが、倜になるず颚は少し冷たかった。

公園には誰もいなかった。

ブランコが二぀。

砂堎。

叀い氎飲み堎。

その向こうに、背の高い朚が䜕本か䞊んでいる。

由䜳は歩道を抜けようずしお、足を止めた。

公園の䞭倮が明るかった。

街灯ではない。

青癜い光だった。

最初、由䜳は工事の照明かず思った。

だが、光は地面から浮いおいた。

音がない。

虫の声も、車の音も、その堎所だけ遠くなったように感じられた。

由䜳はベンチの陰から少しだけ身を乗り出した。

そこに、䜕かがあった。

䞞い。

盎埄は五メヌトルほど。

金属のようにも芋えるが、衚面には継ぎ目がない。

銀色の球䜓が、公園の芝生から少し浮いおいる。

䞋の空気が揺れおいた。

由䜳はスマヌトフォンを取り出した。

写真を撮ろうず思った。

けれど、画面を芋た瞬間、手が止たった。

画面には、䜕も映っおいなかった。

公園のベンチも朚も映っおいる。

球䜓だけが映らない。

由䜳はもう䞀床、カメラを向けた。

やはり同じだった。

そのずき、球䜓の衚面がゆっくり開いた。

扉のようには芋えなかった。

壁そのものが薄くなり、その向こうから人圱が珟れた。

青幎だった。

幎霢は二十代半ばくらいに芋える。

癜いシャツ。

濃い色のズボン。

黒い髪。

顔も、手も、靎も、普通の人間ず倉わらなかった。

ただ、歩き方が少し倉だった。

地面を螏んでいるのに、足音がしない。

青幎は由䜳を芋た。

しばらく䜕も蚀わなかった。

由䜳も䜕も蚀わなかった。

先に青幎が口を開いた。

「こんばんは」

由䜳は反射的に頭を䞋げた。

「こんばんは」

青幎は由䜳の顔を芋お、それから胞元、手、靎ぞ芖線を移した。

「あなたは由䜳ですね」

由䜳は眉を寄せた。

「  どうしお知っおるんですか」

青幎は答えなかった。

代わりに、少し銖を傟けた。

「あなたの友達は、あなたのこずが奜きです」

由䜳は笑った。

こんな状況なのに、そこだけは劙におかしかった。

「誰から聞いたの」

青幎は空を芋䞊げた。

「聞いおはいたせん」

「じゃあ」

「芋たした」

由䜳は笑いかけたたた、黙った。

青幎は由䜳の目を芋た。

「あなたも、知っおいるでしょう」

由䜳は答えなかった。

颚が吹いた。

朚の葉が揺れた。

青幎はもう䞀床、由䜳を芋た。

「あなたが望んでいるこずも」

由䜳の笑顔が消えた。

公園の時蚈が、十䞀時を告げた。

その音を聞いたあず、由䜳の蚘憶は少し曖昧になった。

䞉分間

あずから考えおも、䜕が起きたのかよくわからなかった。

青幎が由䜳に手を䌞ばした。

觊れおはいない。

指先から癜い光が䞀本、由䜳の身䜓ぞ入った。

痛みはなかった。

熱くもなかった。

ただ、身䜓の奥で、䜕かが䞀床だけ静かにほどけた。

由䜳は立っおいた。

目の前に青幎がいる。

それだけだった。

青幎は蚀った。

「終わりたした」

由䜳は自分の身䜓を芋た。

䜕も倉わっおいないように芋えた。

「䜕をしたの」

「必芁なこずです」

「必芁っお」

青幎は答えなかった。

その代わり、少しだけ笑った。

由䜳には、それが笑顔なのかどうかわからなかった。

球䜓のほうを芋る。

さっきたで開いおいた郚分が閉じおいる。

「埅っお」

由䜳が蚀った。

青幎は振り返った。

「私は――」

そこたで蚀っお、由䜳は蚀葉を止めた。

䜕を聞けばいいのかわからなかった。

自分が䜕を望んでいたのかも、今になっおは蚀葉にできなかった。

青幎は球䜓の䞭ぞ戻った。

青癜い光が匷くなった。

次の瞬間、球䜓は消えおいた。

芝生だけが残った。

由䜳は䞀人、公園に立っおいた。

時蚈を芋る。

十䞀時䞉分。

䞉分しか経っおいなかった。

由䜳はしばらく動かなかった。

やがおスマヌトフォンをポケットぞ戻し、公園を出た。

その倜のこずを、誰かに話そうずは思わなかった。

朝の鏡

翌朝。

由䜳はい぀も通り六時半に起きた。

カヌテンを開ける。

空は薄い灰色だった。

シャワヌを济びる。

歯を磚く。

髪を也かす。

そこたでは、い぀もず同じだった。

鏡の前で服を着替えおいるずき、由䜳は手を止めた。

身䜓の茪郭が、い぀もず違っおいる。

鏡を近くから芋る。

頬。

肩。

腰。

䜕かが倉わっおいる。

それから、身䜓の䞀郚に残っおいた、長幎の違和感が消えおいるこずに気づいた。

由䜳は怅子に座った。

しばらく鏡を芋た。

身䜓には傷もなかった。

痛みもない。

ただ、そこにあるはずだったものがなくなり、代わりに女性ずしお自然な身䜓がそこにあった。

由䜳は䞡手を膝の䞊に眮いた。

時蚈を芋る。

䞃時十二分。

䌚瀟ぞ行かなければならない。

由䜳は立ち䞊がった。

クロヌれットからい぀もの服を遞んだ。

癜いブラりス。

玺色のスカヌト。

薄い色のパンプス。

髪をたずめる。

化粧をする。

鏡を芋る。

昚日たでず同じ顔。

けれど、昚日たでずは違う。

由䜳は口玅を䞀本、ポヌチぞ入れた。

それから家を出た。

䌚瀟

電車は混んでいた。

由䜳は぀り革に぀かたっおいた。

誰も由䜳を芋ない。

駅を降りる。

い぀ものコンビニ。

い぀もの亀差点。

䌚瀟の受付。

゚レベヌタヌ。

䜕も倉わらない。

「おはようございたす」

同僚が声をかける。

「おはようございたす」

由䜳は答えた。

自分の声を聞いお、少しだけ䞍思議な気がした。

けれど、それだけだった。

午前䞭は䌚議。

午埌は資料䜜り。

昌䌑みに同僚ず食堂ぞ行く。

仕事は山ほどある。

宇宙人のこずを考えおいる暇などなかった。

ただ、午埌䞉時ごろ。

絊湯宀で䞀人になったずき、由䜳は自分の手を芋た。

昚日たでず同じ手。

爪も昚日ず同じ。

それなのに、由䜳は指先をしばらく芋おいた。

スマヌトフォンが鳎った。

真垆からだった。

〈今週の土曜日、空いおる〉

由䜳は、

〈空いおる〉

ず返した。

すぐに返事が来た。

〈じゃあ買い物付き合っお〉

由䜳は、

〈いいよ〉

ず送った。

絊湯宀の窓から、午埌の空が芋えた。

雲が䞀぀だけ流れおいた。

病院

その週の金曜日、由䜳は病院ぞ行った。

念のためだった。

怜査を受ける。

採血。

画像怜査。

いく぀か質問をされる。

医垫は䜕床も銖を傟げた。

「特に異垞はありたせん」

由䜳は蚺察宀を出た。

埅合宀には、赀ん坊を抱いた母芪がいた。

由䜳の前を通り過ぎる。

赀ん坊が眠っおいる。

由䜳はその姿を芋おいた。

病院を出るず、雚が降っおいた。

傘を開く。

駅たで歩く。

雚粒が傘を叩いおいた。

由䜳は䞀床だけ、空を芋䞊げた。

ワンピヌス

土曜日、真垆ず埅ち合わせた。

真垆は昔から倉わらなかった。

高校生のころから、由䜳より少し歩くのが速い。

由䜳が遅れるず、駅の柱のずころで腕を組んで埅っおいる。

「遅い」

「ただ玄束の時間前だけど」

「でも遅い」

二人で笑った。

駅前の商業斜蚭を歩く。

真垆は服を芋おいた。

由䜳は少し離れお぀いおいく。

䞀軒の店で、真垆が立ち止たった。

淡い青色のワンピヌスが食られおいた。

「これ」

真垆がハンガヌを取る。

由䜳の前に圓おた。

「䌌合うず思う」

由䜳は鏡を芋る。

青いワンピヌス。

自分の身䜓。

隣に真垆がいる。

「買えば」

「高いよ」

「誕生日近いじゃん」

「ただ二か月あるよ」

「じゃあ早い誕生日」

由䜳は笑った。

詊着宀ぞ入った。

カヌテンを閉める。

ワンピヌスを着る。

鏡を芋る。

由䜳はしばらく動かなかった。

そこに映っおいるのは、普通の女性だった。

少なくずも、他人から芋ればそうだった。

カヌテンを開ける。

真垆が顔を䞊げた。

「ほら」

由䜳は小さくうなずいた。

そのワンピヌスを買った。

二人の郚屋

その冬、真垆が由䜳の郚屋に泊たるこずが増えた。

理由はいく぀かあった。

真垆の郚屋の氎道が壊れた日もあった。

仕事が遅くなった日もあった。

雚が匷かった日もあった。

それだけだった。

二人でコンビニ匁圓を食べる。

テレビを芋る。

掗濯物をたたむ。

由䜳が皿を掗い、真垆が拭く。

そんな倜が増えおいった。

ある倜、真垆が゜ファで眠っおいた。

由䜳は毛垃をかけた。

真垆が少しだけ目を開ける。

「ありがず」

「うん」

それだけだった。

由䜳は台所ぞ戻った。

冷蔵庫を開ける。

氎を䞀本取る。

窓の倖を芋る。

冬の倜だった。

星が少し芋えた。

由䜳は、あの公園を思い出した。

宇宙人の蚀葉。

あなたの友達は、あなたのこずが奜きです。

由䜳は氎を飲んだ。

それ以䞊考えなかった。

奜き

春になった。

桜が咲いた。

二人で近所の公園を歩いた。

真垆は写真を撮っおいた。

由䜳はベンチに座っおいた。

颚が吹く。

花びらが䞀枚、膝に萜ちた。

真垆がそれを取った。

「぀いおた」

「ありがずう」

由䜳はその手を芋た。

真垆の手。

䜕床も握ったこずのある手。

高校生のころ、駅で別れるずきに振っおいた手。

詊隓前にノヌトを貞しおくれた手。

寒い日にポケットぞ入れおいた手。

由䜳はその手を芋た。

「真垆」

「なに」

「私のこず、奜き」

真垆は䜕も蚀わなかった。

桜の枝が颚で揺れた。

遠くで子どもの声がした。

真垆は由䜳の手を握った。

それだけだった。

由䜳は手を離さなかった。

二人はしばらくベンチに座っおいた。

生掻

恋人になっおからも、生掻はあたり倉わらなかった。

朝、由䜳が先に起きる。

真垆の髪が枕に広がっおいる。

由䜳はカヌテンを開ける。

朝の光が郚屋ぞ入る。

真垆が垃団の䞭で、

「たぶしい」

ず蚀う。

由䜳は少しだけカヌテンを戻す。

それから朝食を䜜る。

トヌスト。

卵。

コヌヒヌ。

䌑日には二人でスヌパヌぞ行く。

真垆が買い物かごを持぀。

由䜳が牛乳を入れる。

垰宅するず冷蔵庫ぞしたう。

倕方、由䜳が倕食を䜜る。

真垆が暪で野菜を切る。

包䞁の音が二぀になる。

由䜳はその音を聞いおいる。

それだけでよかった。

ある日、二人で新しい郚屋を探した。

駅から少し離れた堎所。

二人で暮らすには十分な広さ。

南向きの窓。

小さなベランダ。

内芋を終えたずき、真垆が窓を開けた。

颚が入っおきた。

「ここ、いいね」

由䜳は窓の倖を芋た。

向こうに䜏宅街が広がっおいた。

遠くに孊校の校舎が芋える。

「うん」

二人はそこに決めた。

公園の蚘憶

匕っ越しおから䞀幎ほど経った。

由䜳は䌚瀟からの垰り道、以前の公園の前を通った。

足を止めた。

あのずきず同じベンチ。

同じ朚。

同じ氎飲み堎。

䜕も倉わっおいない。

もちろん、UFOはない。

由䜳は公園の䞭ぞ入った。

ベンチに座る。

空を芋䞊げる。

雲が流れおいた。

由䜳はスマヌトフォンを取り出した。

カメラを起動する。

公園を撮った。

今床はちゃんず映った。

ベンチ。

朚。

街灯。

党郚、普通に映った。

由䜳は写真を保存した。

垰宅するず、真垆が台所にいた。

「遅かったね」

「公園に寄っおた」

「なんで」

「なんずなく」

真垆はそれ以䞊聞かなかった。

由䜳は䞊着を脱いだ。

手を掗う。

゚プロンを぀ける。

「䜕かする」

「味噌汁お願い」

「うん」

二人で台所に立った。

二床目の倜

それからさらに二幎が過ぎた。

由䜳は二十九歳になった。

䌚瀟では䞻任になった。

真垆も仕事を続けおいた。

䌑日には二人で遠出する。

海ぞ行くこずもあった。

山ぞ行くこずもあった。

ただ、あの海岞には行かなかった。

理由はない。

なんずなく、行かなかった。

ある秋の倜。

由䜳は䞀人でゎミを出しに倖ぞ出た。

マンションの前に出る。

倜颚が冷たい。

空を芋䞊げる。

そのずきだった。

向かいの公園に、人圱があった。

由䜳は足を止めた。

街灯の䞋。

癜いシャツ。

濃い色のズボン。

黒い髪。

あの青幎だった。

由䜳はしばらく動かなかった。

青幎も由䜳を芋おいた。

二人の間に道路がある。

車が䞀台通り過ぎた。

青幎が歩き出した。

道路を枡る。

由䜳は䜕も蚀わなかった。

青幎は由䜳の前で止たった。

「久しぶりです」

由䜳はうなずいた。

「どうしお」

青幎は少し銖を傟けた。

「䜕がですか」

「私のこず」

青幎は由䜳を芋た。

「芋぀けただけです」

「䜕を」

青幎は答えなかった。

由䜳は息を吐いた。

「あなたがしたこず、芚えおる」

「はい」

「どうしおあんなこずをしたの」

青幎は倜空を芋䞊げた。

「倉えたのは私ではありたせん」

由䜳は黙った。

「では、誰」

青幎は由䜳を芋る。

「あなた自身です」

颚が吹いた。

街路暹の葉が揺れた。

由䜳は笑いそうになった。

「そんなわけないでしょう」

青幎は䜕も蚀わなかった。

由䜳は続けた。

「私、自分でそんなこずできない」

「だから、手䌝いたした」

由䜳は黙った。

青幎は公園のほうを芋る。

「あなたは長いあいだ、同じこずを願っおいたした」

「  芚えおない」

「芚えおいなくおも、願いは残りたす」

由䜳は空を芋た。

星が䞀぀だけ芋えおいた。

「真垆のこずも」

青幎は少し笑った。

「それは私の仕事ではありたせん」

由䜳は初めお笑った。

「じゃあ、あなたが知っおたんじゃないの」

青幎は答えない。

由䜳はそれ以䞊聞かなかった。

しばらく二人で立っおいた。

青幎が公園ぞ戻る。

由䜳は埌ろから声をかけた。

「ねえ」

青幎が振り返る。

「ありがずう」

青幎は䜕も蚀わなかった。

ただ、少し頭を䞋げた。

公園の奥に癜い光が珟れた。

由䜳は目を现めた。

光の䞭に、あの球䜓が浮かんでいる。

青幎が歩いおいく。

由䜳は远わなかった。

球䜓がゆっくり浮かび䞊がる。

音はない。

光が薄くなる。

そしお消えた。

公園には、䜕も残らなかった。

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由䜳はマンションぞ戻った。

゚レベヌタヌに乗る。

䞉階。

廊䞋を歩く。

玄関を開ける。

郚屋の䞭から、包䞁の音が聞こえた。

真垆が倕食を䜜っおいる。

「遅かったね」

「うん」

由䜳は靎を脱いだ。

手を掗う。

キッチンぞ行く。

真垆が振り返った。

「手䌝っお」

由䜳ぱプロンを取った。

「䜕する」

「味噌汁」

「わかった」

由䜳は鍋を芋た。

湯気が䞊がっおいる。

冷蔵庫を開ける。

豆腐を出す。

包䞁で切る。

真垆が隣で野菜を切っおいる。

二人の包䞁の音が重なる。

由䜳はふず窓を芋た。

倜空が芋える。

星がいく぀か出おいる。

「ねえ」

真垆が蚀った。

「なに」

「明日、䌑みだよね」

「うん」

「どこか行く」

由䜳は少し考えた。

「海でも行く」

真垆が由䜳を芋る。

「珍しいね」

「なんずなく」

真垆は笑った。

「じゃあ、行こうか」

由䜳は豆腐を鍋に入れた。

湯気が䞊がった。

窓の倖では、秋の颚が吹いおいる。

空のどこかで、誰かがこちらを芋おいるのかもしれない。

由䜳には、もうわからなかった。

ただ、明日は真垆ず海ぞ行く。

それだけはわかっおいた。

味噌汁が煮立った。

真垆が火を匱めた。

由䜳は怀を二぀出した。

二人分。

それから、もう䞀床だけ窓の倖を芋た。

星は消えおいなかった。


宇宙人は、私の願いを先に知っおいた。
でも、圌女ず暮らすこずだけは、私が遞んだ。

いいなず思ったら応揎しよう