びりーぶハウス物語 第13話(最終話) 「それぞれの明日」
第13話(最終話) 「それぞれの明日」
四月。
びりーぶハウスの庭は、春の花でいっぱいだ。
チューリップ、パンジー、水仙。涼音が去年植えた球根が、次々と花を咲かせている。
新しい季節。始まりの季節。
涼音は、大学院生になった。学部生の頃に比べ、研究室で過ごす時間も明らかに多くなった。資料調べで図書館に通う日も増えている。そして、週に3日のびりーぶハウスでのアルバイトも続けている。もちろん、朝の六時から。もう、それが涼音の日常になっていた。
ある日の夕方、その日は休みだった涼音がやってきた。
「陽子さん…」
「あ、涼音ちゃん。あれ?どうしたん?」
「実は、陽子さんにお願いがあって来ました」
「なによ、あらたまって…」
涼音は、リビングのソファに座った。
「私ね、ちょっと前、陽子さんに、大学院の仲間とヤングケアラーの支援活動を始めた話をしたの…覚えますか?」
「あぁ、そうやったね。うん、覚えてるよ」
「ピアサポートグループを立ち上げて、いま、メンバーは五人なんですけど…」
「私たち、同じような境遇の学生たちが集まって話せる場所が欲しいなってずっと思ってて…。みんな、家族の介護や世話をしながら、大学に通ってるから…」
「そやね。みんないつもは独りで頑張ってるんやもんね」
「はい。そこへ行けば、一人じゃないって思える場所があるといいなって」
「うんうん、それは素敵やね」
「それでね…」
涼音は、陽子を見た。
「いろいろ考えたんですけど…」
涼音は急に陽子に向き直り、背筋を伸ばして
あらたまった表情で言った。
「月に一回、このびりーぶハウスで集まらせてもらえないでしょうか」
「え?」
「月に一回でいいんです。ここで、みんなで話したり、ご飯を食べたり…お願いします」
「ここで?」
「はい。ここで、です」
「涼音ちゃん、それは…」
「私にとって、びりーぶハウスは今までにない『安心できる場所』でした。だから、同じように独りで頑張ったり、悩んだりしてる子にも、そういう場所を持ってほしいんです」
陽子は真剣な顔をして涼音に向き直った。
「…ダメ、でしょうか?」
「ううん」
「ここがみんなの家になれるなんて…、私、嬉しいよ」
恐る恐る陽子の表情を伺っていた涼音の顔が、一気にほころんだ。
「あぁ、ありがとうございます!良かったぁ」
陽子は、微笑んだ。
「涼音ちゃん…」
「涼音ちゃんは、きっと、ここでいろんな人からいっぱいの温もりをもらったんやね…」
「えっ?」
陽子はしみじみとした顔で言った。
「その「温もり」を、今度は涼音ちゃんの「温もり」にして、別の人に渡そうとしてるんやろな…」
涼音は、少し照れたあと、顔をあげて陽子に笑顔で言った。
「陽子さんに、教えてもらったから」
「んっ、私?」
「はい。こちらのまごころを手渡すと、みんなの中にも温もりが生まれることを」
「ほぉ〜、言うねぇ〜!」
しみじみとした空気が一気にほころんで、ふたりはお互いにクスッと笑った。
翌日の午後二時。
涼やかな音をたててチャイムが鳴った。
「はーい」
陽子が玄関を開けると、スーツ姿の女性が立っていた。
「陽子さん、お久しぶりです」
「あ、…村瀬さん!」
村瀬香織だった。
以前、父親の緊急搬送時に母親をびりーぶハウスで預かったことがある。夜中に病院でずっと待たされ、母親の体力が持たなくなって、夜中に香織が電話をかけてきたのだ。その後、母親は父親の退院までびりーぶハウスに宿泊した。香織は、今も仕事と看護・介護を両立しながら仕事を続けている。
「いらっしゃい。どうぞ入って!」
「お邪魔します」
香織さんは、リビングに案内された。
「香織さん、元気そうで良かったわ。あれから、お父様はお元気ですか?」
陽子が、お茶を出しながら聞いた。
「ええ。ありがとうございます。おかげさまで、すっかり元気に暮らしています」
「それは良かった…」
「母も、今は施設で安心して暮らしてます」
「あぁ、そうなんですね。安心にお暮らしなら、何よりです」
香織さんは、懐かしむように目を細めた。
「あの時は、本当にありがとうございました」
「いえいえ」
「父が心臓発作で倒れて、緊急搬送されて…」
香織さんは、当時を思い出すように言った。
「お母さまは足がお悪いから、病院で長時間待つのが辛くて…ね」
陽子の言葉が続き、香織が頷く。
「その後も、私は仕事を長く休めなくて。母の食事や身の回りのことも、放っておけないし」
「そうでしたよね…。何だか懐かしい」
陽子もそう言いながら、微笑んだ。
「ほんとにね。母をここに泊まらせてもらったからこそ、私は仕事に行けました」
「父が退院するまで、母の体力も守れました」
「あの時、びりーぶハウスがなかったら…どうなってたか…」
香織は思い出すように窓の向こうを眺めながら言い、陽子は、優しく微笑んだ。
「お役に立てて、良かったです」
香織は、ふと視線を戻した。
「でね、陽子さん!今日はお話ししたいことがあって…」
香織さんは、鞄から書類を取り出した。
「実はね、私、今度、会社で新しい部署を立ち上げたんですよ」
「部署?」
「はい。『未来協働推進室』。別名をつけるなら「医療・介護サポート室」です」
陽子は、目を見開いた。
香織さんはニッコリ笑い、そのまま静かに話し始めた。
「あの時、思ったんです。仕事と介護の板挟みで苦しんでるのは、きっと私だけじゃないはずって」
「うちの会社にも、同じように悩んでる人がたくさんいるんじゃないのかなって…。そして、これから先は、もっと増えていくはずだって」
「そこで、上層部に提案しました」
「社員が介護や医療で困った時に、サポートできる部署を作りましょうって」
陽子は驚いて、ポカンと香織を見ている。
「最初は、『そんな余裕ない』『コストがかかる』って大反対で…」
香織さんは、少し苦笑した。
「でも、諦めなかったの。データを集めて、介護離職のコスト、メンタルヘルスの悪化、生産性の低下…その当事者となった人たちの訴えの声…」
「何度も何度も、提案書を出して…半年かかったけど、やっと認めてもらえたんです」
香織さんは、微笑んだ。
「でね、今年の四月から正式に『未来協働推進室』をスタートさせました」
「私が、室長です」
「えぇ~っ!香織さん、すごい!!」
陽子は思わず声をあげ、両手で自分の顔をはさむように覆った。
「この部署では、社員が介護や医療で困った時に、誰でも相談してもらえます」
香織さんは、パンフレットを見せた。
「介護休暇の取り方、外部サービスの紹介、柔軟な勤務体制の調整…社員が疲れ切って離職しなくても済むように、会社としてできる限りのサポートをします」
「わぁぁ…それは…!!」
言葉にならない感情があふれ、陽子は目を輝かせながら、香織を、そして、食い入るようにパンフレットの各ページを見ている。
「そんなんがあったら、みんな、どれだけ助かるやろう!?」
パンフレットを抱きしめるように陽子は満面の笑みで香織を見上げ、またすぐにパンフレットに視線を移した。
その様子を見ながら、香織は身を乗り出して陽子に話しかけた。
「そこでね、びりーぶハウスさんに、ぜひ提携してもらいたいと思ってるんです」
陽子が、われに返って顔を上げる。
「提携?」
「はい。うちの社員やその家族が、もっとびりーぶハウスを利用させてもらいやすいように」
「会社が提携している事業所なら、心理的にも、安心して利用できるじゃないですか」
香織は、大きな笑顔になった。
「企業として、月額のサポート費をお支払いしたいと思っています」
「もちろん、社員へも周知します。困った時には、びりーぶハウスに相談してみてって。そうしたらそのうち社外の人にも、もっとびりーぶハウスを知ってもらう日が来るんじゃないかなって…私、密かに思ってます」
香織は、いたずらっ子のように、笑いながらちょっと首をすくめて舌をだした。
陽子は、言葉を失った。
「香織さん、私…なんて言っていいか…」
香織さんは、微笑みながら続けた。
「実はね、うちの若手社員が、先月、びりーぶハウスを利用させてもらってるんですよ」
「え?」
「30代の女性で、義理のお母さんが急に倒れて」
「仕事は休めないけど、夫は出張中で、小さい子どももいて…」
「それで、私に相談してきたんです」
「だから、私、びりーぶハウスを紹介しました」
「そうだったんですか…」
陽子は、記憶を辿った。
「先月…あ、あの方!幼稚園の子どもさんと一緒に来られた斉藤さん!」
「はい、そうです。彼女、すごく助かったって言ってました。『びりーぶハウスがあって、本当にありがたかった』って」
香織さんは、真剣な目で陽子を見た。
「あの後、彼女、私に言ってきました。『私も、いつかあんな風に誰かを助けられる人になりたい』って」
陽子の胸が、熱くなった。
香織さんは、陽子の手を握った。
「陽子さん…。びりーぶハウスでしてもらったことが、みんなそれぞれの心に灯っています」
「私はここでもらった『灯』を、会社で、制度に変えて社員に還元していきます。そして、びりーぶハウスに助けられた別の社員も、きっとまたいつか誰かを助けてくれる…」
「なんかねぇ…こうやって、優しさって広がっていくんだなって思ったら…」
香織さんの目が優しく陽子を見つめた。
「それって、すごくステキだな…って」
陽子の目が潤んでいる。
「香織さん…ありがとう」
「いいえ、こちらこそです」
香織さんが陽子の手をとった。
「びりーぶハウスに出会わなかったら、私、こんなこと考えもしなかったと思うんです」
窓の外では、二羽の鳥が愉しそうに鳴き交わしていた。
「陽子さん、正式に提携をお願いできますか?」
「もちろんです!」
陽子は、力強く頷いた。
「ぜひ、お願いします」
香織さんが帰った後、陽子は呆然と一人でリビングのソファに座った。興奮はまだ冷めやらない。
優しさが、広がっていく姿を見た。
びりーぶハウスから、香織さんへ。
香織さんから、会社へ。
会社から、社員へ。
社員から、また誰かへ。
まだ信じられない。
今、なんて奇跡が起こっているんだろう!
そして私は…こんな体験をさせてもらえるなんて、なんて幸せ者なんだろう…
びりーぶハウスを作って、本当に良かった…
陽子は身体の底から、そう思った。
これまでの、すべての苦い日々が溶けていく。
二年前、陽子はひとりで、このびりーぶハウスの扉を開けたのだ。
当時は、不安ばかりだった。
誰も来ないんじゃないか。
いつまで続けられるんだろうか…。
でも、今…
まだ、続けている。
たくさんの人が、仲間になってこのびりーぶハウスを支えてくれている。
陽子は、顔を太陽に向けて深く息を吸った。
ふわりと顔にかかる春の風が、優しかった。
青木さんに知らせたい。
涼音ちゃんにも知らせなきゃ…
陽子はいてもたってもおられず、電話を手に取った。
窓の外では庭の花が、温かい春の風に揺れていた。
二週間後。
びりーぶハウスで、小さなパーティーが開かれた。
涼音のピアサポートグループの立ち上げと、香織の新部署開設のおめでとうパーティー。仲間だけの気の置けない小さな集まりだ。
青木が今まで関係を持った人にも声をかけてくれたおかげで、びりーぶハウスには、次々と人が集まってきた。
山田さん。蓮くんは、すっかり元気になって、お兄ちゃんたちと走り回っている。
西川さん。トモくんは、相変わらずお母さんの手をしっかり握ってきょろきょろ周りを見ている。そのあどけなさが愛おしい。
田中さん。拓海くんと芽衣ちゃんも、元気そうで、涼音はひと安心した。
近藤さんも。美咲ちゃんは人懐こく、もう周りに話しかけている。
それに、いつも気にかけてパンを届けてくれる近所のパン屋さん。それから、商店街の魚屋さん。
リビングは、あっという間にいっぱいになり、涼音と一緒に来た学生たちは、圧倒されたように座っていた。
「こんなに、たくさん…」
一人の男子学生が、小さく呟いた。
「みんな、びりーぶハウスに関わってくれた人たちよ」
陽子が、嬉しそうに目を細めてリビングを見渡している。
「皆さーん、今日はありがとうございまーす」
そう手を振りながら、青木が立ち上がった。
涼音のピアサポートグループと、香織の新規部署の紹介をし、青木は参加者を紹介した。
拍手のなか、会は進み、みんなで声を合わせて乾杯をした。あっという間に、わいわいと、それぞれが料理を片手にしゃべり出す。
自分たちの体験談も、相手の体験談も、みんながお互いの大切な話を共有して、心を合わせていく。
体験者だけが持てる思考の深さは、想像だけでは成し得ないものだ。
香織さんの新部署開設の話を何度もうなづきながら聴いていた学生の声が聞こえる。
「僕も将来、そういうことができるかな…」
「できるよ」
香織さんが、優しく微笑んだ。
「今は、大変かもしれない。でも、いつかきっと、あなたのフィールドで誰かを助ける方法を見つけることができるよ」
「ただね…その気持ちをいつまでも忘れないでいてね。それが一番のコツよ。」
その男子学生は、ただだまって、力強くうなづいた。
青木が、学生たちに言った。
「ここにいる人たちはみんな、びりーぶハウスを体験してくれています。ここで見つけた想いを、いつかそれぞれの場所で、別の誰かに渡してくれるときが来るなら、私たちはそれが何より嬉しい…」
青木は、微笑んだ。
翌朝、六時。
涼音は、一人でびりーぶハウスの玄関を開けた。
今日は、陽子が少し遅れて来ることになっている。
涼音が、ひとりで朝の準備を始めるのだ。
窓を開けて、風を入れる。
庭の花が、朝日に輝いていた。
ひとりで、ゆっくりと食べる朝食。
陽子は「誰もいない日も、ここを整えて待つことが大切」と言っていた。
その言葉を、涼音は、食事と一緒にあらためて噛みしめる。
八時半頃、チャイムが鳴った。
「ん?陽子さんかな」
涼音がドアを開けると、一人の女の子が立っていた。
制服を着ている。高校生だろうか…。大きなリュックを背負って…疲れた顔をしていた。
「あの…びりーぶハウスさん、ですか?」
「はい、そうです」
涼音は、微笑んだ。
その子は、俯いたまま立っていた。
「あなたは…高校生?…あれ?学校は?」
涼音が聞くと、ハッとした彼女は黙って下を向いた。
涼音は、静かに頷いた。
「とりあえず、上がる?」
女子高生は、少し躊躇してから、ぺこりとお辞儀をして中に入った。
涼音は、リビングに案内し、台所に向かった。
「座ってて。とりあえず、お茶入れるね」
「あ、ありがとうございます…」
「学校、心配するから、電話だけしとこうよ」
涼音が優しく言った。
女子高生は、少し安堵した顔で頷いた。
スマホを取り出して、学校に電話をした。
電話を終えた女子高生は、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。
「ゆっくりでいいから」
涼音は、向かいに座った。
「話せる範囲で、聞かせてもらえる?」
女子高生は、お茶を見つめたまましばらく黙っていた。涼音には、言葉を探しているように見えた。
それから、ゆっくりと少しずつ話し始めた。
「私…家で、おばあちゃんの介護をしてるんです」
「おばあちゃん、認知症で…」
女子高生の声が、小さくなった。
「両親は、出張が多くてほとんど家に居なくて…」
「私が、学校の前と後に、おばあちゃんの世話をしてます」
涼音は、静かに頷いた。
「最初は、大丈夫だったんです」
「でも、最近、おばあちゃんの症状が悪化して…」
「親にも相談したんですけど、ふたりとも「今は、どうにもできない」って言うし…。でも、一人にもしておけなくて…」
女子高生の目に、涙が浮かんだ。
「学校も休めないし…」
「他には誰にも相談できなかったんやね」
涼音が、優しく聞いた。
「はい…」
女子高生は、俯いた。
「友達には、言えなくて。言っても解ってもらえないと思うし…」
「先生に話しても、結局は親に話がいくだけだろうと思うと、言えなくて」
「両親は、仕事で疲れてるから、これ以上、負担かけられないから…。私が何とかしないと…」
女子高生の涙が、ポロポロと落ちた。
「でも、もう、限界で…」
「どうしたらいいか、分からなくなって…」
「夜、スマホで調べてたら、びりーぶハウスのこと、見つけて…」
女子高生は、不安そうに顔をゆがめて涼音を見た。
「でも、来ていいのかも分からなくて…」
「急に来ても迷惑だろうなって思うし…」
涼音は、黙って女子高生の隣に座った。
そして、静かに抱きしめた。
「迷惑なんかじゃないよ」
涼音の声が、優しく響いた。
「よく来てくれたね」
女子高生は、声を押し殺して、泣きだした。
「大変だったね」
涼音は、女子高生の背中をさすった。
「ずっと、一人で頑張ってたんだね」
女子高生は、両手で顔を覆ったまま、声もなく大きくうなづいた。
「もう、一人じゃないよ」
涼音は、女子高生を優しく抱きしめた。
「ここに来ていいんだよ」
女子高生は、しばらく泣き続け、涼音はずっと抱きしめていた。
やがて、女子高生の泣き声が、少しずつ落ち着いてきた。
「ごめんなさい…」
女子高生が、涼音から離れた。
「初めて来て、いきなりこんな…すみません」
「謝らなくていいよ」
涼音は、微笑んだ。
「泣きたい時は、泣いていいの」
涼音は、ティッシュを渡した。
「私も、ヤングケアラーだったんだ」
女子高生は、驚いた顔で涼音を見あげた。
「母が病気でね、私が家事と介護をしてたの」
「小学生の時から、ずっと」
涼音は、少し俯いた。
「小さかったからね、自分が苦しいことも、我慢してることにも、気づかなかったの」
女子高生は、じっと涼音を見ながら聞いていた。
「でも、ここに来て、初めて気づいたの」
涼音は、女子高生を見た。
「自分が苦しかったんだって」
「我慢するのが当たり前だと思ってたけど、そうじゃないんだって」
「助けを求めていいんだって」
「あなたも…」
涼音は、微笑みながら女子高生の手を握った。
「苦しまなくていい。弱音を吐いていいんだよ」
「一人で抱え込まなくていいんだよ」
女子高生は、頷いた。
「ありがとうございます…」
涼音は、微笑んだ。
「困った時は、ここで一緒に考えよう」
「おばあちゃんのことも、学校のことも、これからのことも」
女子高生は、泣きながら笑ってうなづいた。
そのとき、ドアチャイムがチリンと鳴り、玄関に陽子が入ってきた。
「おはよう、涼音ちゃ…ん」
陽子はそう言いかけて玄関のスニーカーに気づき、リビングをそっと見た。
涼音が、女子高生の横に座り、背中をさすっていた。
制服を着た女の子は、小さくしゃくりあげている。
涼音が誰かに寄り添っている。
陽子は、リビングの扉をそっと閉め、台所に向かった。
不思議な安堵感が、陽子の胸の内を流れた。
何かを包み、何かがつながっていく。その姿がもう陽子を離れてもしっかり成り立っている様子に、陽子は驚きとともに嬉しさでいっぱいになった。
誰かがここで受け取った優しさは、色を変え、形を変えて、またいつか誰かに手渡されていく。
物語は、終わらない。
今日も、誰かがびりーぶハウスのドアをたたく。
新しい朝が来るたびに、また新しい物語が始まる。
Believe. 明るい明日を信じよう。
小さな光に包まれた明日が、私たちの未来に静かな勇気を運んでくれる。
第13話(最終話)「それぞれの明日」 完
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「びりーぶハウス」とは、入院して重い病気の治療に挑んでいる患者さんと、その姿を全力で支えている家族の方々を支えるためのホスピタリティハウスを想い、貴野結衣が付けた名前です。とても重要な役割を持つその場所は、日本にはまだまだ多くありません。
『びりーぶハウス物語』は、今までの貴野結衣の実体験や希望をベースに、「こんな場所を作りたい!」と20年切望し続けてきた想いを、何とか他の方にも理解してもらえるカタチにできないか、と考えて生まれました。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
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