一時帰国・ぶらり東京|もってる我ら
年末年始の一時帰国つれづれ。
1ヶ月の実家滞在のうち、一足早くフランスに戻るOtto氏を空港まで見送る目的で、トータル3泊4日東京に滞在した。東京に滞在するのは、2024年5月以来だから、およそ1年半ぶりだ。
このときもお世話になり、ずっと可愛がってくれていた東京の叔父も、そして俺🐶も、こちらの心の準備ができないまま相次いでお空に旅立ってしまった。叔父は大学の先輩でもあり、とても博識で、尊敬できる親戚のひとりだった。俺とはフランスに遊びにきてくれたときにも、トーキョー生活でたまに遊びにいったときにも連れて行って面識はあるから、天国で会えているといいな。
Otto氏の日本滞在は当初2週間の予定だったけど、バカンスの期間を1週間延長して飛行機の便を変えたらしい。もし2週間の予定で戻っていたら、パリが大雪の日とぶつかって、おそらく帰りの便に問題があったに違いないと話していた。まあ、伸ばしたら伸ばしたでこれまた別の意味で大変だったんですけどもね(後述)。

私がObentoに何かしら一言メッセージをつけたくなるのは、おそらく母からの遺伝
夜は新宿で妹とご飯の約束をしていた。身軽になるため、新宿に着いたのち、今回お世話になる妹の家に一度荷物を置く必要がある。
Otto氏がフランスに持って戻る荷物は預け用の大きなスーツケース・段ボールと、機内持ち込み用の小さなスーツケース。段ボールはすでにクロネコさんで空港まで送ったけど、大きなスーツケースは東京で買い物した分とか入れたいしね、ってことで持参。あずさはスーツケース置き場があるので助かる。
妹の家は京王線沿いなので、えっちらおっちらスーツケースを運びながら新宿駅で一度JRの改札を出ないといけないのだけど、京王連絡通路のあの上下階段がトラウマ。
これを避けるべく西口から行こうと思ったら、あずさのホームの下りエスカレーターが点検中で使えない。なんてこった。仕方なく南口経由に切り替えた。南口もJRを出たのち、駅構内で京王線に行こうとしたら何かしら階段が発生することは予期していたけど、ええ、その予感は的中。
のんびりな松本とうってかわって目まぐるしい大量の人の波にのまれながら、32kgのスーツケースを持って一瞬たりとも階段昇降をしたくないOtto氏。こんな大都会でたった数段でも階段なんて使ってたまるかという意思表示ともとれる。今この人のご機嫌を損うわけにはいかないと、一度外に出て南口から西口にぐるっと周り、京王デパートの業者も使うようなエレベーターを使って、ようやく階段なしで京王線のホームまでこぎつけた。
やった・・・と思ったのも束の間、思い出したよ。妹の家(=奇跡的に私が学生時代借りていたアパートと同じ)は、2階に上がるの、階段なんだよね。ズッコケもいいとこ。
夜回り歌舞伎町
なつかしの京王線で新宿にもどる。時間があったから、京王百貨店で名物駅弁催事をやっているようなので最上階まで上がってみたけど、その日はすでにクローズしていた。いまだにそんなに人気なの?

工事だらけの西口を散策したのち、仕事帰りの妹と西新宿で合流して、Otto氏リクエストのOKO(お好み焼き)の居酒屋へ。高校生の団体がいて最初ビビったけど、サラリーマンとお見受けする方々もいて、安心。お通しの卵焼きを鉄板の上で作ってくれるユニークなお店だった。妹がつけた飲み放題の元をとるのにビール(ジョッキ)を5杯くらい飲んでお腹たっぷたぷ。


翌日は1日フリーだし、まだ夜も早かったので、ちょっと腹ごなしにお散歩することにした。東口前を歩いていたら顔の白い男の子たちが若い女の子に声をかけまくっていた。ああこれがホストさんか。化石に近い人間的には色々と受け入れ難いものがある。

オカダヤの立派なビルを横目に、歌舞伎町。もう10年以上ぶりじゃないかな。

大久保公園らへんまで歩き、色々思うところがありつつ、長くいるもんじゃないなとぶらっと散策して終了。


銀座でフリー
翌日は、何も予定をいれずにいた。案の定、動き始めるのがお昼すぎ。中年カップルの体力はこんなもんである。とりあえず、恒例の指輪クリーニングと、ちょっと歩けば買い物四天王*が全てある銀座にまいろう。
*でかいユニクロ、でかいMUJI、でかいビックカメラ、三越伊勢丹


新宿に次いで渋谷も学生時代からそれはよく使っていたけど、もう全然ダメ。迷宮オブラビリンス。井の頭線から銀座線の乗り換えなんて楽勝だと思っていたのに、苦行であった。赤丸メトロで遠回りになったとしても、新宿経由にしとけばよかったわ。
お昼過ぎに銀座到着。結婚指輪のクリーニングをしてもらったのち、色々あって待ち時間に有楽町でランチ。店員さんはマネージャーの方を除きおそらくベトナムの方ばかり。

ピザ美味しかったよ
この後はユニクロ・ビック。買い物あるある、私はいきたいところがたくさんあるのにOtto氏が疲れたというのでひとりでカフェで休んでいてもらおうとするも、金曜夕方の銀座カフェ、まーどこも満席。銀座三越の最上階にカフェっぽいのがあったなと向かうと、ビンゴ。ここは穴場ですね。私はひとりで三越・松屋・伊東屋へ。本当に楽しい。

待ちに待って、奇跡的に欲しいものが買えて銀座を後にし、妹の家の近くの居酒屋で最後の夜を過ごした。寝床に着いたのは23時過ぎ。明日は羽田9時過ぎの便なので、遅くとも7時には羽田に着きたいね。大丈夫か?
山手線不通
5時の始発に乗ろうとすると4時すぎには起きて、4時45分には家を出ないといけない。私はこういうとき気が張っているので寝坊はしないし、前日にシャワーも浴びておいたので早々に準備完了。一方のOtto氏、4時半くらいにのそっと起きて、結局家を出たのが5時すぎくらい。大きく構えてもらうのは通常はいいんだけど、こういうときにマイペースでいられると心配性な私はとても困るんだけど。
5時台は電車が20分に1本しかなくて、2本目にギリ間に合うかくらいだったけど、Otto氏のスーツケースで階段ありえない病発動によりさらに遠回りをせざるをえず、その結果2本目を逃し、3本目を待つホームでのこと。
電光掲示板に踊る、「山手線、京浜東北線、始発より全線運転見合わせ」の文字。後々知ることになるけど、これです。
よりにもよって、海外に行く当日、空港に行く日に何か珍しい事象にぶち当たるってのは、そういえば新婚旅行でも経験がある我々。成田さんのタクシーに3万3千円払ったよ?成田の床で寝たよ?
「持ってる」のかもしれない、我々。
悪い意味でだけど。
ここからは備忘録。
本来ならば、
「京王線(各駅停車)で新宿、新宿で山手線に乗り換えて浜松町、モノレールで羽田」
のはずが、モノレールまでの道がないということか。困った。
まあここは大都会東京。ひとつダメでもどうにかなると、新宿で大江戸線経由で大門、そこで浜松町モノレールで大丈夫だろうとタカを括っていたら、もー・・・。金曜日の通勤ラッシュ前というタイミングがこれまたよくなかった。
・早朝すぎてルミネ口が開いてなくて詰む。京王線から都営改札への連絡通路で階段地獄。
・大江戸線、わかっちゃいるけど地下深すぎ。
・大江戸線、エレベーターがあってありがたいけど遠すぎ。
・振替で大江戸線が激混み。
この時点で、次回から絶対スーツケースも送ろうねと誓う。早く山手線動いておくれと願いながら、天井の低い大江戸線で耐えてようやく大門。そういえば大門から浅草線で一本じゃん?改札内で乗り換えられるから階段もない。早歩きで浅草線ホームに向かうとそこは・・・地獄絵図だった。2年間毎日乗ってたけど、浅草線にこんなに人が乗ってるところ、見たことないんですけど?これは何本待っても絶対乗れない確証が持てたので、ここは一旦外に出て浜松町駅までいってモノレールだ!
大門駅はよく使っていたけど、浜松町からモノレールって全然乗ったことがない。ここ2日で階段恐怖症を患ってしまった我々はなにがなんでもエレベーターを使いたいのだけど、モノレール行き表記のないエレベーターに乗って地上にでたら超絶方向音痴の私は高層ビルの間でどうしていいかわからなくなる。Otto氏はご機嫌斜めになるし、地図もロクに読めないし(これは私のせいです)、車を誘導していた警備員のムッシューが一瞬見えたので、ダッシュで近寄り半泣きで尋ねると、「ああ、まっすぐ行ってあそこの交差点を左です!」とご丁寧に教えていただいた。
新宿も工事中だらけだったけど、浜松町もずっと工事中。細い通路を進んでだら、古めかしいモノレールの駅が見えて、ちゃんとエレベーターもあって、先発の羽田行きに乗ることができた。この時点で6時半すぎ。7時には羽田につけるだろう。羽田へのモノレールがおそらく初めてのOtto氏、夜明けの景色がさぞ美しく見えたようで、機嫌を取り戻してくれて本当によかった。
つかの間の快適なモノレールの旅を終えて、羽田に到着。クロネコさんの梱包に感動しつつ、サクッとチェックインして、お見送り。ばいばい達者でね。
ちなみにこの1週間後、同じ便で私はフランスに飛び立ったのだけど、Otto氏を見送った時間の10分後には荷物検査上前の行列がものすごいことになって検査を終えるまでに1時間近くかかったので、朝便は早めに中に入るに越したことがないというのを学んだ。皆さんもお気をあそばせ。
空前絶後の京急混雑
さて無事にOtto氏を見送ったら、あとは自由の身!
ではあるのだけど、いかんせんこの時点ですでに疲労困憊の助なのだわ私は。
そのへんのベンチでバッテリー寿命間近iPhoneの充電をしつつ、30分くらい半寝しながら息を整える。今日はこの後、予定がパンパンだ。
まず一つ目。これは特に予定ではないのだけど、ソウルメイトとのブランチ前にかつて住んでいた三田に立ち寄り、俺と一緒に歩いた道を辿りたかった。空港への往来が便利かつ職場にドアtoドア20分以内で行けるというこんなのあり?ってくらいの好立地。さすがに空港からだから京急〜浅草線も問題なく座れるだろうと思って羽田の京急ホームに向かう。
羽田第3ターミナルから電車に乗り込んだ時は、ごくごく普通の混みようで、悠々と着席。
でも、都心に向かうにつれてどんどん人が増えてくる。あれ?京急ってこんな混むんだっけ?
山手線がまだ動いていないらしく、京急蒲田にさしかかる頃には電車も動かなくなった。目の前の景色は、「朝見た大門駅・都営浅草線の地獄絵図・車内版」だ。人が溢れ出していて、前の電車が詰まっていて大幅に遅延が生じているとのこと。

品川で人がかなり降りるもその分乗ってきて、ようやく三田に到着。人をかき分けて降りて、今度は三田の駅から地上に出るのに15分くらいかかった。これドミノ倒しが来たら私、俺のところに行くなと危惧するくらいには人がごった返していた。
長らく東京に住んだけど、山手線が始発から午後まで止まったことなんて多分なかったと思う。それだけ特別な日に東京にたまたまいて、ガツンと影響を受けるなんてね。私普段はフランスの田舎に住む主婦なんですけどね。
そういえば羽田の京急ホームにて、観光客の女性が、浅草に行きたいんだけどどの電車に乗ればいい?と尋ねられ、あー次のやつ(私が乗るのと一緒のやつ)に乗ってそのままずっと乗ってれば着くよって教えたんだけど、こんなに混むだなんてね。2つくらい隣の車両に乗っていたから姿は見えなかったけど、大丈夫だったかなと心配になる。日本の電車、OMGって思ったのは確かだろう。災難なことです。
三田の街で、おもひでぽろぽろ
フランス駐在を終えて私が俺🐶とともに三田に住んでいたのは2017年から2019年。田町のくたびれた(失礼🙏)サラリーマン・サラブレッドKEIO・(駅を越えれば)タワマンファミリーみたいなごちゃごちゃした感じが気に入っていた。
あれからコロナを経てはや5年以上、ああ今もこの街に住んでいたらどうなっていたかなどと想像をふくらませつつ、朝の散策。


物々しい雰囲気であった



ごちゃごちゃしてたけど、楽しい街だったなあ。麻布十番にも東京タワーにも歩いていけた。俺と過ごした東京生活を回想しては涙しながら、次の約束は東京駅。相変わらず山手線は動いてなかったので、三田線にて有楽町まで出るしかないな。そこから東京駅まで徒歩にて参る。この時点でまだ10時前。1日が長くなりそうだ。
友との再会と好きなものたち
三田から日比谷まで都営三田線で向かい、開店前のビックカメラに並んで欲しいブツをサクッと物色したのち、目指すはサラベス丸の内店。私のnoteに登場する日本の友No.1、ソウルメイトMくんと再会。多忙な中わざわざ時間を作ってくれることがうれしい。
初サラベス、看板メニューのリコッタレモンパンケーキをチョイス。これは行列ができるほど人気と言われても納得できる美味しさだった。こういうの食べ切れたことがない私が、完食🙏時間が足りないね、まあまたLINE電話でよろしくだよありがとうMくん。

日中は表参道まで行って毛糸散策&諸々のメンテナンス、銀座に舞い戻り俺を想う物品たちを購入した。








夜は、浪人時代からの親友Hと丸の内で乾杯。この頃には山手線も戻っており、さすがに徒歩はきつい(すでに2万5千歩)ので、電車で東京駅へ。
親友Hとは本当に久しぶりに会ったけど、仕事帰りに飲んだくれていたあのときと変わっていなくて、なんだかタイムスリップしたような感覚になった。大ファンであるお母様もその後合流して、たくさん話して、向こう3年分くらいの日本語を喋った気がする。離れていても見守ってくれる人たちのありがたさを実感する1日。

名物ポテサラ、美味

お魚は本当にどれも鮮度がよくて美味しかった
新宿経由で戻って、結局妹の家に着いたのは終電近く。酔っ払いのよくない癖で、妹宅の最寄駅にあるコンビニへ。
このときのメモ帳に書き殴っている酔っ払いの戯言を、恥ずかしいけど面白いのでそのままご査収ください。
「酔っ払って帰ったあとのファミマのチャラララララーンにアドレナリンが出てしまう。そこで私、気づいた。都会にいないとコンビニにいかない、ゆえに新製品などに触れる機会があまりない。だからとても楽しいのである。
あしたのパンとカップラーメンかったら350円くらい?みたいな感覚がいまは550なんね?しかも決済方法ようわからんしこわ。
ひとりでアパートにもどり、電気つけ、荷物おき、シャワー浴びてお湯沸かし、カップラーメン。この一人暮らしの高揚感はなんだろう。旧友とあって10歳マジで若返った!深夜0時半にカップラーメンを食べるという背徳。さいこ!!」

(ファミマからセブンにハシゴしてる可能性大)

美味しかった記憶はある
