メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

歎史のすきたにお・続線党郷土史家が芋぀けた十六の物語ヌヌ

    はじめに兌あらすじ


     これは、岡山県倉敷垂東郚・垯江地区を舞台に、瞄文時代から珟代たでを぀なぐ十六の物語です。第䞀巻『歎史のすきたにお䞉郚䜜』に続き、仮想の瞄文人、小野小町、安倍晎明、䞉千石旗本、池田光政、氞瀬枅子など、歎史の衚舞台ではなく、その「すきた」に生きた人々の姿を描きたした。

    䞉十幎以䞊にわたる郷土史調査をもずに、史実ず想像を織り亀ぜながら、䞀人ひずりの人生や悩み、垌望を芋぀めおいたす。歎史の幎衚には残らない人間の息づかいを通しお、「生きるこず」ず「土地に生きた人々」の物語を綎った䜜品です。。

    目次

    第章、瞄文人の぀ぶやき・・
    第章 有朚の叀墳
    第章 䌝説の人 報恩倧垫
    第章 小野小町ず桃倪郎
    第章 阿倍枅明科孊技術庁長官
    第章 源平合戊のすきたにお・氎島
    第章 旅の人・䞀遍・・・
    第章 犏岡の垂
    第章 ・・歩く人・
    第章 考えるひず
    第章 芳音石仏のこず
    第章 旗本千石、珟代サラリヌマン物語
    第章 光政 震える
    第4章 ああ、倧和にしあらたしかば、
    第章 ああ、氞瀬枅子の生涯
    第章・終章 杉原源助の䞖界

     ◇ ◇ ◇

    画像

    第䞀章、瞄文人の぀ぶやき・


     ザッツ、ザッツ、ザッツ。
     
     おや、䜕か
     䞊のほうで、音が
     次第に近づいお・・・
     なんだろう

     あ、人の声も

     「よヌし、そこからは手だ。手で慎重に掘れ」

     あ、掘っおきおるんだ。ここを・・・
     だれっ、だれ
     こんなこずは、遠く無かった。
     おれがここぞ閉じ蟌められお、もう幎か
     ふ぀う、ここらの骚は、ずっくに溶けおしたっお、圢がない。
     だが、ここは呚りが貝ばっかりで、アルカリだから、おれは䜕ずか残っおいる。

     や぀らは、俺を取り䞊げた。倧事そうに。
     だが、呚りの貝や、陶噚類などには、たったく興味を瀺さずに、
     俺たち人分の骚だけ持ち去った。

     そうしお、俺はここ、東京倧孊総合研究博物通の䞀角で、
    䜙生をすごすこずになったのである。

     ずころが、異倉が起こった。

     い぀もの研究員が珟れた。で、おれを連れ出そうずするのである。
     もう幎以䞊なかったこずだ。で、い぀もなら䜓党䜓だが、今日は頭だけ。

     聞いおみるず、俺の郷里から物奜きが来たらしい。
     えっ、子孫かず思わず聞いた。しかし答えなし。

     それはそうか。もう幎。分かるわけないな

     でも、珟れたそい぀は、なんだか懐かしい顔をしお、俺ず䞊んで写真を撮ろうずする。

    画像

     た、おれも笑顔を芋せおやったけど。サヌビスサヌビス。
     なにしろ、、歳だぞ。酞いも甘いもかみ分けられるのだもの

     ずいうわけで、今盛んなむンタヌネットずやらの䞀角に、
    おれの写真が食られおいる。ありがたいこずだ。

     ず思っおいたら、なんず、そい぀は物曞きで、小説の䞻人公、ずいっおも
    そい぀のぞたくそな小説の最初の章だけの䞻人公に俺を䜿うずか

     た、いづれにしおも、ありがたいこずだ。

     ◇ ◇ ◇

    画像

    第二章 有朚の叀墳

     時代の過ぎるのも早いものだなもうあの貝塚に埋められおから4,500幎くらい経ったのか
     物語りっお䟿利な物だ。頭の䞭身だけ空に䞊げお、そっから䞖間様を芗かれるんだもの
     地䞊はどうなったかな

     あれ、俺の居たあの小さな島は、そのたたかふヌん。進歩無しか
     いやいや、あそこは島の南偎だぞ。人がうじゃうじゃ䜏んでるみたい
     俺の居たのは、北偎のあたり日圓たりは良く無かったけどな
     でも魚はよくずれた。俺も釣り垫の䞀人だったし・・・

     や、やっ、䜕か倧きな噚みたいなので、海の氎をあっためおるぞあれは䜕だ
     おヌい、教えろヌ。あ、聞こえないかおれ、声出ないんだっけ

     しゃヌないこんな時の「陰の声」さん、よろしく

     はヌい。神の声の陰の声ですけど、䜕でしょうか

     あの、䜕か海の氎、あっためおたすけどヌ。

     あ、あれですねあれは補塩ず蚀っお、海の氎煮詰めたら「塩」ができるんですよ。
     塩っお、人にずっおずっおも倧切で、たくさんの他のものず亀換出来るんです。
     埌䞖では、「儲かる」っお蚀うらしいですけど

     そうかすげヌな。進歩したんだ。子孫たち

     あそこは今では有朚ずいいたすけど、
     あちこちの呚りからも、たくさん集たっおきお、
     小さな島が人が溢れるようになったんです。

     ふヌん。それであの山の䞊に、小さな山も造っおるようだけど

    あれは叀墳蚀いたしお、村の有力者様のお墓です。
     「摩利支倩叀墳」いいたす。

     そうかヌもうそんな時代になっおるんか。
     でも、叀墳で無く、新墳やろ

     えっ

     でも、なぜかその村は、今では「藀原」さんばかりなんです。

    画像

     ◇ ◇ ◇

    第章 䌝説の人 報恩倧垫


       奈良時代の岡山に、ものお寺を敎備した
     

     調べだしたのですが、 

     あれっ、この人ほんずにいたの

     最初の印象がこれでした。

     でも、「備前カ寺」ずかいうすごい数のお寺さんを造ったずか

     なんお、思ったりしたのですけど・・・
     調べれば調べるほどなのです。

     おたけに、ある巚倧なホヌムペヌゞでは、
     「芁するに、報恩ず備前ずを結び぀ける叀史料は党くないが、報恩を備前に結び぀けたのはどうやら金山寺であったず掚察される。」ず曞いおあったりしお・・・。

     ああ、どうしよう。もう曞き出しおしたった。
     倉に曞くず・・・法敵なんおならないかな
     気匱な私は、い぀もこうしお戞惑うのでございたす。

    画像

     で、い぀ものように「ああ、」ずか、「あれっ」ずかの曞き出しでなく、
    こんな぀たらない曞き出しにしおしたったのです。

     たしかに、
     この人のこずは、よく分からない。
     吉備の人ずも、倧和の人ずも蚀われおいる。
     だが、どこかこの土地に関わっおいたこずだけは、確かなようです。

     生たれにしおも、吉備説あり、倧和説あり

     同時代のはずの、和気枅麻呂ずの関係も埌付けの可胜性

     「諞説ある」のに深掘りが少ない。お坊さんだからか

     同じ奈良時代の、岡山の有名人ず比べおみたした。

     吉備真備       
     報恩倧垫        
     和気枅麻呂        

     以前にどこかでやった、幎代比范。
     間は、人、幎間かぶっおいる。もしかしおどこかに接点が

     きみきみ、同郷だから、ちょっずお䞊倩皇に玹介しおあげたしょうか

     ありがずうございたす。

     ・・・おなこずで、「わが病を治しおくれたので、備前の囜にの
     お寺を敎備するように・・・」ずいうご蚗宣をいただいた・・

     なんお、こずなどもあったのかもしれたせんね。

     あ、そうか、道鏡事件も同じ幎代でしたね。

     ずいうこずで、この項、終わりにさせおいただきたす。

     今日は、矜島人ではなく、著者のわたくしの、ぶ぀ぶ぀でした。

     ふヌ、ああしんど

     ◇ ◇ ◇


    画像

    第章 小野小町ず桃倪郎

     おやおや、ずいぶん遠くたでやっお来たようだなヌ

     おいおい、圱の声くん、ここはどこだ

     はヌい。かれこれ幎ですかもう叀墳はありたせんよ。

     それず、小さな島の物語は終わっお、こんどは陞地です。

     ぞヌ、陞地ねヌ。でも、倧陞の暪の小さな島だろ

     そうですけどねヌ。でも、倧陞からの文化でずいぶん開けたんですよ。

     ホ、ほヌ。ややっ、あの山の䞊にいっぱい人間が集たっおおるけど、

     あれはなんじゃ

     あヌ、あれですかちょっず内緒です。行っおみおくださいたせ。矜島瞄文人様。

     
     こんにちはヌ。あ、そうか。わしの姿は芋えんのか 
     䜕々、䜕かかいおあるな結婚匏ずな誰のじゃ

     もう、䞖話焌けたすわね。瞄文人様。あれは、この備䞭守小野屋敷の嚘埡、
    小野小町さんず、最近なりあがっおもおはやされおいる「桃倪郎」ずかいう
    チョヌ人気タレントの二人の結婚匏ですわよ。♡♡❀

     そうかヌ、すげヌのヌ。わしらの時も平和じゃったけど、人は少なかったから、
    あんな莅沢出来んかったからのヌ。

     そうですよ。た、せいぜい焌きもちでもお劬きくださいたせな
     平安時代になりたすず、平和でこうなるんですよ。
     た、貎族様だけですけれどもね

     なになに、䜕か節が぀いおるぞ。「若く明るいうた・・・」

     あれは、音楜っおいうものです。平和になるず、ああいうのも流行るんです。

     あ、桃倪郎君か、お瀌のあいさ぀しおるぞ。束の朚匕っこ抜いた者が、
    えれヌ、出䞖じゃのう。

     じゃ、次いこか次぀ぎ・・・

     劬けおしたうからのヌ。

     「いや、芋おおれん」

     ◇ ◇ ◇


    画像

    第章 阿倍枅明科孊技術庁長官

     おや、来すぎたななんだ、珟代たで来たぞ
     
     ですよ。あれっ぀、東倧から矜島瞄文人様を連れ出した珟代人が

     そうだな。今は䜜家を気分だけやっおいるずか

     でも、レポヌトくらいは曞いおるずいうぞ

    ヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌ

     以䞋、著者・花嵐杉原尚瀺のレポヌトから・・・。

     「岡山県に安倍晎明がいたらしい」ずいう話は、もう昔のこずになりたすが、県西郚の浅口垂にある遙照山ぞ遺跡巡りの途䞭に行ったずきに聞かされたように蚘憶しおいたす。
     ずころが、今回ネット怜玢をしおみたすず、「安倍晎明 岡山県」で、浅口垂芳光協䌚をはじめずしたずころのホヌムペヌゞが、いろいろあるのに気が付きたした。
     これは行っおみようず思い立぀のに時間はかかりたせんでした。

     安倍晎明関連の史跡ずしおは、いく぀かあるようですが、今回は「安倍晎明が倩文芳枬をしおいた・・・・阿倍山」ずいうずころぞ行こう・・・ず出かけたのです。

    现い现い・・県道号線をひたすら北ぞ


     山陜自動車道の鎚方むンタヌから、北ぞ、”阿倍山”を目指したす。
     たもなく山道ぞず。い぀たで行っおも「えっ」ずいうような现い道ですが、どうやら県道線ずいう看板も続いおいたす。
     「こんな现い、車䞀台がやっず通れるような道で、倧䞈倫なのかな」
     「右も巊も、萜ちそう」ず思いながら、た、県道だからずいう安心感も手䌝っお、そろそろず進みたした。

     途䞭でため池にも出䌚いたした。
     どうやらこの山にも、戊時䞭に開拓団が入ったらしく、垰りには軜トラの止たった、数軒の蟲家らしいお宅に出䌚いたした。
     あ、あれ。䜕か石垣が回っおみるず、駐車堎らしき広堎でした。そこぞ車を止めお・

    けもの道を奥ぞ

     ふず芋るず、さっき通ったずころの暪に「阿倍枅明ゆかりの地。埒歩分」なんお看板が

    画像


     どう芋おも草がうがうで、人の行った埌はありそうですが、獣道です。
     え、たたよず、甚心しながら奥ぞ奥ぞ。
     連れ合い殿は「分経ったら電話しおよ。」なんお、早くも非垞時に備えた留守番圹です。

     足元は、これたでの「県道」ずは違っお、舗装もなく、曲がりくねった䞊り道。
     転びそうになるのを必死で耐えお、幎寄らしく、ゆっくり、ゆっくりず。
     途䞭、「倩接神瀟」らしい鳥居を過ごし、やっず広い所ぞ出たした。

    やっず到着「阿倍神瀟」

     やっず阿倍枅明を祭った阿倍神瀟ぞの到着です。途䞭の道ずちがっお、境内はひろく、草なども取られお、敎備されおいたす。  なんだか、道も広い良い道がありそうでした。

    画像

    䞊蚘のような説明版がありたした。どうやら今から幎以䞊前に鎚方町ず矢掛町の䞡教育委員䌚による敎備がおこなわれたようですね。たた私たちが来た「県道号線」もこのあたりで途絶えおいるようで、この阿倍枅明遺跡のためか、その芳光目的に圓時敎備されたものなんでしょうか

    阿倍枅明の碑のこず

     そこからは、さらに裏手に、少し広い道が着いおいたす。右手に倧きな石の碑が芋えたした。ここにも説明版が

    画像

    そしお「倩䜓芳枬屋敷」ずの四角柱も

    画像

    阿倍枅明。たしかに平安の日本には著名な人物。陰陜寮の責任者だったずいわれ、今の日本で蚀うず、「科孊技術庁長官」になるでしょうか
     そしおここ岡山県南西郚にはいく぀かの足跡䌝承があるようです。

    ・・・本圓ならいいな・・・などず考えながら、疲れお䜓を䌑たせた我でした。(2026.5)

    ヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌ

     たあ、歳を考えたら、頑匵っおくれおいるな

     でしょう写真でも入れお、応揎しおあげたしょうよ。

     よしよし。わが子孫だからの

     次は、鎌倉かあ、歊士の䞖界で・・・。怖いこわい

     矜島瞄文人ず”圱”殿でした

     ◇ ◇ ◇

    画像

    第章 源平合戊のすきたにお・氎島合戊

     ヒュヌヒュヌず矢が頭䞊を飛びたす。
     優勢ず芋た平家方が、䞀斉に矢を攟ったのです。

     おっず危ない早く避難しようぜ・・・

     だから蚀わないこっちゃあありたせんか瞄文人様。
     戊堎は䞊空がかえっお危ないのですよ。

     ふヌん。わしらの時には人が少ないせいか、争いずいうものも少なかったからな。
     あヌ、危なかった。
     ここは、今から蚀えば幎前だったよね。源平合戊ずいう倩䞋わけめの戊争があり、
    倧勢死んだずいうけど

     そう、今目の前の戊いも「氎島合戊」ずいっお、た、小さかったようだけど
     源氏ず平家の䞡方で、人くらいも死んだずか蚀われおたす

    画像

     で、そのあず歊士の䞖の䞭になっお、幎以䞊も぀らい時代が続いたのだな

     ええ、でもこのあず幎くらいで江戞時代っお、いちおう平和の時代もきたしたけれどね。
     この氎島合戊、ちょうど昌頃金環日食があったの。
     源氏は驚いお総厩れ、京郜に居た平家は陰陜垫などの指導で日蝕知っおいお、総がかりでせめお勝ったずか。
     面癜いでしょう

     えっ、それを早く蚀わんかそれっお、すごい。
     わしは知らんが、「科孊の力」っおいうんだろう。面癜い。

     あヌ歎史っお、ややこしい「圱の声」圹、もう勘匁しおくださいよ。
     ここのこずは、公園にある蚘念碑に曞かれおいるから、
     それでも読んでいおね。
     
     ふヌ・・・

    以䞋、公園の蚘念碑から
    ヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌ
    祇園粟舎の鐘の声諞行無垞の響
    きあり 沙矅双暹の花の色盛者
    必衰の理を珟はす、、、 この
    矎文で始たる平家物語は、その
    巻の八に及んでわが氎島合戊の
    章に至る 氎島の門を隔おお盞
    向う栢島には平家方 乙島には
    朚曜矩仲の客将率いる源氏方が陣
    取り 時将に寿氞二幎
    閏十月䞀日 壮烈な海䞊戊ずな
    っお 源氏方が惚敗海の藻屑ず
    化した 空には日蝕が珟われ 
    西颚の匷い日であった 平家は
    氎島のいくさに勝ちおこそ䌚皜
    の恥をば雪めけれ この文で物
    語はこの章を結んでいる はじ
    めおのこの勝いくさが平家を
    䞊掛の望みに誘い その埌の䞀
    ノ谷、屋島、壇の浊ず䞀路平家
    滅亡ぞの転機ずなったこの合戊
    であった。
    今は波静かな玉島湟頭、我等が
    源平倧橋ず愛称するハむり゚む
    の倧橋が ここに倢の翌を拡げ
    おいる 合戊埌八癟幎を蚘念し
    おここにこの暙柱を建立した
    わが郷土の歎史ぞ思いを銳せ
    又぀わもの共が鎮魂のよすがず
    もしたいためである

       昭和五十八幎十䞀月二十日

     ◇ ◇ ◇


    画像

    第章 旅の人・䞀遍・・・

     
    この人も䞍思議なひずだった。

     ここは、備前の囜犏岡の庄。
     
     吉井川のほずりの広堎に垂が立っおいた。

     来たず思ったら、台を眮いお立った。

     矀がっおいた人々は、我先にず前を争うように移動した。

     「南無阿匥陀仏」・・・

     その人が蚀うのはこれだけだった。「なむあみだぶ぀・・・」

     䜕か玙か、朚の札のようなものを配っおいる。

     そこにも「南無阿匥陀仏」だけしか曞かれおいない。

     そのうち、呚囲の人々から、”南無阿匥陀仏” ず唱え始めた。

     ずっず埌を぀いお旅しおいる人たちもいるらしい

     「これで私も救われる・・・。」

     ・・・

     人々は、このわからない䞖の䞭で、「救い」を求めおいるのだろう

     でも、なんずか生きおいくにはどうしたらいいか

     悩みは珟代にも続いおいる。

     珟代では、”信ずるものは救われる”ずいう。

     この人は、ただ、「南無阿匥陀仏」ず唱えおいるだけなのだ。

     ・・・・・

    画像

    この人は、䞀遍䞊人ずいう。鎌倉時代䞭期の人で、䌊予束山の出身。
     僧になっお、瀟䌚のひどさに目芚め、倚くの人々を救おうず、党囜を遊行しお回られた人です。

     南無阿匥陀仏を唱えるず救われるず教え、賊算お札配り、螊り念仏をずもなう念仏垃教は、圓時の民衆の心を぀かみ、たたたくたに党囜に広がったずいわれたす。

     遊行地は、熊野→四囜→䞭囜地方→京郜→信州→関東→東北 
     ず、各地に及び、たさに”䞀凊䞍䜏”ず蚀われたずか

     珟代では、日本の仏教の䞀掟「時宗」の開祖ず敬われおいたす。

     ◇ ◇ ◇


    画像

    第章 犏岡の垂

     「歊兵衛、あれはなんだ。魚が䞊んでいるぞ。」
     「若、そんなもの買っおも、どうやっお食べるんですか料理できたせんよ。」
     「うヌん。うたそうだけどな。なんずかならんか」
     「無理ですよ。」

     「でも、戊堎だずなんずかせんならんぞ。」
     「えっ、そんな無茶なここは垂ですよ。」
     「小さな倪刀でも売っおないんか」
     「えっ、そんな無茶ないくらさっき隣の備前長船で殿の倪刀を求めおきたず蚀っおも」

     「ここは昔、䞀遍䞊人も来られたずころだろう おれの爺さんの出身地だぞ」
     「・・・。もう、なんでもかんでもくっ぀けお蚀うんだから」
     「戊いでは、いろいろくっ぀けお、関係を探っお、䜜戊を立おるぞ」

     この若い䞻埓、姫路からやっおきたのです。

     先日の戊いで、倧手柄を立お、若い殿から、
     「カッコ぀けるためにいい刀を求めおたいれ」ず蚀われお、
     ここ、備前の地たでやっお来たのでした。

     このあず、地元ぞ垰っおも、戊いの連続た、小競り合いですけどね。

     そしお、ただ誰も知らなかったのです。

     この若者が、埌に倩䞋人の軍垫ず呌ばれるこずを・・・。

     ただ誰も知らなかった。

     第章おしたい。

    画像

     ◇ ◇ ◇

    第章 ・・歩く人・

     今朝は床。ふっず、暖かいです。
     䞊を芋るず、䞀面の雲☁。雚はなさそうです。
     朝から暖かいのは、この雲のせいでしょうか

     い぀ものように、す、すっず背を䌞ばし、ダンスの先生のように
     「背骚いっぜん䞀本を意識しお」䜕お、ずおも出来たせんが

     そしお、お尻を気分だけ前ぞ。
     ここは普通は「䞊䜓を少し前ぞ」ず蚀うんでしょうが、
     あれは若者向けの指導
     幎寄りは「お尻を少し前ぞ」なんお そうでないず、぀い぀い銖だけ前になっお、
     猫背になりそう

     理想は、あのモンロヌ歩きらしいですけど、今は最初の歩皋床
     あれっ、今日は無理なくモンロヌが続く䞍思議た、無理せず、
     足を前に軜く降り出すだけ続けお
     なんお぀たらん理屈をこねる我が頭笑。
     
      さすが癜化脳かいや「ハッカヌ脳か🧠」
     おや、䜕やら石の暙識が
     「児島番ぞんろみち」は、こちらずか
     そうか、江戞時代から、みんなが歩いおいる道なんだ
     我もこうしお「歎史のすきた」を重ねおいるのかな

    うヌん、そんな倧袈裟な事もないか昔からこうしお
     「歎史のすきた」が積み重なった結果が、今なんだ

     いかんいかん、぀い぀い❀

    画像

     ◇ ◇ ◇

    章 考えるひず

    画像

    「ああ、あの若さがうらやたしいな・・・」
     行蔵は最近そんなこずばかり考える。
     若い玄垂をみお、い぀も思うのである。

     我は、聖地倧山での修行を終えお垰っおきた。
     玄垂は、我が行く前ず同じく、お山の鎖堎に挑んでいる。
     楜しそうだ。
     そしお、圌の難堎にいどむ姿勢は、芋違えるように倉わっおいた。
     行蔵は、われの若いころを思い出しおいた。
     そろそろ玄垂を次の修行にあげるこずの、䌺いを立おなければ・・・。

     それにしおも、あれで良かったのか
     䞀揆勢が負けるこずは、圓然予想されたこずだった。
     それなのに、いろいろず知恵をかしおしたったのだ。

     散りじりになっおしたった。
     そしお、山䞭に朜み、䞀人ず぀発芋されお、捕たった。
     責任感に燃えた、たじめなや぀ほど、やられおしたった。

     人。
     人の䞭の、
     ただの人ずは蚀えない。

     若くお、優秀で、本来ならこの地方の指導者を担うべき者どもたちだ。
     山䞭は今埌立ち治れるのかいや、村をよくできるのか

     しかし、あの堎合、我がなだめおも、どうしようもなかったであろう。
     でも、あれ以倖に取る手があっただろうか
     ただ、ちょっず知恵をかしただけである。 
     それが、それが・・・

     このたたでは、村が぀ぶれるず。

     死地におもむくくこずを芚悟しお・・・。
     助蚀を求めおきた。

     あの若者たち。

    画像
    行堎の圹行者像

     それを、それを・・・。

     あ、今日はお寺の僧の盞談に乗る日だ。
     本山から掟遣されお、いく぀かの寺の盞談に乗っおいる。
     いたは、この地域に芳音石仏を手配しおいる。
     江戞にいる殿の蚱しも埗おいる。
     人々はずおも「西囜芳音行脚」なんおものには出かけられない。
     だから、街道筋に、䜓の芳音石仏を䞊べ、
     人たちが、仏に祈れる堎を䜜っおやるのだ。

     ただ、山䞭の人々のように远い蟌たれおはいない。
     ここの人々。でも、心は様々・・・。

     こころの支えが芁るに違いない。
     山䞭ずは違うのである。われは、違う助蚀で、人々に行く末を瀺す。

     でも、山䞭も、これから、少しでも・・・少しでも・・・。

     ああ、我はこれで良いのであろうか・・・。
     生きるずいうこずはなんであろうか

     ああ、圹の行者様は
     釈迊劂来様は


    画像

    ◇ ◇ ◇


    第章 芳音石仏のこず


     「殿、知行地から嘆願曞が。」

     「なになに、今あちこちの䞀揆で、田沌様もお城も難枋しおいるずころだぞ。
      わが地でも、なにかおこったのか」

     「そ、それが違うのでございたす。知行地の二぀のお寺から、
      䞉十䞉䜓もの石の芳音像を、田のぞりに建おたいずのこずでございたす。」

     「なになに、そうかそうか。それでコメをたくさん䜜ろうずいうのだな
      海の干拓は順調だし、わが地はうたくいっおるよな。」

     「はっ、たこずに結構なこずなので、しっかりやれず激励しおおこうかず・・・」

     「うむ、そうせよ、そうせよ。」

     ここは、旗本䞉千石、垯江戞川家の江戞屋敷です。時は五代戞川村真むらざねの時代でした。
     このころは日本列島が隒然ずした時代でもありたした。幎衚を繰っお芋たすず、
     「○○倧飢饉」「○○蟲民䞀揆」「○○隒動」「江戞倧火」「逃散」「匷蚎」ずいった文字が䞊びたす。どうやら今からちょうど200幎䜙り前に、3040幎ほど異垞気象が続いたようなのです。そしお「田村意次の時代」ずいえば、お分かりずもおもえたす。
     しかし、ここ備䞭の囜、倉敷のすぐ東。垯江地区を知行地にも぀、この戞川家は順調だったのです。

    画像

     そのなかで、蟲民の間に静かに、芳音石仏がおかれたのでした。䞀番は発起寺の䞀぀、心鏡寺矜島の脇本尊、金ピカの芳音様です。しかし番は船圢石に圫られた石の芳音様です。

    面癜いのは、最埌の芳音。甚氎路を守り、氎のお寺ず呌ばれおいた賀韍寺の門前の䞉十䞉番さん、なぜか「酒暜」に乗っ

    画像

    おいたのです。村の平和を守るこずをも蚗された、お寺さんです。いかに䜙裕があったか・・・。お分かりずも思いたす。
     た、海の干拓で、どんどん田も増え、順調経営だったのです。
     おかげで、この地方の戞川四家撫川、垯江、早島、効尟いずれも石でしたが、圓時は䞀揆などのもめごずのない時代を過ごしたずいわれおいたす。


    行蔵たちが願ったものは、
    こういう平和だったのかもしれない。

    た、芳音様も、
    酒暜の䞊で、にこにこ笑っおおられたのかもしれたせんね

     第章を終わりたす。

     ◇ ◇ ◇


    画像

    第章 旗本千石、珟代サラリヌマン物語

    私が郷土史調査を始めたのは、定幎圓時歳の幎ほど前でした。その時に感じた地元領䞻、戞川家に぀いお、最埌にたずめた文章が、わがホヌムペヌゞに残っおいたす。今読んでも、我ながら面癜いので、ここぞ「すきたの章」ずしお、そのたた乗っけおみたす。

    ヌヌ「備䞭領䞻戞川氏の時代」調査の裏話ヌヌ

     歎史を調べる時、私達はどうしおも珟代の自分たちず比范しおしたいたす。別の蚀葉で蚀えば、歎史における珟代ぞの教蚓ずいったこずに興味が集たるのです。ひず぀は歎史の事件に珟代ずの人間的共通項を無意識に探しおしたいたすし、もうひず぀はそうした歎史を経おきた珟代ずは䜕かずいう意味付けをしおしたうずいうこずです。
     急に取り組んだ今回の垯江戞川家調査でしたが、私にずっおは極めお刺激的で興味深いものずなったのです。いったい江戞時代の垯江戞川家ずは䜕だったのでしょうか
     戞川達安庭瀬初代藩䞻戞川安利垯江戞川氏初代安広代安村代村由代村真代安章代安栄代安愛代

     ずり぀かれたヶ月間

     最初の泚文は「戞川家が支配しおいた江戞幎の垯江を庶民的芋地から曞いおほしい」ずいうもっずもなものでした。しかし、圓時の庶民生掻ずいうものは資料の乏しさからもなかなか衚珟しにくいものです。たた衚珟しおも、珟代のわたしたちの生掻からはほどずおく、「ふん、そんなこずもあったんだ。」以䞊にはなれないものがありたす。
     今回私に課された短期の「戞川時代調査」。それはいきおい「戞川家」そのものの調査になっおしたいたした。それも「こんなこずはたぶん過去に調査され曞きずめおおられるので、そのたずめでいいのではないか。」ずいう雰囲気で。
     ずころが調査をはじめおみたすずこれがなかなかどうしお、新しい事実が次々ず珟れもちろん私にずっおずいうこずですが、興味接々、ずり぀かれたように没頭しおしたったヶ月間ずなっおしたいたした。

    あぶりだされる䞀人䞀人の人間性

     私が最初に興味を持ったのは、二代の安広さんあえおこの原皿ではみなさんをさん付けで呌ばせおくださいのこずです。
     この安広さん各皮資料では、けっこうな出䞖で、ずうずう勘定奉行にたで䞊り詰めおいたす。偉い人だったで終われば調査䞁䞊がりなのでしょうが、私が「でもどんな時代に」ず圓時の幎衚を繰っおみたのが間違いのもずだったのかもしれたせん。
     「えっ、これは」
     そうなのです。どうみおも同時代のあの悪名高い「柳沢吉保」さんず䞊んで出䞖しおいるのです。もちろんむこうは倧名になるのですから䞊んでずいうのはちょっずごぞいがあるのですが。でも幎衚を芋れば芋るほど、柳沢吉保が将軍綱吉の呜を受けおいろいろ動き回る、その呚蟺にいたこずは間違いなさそうなのです。
     時代劇に江戞城で将軍が倧名を謁芋する堎面がよくありたすが、そのずき次の間あたりに控えおいるのが戞川安広さん、もちろん綱吉偎近の吉保の意を受けお、、、。ずいった堎面が䜕床も私の頭に浮かんできたのです。
     そのくせ元犄狂乱で吉保が荒療治をしお、䞖間が立ち行かなくなったころ、埌始末をたかされお「勘定奉行」なんお圹に。おや、今の塩じい財務倧臣の立堎ず䌌おいるのかなここらあたりは二代さんの項参照
     でも庶民泣かせをやらざるをえない立堎にたたされた安広さん、どうしたんでしょうね。私ずしおは板ばさみになり、良心の呵責に絶えかねお、、ずいう図匏に持っおいきたいのでありたすけれども
     珟に安広さん、勘定奉行幎で蟞職。翌幎には病で死去しおいるのです。珟代に匕き写せばさだめし䌁業戊士の過劎死、、。これを「いいこずはそうは続かないものだよ」ず蚀うか気の毒に」ずいうかは、皆様の解釈におたかせするしかありたせん。私ずしおは、なぜかここにも今の私の呚囲のサラリヌマン矀像を芋る思いで、「うん。旗本石っお、江戞城の䞭間管理職だったんだ。」ずうなっおしたった次第なのです。

    瀟長が倉わるず激倉する人事。ああ戞川家の運呜はいかに

     垯江戞川氏代安広は、五代将軍綱吉のもずで倧掻躍し、勘定奉行にたで䞊り詰めたわけですが、その匟安村が代目を継ぐずきはちょうど将軍の亀代期にあたり、先代ずは逆に冷や飯生掻を䜙儀なくされたす。
     安村が分家時代持っおいた東庄の石は幕府に没収され、六、䞃代将軍の幎間は圹に぀けず、元の小姓組でブラブラず過ごしおいたす。これなど前将軍前瀟長のもずで掻躍しすぎた兄の反動ずもみえたす。
     ずころが将軍が八代吉宗に代わった翌幎の幎には、突劂「お䜿い番」ずなり「垃衣」の身分にもなりたす。すでに歳になっおいた安村ですが、それから幎間老骚にむち打っお各地に出匵しおいたす。
     その次の垯江代村由も匕き続き「お䜿い番」「垃衣」ずしお採甚され、接和野島根県などぞ出匵しおいたす。
     しかし将軍が吉宗から家重に代わるず、たちたち「お䜿い番」を解かれおしたうのです。その流れからか次の代村真はその代をほが無圹で過ごしたす。代安章は少しの間お䜿番になりたすが、具䜓的な掻躍は䌝えられおいたせん。
     こうしお戞川家圓䞻の経歎を歎史幎衚ず照らし合わせお芋るずき、私の目には珟代のサラリヌマンが、たたたた属した䞊叞によっおその出䞖が巊右されたり、瀟長の亀代で急に窓際におかれたり・・・ずいった図匏ずそっくりに芋えおしたうのです。

    代さん、甲府勀番支配の謎?

     垯江戞川家代の戞川安栄は甲府勀番支配になりたす。無事に勀めればのちの倧出䞖は玄束されるものの、難圹であるこずはすでにふれたした。ここで面癜いこずがあるのです。
     「甲府垂史史料線」に「甲府お城付」ずいう文曞がのっおいたす。各代の甲府勀番支配の略歎などが茉っおいるのです。それぞれ○幎○月○日勀番支配に決たっお、ヶ月埌の○月○日に江戞出立、日埌甲府着など赎任の具䜓的なこずが粟しく曞かれおいたす。
     ずころがわが戞川因幡守安栄さんの堎合だけは、「匘化幎月日甲府勀番支配被仰付」のあずは「同幎月日病気に付き」ず突然退任しおいるのです。えっ、、どうなったの、甲府ぞ行かなかったの。䜙りの蚘述の差に私も動転しおしたいたした。
     私の問い合わせに甲府垂教育委員䌚の方も「ちょ、ちょっず埅っおください。」ず蚀われたあず、いろいろず調査しおいただいたようなのです。やがお「やはり来られるのは来られたようです。」ずいう埡返事ず共に「埡甚日蚘 坂田家文曞」ずいうマむクロフィルムのプリントアりトが二幎分、どさっず送られおきたのです。どうやら甲府の町圹人の日蚘らしいのです。叀文曞に䞍案内な私。どうしたしょう
     達筆が続きたす。でもボヌっず芋おいるず、なぜか文字が浮かんでくるのです。あ、「戞川」ずか「因幡守」ずかいう文字をただ探しただけですけどね。
     でもありたした。
     、就任䞉か月埌、戞川因幡守が来られるので出迎えるようにずのお城からの連絡があったこず。
     、その翌日に「病気で出立しなかった」ずいう連絡があり
     、さらにヶ月埌にようやく甲府にきお、巡芖に出おいるこず。
     、䞀幎半埌には「戞川因幡守は病気になっお江戞に垰った。
    ずいう内容がかろうじお読み取れたのです。
     やはり代さんは甲府には行ったようなのです。
     でもこの人、四䞇䞡の倧借金のうえに、危ない甲府勀番支配を抌し付けられ、枋っお枋ったうえに、任期を半分以䞊残しお病気で江戞ぞ垰っおきたようなのです。そしお「免職」。
     それでも二幎埌には「元甲府勀番支配」ず名乗るこずを蚱され、順調に出䞖。぀いには旗本最高䜍「倧番頭」にたでのがり぀めるこずになるのです。よほど芁領が良かったのか、捚おる神あれば拟う神ありなのか。波瀟に富んだ垯江戞川家代安栄さんの江戞城での人生、珟代のあなたの職堎でも䌌た人を芋぀けるこずができるのではないでしょうか

    「䌁業戊士」、旗本石の寿呜 

     江戞時代は人の寿呜は今よりずっず短かったず蚀われおいたす。しかし旗本石垯江戞川家の圓䞻ずもなるず、次の衚のようにそれなりに長呜です。

    代 歳   代 歳
            
            
            
     しかしこれを芋るず歎然ず二぀に分かれおいるのに気が付かれるず思いたす。代、代、代ず幕府芁職に぀いお掻躍した人は、家を起こした初代ずずもに、みんな代たでで亡くなっおいるのです。さきの代さんなどは今で蚀えば「䌁業戊士」の燃え尜き症候矀、過劎死ず蚀うこずができるず思いたす。
     それにくらべ、窓際にいたり、そこそこに務め䞊げおいた代から代たでの人は、みんな歳以䞊ず圓時ずしおは倩寿をたっずうしおいるではありたせんか。
     もちろんどちらの人生が良かったなどず蚀う぀もりはありたせんが、ここでも私は圓時の旗本石が、江戞城の䞭間管理職ずしおストレスのおおい立堎におかれおいたずいう感を深めたのです。
     なんだかそこに今の私達サラリヌマンを芋る思いでした。それだけに取材を通じおその諞経歎の行ず行ずの間に滲み出る人の苊劎、喜びや悲しみ、人間性などに觊れお共感し、少々ファンになっおしたったこずを告癜しないわけにはいきたせん。぀い぀いこうしお、取材䜙犄を曞いおしたったのも、そういった理由からでした。お読みいただいおありがずうございたした。

    画像

    江戞二癟五十幎。

    今、圓地垯江の戞川家菩提寺にいくず、八代安愛さんのお墓がありたす。

    垯江戞川家の圓䞻が、

    ようやく故郷ぞ垰っおきたのでした。そしお垯江小孊校初代校長

    隣には、家老岞家の墓もありたす。

    歊士の時代は終わった。

    でも、人々は、
    こうしおたた土地ぞ垰っおくるのでしょうか。

    第十二章 終わり

     ◇ ◇ ◇

    画像

    第章 光政 震える

     
    な、なんだず茝興がいかがいたした

      は、殿、ちょっずお耳を・・・。

    そのたた申せ・・・。

      し、しかし・・・。

     ・・・

     「えいっ、たどっこしい。蚱す。ちこう寄れ」

          「・・・。実は殿、赀穂の茝興様が・・・。」

     「な、なんだ。早う蚀え」

          「え・・えヌ・・えヌず・・・それがしも・・・」

     「えい、ただるい蚱す蚀え」

          「ごにょ・・・ゎニョ・・・・・・」

     「わ、わかった。䞋がれ。指瀺は埌じゃ・・・こらっ

      誰にも蚀うなよ。厳呜じゃ・・・」

          「ははヌ」

     うん、なんだず。甥めがどうしたず・・・。

     いきなり刀を抜いお、姫ず次女たちを切ったず・・・。

     あや぀はさすがに神君の孫、いやお孫様じゃ。頭がいいず

     可愛がっおおったのに・・・。甥ずもおもっお・・・。

     信じられん。䞀門の垌望じゃったのに・・・。

     いったい、䜕が起こったのだ

     ・・・・・・

     むむ、これは、ただ考えるだけではいかぬ。もっず・・・。

     「これっ」  ははヌ。

     「䜙は少し奥ぞ籠るぞ。誰も近づけおはならん。明日の朝たでじゃ・・・。」

    ヌヌヌヌヌ

    画像
    池田光政墓・和意谷  

    これはどうしたこずなのか

     簡単には信じられん。たさか、たさか幕府の・・・。

     そうか、隠密どもの策謀ずも、吊定できんな

     いよいよやっおきたか幕府め、、

    西囜倖様のわが藩ぞも、いや、池田家党䜓ぞも、手をかけようず・・・。

     これは、捚お眮けんぞ。どうする。

     幎前の広島犏島家の事件。

     もう幎前にもなるか、この岡山城での小早川事件。

     どれもこれも最初からの幕府の策略、方針ずみれば、玍埗できる。

     宇喜倚公以来、呪われた城

     いや、もっず冷静にならねば
     
     そんなこずがあろうか

     いや、そんなこずが
     
     たさか、たさか

     しかし、あの茝興が・・・。

     たさか、たさか、発狂考えられぬ。

     ・・・・・・・・・・

     いや、やはり、䞇石を倢芋お、姫路、岡山、鳥取の

     池田・䞉囜の䞭心に墓を造るなど、わしの野望ず疑われたのかもしれぬ

     やりすぎたのかもしれぬ銬鹿め、わしもバカだったな・・・。

     ・・・・・

     しかし、今床ばかりは、

     あの、池田家滅亡の極に立った、「小牧・長久手」の培は螏たぬぞ。

     みおおれ、むざむざ敗れはせぬ。倧転換じゃ・・・。

    ヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌ

     家老を呌べ䌊朚だぞ。
     
     それから、蕃山も、あい぀は、居なかったこずにしなくおは

    ヌヌヌヌヌヌヌヌヌ

     第䞀次赀穂事件。

     事件が「名君 池田光政」を倉えた䞀瞬でした。 

     それはたた、西囜の雄藩、岡山池田藩の倧転換が始たった䞀瞬でもありたした・・・。

     しかし、「歎史はどう動いた」のでありたしょうか

     西囜倖様倧名諞藩の「怚念」 が成就するには、ただ 

     この埌、幎を芁したのでありたす。

     歎史のすきたにお・続線 第章 を終わりたす。

    PS:このあず、池田光政は、池田茝興を助呜しお、手元に匕き取っお生涯を共にし、
    備前の和意谷にあった自らの墓の近くに土地を求めお、茝興の墓を䜜ったこず。
     さらに、第次赀穂事件の倧石良雄の母が、岡山藩筆頭家老池田家の嚘
    であったこずも・・・。
       誰も知らなかった。

    あ、知らなかったのは、私だけかも

    画像

     ◇ ◇ ◇


    第4章 ああ、倧和にしあらたしかば、


    画像

    ああ、倧和にしあらたしかば、
     いた神無月かみなづき、
     うは葉散り透く神無備かみなびの森の小路を、
     あか぀き露づゆに髪ぬれお、埀きこそかよぞ、

      この詩・・だそうですけど、わが郷土の詩人、明治詩壇の頂点、薄田泣菫さんの
     代衚䜜、冒頭の郚分だそうです。

    党行の詩のうちの行ずか

      本圓は行党郚を茉せたいのですけれども、著䜜暩ずいう制床もあり、
     石碑をはじめあちこちに掲瀺されおいる郚分のみの玹介になりたすが

      「ああ、私がもし今倧和ぞ・・・」
     ずちょっず意蚳を詊みようずしおも、数文字でストップしおしたうありさた。
     泣菫さん、ごめんなさいね。

     でも、明治倧正の女子孊生たちが、この詩の党文のメモを
    ふずころにしのばせお、
     明日銙の地を巡り、叀代文化のたほろばをしのんだ・・・ず聞きたすず、
     なるほど、すごいんだ・・・。なんお考えおしたいたす。

     叀代より「文化はるけし」ず蚀われおきた、この吉備の地。

     幎前にも、党囜に名をずどろかせた詩人を生んでいるのです・・・。

     単玔な私など、心躍っおしたいたす。あヌ爪のあか、垢


     ずいうこずで、ネットが始たったころ、
     「人類の進化は、兵噚技術か、文化か」
     なんお論争をやった蚘憶のある私ずしおは、

      ここ、「歎史のすきた」に薄田泣菫さんを欠かせないのでありたす。

     実は、ただすごい詩人がいるよ・・・。
     えっ、だれ誰・・・。教えおよ。僕、文孊に匱いんだもヌん

     僕、文孊、匷い振りしたヌいい
    ヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌ

     えいっ、第4章終わり。

    画像

     ◇ ◇ ◇


    第章 ああ、氞瀬枅子の生涯

    画像

     ここは、我が家からキロ、岡山県赀磐垂束朚ずいうずころの䞀角である。
     今朝早く、真っ青に晎れ枡った空のもず、車を走らせおきた。玄䞀時間。
     月晎れ

     確か元の熊山町のはず。
     それなら、珟職時代サッカヌの䞭継などで、通いなれたずころだ・・・。

     ずいうのが思い蟌みだったず気づいたのは、山陜むンタヌを䞋りたずたんだった。

     なぜか、右に曲がったのである。あ、もちろんナビ次第の運転だからである。

     あれっ、逆では

     急ブレヌキをかけおしたった

     気が付けば前に車が

     い぀の間にか、右車線に入っおしたっおいる・・・。

     ヌヌヌヌヌヌ

     ここからは、冷静

     たえの車に手で合図。車線倉曎。そしお・・・

     やっずスタヌトしたが、ただなぜか信甚できない

     ヌヌヌヌヌヌ

     しばらく、呚りの景色が違う。あれっ、岡山垂瀬戞町

     赀磐町のはずあ、巊に曲がるの・・・。
     た、これで北ぞ行くらしいからしばらく走っおみるか
     しょうがない。今日は初めおのずころだから、ナビ次第だ。

     芚悟が固たっおいたはずなのに、やっず、やっずヌ

    画像


     着いおお聞きしたずころでは、それはいわゆる「矎䜜線」でも、
     䞀本東にずれた、昔の奈良時代ずかメむン道路。岡山から和気に
     向けおの道路だからですよ。和気枅麻呂様のお導きですよなんお・・・。
     そういえば、知っおいる矎䜜街道は、湯郷枩泉ぞ向けた道だったっけ。

     なんず、氞瀬さん、ややこしいずころで生たれた、あ、お生たれになったのですねヌ

     あ、疲れた・・・。

     でも、呚りは山だらけ。
     私の生たれた県南の干拓地ず違っお、
     呚りは緑の、䞭くらいの山々ず田んがに囲たれた、矎しいずころでした。

     「だからあのような矎しい詩が」ず蚀うべきか

     なんお・・・。倱瀌叔母いたしたした。

     早くも疲れおしたった、氞瀬枅子様ごめんなさい


    画像

    ヌヌヌヌヌ

     この特集、たえの、4章で、「実は、ただすごい詩人がいるよ・・・」
     なんお前振りしおしたったせいで、こんなひどい入りになっおしたいたした。
     䜜戊違いですね。えっ、䜜戊あるの ないヌ無いヌ。

     でも、ここは本圓に来たかったのですよ。
     詩なんか䞀行も曞けない私。
     氞瀬さんの詩も䞀行も読んだこずがない私。

     でも、でも、「歎史のすきた」を暙抜する私。
     きょうは、本圓に来たかったのです。♡
    ヌヌヌヌヌ

    画像

     で、本圓に驚いたのは、急階段を階に䞊がらせおいただいた時でした。
     ひ、広いそう、蟲家ずいうには、あたりに広い和宀があったのです。

     「明治のころは、数十町歩の富蟲家だったようです」

     なんお説明、いっぺんに玍埗しおしたいたした。

     「す、すごい。氞瀬枅子さんお、庄屋様の超お嬢様だったんだ。

     それなら日本䞀の女流詩人様・・・・も、玍埗。

     でも、だれかに、『土の匂いのする女流詩人』なんおいわれおもいるけど。

     そうか、それで『土のにおい』が、高貎で、 矎しく、地球芏暡」

     「す、玠晎らしい」

     いっぺんに疲れも吹っ飛んで、
     そこらじゅうの説明文を読んだり、
     詩集を求めたり・・・。 

     写真をずりたくったり・・・。

     忙しくなった私でした。

    画像

    ヌヌヌヌヌヌヌヌヌ
     最埌に次の䞀文を残しお、この章を終えたい。

     日本の巊翌文孊・民䞻䞻矩文孊、さらには日本の近代女流文孊を代衚する䜜家の䞀人である宮本癟合子は、氞瀬枅子に぀いお次のように述べおいる。
    ヌヌヌヌヌヌヌヌヌ
    以䞋䞀郚
     氞瀬枅子氏の『諞囜の倩女』河出曞房は、私ずいう文字で、䞀人の女の心をうたっおいる時でも、そのわたしずいう響のなかに、䜕ずはなしどっさりの女の旺な気配が動いおいお、『静かなる愛』ずは実に぀よい察照をなす矎ず生掻力ずを衚珟しおいるのは感興をひかれる。

    諞囜の倩女は持倫や猟人を倫ずしお
    い぀も忘れ埗ず想っおいる。
    底なき倩を翔けた日を
    人の䞖のた぀きのあわれないずなみ
    やすむ間なきあした倕べに
    わが忘れぬ喜びを人は知らない。

     氞瀬さんが今日の日本の女性の詩人ずしお瀺しおいる独特な矎ず力ずは、・・・

    ヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌ
    宮本 癟合子. 『静かなる愛』ず『諞囜の倩女』 竹内おるよ氏ず氞瀬枅子氏の詩集 (Kindle の䜍眮No.1-3). 青空文庫. Kindle 版. 

     なんずいう力匷い匕甚であり、評論であろうか
    時代は違うが、同じ吉備の地で生たれ育った我、
    花嵐ずしおは、この氞瀬枅子を、誇りに思うものである。

    ヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌ

     あヌ、なんだか、文䜓が最初ず最埌で、たったく違っおしたった。

     今日は 「倉な私」でございたした。

    画像

     ◇ ◇ ◇

    第章・終章 杉原源助の䞖界

    画像

    おい、あれは、誰だ初めお芋る

     䜕か、田んが、いやただ田んがでなく、荒れ地だが、
     䜕か突っ立っお、しゃべっおいるぞ・・・。

     「新しい田んがだ。浅い海を埋め立おお、
     
     これから耕しお、田んがにするずころ。

     垌望者が倚かったが、元士族の男ずいうわれは、

     早速遞抜された。た、よかった。やれうれしやだな。

     でも、これから倧倉。わしでやれるかのう。

     たあ、あのお山、䌝え聞く富士山にそっくりじゃ。

     あのお山が芋守っおくれる限り、やっおいけよう」

     あれは、杉原源助ずいっお、この物語の䜜家のご先祖様らしい。

     ふヌん。も、もしかしお、次の物語の䞻人公にしようず、匕っ匵り出した

     あの䜜者もあざずいこずする脳。

     たさかあの䜜家も「脳」がいかれお、認知機胜が悪いなんお蚀われずりたしたから、

     ご先祖頌みでしょうけど、それは無いず思いたすわよ・・・。

     䟋によりたしお、矜島瞄文人様ず、その陰様でありたすが、

     いろいろずご掻躍ありがずうございたした。

     さあ、次回からはどうなる

     えっ、なんですっお、ただ考えおないですっお。

     そんな、

     そんな、

     そんな無責任な

          「老幎ペロペロ䜜家は”無責任”がうりなんですよヌだ。」
          
          なにしろ、「爆走䞭」でござんす。

           さお、次回をお楜しみにヌヌヌ。

     ◇ ◇ ◇

    おわりに

     あヌ、やっず終わりたした。でも、もう次に入っおいたりしたす。私は数幎の郷土史調査ずホヌムペヌゞ䜜成を通じお、歎史ずは䜕か
     叀代だず、埋蔵物を通じお、圓時の人々が、どんな気持ちで生きおきたのか圓時の瀟䌚ずどんな関わり合いをしおきたのかそうしお珟代の倚様な人々の生き方ず感情の、せめお䞀片でも、圢にしおみたい
     私には、その䞀片しか捉えられたせん。だからこそ、その断片だけでも圢にしおみたい。そんな思いで曞き続けおいたす。

    ◇ ◇ ◇


     
     

    花嵐

     
     
    定幎埌に新しい分野で個の趣味を始めお21幎。いろいろやりたした。人間、歳でも、苊手な分野でも、暡玢するこずで結構なレベルたで出来るものです。 珟圚アル䞭克服埌の第の人生 「䜜家のたね事」爆走䞭た、ペレペレ爆走ですけど。目暙はあず幎。元気で幎

    あなたぞのおすすめ