
50歳の転機――偶然を選び直す日
プロローグ
(読み時間目安:7〜10分)
本作はフィクションであり、長編小説のプロローグです。
偶然を“ただの出来事”で終わらせず、自分の選択へと“変える”力を、家族の物語で描きました。読み終えたとき、あなたの“選び直し”の小さな手がかりになりますように。
五十歳の春、私は偶然を待つのをやめた。
学び直す父、働き直す母、問いを抱く娘。
変わりゆく日々のなかで、三人それぞれの選び直しが静かに動き始める。
人生の転機の多くは、予定どおりには来ない。思いがけない出来事。
――つまり偶然が、ふいに道を変える。
けれど、流れて来たものをそのまま流してしまえば、結局は何も変わらない。
偶然を「ただの出来事」で終わらせず、自分の選択へと“変える”力が要る。
それが、私の言う「選び直す」だ。
好奇心、持続性、楽観性、柔軟性、冒険心。
教科書の中の人物、クランボルツ先生の五つの言葉として、それらを心に置いている。
……と、格好よく言ってみても、私の現実は平凡だ。
2012年の春。桐原隆志、五十歳。地方の工場で働く、ごく普通の男である。
工業高校を出て、生産技術の現場を歩き続けてきた。
技術職の多くは大卒で、高卒の私は少数派だ。
ここまで来るのに、それなりの運と努力を重ねてきたが、最近は会社の空気が明るくない。
業績は下向きで、工場閉鎖の噂も出ている。先のことを考えると、胸の奥が落ち着かなくなる。
そんな日々の中で、一年前、家に一冊の案内が届いた。
妻の幸子が取り寄せた「東京公開大学(通信制)」の入学案内だ。
幸子も理系の人間だ。高専(五年制の高等教育機関)を卒業し、工業化学の仕事についた。
無色だった液体がふっと淡い青に変わる瞬間、その小さな変化に胸が高鳴った――と、彼女はよく言っていた。
けれど私と結婚し、娘が生まれると、迷いながらも家庭を優先して退職した。「置かれた場所で咲くしかない」――そのひと言に、幸子は長い時間を託してきた。
復職は娘が中学生になるのを待つことになり、10年を越えるブランクが空いた。
昨年、ようやくパートとして働き始めたが、彼女の胸の奥にはずっと別の思いがある。
――もう一度、正社員として働きたい。
――もう一度、自分の“本業”を取り戻したい。
言葉に出すことは少ないが、その静かな決意は、食卓の向こうの横顔から伝わってくる。
あの大学案内を取り寄せたのは、幸子自身が「再挑戦」の道を探し始めていたからだと思う。
働きながら学べる通信制。全国に学習拠点があり、映像授業もあるという。
しかし、最初に動いたのは幸子ではなく私のほうだった。
ほんの軽い気持ちで――「一年だけ、科目等履修生として試してみよう」と決めたにすぎない。それでも学び始めてみると、思いのほか授業は面白く、気づけば4科目で8単位を取り終えていた。
あの大学案内を最初に手に取ったのは幸子だった。けれど、扉を先にくぐったのは私だった。
その事実が、胸のどこかに小さな引っかかりとして残った。
幸子があの案内に指先を触れていなければ、私はきっと一歩目さえ踏み出せなかったのだ。
そのころ、元同僚の汐見健斗のことをよく思い出していた。
2年前、早期退職の波に飲まれる前、難しい資格を取り、公務員へ転職した同期の釣り友だ。
会社の食堂で昼食をともにした日々。背中を押したのは、私だった。
汐見が新しい職場で、震災の現場に駆けつけていたと聞くたびに思う。
――自分は、どうする。
――偶然を、ただ流すのか。
――それとも、自分の選択に変えるのか。
履修科目の一覧を眺めていたとき、「計算機の原理」という授業名が目に留まった。
担当は、高階晶子准教授。文系科目が中心だと思い込んでいた大学に、工学の気配をまとった一行の文字が紛れ込んでいる。
その文字が、胸をまっすぐ刺した。
そういえば、基礎的なことは“わかっているつもり”でいたが、学問として原理から考えたことなど、一度もなかった。
――もしかすると、自分はずっと表面だけをなぞってきたのではないか。
そんな思いが、不意にわき上がった。
ネット上には、東京公開大学オンラインコミュニティサイトがある。
学生有志が運営する“非公式・自主的コミュニティ”だ。
画面の向こうに、学びの場がある。そこには授業だけでなく、人の気配もあるかもしれない。
私の中の好奇心が、静かに目を覚ました。
もちろん不安は消えない。卒業できる保証はない。
学費も大きい。娘の問いにも、まだ答えられていない。
高校受験を控える娘、美幸は言った。
――「卒業しても給料は上がらないのでしょう。意味あるの?」
その問いは、ただの反抗ではなかった。
時代が身にまとう薄い膜――間違えないこと、無駄を避けること、速さを疑わないこと――が、彼女の言い方に、かすかに光っていた。
近道だけを地図に残した手帳のように、余白がない。
責める気持ちはない。ただ、遠回りでしか見えない景色があることを、どうやって渡せばいいのかと考える。
口を開きかけて、閉じる。うまく言えない言葉ばかりが、喉の奥でほどけないでいる。
返事は、すぐには出なかった。
その問いは娘の疑問であると同時に、自分自身への問いにもなっていた。
何のために学ぶのか。
何を変えたいのか。
机の上には、電気代の明細と、娘の塾の請求書。
並べて見ると、学費の数字がひどく大きく見える。
それでも思った。
一年前に案内が届いたことも、この授業を見つけたことも、ただの偶然にすぎない。
けれど、その偶然をどう受け取るかは、自分で選べるはずだ。
一年ごとに科目等履修生を続けるのは、もうやめよう。
迷い続けるのも、やめよう。
私は深く息を吸い、机の上の願書に手を伸ばした。
桐原隆志、五十歳。春。
「東京公開大学」正規生としての入学を、決めた。
ただ、次の問題がすぐに来る。
卒業を目指して正規生になるなら、あと116単位。
学費も、少なく見積もって65万4,500円。家計にとって軽い話ではない。
それでも私は思う。妻も娘も、それぞれの場所で何かを選び直そうとしている。
ならば、私も――人生をもう一度、選び直してみてもいいのではないか。
あとがき
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
本作は、社会人の学び直しをテーマにしたフィクションです。
登場する人物・団体・出来事には実在のものから着想を得た部分もありますが、物語として再構成したものであり、実在の大学・団体・個人とは関係ありません。
物語の核にあるのは、「転機」と「偶然」です。
私はいつの間にか、この二つをまとめて「てんぐう」と呼ぶようになりました。
人生の節目にふいに差し込む、あの小さな風のようなもの。
それをどう受け取り、どう選び直すか――そこに物語が生まれるのだと思っています。
私の作品では、あくまで“物語” そのものが主役です。
読み終えたあと、心のどこかにふっと“キャリアへの小さな気づき”が残るような。「これってキャリア教育にもつながるんだね」と、読者の方が後から気づくような文芸作品を目指しています。
続きの本編はWebでは公開せず、完成を前提に執筆を進めています。
またどこかでお会いできたら、とても嬉しく思います。
© 2026 Yu Hirota / Digitally timestamped: March 17, 2026 (JST)
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