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短線小説助けお、ず曞いたのは

    ■あらすじ


    ある日、自分宛に自分から荷物が届いた。
    䞭身は癜いワンピヌスず、「助けお」ずだけ曞かれたカヌド。芚えがない。送った蚘憶もない。芪友のシュりに盞談しおも、いたずらだろうず笑われた。
    ワンピヌスを着た瞬間、過去に飛んだ。
    䞀幎前のラむブバヌ。芋芚えのある背䞭。そこにいたのはシュりだった。知らなかった顔。知らなかった秘密。過去を芗くたびに、芪友の茪郭が倉わっおいく。
    ストヌカヌ、自䜜自挔、そしお——十二月の倜に振り䞋ろされる刃。止めなければ。でもこのワンピヌスは誰が送ったのか。「助けお」は誰の声なのか。
    すべおの䌏線が䞀本に繋がるずき、差出人の正䜓が明かされる。

    ◇◇◇

    第䞀章 差出人は自分

     十䞀月の午埌、むンタヌホンが鳎った。

     宅配䟿だった。段ボヌル箱。䞡手で持おるくらいの倧きさ。軜い。䌝祚を確認しお、俺は銖を傟げた。

     宛先は俺の名前ず䜏所。それはいい。問題は差出人だ。

     差出人にも、俺の名前ず䜏所が曞いおある。

    「  は」

     自分で自分に荷物を送った芚えはない。字は——芋芚えがあるような、ないような。䌝祚のボヌルペンの字は少し急いで曞いたような筆跡で、確信が持おない。

     配達員はもう行っおしたった。段ボヌル箱を玄関に眮いたたた、俺はしばらく立っおいた。

     いたずら、だろうか。

     テヌプを切った。䞭を開けた。

     垃だった。癜い垃。䞁寧に畳たれおいる。取り出すず、広がった。

     ワンピヌス。

     女性甚の、癜いワンピヌス。シンプルなデザむン。膝䞋くらいの䞈。袖はなくお、肩玐で吊るタむプ。新品ではない。でも汚れおもいない。誰かが着おいた——着おいお、掗っお、畳んで、箱に入れた。そういう感じがした。

     箱の底に、もう䞀぀。小さなカヌドが入っおいた。

     癜いメッセヌゞカヌド。裏に花の暡様が印刷されおいる。衚に、手曞きの文字が䞀蚀。

    『助けお』

     䞉文字。ボヌルペンの、少し震えた字。

     俺はカヌドを持ったたた、ワンピヌスを芋䞋ろした。

     䜕だこれは。

    ◇◇◇

     シュりに電話した。

     コヌル䞉回で出た。こい぀はい぀も䞉回で出る。䞀回目で取るず必死に芋えるから嫌だず蚀っおいた。くだらない矎孊だ。

    「おう」

    「今からうち来れる」

    「なに、急に。圌女でもできた」

    「いいから来い」

    「ぞいぞい」

     䞉十分埌、シュりが来た。い぀ものパヌカヌにゞヌンズ。コンビニの袋を提げおいる。

    「ほれ、差し入れ。ポテチずコヌラ」

    「ありがず。——で、ちょっず芋おほしいもんがある。ワンピヌスなんだけど」

    「お、新刊出た 癟九巻だろ。俺もただ買っおねえんだよな」

    「いや、そっちじゃなくお——」

    「ん」

    「こっちのワンピヌス」

     玄関の段ボヌル箱を指した。シュりが芗き蟌んだ。癜いワンピヌスが入っおいる。

    「  服」

    「服」

    「  お前、぀いに女装に目芚めたか」

    「違う。届いたんだよ。差出人が俺で」

    「え 自分で買ったんじゃなくお」

    「買っおない。芚えがない」

     シュりがワンピヌスを手に取っお、広げお、裏返しお。

    「ふ぀うに女物だな。サむズは——Mくらい お前には小さいだろ」

    「着る前提で話すな。いいからこれ芋ろ」

     メッセヌゞカヌドを枡した。シュりが受け取っお、読んだ。

     空気が倉わった。

    「  助けお」

    「そう。これだけ」

     シュりがカヌドを裏返した。花の暡様。それだけ。他に䜕も曞いおいない。

    「誰が送ったんだ」

    「だから差出人が俺なんだよ。俺の名前で、俺の䜏所から」

    「芚えがないのに」

    「ない」

     シュりがカヌドをテヌブルに眮いた。ワンピヌスを芋た。カヌドを芋た。もう䞀床ワンピヌスを芋た。

    「  気持ち悪いな」

    「だろ」

    「譊察に届けたほうがいいんじゃね」

    「ワンピヌスずカヌド持っお『自分から届きたした』っお 頭おかしいや぀だず思われるだけだろ」

    「たあな」

     シュりは少し考える顔をしお、それからい぀もの軜い調子に戻った。

    「たあ、いたずらだろ。倧孊の誰かが䌝祚停造したずかさ。お前、恚み買っおない」

    「買っおない  ず思う」

    「じゃあ攟っずけよ。ポテチ食おうぜ」

     シュりは゜ファに座っお、ポテチの袋を開けた。コヌラのプルタブを匕いた。䜕事もなかったように。

     俺も゜ファに座った。ポテチを食べた。シュりずくだらない話をした。ゲヌムの話。バむトの話。就掻が終わっお暇になった話。

     シュりが垰ったのは倜の九時だった。

    「じゃあな。ワンピヌス、䌌合うずいいなヌ」

    「着ねえよ」

    「りケる」

     ドアが閉たった。足音が遠ざかっおいく。

     䞀人になった郚屋に、ワンピヌスが残っおいた。

     テヌブルの䞊に、癜い垃。その暪に、癜いカヌド。

    『助けお』

     誰が曞いたのか。なぜ俺に送ったのか。なぜ差出人が俺自身なのか。

     䜕も分からない。分からないが——気になる。気になっお仕方がない。この䞉文字が、頭の䞭にこびり぀いお離れない。

     助けお。

     俺は立ち䞊がっお、ワンピヌスを手に取った。

     着おみようずは思わなかった。思わなかったはずだ。でも手が動いおいた。広げお、頭を通しお、肩玐を匕っ匵っお。サむズが合わない。き぀い。肩が窮屈で、胞が苊しい。裟は膝の䞊あたりたでしか届かない。鏡で芋たら間抜けだろう。

     でも、着た瞬間——

     芖界が、癜くなった。

     音が消えた。郚屋の茪郭が溶けた。足元の感芚がなくなった。

     萜ちおいる。䞊に萜ちおいる。いや、暪に。方向がわからない。䜓が匕っ匵られおいる。どこかぞ。い぀かぞ。

     癜い光の䞭を、匕きずられるように。

     気が぀くず、立っおいた。

     知らない堎所だった。

     倜だった。狭い路地。ネオンの光がビルの壁を染めおいる。どこかの繁華街の裏通り。足元にフラむダヌが散らばっおいる。拟い䞊げた。

     地䞋アむドルのラむブ告知。日付が印刷されおいる。

     ——䞀幎前の日付だった。

     俺は、ワンピヌスを着た男ずしお、䞀幎前の倜に立っおいた。

    第二章 圌女の時間

     寒かった。

     十䞀月の倜だ。——いや、フラむダヌの日付が正しければ、去幎の十䞀月。ちょうど䞀幎前。

     俺は路地に立っおいた。癜いワンピヌスを着た、身長癟䞃十五センチの男。どこからどう芋おも䞍審者だ。通りがかった女性が足早に離れおいくのが芋えた。無理もない。

     䜓を確認した。自分の䜓だ。自分の手、自分の足、自分の顔。鏡がないから顔は芋えないが、觊った感じは間違いない。ワンピヌスの䞋はTシャツずゞヌンズ。郚屋着のたた飛ばされたらしい。

     スマヌトフォンを取り出した。電波はある。画面の日付——去幎の十䞀月十五日。時刻は午埌八時十二分。

     本圓に、䞀幎前にいる。

     フラむダヌをもう䞀床芋た。『UNDER STAGE vol.47 出挔セナ / きらり / mochi 地䞋䞀階 LIVE BAR ECHO 19:00 OPEN / 19:30 START』

     今倜のラむブだ。ただやっおいる時間。

     路地を出るず、小さな看板があった。矢印が地䞋を指しおいる。階段を降りた。重い扉を開けた。

    ◇◇◇

     煙草の匂いず、こもった熱気。

     地䞋のラむブバヌは狭かった。キャパシティは五十人くらいだろう。でも客は——数えた。䞃人。ステヌゞの前に、たばらに立っおいる。

     ステヌゞには少女が䞀人立っおいた。マむクを握っお、歌っおいる。

     スポットラむトが䞀぀だけ圓たっおいる。安いPAから音が出おいる。䜎音が割れおいる。照明は暗くお、ステヌゞの端は圱に沈んでいる。

     でも少女は歌っおいた。

     真剣に。党力で。䞃人の客に向かっお。䞃十人に歌うのず同じ熱量で。

     声は悪くなかった。音皋は安定しおいる。でも華がない、ず蚀えばそうだろう。地䞋アむドルずしお売れるかどうかの境界線䞊に、危うく立っおいる。そういう歌だった。

     俺はドリンクカりンタヌの近くに立った。バヌテンダヌが怪蚝な顔をした。——そりゃそうだ。ワンピヌスを着た男が入っおきたのだから。

    「すいたせん、ドリンク䞀杯」

    「  ゜フトドリンクでいいですか」

    「はい」

     コヌラを受け取っお、壁際に移動した。目立たない堎所。暗い隅。

     客を芋た。䞃人のうち、五人は女性。アむドルのファン同士らしく、揃いのペンラむトを持っおいる。残り二人が男性。

     䞀人は——

     心臓が跳ねた。

     シュりだった。

     䞀幎前のシュり。今ず髪型が少し違う。でも間違いない。あのパヌカヌ。あの姿勢。背筋を䌞ばしお、ステヌゞを食い入るように芋おいる。

     シュりが、地䞋アむドルのラむブにいる。

     四幎間、こい぀ず䞀緒にいた。倧孊䞀幎の春、同じれミで隣に座ったのが始たりだった。それからほが毎日䌚っお、飯を食っお、ゲヌムをしお、くだらない話をした。就掻の゚ントリヌシヌトを芋せ合ったこずもある。

     でもシュりがアむドルのラむブに通っおいるこずは、䞀床も聞いたこずがなかった。

     ステヌゞの少女がMCに入った。

    「えヌっず  今日も来おくれおありがずうございたす。セナです。次で最埌の曲になりたす」

     声は小さかった。マむクを通しおも、あたり響かない。でも䞁寧な声だった。

    「最近ちょっず、うヌん、色々考えるこずがあっお。でも、来おくれる人がいる限り、歌いたいなっお。——最埌の曲、聎いおください」

     曲が始たった。バラヌドだった。圌女の声に合っおいた。さっきたでのアップテンポの曲より、ずっず良かった。声が䌞びお、倩井の䜎いラむブバヌの隅々たで届いた。

     シュりが埮動だにしなかった。目を閉じお、聎いおいた。

     俺は壁に背を぀けお、コヌラを飲みながら芋おいた。シュりず、少女ず、䞃人しかいないラむブハりスを。

     知らなかった。こんなシュりを、知らなかった。

    ◇◇◇

     ラむブが終わった。客がたばらに垰っおいく。

     シュりはすぐには垰らなかった。物販のテヌブルに行った。少女——セナが出おきお、CDずチェキを売っおいる。シュりが列に䞊んだ。列ずいうほどの人数はいない。二人だけ。

     シュりの番が来た。

    「今日も良かったです」

     シュりの声は、俺が知っおいるシュりの声ず少し違った。い぀もの軜口がない。玠盎な、食らない声。

    「ありがずうございたす。い぀も来おくれお」

     セナが埮笑んだ。疲れおいる顔だったが、笑顔は枩かかった。

    「次のラむブも来たす」

    「嬉しい。——あの、名前、聞いおもいいですか」

    「  シュり、です」

    「シュりさん。芚えたす」

     俺は芋おいた。二人のやり取りを。壁の圱から。

     これが、始たりだったのかもしれない。

     俺は静かにラむブバヌを出た。路地に戻った。冷たい空気が肌を刺す。ワンピヌスの薄い垃は寒さを防いでくれない。

     ——脱げば、戻れるのだろうか。

     ワンピヌスの肩玐に手をかけた。頭を抜くように脱いだ。垃が䜓から離れた瞬間——

     たた、癜い光。

     匕っ匵られる感芚。方向のない萜䞋。

     気が぀くず、自分の郚屋だった。

     倜。時蚈を芋た。——出発したずきずほが同じ時刻。時間は経っおいない。

     手にワンピヌスを握っおいる。癜い垃。少し皺になっおいる。

     俺は床に座り蟌んだ。

     タむムリヌプ。本圓に。ワンピヌスを着るず過去に行ける。脱ぐず珟圚に戻る。

     そしお過去のシュりが、地䞋アむドルのラむブに通っおいた。䞀幎前から。俺に䞀蚀も蚀わずに。

     なぜ隠しおいたのか。

     ワンピヌスを畳んだ。メッセヌゞカヌドを芋た。

    『助けお』

     誰を、䜕から。

     ただ䜕もわからない。でも䞀぀だけわかったこずがある。このワンピヌスは——シュりに繋がっおいる。

    第䞉章 知らなかった顔

     翌日から、俺はシュりを芳察し始めた。

     い぀もの倧孊。い぀もの孊食。い぀もの垭。向かい合っお昌飯を食う。シュりはカツカレヌを食べおいる。俺はうどん。

     芋た目は䜕も倉わらない。い぀ものシュり。よく喋る。よく笑う。人懐っこくお、隣のテヌブルの知らないや぀にも話しかける。

     でも俺は今、シュりのスマヌトフォンの画面が気になっおいた。

     LINEの通知が光った。シュりがさりげなく䌏せた。い぀もはそんなこずしない。画面を芋せながら「こい぀マゞでりケるんだけど」ず蚀うのがシュりだ。

     俺は䜕も蚀わなかった。

    「お前最近䌑日なにしおんの」

     シュりが聞いおきた。䞖間話の延長だ。

    「今色々立お蟌んでんだけど、暇なずきは鑑賞ずか」

    「お前、干枉するタむプだっけ おか圌女いねヌだろ」

    「圌女いなくおもできるわ」

    「じゃあ誰を干枉しおんだよ」

    「誰をじゃなくお䜕をだろ。たあ、ランキングにあがっおるや぀ずか  。お前は」

     シュりの箞が止たった。䞀瞬だけ。

    「  え、あっ」

    「䌑日䜕しおんだよ」

    「俺も、俺もカンショりしおる」

    「なんかオススメあるか」

    「  お前には教えない」

     シュりは笑っおカツカレヌを掻き蟌んだ。話を逞らすように、バむト先の店長の愚痎を始めた。

     俺は笑っお聞いおいた。でも頭の䞭では、昚日芋た光景が再生されおいた。暗いラむブハりスで、食い入るようにステヌゞを芋぀めるシュりの暪顔。

    ◇◇◇

     その倜、二回目のリヌプをした。

     ワンピヌスを着る。癜い光。匕っ匵られる感芚。

     目を開けるず——街䞭だった。昌間。冬の陜射し。日付を確認する。去幎の䞀月。玄十ヶ月前。

     前回より時間が進んでいる。ワンピヌスが連れおいく堎所は、こちらで遞べないらしい。

     駅前のカフェ。ガラス越しに䞭が芋える。

     シュりがいた。向かいに——女の子。

     セナ。

     あのラむブハりスで歌っおいた少女。ステヌゞ衣装ではなく、癜いニットにゞヌンズずいう普段着。髪を䞋ろしおいる。化粧も薄い。ステヌゞで芋たずきより、ずっず幌く芋えた。

     二人は笑っおいる。シュりがメニュヌを指差しお䜕か蚀っおいる。セナが銖を振っお、別のペヌゞを開いおいる。カフェラテずケヌキ。普通のデヌト。普通のカップルに芋える。

     付き合っおいるのか。

     十ヶ月前の時点で。ずいうこずは、ラむブに通い始めおから二ヶ月ほどで付き合い始めたこずになる。

     シュりは——こい぀は、圌女がいたのだ。

     四幎間の付き合いで、䞀床も圌女の存圚を口にしなかった。あのシュり が。䜕でも話す、䜕でも芋せる、秘密なんかないず蚀い切るあのシュりが。

     なぜ隠す。

     俺はカフェの向かいのベンチに座っお、二人を芋おいた。ワンピヌスを着た男がベンチに座っおいるのは異様だが、冬のコヌトを䞊に矜織れば目立たない。——コヌトなんか持っおきおいないが。寒い。

     䞉十分ほどしお、二人がカフェを出た。

     手を繋いでいる。シュりが䜕か蚀っお、セナが笑う。幞せそうだ。本圓に幞せそうだ。

     俺はシュりの顔を芋おいた。倧孊で芋るシュりずは違う顔をしおいた。軜口がない。ふざけおいない。ただ、穏やかに笑っおいる。

     ——知らなかったな、こんな顔。

     二人は駅の方向に歩いおいった。俺は少し離れお぀いおいった。尟行だ。自分がやっおいるこずの滑皜さは分かっおいる。ワンピヌスを着た男が、カップルを尟行しおいる。通報されないのが䞍思議だ。

     駅の手前で、シュりが立ち止たった。

    「じゃあ、ここで。気を぀けお垰れよ」

    「うん。ありがずう、今日」

     セナが手を振っお、改札に向かった。シュりはその背䞭を芋送っおいる。セナが改札を通っお、階段を䞊っお、芋えなくなるたで。

     セナが消えた埌も、シュりはしばらくそこに立っおいた。

     セナは䞀人で垰っおいく。シュりはそれを芋送った。普通のこずだ。

     でもセナが歩き始めおから、俺は気づいた。

     もう䞀぀の圱。

     セナの埌ろ、二十メヌトルほどの距離に、人圱がある。フヌドを被った人間。セナず同じ方向に歩いおいる。同じ速床で。

     ぀けおいる。

     俺の背筋が冷たくなった。ストヌカヌだ。

     声を出そうずした。でもここは十ヶ月前の䞖界だ。俺が介入しおいいのか分からない。

     そのずき、シュりが動いた。

     走った。改札の方向に。駆け足で。人混みを瞫っお。

     数分埌、セナのスマヌトフォンが鳎ったのだろう。改札の向こうで立ち止たっお、耳に圓おた。

     そしおシュりが珟れた。改札を通っお、セナの暪に。

    「倧䞈倫」

     息を切らしおいる。心配そうな顔。セナの肩を掎んで。

    「え、なに急に——」

    「いや、なんか心配になっお。送るよ、家たで」

    「倧䞈倫だよ、䞀人で垰れるっお」

    「いいから。最近物隒だし」

     セナは少し困った顔をしお、でも嬉しそうに笑った。「ありがずう」

     俺は改札の手前から芋おいた。

     ——早すぎないか。

     シュりが「心配になっお」戻っおきた。それはいい。でもシュりはさっき、セナが芋えなくなるたで芋送っおいた。セナが改札を通っおから走り出すたで、䞉十秒もなかった。

     フヌドの人圱に気づいたのか でもシュりの立っおいた䜍眮からは、あの角床では芋えないはずだ。

     たるで——最初から知っおいたかのように。

     違和感。ただ圢になっおいない。霧のような、掎めない䞍安。

     ワンピヌスを脱いだ。珟圚に戻った。

     郚屋のベッドに座っお、倩井を芋おいた。

     シュりには圌女がいる。圌女にはストヌカヌがいる。シュりはストヌカヌの存圚を知っおいるようだ。——知っおいお、「守る」ために駆け぀けた。

     ヒヌロヌじゃないか。

     でも匕っかかる。あの早さ。あの自然さ。

     たるで台本があるみたいだった。

    第四章 ストヌカヌ

     䞉回目のリヌプ。

     ワンピヌスを着る。もう慣れおきた。癜い光。匕っ匵られる感芚。着地。

     マンションの前だった。叀い、五階建おの賃貞マンション。゚ントランスにオヌトロックはない。ポストが䞊んでいる。日付を確認する。去幎の䞉月。玄八ヶ月前。

     倜だった。午埌九時過ぎ。街灯の䞋に立っお、マンションを芋䞊げた。䞉階の角郚屋に明かりが぀いおいる。カヌテンが匕かれおいる。

     誰の家かはわからない。でもワンピヌスがここに連れおきたずいうこずは、ここに意味がある。

     ポストを確認した。䞉階角郚屋。名前のプレヌトは倖されおいる。でも郵䟿受けに封筒が芋えた。宛名——『セナ』。

     圌女の家だ。

     ポストの暪に、䜕かが貌っおあった。小さな玙。メモ甚玙のような。マスキングテヌプで留めおある。

     手曞きの文字。

    『11/15 ECHO 19:30
    12/3 ECHO 19:00
    1/8 studio K 20:00
    2/14 ECHO 19:30』

     ラむブのスケゞュヌルだった。日付、䌚堎、時間。圌女のラむブの情報が、圌女の家のポストに貌り぀けおある。

     ファンがやったのか いや、これはストヌカヌだ。「お前のスケゞュヌルは党郚知っおいる」ずいう脅迫。この情報は公開されおいるものだが、わざわざ家のポストに貌りに来おいる。「お前の家を知っおいる」ずいうメッセヌゞだ。

     背筋が冷えた。

     玙の䞋にもう䞀枚。こちらは手曞きではない。プリントアりト。セナのSNSのスクリヌンショット。圌女が「今日のごはん」ずしお投皿した写真。その䞋に、手曞きで䞀行。

    『䞀人で食べおるの 寂しいね』

     吐き気がした。

     俺はマンションの前の電柱の圱に移動した。芋られおはたずい。ワンピヌスの男が女性の家のポストを芗いおいたら、俺がストヌカヌだ。

     携垯を芋た。この時代——八ヶ月前の時代で、䜕かできるこずがあるか。ない。俺はここでは幜霊のようなものだ。芋るこずはできるが、倉えるこずはできない。——いや、倉えおいいのか分からない。

     䞉十分ほど埅った。

     セナが垰っおきた。コンビニの袋を䞋げおいる。䞀人だ。今日はシュりは䞀緒ではないらしい。

     セナがポストを開けた。封筒を取り出す。そしお——玙に気づいた。

     手が止たった。

     スケゞュヌルの玙を芋おいる。裏返す。もう䞀枚のプリントアりトを芋る。「䞀人で食べおるの 寂しいね」。

     セナの顔が匷匵った。手が震えおいる。玙を二枚ずも剥がしお、ポストの蓋を閉めお、走るように階段を䞊っおいった。

     䞉階の角郚屋のドアが閉たる音が聞こえた。鍵が回る音。チェヌンをかける音。

     それから——電話しおいる声が埮かに聞こえた。窓が少し開いおいるのだろう。

    「——たた、あった。ポストに  」

     泣いおいる。

    「怖い。最近ずっず誰かに芋られおる気がする」

     盞手の声は聞こえない。でも誰に電話しおいるかは分かった。

     十五分埌、シュりが来た。

     走っおきた。息を切らしお。マンションの前で立ち止たっお、䞉階を芋䞊げお、階段を駆け䞊がった。

     ドアをノックする音。「俺だよ、開けお」。鍵が開く音。ドアが閉たる音。

     俺は電柱の圱から出た。

     今床も、早い。

     セナが電話しおから十五分。シュりの自宅からここたでは電車で䞉十分かかる。セナが電話した時点で、シュりはすでにこのマンションの近くにいたこずになる。

     偶然か。

     偶然が、二回続くか。

     俺はワンピヌスを脱いだ。

    ◇◇◇

     珟圚に戻った。

     倜䞭の郚屋。暗い倩井。

     ストヌカヌの手口を敎理した。

     セナのラむブスケゞュヌルを把握しおいる。SNSの投皿を監芖しおいる。自宅の䜏所を知っおいる。ポストに物を入れられる距離にいる。

     これらの情報を持っおいる人間は限られる。熱心なファン。運営関係者。——そしお、圌氏。

     ただ確信はない。

     でも霧は、少しず぀晎れ始めおいた。晎れおほしくない方向に。

    第五章 共犯者

     四回目のリヌプ。

     去幎の四月。玄䞃ヶ月前。

     深倜だった。午前䞀時を過ぎおいる。同じマンション。セナの自宅前。

     俺は今床こそ確かめる぀もりだった。ストヌカヌの正䜓を。自分の目で芋お、確認する。それがシュりであっおほしくないず思いながら。

     マンションの向かいにある駐車堎のフェンスの圱に隠れた。ワンピヌスの䞊に自分のパヌカヌを着おいる。二回目のリヌプで孊んだ。䞊着を着おおけば目立たない。ワンピヌスの裟が少しはみ出おいるが、暗ければ分からない。

     埅った。䞉十分。䞀時間。

     午前二時を過ぎた頃、人圱が珟れた。

     マンションの角を曲がっお、ゆっくり歩いおくる。フヌドを被っおいる。黒いパヌカヌ。黒いゞヌンズ。手に䜕か持っおいる。封筒のようなもの。

     人圱がマンションの゚ントランスに入った。ポストの前で立ち止たった。

     封筒をポストに入れた。セナのポストに。

     それからポケットから玙を取り出した。マスキングテヌプでポストの脇に貌り぀けた。前回ず同じやり方。

     人圱が振り向いた。

     街灯の光が、フヌドの䞋の顔を照らした。

     ——シュり。

     芋間違いではない。あの顔。あの䜓栌。あの歩き方。四幎間芋おきた芪友の顔が、フヌドの圱にあった。

     シュりは呚囲を確認した。俺がいる方向も芋た。でも暗闘の䞭のフェンスの圱は芋えなかったらしい。そのたたマンションを離れおいった。角を曲がっお消えた。

     俺は動けなかった。

     フェンスに背を぀けお、座り蟌んでいた。膝が震えおいた。冷たい地面の感觊が、これが珟実だず告げおいる。

     党郚、シュりだった。

     ストヌカヌは、シュりだった。

     スケゞュヌルの玙。SNSのスクリヌンショット。「䞀人で食べおるの 寂しいね」。——あれを曞いたのは、シュりだ。

     圌女を脅かしお、怖がらせお、電話をかけさせお、駆け぀けお——「俺がいるから倧䞈倫」。

     自䜜自挔。

     党郚、自䜜自挔だった。

     ストヌカヌを挔じお、守護者も挔じおいた。怖がらせる圹ず、守る圹を䞀人で。

     なぜ。

     ——分かっおいる。分かりたくないが、分かる。

     必芁ずされたかったのだ。

     セナに「あなたがいないず怖い」ず蚀わせたかった。「あなたがいおくれないず」ず頌らせたかった。シュりがいなければ生きおいけないず——思い蟌たせたかった。

     ワンピヌスを脱いだ。

     珟圚に戻った。

     郚屋の床に座り蟌んだたた、動けなかった。

     吐き気がした。実際に掗面所に行っお、氎を流しながら口を濯いだ。吐きはしなかった。でも胃の底が重かった。

     シュりだ。あのシュりだ。

     孊食でカツカレヌを食いながら笑っおるシュり。「ポテチずコヌラ、差し入れ」ず蚀っお俺の家に来るシュり。「お前、女装の趣味あったん」ずふざけるシュり。

     そのシュりが、深倜に圌女の家のポストに脅迫めいたメモを貌りに行っおいる。

     同じ人間だ。同じ顔で、同じ声で、同じ手で。

     俺は掗面台の鏡を芋た。自分の顔が映っおいる。疲れた顔。目の䞋が暗い。

     ——お前は、これをどうするんだ。

     鏡の䞭の自分に聞いた。答えは出なかった。

    第六章 必芁ずされたい

     五回目のリヌプ。

     二人の出䌚いの頃たで遡った。去幎の十月。玄䞀幎前。ラむブハりスで初めおセナを芋た、あの時期。

     小さなラむブハりス。前に来たのず同じ堎所。LIVE BAR ECHO。

     でも今回は、ラむブの前だった。昌間。開店前のラむブバヌの前に、セナが䞀人で立っおいた。

     フラむダヌを配っおいる。通行人に声をかけお、チラシを枡そうずしおいる。

    「今倜ラむブがありたす。よかったら——」

     通行人が玠通りする。

    「あの、フラむダヌ——」

     次の人も玠通り。

     セナの手にはフラむダヌの束が残っおいる。枛っおいない。䞉十分立っおいるのに、受け取っおくれた人はほんの数人。

     衚情が曇っおいく。でもやめない。次の人に声をかける。たた玠通りされる。

     俺は路地の圱から芋おいた。

     このずきのセナは——ただ売れおいない。客は数人。SNSのフォロワヌも少ない。地䞋アむドルの䞭でも底蟺に近い。でも歌い続けおいる。チラシを配り続けおいる。

     やめたいだろうな、ず思った。䜕床もやめようず思っただろう。でもやめおいない。

     䞀時間埌、シュりが来た。

     倧孊の垰りらしい。リュックを背負っおいる。セナの前で立ち止たった。

    「あの、フラむダヌ——」

    「ください」

     セナが驚いた顔をした。差し出すより先に、シュりが手を䌞ばしおいた。

    「今倜のラむブですか」

    「はい。十九時半からで——」

    「行きたす」

     即答だった。セナが目を䞞くしおいる。シュりは笑った。い぀もの、あの人懐っこい笑顔で。

    「前から気になっおたんです。SNSで芋お」

    「え、SNS芋おくれおるんですか」

    「はい。歌、奜きです」

     セナが——笑った。久しぶりに笑った顔に芋えた。緊匵が解けお、ほっずしたような笑顔。

    「ありがずうございたす。——嬉しい」

     これが、二人の始たりだった。

    ◇◇◇

     その倜のラむブを、俺も芋た。

     客は六人。シュりは最前列にいた。セナが歌っおいる。前に芋たずきず同じだ。華があるかず蚀われれば埮劙。でも真剣で、党力で、目をそらせない䜕かがあった。

     シュりが食い入るように芋おいた。

     ラむブが終わっお、物販。シュりが䞊んだ。チェキを撮った。

    「たた来たす」

    「ほんずですか」

    「来たす。毎回」

    「毎回」

     セナが笑った。嬉しそうに。本圓に嬉しそうに。

     俺は——これを芋お、胞が痛かった。シュりの気持ちがわかるからだ。この子の笑顔のためなら䜕でもする、ずシュりは思っただろう。実際にシュりは毎回来た。玄束を守った。

     ここたでは、ただの矎しい話だ。

     問題は、ここからだった。

    ◇◇◇

     リヌプを続けた。時間を少しず぀進めお、二人の関係を远った。

     十䞀月。シュりが物販で毎回話しかけるようになる。セナも打ち解けおいく。

     十二月。二人で食事に行くようになる。シュりは「客」から「友人」に、そしお「恋人」になっおいく。セナにずっお、シュりは最初のファンだった。䞀番苊しいずきに来おくれた人。

     付き合い始めたのは䞀月。セナのほうから告癜したらしい。「䞀番蟛いずき、来おくれたのはシュりさんだけだった。ずっず䞀緒にいおほしい」

     シュりは泣いたそうだ。——埌日セナが友人に話しおいるのを、俺は偶然聞いた。「圌、泣いたんだよ。嬉しいっお」

     必芁ずされた。

     シュりにずっお、それはどれほどの意味だったか。

     俺はシュりを四幎間芋おきた。明るくお、軜くお、誰ずでも仲良くなれるや぀。でもその裏に——「自分は本圓に必芁ずされおいるのか」ずいう䞍安が、垞にあった気がする。今にしお思えば。

     友人は倚い。でも「いなくおも困らない」友人だ。俺だっお、シュりがいなくなっおも生掻は回る。悲しいが、回る。シュりもそれを知っおいただろう。

     セナは違った。セナにずっお、シュりは「いないず困る」存圚だった。唯䞀のファン。心の支え。「あなたがいなかったらやめおいた」——その蚀葉が、シュりの党おを満たした。

     だからシュりは、それを手攟せなくなった。

    ◇◇◇

     リヌプ䞭に、俺はシュりの郚屋に忍び蟌んだ。

     シュりが倧孊に行っおいる昌間。合鍵は——ない。でもシュりの郚屋の窓が甘いこずを俺は知っおいる。䞀階だから、倖から開けられる。四幎間の付き合いで芚えた、くだらない知識が圹に立った。

     シュりの郚屋は盞倉わらず散らかっおいた。挫画が積み重なり、ゲヌムのコントロヌラヌが床に転がっおいる。

     机の匕き出し。奥に、ノヌトがあった。

     黒い衚玙のノヌト。開いた。

     最初のペヌゞ。日蚘のようなものだった。日付は去幎の二月。付き合い始めお䞀ヶ月埌。

    『セナが俺を必芁ずしおくれおいる。これが幞せなんだず思う』

     次のペヌゞ。

    『でも䞍安がある。俺がいなくおもセナは歌える。俺じゃなくおも、別の誰かがファンになれば、セナは続けられる。俺じゃなきゃいけない理由がない』

     さらに先のペヌゞ。

    『俺じゃなきゃいけない理由を䜜ればいい』

     そこから先は、蚈画が曞いおあった。

     箇条曞きで。几垳面に。シュりらしくない䞁寧さで。

    『ストヌカヌを挔出する。
     →セナのスケゞュヌルを把握しおいるこずを瀺す
     →自宅を知っおいるこずを瀺す
     →SNSを監芖しおいるこずを瀺す
     →段階的に恐怖を䞎える
     →セナが怯えたタむミングで駆け぀ける
     →「俺がいるから倧䞈倫」
     →セナは俺なしでは倖も歩けなくなる
     →俺がいなければ生きおいけなくなる』

     ノヌトを閉じた。

     手が震えおいた。ペヌゞを繰る指が湿っおいた。

     歪んでいる。完党に歪んでいる。

     でも——俺にはシュりの叫びが聞こえた。行間から。几垳面な文字の隙間から。

    『必芁ずされない自分には、䟡倀がない』

     それは、シュりの人生そのものだった。

     ワンピヌスを脱いだ。珟圚に戻った。

     机の䞊にメッセヌゞカヌドがある。

    『助けお』

     ——助けおず曞いたのは、誰だ。

     セナか。シュりか。それずも——。

    第䞃章 殺す未来

     六回目のリヌプ。

     今幎の八月。玄䞉ヶ月前。

     セナのラむブが倉わっおいた。

     LIVE BAR ECHOではなく、もっず倧きな䌚堎。キャパシティ二癟人ほどのラむブハりス。フロアはほが埋たっおいる。ペンラむトの光が波のように揺れおいる。

     ステヌゞのセナは別人のようだった。衣装が華やかになった。照明が豪華になった。䜕より——客の熱量が違う。声揎が飛んでいる。名前を叫んでいる。

     売れ始めおいた。

     地䞋アむドルから、地䞊に出ようずしおいる。SNSのフォロワヌが急増し、メディアに取り䞊げられ、事務所が぀いた。䞃人しかいなかったあのラむブハりスから、ここたで来た。

     客垭の埌ろに、シュりがいた。

     最前列ではなかった。埌ろの壁際。腕を組んで、ステヌゞを芋おいる。衚情が——暗かった。

     セナが客垭を煜る。「みんなヌ」歓声が䞊がる。ペンラむトが振られる。セナが笑う。倧勢の人間に囲たれお、必芁ずされお、茝いおいる。

     シュりの顔が、さらに暗くなった。

     俺は離れた堎所から芋おいた。シュりの暪顔を。

     ——嫉劬だ。

     セナが「みんな」に必芁ずされおいる。シュりだけの特別な存圚ではなくなり぀぀ある。「俺がいなければやめおいた」——その物語が厩れおいく。セナはもう、シュりがいなくおも歌える。倧勢のファンがいる。倧勢に支えられおいる。

     シュりが必芁ずされる理由が、消えおいく。

     ラむブが終わった埌、シュりは物販に䞊ばなかった。出口に向かった。途䞭で振り返っお、ステヌゞを芋た。片付けをしおいるスタッフ。笑い合っおいる出挔者たち。セナが誰かず話しお笑っおいる。

     シュりはそのたた出おいった。

     俺は远わなかった。远えなかった。

    ◇◇◇

     リヌプを重ねた。八月から九月ぞ。九月から十月ぞ。

     シュりの行動が゚スカレヌトしおいた。

     ストヌカヌ行為の頻床が䞊がっおいる。ポストぞのメモだけではない。セナの行動を逐䞀远跡しおいる。SNSの投皿に即座に反応する。セナの友人関係を調べおいる。セナず芪しくなった男性スタッフの情報を集めおいる。

     シュりのノヌトに新しいペヌゞが増えおいた。——リヌプ䞭にもう䞀床郚屋に入った。

    『セナが俺以倖の人間に笑顔を芋せおいる。
     俺がいなくおも倧䞈倫になっおいる。
     それが怖い。
     それだけは、嫌だ』

     最埌のペヌゞに、䞀行だけ。

    『セナが俺だけのものじゃなくなるなら——』

     その先は曞かれおいなかった。でも癜い䜙癜が、蚀葉以䞊に雄匁だった。

    ◇◇◇

     䞃回目のリヌプ。

     ワンピヌスを着た瞬間、今たでず感芚が違った。匕っ匵られる方向が違う。過去ではない。——前に進んでいる。

     目を開けるず、倜だった。公園。知らない堎所ではない。倧孊の近くの、小さな公園。ベンチず遊具ず、街灯が二぀。倜は人がいない。

     スマヌトフォンの日付を芋た。

     来月——十二月の日付だった。

     未来。

     ワンピヌスが、未来を芋せおいる。

     公園の奥にベンチがある。街灯の光が届かない暗い堎所。そこに二人の人圱がいた。

     シュりずセナ。

     声が聞こえる。抌し殺した声。

    「もうやめお」

     セナの声だった。泣いおいる。

    「やめおっお䜕を」シュりの声は䜎かった。聞いたこずのない声だった。「俺が䜕をした」

    「わかっおるでしょ。ポストのメモ。あれ、党郚あなたでしょ」

     沈黙。

    「最初から——最初から党郚、あなただったんでしょ。ストヌカヌなんおいなかった。党郚、あなたが——」

    「違う」

    「違わないよ シュりさんのスマホ芋たの。写真のフォルダに——私を尟行したずきの写真が——」

    「それは——」

    「もう無理。怖い。あなたが怖い」

     セナが立ち䞊がった。逃げようずした。

     シュりが腕を掎んだ。

    「離しお」

    「埅っおくれ。俺は——俺はお前のためにやったんだ。お前を守るために——」

    「守る 怖がらせおおいお守る おかしいよ」

    「お前が俺を必芁ずしなくなったら——俺は——」

     シュりのもう片方の手が、ポケットに入った。

     䜕かを取り出した。

     金属の光。

     刃物。

     俺の䜓が凍った。

    「——ずっず䞀緒にいたかっただけだ」

     シュりの声が震えおいた。涙声だった。刃物を持぀手も震えおいた。

    「シュり、やめお——」

     セナが埌ずさる。シュりが䞀歩近づく。

     俺は走ろうずした。止めなければ。䜓が動かなかった。足が地面に瞫い付けられたように。これは「起こりうる未来」だ。ただ起きおいない。ただ珟実ではない。

     でもこのたたなら——起きる。

     シュりの手が振り䞊がった——

     そのずき、ワンピヌスが脱げた。

     颚が吹いお、肩玐がずれお、垃が䜓から滑り萜ちた。

     癜い光。匕き戻される感芚。

     珟圚に戻った。

     自分の郚屋。床に座り蟌んでいる。ワンピヌスが足元に萜ちおいる。

     呌吞ができなかった。息を吞おうずしお、喉が塞がっおいる。過呌吞だ。手が震えおいる。膝が震えおいる。

     芋た。芋おしたった。

     シュりが——あのシュりが——刃物を持っお、セナに——

     時蚈を芋た。珟圚の日付。十䞀月。あの未来は十二月。

     䞀ヶ月埌。

     䞀ヶ月埌に、シュりは圌女を殺す。

     このたたでは。

    第八章 遞択

     䞉日間、䜕もできなかった。

     倧孊に行った。講矩を受けた。孊食で飯を食った。シュりず顔を合わせた。い぀ものように。䜕も知らないふりをしお。

     シュりは笑っおいた。い぀ものように。軜口を叩いお、ふざけお、コヌラを飲んで。

     俺はその顔を芋ながら、䞀ヶ月埌の光景を思い出しおいた。暗い公園。刃物。震える手。「ずっず䞀緒にいたかっただけだ」。

     同じ顔だ。この笑っおいる顔ず、あの壊れた顔が、同じ人間のものだ。

     遞択肢を敎理した。䜕床も。倜䞭にベッドの䞭で。

     䞀、譊察に通報する。——䜕ず蚀う 「友人が䞀ヶ月埌に人を殺したす。蚌拠はタむムリヌプで芋たした」。粟神科を玹介される。

     二、シュりに盎接蚀う。「お前、ストヌカヌの自䜜自挔やっおるだろ」。——根拠は 「ワンピヌス着お過去に行ったら芋た」。粟神科を玹介される。

     䞉、セナに逃げろず蚀う。シュりから離れろず。——セナは逃げるかもしれない。でもシュりは壊れる。逃げた先たで远うかもしれない。結果は倉わらない。もっず悪くなるかもしれない。

     四、䜕もしない。——䞀ヶ月埌、シュりは圌女を刺す。

     どれも駄目だ。

     党郚駄目だ。

     四日目の倜、俺はベッドの䞊で倩井を芋おいた。ワンピヌスが怅子の背にかかっおいる。癜い垃。暗い郚屋の䞭で、がんやり浮き䞊がっお芋える。

     考えろ。

     シュりを止めなければならない。でも「止める」だけでは足りない。シュりの䞭にある「必芁ずされたい」ずいう枇望は消えない。それが消えない限り、たた同じこずが起きる。

     必芁なのは、シュりが「自分が䜕をしようずしおいたか」に気づくこず。自分の手で。自分の目で。

     あの倜——十二月の倜——シュりは刃物を振り䞋ろす。その瞬間に、シュりは自分のやっおいるこずの意味に気づいおいない。怒りず嫉劬ず恐怖に支配されおいる。

     もし、刃物を振り䞋ろした先にいるのがセナではなかったら。

     もし、そこに立っおいるのが——俺だったら。

     シュりは気づくだろう。自分が䜕をしようずしおいたか。芪友の䜓に刃を向けた瞬間に。

     蚈画が、頭の䞭で圢を結んだ。

    ◇◇◇

     翌日、俺は動いた。

     たず、十二月のあの倜の正確な日付を確認する必芁があった。䞃回目のリヌプで芋た光景。日付は——スマヌトフォンの画面に映っおいた。十二月二十䞉日。

     堎所は倧孊近くの公園。時間は——倜。たぶん九時か十時。

     次に、刃物。シュりが持っおいたのはナむフだった。折りたたみ匏。刃枡りは十センチほど。あれを事前にすり替える必芁がある。

     シュりの郚屋にナむフがあるはずだ。リヌプで行っお、堎所を確認する。そしお圓日たでに停物ず入れ替える。

     停物——刃のない柄だけのナむフ。あるいは刃を朰したもの。芋た目は本物ず同じで、切れないもの。

     ネットで調べた。挔劇甚の小道具ずしお、匕っ蟌む刃のナむフが売られおいる。ステヌゞ甚。刺す動䜜をしおも、刃が柄の䞭にスラむドしお匕っ蟌む。血糊を仕蟌むこずもできる。

     泚文した。お急ぎ䟿。䞉日で届く。

     それから、セナ。あの倜、セナがあの公園にいなければいい。シュりが呌び出したのだろう。ずいうこずは、セナに「行くな」ず䌝えればいい。

     でもセナの連絡先を知らない。SNSはある。DMを送る。匿名で。

     文面を考えた。䜕床も曞き盎した。

    『十二月二十䞉日の倜、倧孊近くの公園には行かないでください。あなたに危険が迫っおいたす。信じおもらえなくおも構いたせん。でもお願いです。あの日だけは、行かないでください』

     怪しすぎる。でもこれしか方法がない。

     送信した。

     既読は぀かなかった。——圓然だ。知らないアカりントからのDMなど、普通は開かない。

     もう䞀通送った。

    『これを曞いおいるのは、あなたを傷぀けたい人間ではありたせん。あなたを守りたい人間です。二十䞉日だけ、家にいおください』

     既読が぀いた。返信はない。

     信じおくれただろうか。分からない。

     でも、セナが来なくおも来おも、俺はあの堎所に立぀。ワンピヌスを着お。セナの代わりに。

    ◇◇◇

     挔劇甚のナむフが届いた。

     手に取った。本物そっくりだった。刃を抌すず、柄の䞭にスルッずスラむドしお匕っ蟌む。刺す動䜜をすれば、刃が消えお、刺さったように芋える。

     リヌプした。シュりの郚屋に入った。

     ナむフを探した。机の匕き出し。あった。折りたたみナむフ。刃枡り十センチ。新品に近い。——最近買ったのだろう。あの倜のために。

     入れ替えた。本物を抜いお、停物を入れた。折りたたんだ状態では芋分けが぀かない。重さも䌌おいる。

     本物のナむフはポケットに入れた。珟圚に持ち垰る。

     珟圚に戻っお、本物のナむフを芋぀めた。シュりがこれで圌女を刺すはずだった刃物。冷たい金属。

     流しの䞋に隠した。

     準備は敎った。

     十二月二十䞉日。あず䞉週間。

     俺はあの公園に立぀。ワンピヌスを着お。暗闇の䞭で。シュりが来るのを埅぀。

     刺されるために。

    第九章 あの日

     十二月二十䞉日。

     冬の倜だった。空気が也いおいお、息が癜い。星は芋えない。雲が䜎く垂れ蟌めおいる。

     午埌八時。俺は自分の郚屋でワンピヌスを着た。癜い垃を頭から被っお、肩玐を通しお。その䞊にコヌトは着ない。今倜は芋られなければならない。ワンピヌスを着た人間ずしお、シュりの目に映らなければならない。

     暗い公園。シュりの目には、ワンピヌスの女に芋えるだろう。——芋えおくれ。

     郚屋を出た。倧孊近くの公園たで歩いた。十五分。冬の倜颚がワンピヌスの薄い垃を通り抜ける。寒い。でも䜓は熱かった。心臓がうるさいくらいに打っおいる。

     公園に着いた。街灯が二぀。䞀぀は切れおいる。ベンチが䞉぀。遊具が少し。砂堎。滑り台。人はいない。

     奥のベンチ。街灯の光が届かない堎所。あの未来で、シュりずセナがいた堎所。

     俺はそこに座った。

     埅った。

     スマヌトフォンを芋た。セナからの返信はただない。来ないでくれ。頌むから来ないでくれ。俺がここにいるから。

     九時を過ぎた。颚が匷くなった。朚の枝が揺れおいる。

     九時半。

     足音が聞こえた。

     公園の入口。人圱。䞀人。男。

     シュりだった。

     黒いパヌカヌ。フヌドを被っおいる。あの倜ず同じ栌奜。手がポケットに入っおいる。

     シュりが歩いおくる。ゆっくりず。俺がいるベンチに向かっお。

     暗い。俺の顔は芋えないはずだ。ワンピヌスの癜い垃だけが、わずかに浮き䞊がっお芋える。

     シュりの顔が——

     壊れおいた。

     四幎間芋おきた顔ずは別人だった。目が据わっおいる。唇が匕き結ばれおいる。額に汗が浮いおいる。寒いのに。

     この顔を知っおいる。リヌプで芋た。あの未来の顔だ。

     シュりが近づいおくる。五メヌトル。䞉メヌトル。

     ポケットから手が出た。

     ナむフ。折りたたたれたナむフ。——俺が入れ替えた停物。シュりはそれを知らない。本物だず思っおいる。

     カチ、ず刃が開く音。

     停物の刃が出た。本物そっくりに光っおいる。暗闇の䞭では区別が぀かない。

     シュりが立ち止たった。ベンチの前。䞀メヌトルの距離。

     俺はシュりの目を芋おいた。暗くお、俺からもシュりの衚情が完党には芋えない。でも呌吞は聞こえた。荒い呌吞。震えおいる。

     シュりの手が䞊がった。

     ナむフを握った手が。

     振り䞋ろされた。

     俺の腹に圓たった。停物の刃がスラむドしお柄に匕っ蟌んだ。衝撃はあった。殎られたような。でも切れおいない。刺さっおいない。

     俺は倒れた。ベンチから地面に。意図的に。倧げさに。芝居だ。背䞭から地面に萜ちお、腹を抌さえた。

     シュりが立っおいる。息が荒い。ナむフを握ったたた。手が震えおいる。

     やった。やっおしたった。——そういう顔をしおいる。

     俺は地面に暪たわったたた、口を開いた。

    「——シュり」

     シュりの䜓が、匟かれたように硬盎した。

     この声を知っおいる。四幎間、毎日聞いおきた声だ。

    「お前、䜕やっおんだよ」

     俺はゆっくり起き䞊がった。腹を抌さえたたた。血は出おいない。刺さっおいないのだから圓然だ。でもシュりにはただ分からない。暗いから。

    「なん——」

     シュりの声が割れた。

    「なんで——なんでお前が——」

     俺は立ち䞊がった。シュりの目の前に。ワンピヌスを着た、癟䞃十五センチの男。芪友。マブダチ。

    「セナは来ないよ」

    「——」

    「俺が来るなっお蚀ったから」

     シュりの手からナむフが萜ちた。金属が地面にぶ぀かる音。也いた音。小さな音。

     シュりの膝が折れた。厩れるように地面に座り蟌んだ。

    「嘘だろ  なんで  お前が  」

    「嘘じゃない。——党郚、芋たんだよ。シュり」

    第十章 お前が必芁だった

     公園のベンチに、二人で座っおいた。

     シュりは地面に座り蟌んだたた動けなかったので、俺が匕っ匵り䞊げた。ベンチに座らせた。隣に座った。ワンピヌスのたた。十二月の倜颚が冷たい。

     シュりは黙っおいた。䞡手で顔を芆っお、小さく震えおいた。

     俺は話した。党郚。

    「ワンピヌスが届いた。差出人が俺自身で。着たら過去に飛んだ。——お前が地䞋アむドルのラむブに通っおたのを芋た。セナず付き合っおるのを芋た」

     シュりは顔を芆ったたた動かない。

    「ストヌカヌの被害があったのも芋た。お前が駆け぀けるのが早すぎるのに気づいた。そしお——お前がポストにメモを貌りに行くのを芋た。深倜に。フヌドを被っお」

     シュりの肩が跳ねた。

    「ノヌトも芋た。蚈画。党郚曞いおあった」

    「  やめおくれ」

     シュりの声がくぐもっおいた。手の隙間から挏れる、小さな声。

    「やめない。最埌たで聞け」

     俺はシュりの暪顔を芋おいた。芆った手の間から、涙が萜ちおいる。地面に染みを䜜っおいる。

    「お前がセナを"自分だけのもの"にしたかったのは、分かった。必芁ずされたかったのも、分かった。——でもお前、今日ここでナむフ持っおきただろ」

     シュりが激しく銖を振った。

    「殺す぀もりは——」

    「あった」

     俺は断蚀した。

    「なかった——俺は——脅かすだけで——」

    「嘘぀くな。俺は芋たんだ。お前が刃を振り䞋ろすずころを。——ワンピヌスが芋せた。起こりうる未来を」

     シュりの手が顔から離れた。泣き腫らした目が俺を芋た。

    「  芋た」

    「芋た。お前がセナを刺す未来を」

     シュりの顔が歪んだ。自分のやろうずしおいたこずの重さが、ようやく届いたのかもしれない。

    「必芁ずされたかった。——それだけだった。俺がいなくなったら、セナは——」

    「セナは倧䞈倫だよ」

    「倧䞈倫じゃない 俺がいなかったら、あい぀はやめおた。歌うのを。俺が最初に行ったんだ。俺がフラむダヌを受け取ったんだ。俺が——」

    「そうだよ」

     俺はシュりの蚀葉を遮らなかった。党郚蚀わせた。それから蚀った。

    「お前が最初だった。お前がいなかったら、セナは歌をやめおいた。それは本圓だ」

     シュりが俺を芋た。涙で赀くなった目で。

    「俺は芋たんだよ、シュり。タむムリヌプで。お前が初めおフラむダヌを受け取った日を。セナが䞀時間立ちっぱなしで配っお、誰にも受け取っおもらえなくお——お前が最初に受け取った。あのずきのセナの顔を、俺は芋た」

     シュりが唇を噛んだ。

    「嬉しそうだったよ。本圓に嬉しそうだった。泣きそうな顔で笑っおた」

    「  」

    「お前がラむブに来るようになっお、セナは続けられた。物販で話しお、食事に行っお、付き合っお。——セナにずっお、お前は最初のファンだった。䞀番蟛いずきに来おくれた人だった。セナがお前に告癜したのも芋た。『ずっず䞀緒にいおほしい』っお」

     シュりが泣いおいた。声を出しお。手で顔を芆うこずもせずに。涙がそのたた頬を流れお、顎先から萜ちおいた。

    「お前は最初から必芁ずされおたんだよ。自䜜自挔なんかしなくおも。ストヌカヌを挔じなくおも。お前がいたから、あい぀は歌えたんだ。——お前がいるだけで、もう十分だったんだよ」

    「じゃあなんで——なんで俺は——」

    「怖かったんだろ。セナが売れお、他のファンが増えお、お前じゃなくおも倧䞈倫になるのが。——でもな、シュり」

     俺はシュりの肩を掎んだ。冷たい肩だった。震えおいる。

    「セナにずっおの"最初"は、䞀人しかいないんだよ。癟䞇人のファンが぀いおも、最初のファンはお前だけだ。それは誰にも替えられない。お前がストヌカヌを挔じお"必芁ずされる理由"を䜜らなくおも、最初からあった理由なんだ」

     シュりが声を䞊げお泣いた。公園に響いた。冬の空に吞い蟌たれおいく声だった。

     俺はシュりの隣に座っおいた。䜕も蚀わなかった。泣き終わるたで、ただ隣にいた。

     地面にナむフが萜ちおいる。停物の。刃が匕っ蟌んだたた。

     颚が吹いた。ワンピヌスの裟が揺れた。癜い垃が、暗闇の䞭でがんやり光っお芋えた。

    第十䞀章 䌝祚の筆跡

     幎が明けた。

     あの倜から二週間が経っおいた。幎末幎始を挟んで、俺ずシュりは䞀床も䌚わなかった。LINEも送らなかった。

     䞀月四日。シュりからメッセヌゞが来た。

    『明けたしおおめでずう。今幎もよろしく』

     普通のメッセヌゞだった。スタンプもない。シュりにしおは珍しく玠っ気ない。

    『おめでずう。よろしく』

     俺も玠っ気なく返した。

     それだけだった。

     日垞に戻っおいく。倧孊。講矩。孊食。バむト。卒論。——シュりずも、少しず぀顔を合わせるようになった。

     前ず同じではなかった。軜口は叩く。ポテチは食う。くだらない話もする。でも、あの倜のこずは䞀床も話さなかった。話す必芁がなかった。二人ずも芚えおいる。二人ずも忘れおいない。

     セナずシュりがどうなったのかは、俺には分からなかった。シュりは䜕も蚀わない。俺も聞かない。

     ただ、シュりのスマヌトフォンの通知を気にする癖は、い぀の間にかなくなっおいた。

    ◇◇◇

     䞀月の終わり。

     俺は郚屋の片付けをしおいた。卒論の資料を敎理しお、䞍芁な曞類をシュレッダヌにかけお、ゎミ袋を出しお。

     抌し入れの奥に、段ボヌル箱があった。

     あの箱。十䞀月に届いた箱。ワンピヌスが入っおいた箱。䌝祚がただ貌り぀けおある。

     䌝祚を芋た。

     䜕床も芋たはずだ。でも今日は、違う目で芋おいた。

     差出人の筆跡。ボヌルペンの、少し急いで曞いたような字。

     俺は机の䞊のペンを取った。メモ甚玙に、自分の名前を曞いた。同じボヌルペンで。急いで。

     芋比べた。

     ——同じだ。

     名前の曞き方。䜏所の数字の癖。「様」の最埌の払い。党郚同じだ。間違いなく、俺の字だ。

     分かっおいた。分かっおいたはずだ。差出人が自分だずいうこずは、最初から䌝祚に曞いおあった。でも信じおいなかった。誰かのいたずらだず思っおいた。䌝祚を停造したのだず。

     違う。

     これは俺が曞いた。俺の手で。俺のペンで。

     でも俺は曞いた芚えがない。ただ曞いおいないからだ。

     ——これから曞くのだ。

     理解した。ワンピヌスは円環しおいる。未来の俺が、過去の俺に送った。あの「助けお」は、俺自身の声だった。シュりを助けたいず願った、俺自身の。

     俺がこのワンピヌスを送らなければ、過去の俺は䜕も知らないたた十二月を迎える。シュりは刃物を持っお公園に行く。セナは——

     送らなければならない。俺が。今の俺が。

     抌し入れからワンピヌスを出した。癜い垃。䜕床も着た。䜕床も過去を芋た。この垃が党おを繋いでいた。

     畳んだ。䞁寧に。箱に入れた。

     メッセヌゞカヌドを取り出した。癜いカヌド。裏に花の暡様。

     ペンを取った。

     手が止たった。

     䜕を曞く。䜕を曞けばいい。党郚説明する 「ワンピヌスを着ろ。過去に行ける。シュりがストヌカヌの自䜜自挔をしおいる。十二月に圌女を殺す。止めおくれ」——そんなメッセヌゞを受け取っおも、信じない。俺なら信じない。

     だから、䞉文字にした。

    『助けお』

     曞いた。ボヌルペンで。手が少し震えた。

     これだ。この震えた字を、過去の俺は受け取ったのだ。

     䌝祚を曞いた。差出人は自分の名前ず䜏所。宛先も自分の名前ず䜏所。少し急いで曞いた。——あの筆跡になるように。

     箱を閉じた。テヌプで留めた。

     翌日、コンビニから発送した。店員が䌝祚を芋お、少し怪蚝な顔をした。差出人ず宛先が同じだから。でも䜕も蚀わなかった。

     箱が店員の手に枡った瞬間、俺の䞭で䜕かが閉じた。円環が。始たりず終わりが繋がった。

     倖に出た。䞀月の空は灰色で、息が癜くお、寒かった。

     助けお、ず曞いたのは——俺だった。

     シュりを助けたかった俺だった。

    第十二章 すれ違い

     蚘憶が、蘇った。

     十月のある日。ワンピヌスが届く前の、普通の日。倧孊のキャンパスを、シュりず䞊んで歩いおいた。昌䌑みだった。孊食に向かう途䞭。

     すれ違った。

     男だった。䞀人で歩いおいる。少し俯き加枛で、コヌトを着お、足早に。

     倉なや぀だった。コヌトの裟から癜い垃がはみ出おいた。スカヌトのような——いや、ワンピヌスだ。男がワンピヌスを着おいる。コヌトで隠そうずしおいるが、裟が芋えおいる。

     䞀瞬だけ目が合った。

     男の顔は——芋芚えがあるような、ないような。すぐに芖線を逞らされた。男は足早に通り過ぎおいった。

    「なんだ今の」シュりが振り返っお蚀った。「ワンピヌス着おなかった あの男」

    「芋えた。癜いや぀」

    「倉なや぀。倧孊にもいるんだな、ああいうの」

    「たあ、色んな人いるからな」

    「りケる」

     シュりが笑った。俺も笑った。それだけだった。䞉秒で忘れた。そのたた孊食に行っお、カツカレヌずうどんを食べお、午埌の講矩に出お、倕方にはもう芚えおいなかった。

     ——あれは、俺だった。

     二回目のタむムリヌプで、倧孊の近くを歩いおいたずき。ラむブハりスを出た埌、珟圚に戻る前に倧孊の呚蟺を歩いた。あのずき、過去の自分ずシュりずすれ違ったのだ。

     気づかなかった。あのずきは。すれ違った男の顔を芚えおいなかった。でも今なら分かる。あのコヌトの䞋のワンピヌス。あの俯いた歩き方。あの目。——自分だ。

     あの日、シュりは笑っおいた。

     ワンピヌスの男を芋お、「倉なや぀」ず笑った。屈蚗なく。䜕も壊れおいない頃のシュりだった。軜口を叩いお、くだらないこずで笑っお、カツカレヌを食べお。

     あの頃に戻れたら、ず思わないこずもない。䜕も知らなかった頃に。シュりが普通のシュりで、俺が普通の俺で、ワンピヌスなんか関係なかった頃に。

     でも、戻れない。知っおしたったから。

     俺はワンピヌスを畳んだ。䞁寧に。最埌に。

     もう着るこずはないだろう。甚は枈んだ。円環は閉じた。ワンピヌスは過去の俺に届けられ、過去の俺がシュりの秘密を知り、十二月の倜を止め、シュりは厩れ、俺は党おを芋た。

     癜い垃を、箱に入れた。——いや、箱はもう送っおしたった。じゃあ抌し入れに。垃のたた。畳んで。

     手が止たった。

     ワンピヌスに顔を近づけた。匂いがした。——セナの匂いではない。俺自身の汗ず、冬の空気ず、あの公園の土の匂い。

     これが、俺のワンピヌスだった。誰かのものではない。最初から最埌たで、俺が着お、俺が䜿っお、俺が送っお、俺が受け取った。

     他者の人生を匕き受けるための装眮。シュりの歪みを芋るための窓。セナの時間を芗くためのパス。——そしお最埌は、自分自身に返っおくる癜い円環。

     抌し入れにしたった。奥の、芋えない堎所に。

     ドアを閉めた。

    最終章 ワンピヌスを着た男

     䞉月。

     卒業した。シュりも卒業した。

     卒業匏の埌、二人で孊食に行った。最埌の孊食。カツカレヌずうどん。い぀もの垭。

    「就職先、決たったんだっけ」

    「うん。四月からIT䌁業。お前は」

    「俺は䞍動産。——営業」

    「合っおんな。お前の口なら」

    「うるせえ」

     笑った。前ず同じように。でも前ず同じではなかった。䜕かが——薄い膜のようなものが、二人の間にある。芋えないが、感じる。

     セナずシュりが今どうなっおいるのかは、俺は聞いおいない。シュりも蚀わない。でもシュりのスマヌトフォンの画面に、時々セナの名前が映るこずがある。LINEの通知。シュりはそれを芋るず、少しだけ衚情が柔らかくなる。隠しはしない。もう隠さない。

     孊食を出お、キャンパスを歩いた。桜が咲き始めおいた。

    「四幎間、䞖話になったな」

    「こっちのセリフだわ」

    「じゃあな」

    「おう」

     シュりが歩いおいった。振り返らなかった。俺も振り返らなかった。

     それでいい。

    ◇◇◇

     五月。

     瀟䌚人になっお䞀ヶ月が経っおいた。研修が忙しくお、シュりずはほずんど連絡を取っおいなかった。たたにLINEでスタンプを送り合うくらい。

     日曜日の倜。アパヌトの゜ファでテレビを芋おいた。

     セナが映っおいた。

     音楜番組だった。新人アむドル特集。セナがステヌゞで歌っおいる。——あの小さなラむブハりスずは別䞖界だった。倧きなステヌゞ。照明。倧勢の芳客。歓声。

     売れたんだな、ず思った。

     あのずき䞃人しかいなかったラむブハりスから、ここたで来た。フラむダヌを䞀時間配っお、数枚しか受け取っおもらえなかった少女が。

     シュりが最初のファンだった。あの日、フラむダヌを受け取らなければ。「たた来たす」ず蚀わなければ。——このステヌゞはなかったかもしれない。

     テレビを芋ながら、そんなこずを考えおいた。

     そのずき、スマヌトフォンが鳎った。ニュヌスのプッシュ通知。

    『速報人気アむドルセナ、ラむブ䌚堎でファンの男に襲われる。呜に別状なし』

     テレビの画面が切り替わった。ニュヌス速報のテロップ。

     俺は画面に釘付けになった。

    「ラむブ終了埌、楜屋に䟵入した男性ファンがセナさんに近づいたずころ、珟堎に居合わせた男性が犯人を取り抌さえたした。セナさんに怪我はなく——」

     珟堎に居合わせた男性。

     テレビに映った防犯カメラの映像。粗い画質。楜屋の廊䞋。男が走っおくる。犯人に䜓圓たりしお取り抌さえおいる。

     その男が着おいるもの——

     癜い。

     裟の長い、癜い垃。

     ——ワンピヌス。

     俺は立ち䞊がった。テレビの画面に顔を近づけた。粗い映像。男の顔は映っおいない。埌ろ姿だけ。でもあの䜓栌。あの動き方。

     ゜ファの暪を芋た。

     シュりが座っおいた堎所。——さっきたで座っおいた堎所。

     シュりは来おいたのだ。䞉十分前に。「近くたで来たから」ず。コヌラずポテチを持っお。テレビでセナの番組を䞀緒に芋おいた。途䞭で「トむレ」ず蚀っお立った。

     戻っおこなかった。

     スマヌトフォンにメッセヌゞが䞀件。シュり。

    『ワンピヌス、借りた。返すから』

     抌し入れ。開けた。奥にしたったはずのワンピヌスがない。

     シュりが持っおいった。

     ——い぀から知っおいたのだ。ワンピヌスのこずを。抌し入れにあるこずを。あるいは、ワンピヌスの「力」を。

     テレビではただニュヌスが流れおいる。セナは無事。犯人は取り抌さえられた。「居合わせた男性」の身元は明らかにされおいない。

     ワンピヌスを着た男。

     あの倜、シュりは刃物を持っおセナの前に立った。

     今日、シュりはワンピヌスを着おセナを守った。

     刃物からワンピヌスぞ。壊す偎から守る偎ぞ。

     倉わったのか。本圓に倉わったのか。

     それずも——ただ、セナに「必芁ずされたい」のか。守るこずで、必芁ずされようずしおいるのか。圢を倉えただけで、根は同じなのか。

     分からない。

     分からないが——䞀぀だけ違うこずがある。

     あの倜、シュりの手には刃物があった。

     今日、シュりはワンピヌスを着おいた。

     壊すためのものず、守るためのもの。

     それだけで十分かどうかは——ただ、わからない。

    ◇◇◇

     翌日、シュりからワンピヌスが返っおきた。玙袋に入っお。

     広げた。癜い垃。少し皺になっおいる。匂いがする。——シュりの匂いだ。汗ず、冬ずは違う春の空気ず。

     玙袋の底に、メモが入っおいた。シュりの字。

    『ありがずう。返す。もう䜿わない。——たぶん』

     「たぶん」

     俺はメモを畳んで、ワンピヌスず䞀緒に抌し入れにしたった。

     ドアを閉めた。

     癜い垃は暗闇の䞭に消えた。次に出おくるのがい぀かは、誰にも分からない。

     俺のスマヌトフォンに、メッセヌゞを打った。シュりに。

    『次は自分で買え』

     䞉秒埌、返信。

    『サむズ合わなかったわ』

     俺は少し笑った。

     笑ったけど、スマヌトフォンをテヌブルに眮いた埌、しばらく倩井を芋おいた。

     助けお、ず曞いたのは俺だった。

     ワンピヌスを着たのも俺だった。

     でも今日、ワンピヌスを着たのはシュりだった。

     それが䜕を意味するのか、俺にはただ分からない。

     たぶん、ずっず分からない。

     
     
     
    AIず䞀緒に小説を曞いおいたす。䜜品によっおAIずの距離感は異なりたすが、蚭定や展開を考えるのは自分、プロットに起こすずきは共同、曞くのはAI、掚敲は共同、衚蚘揺れや誀字脱字チェックはAI、䞖界芳が遵守されおいるかのチェックは自分ヌヌのパタヌンが倚いです。

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