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返ってこないやまびこ、ここは東京。

    最近よく行く喫茶店で、僕は500円の会計を現金でどういうふうに出すか、密かに楽しんでいる。

    普通に500円玉一枚で払うか、はたまた100円玉五枚で払うか、それとも1000円で500円のお釣りをもらうか。喫茶店のおばさんに、「今日は500円〜。」とか言ってしまうほどだ。我ながら変なところに楽しみを見つける人間だなと思う。

    この喫茶店を見つけたのは、今からちょうど1ヶ月前ぐらいだったと思う。家から3分くらいの交差点の隅にその喫茶店はぼんやりと居座っていて、最初はその昔ながらの風貌に入ることを躊躇したぐらいだ。

    それでも、なんだかんだで2日に一回は通っていて、もう常連の仲間入りになっている。おばさんからは、「今日もコーヒィー?」と扉を開けると言われる。僕は「今日もコーヒィーで〜。」と返して、お決まりの席に座る。

    内装は普通の喫茶店、という感じで、ベニヤの板のような色をした壁、小さな机が五つほど並んでいて、奥には四人がけの席もある。カウンター席もあるから、意外と席数を考えるとお客さんは入りそうだ。

    コーヒーが来る前に、僕は一本目のタバコを吸い始める。そこへ通い始めたのは、紛れもなく喫煙が可能であるというところが大きい。ちょっと気分を変えたい時に、さくっと30分ほど、ぼやぼやと暑い外を歩いてそこへ向かう日々。

    コーヒーは、ホットだったりアイスだったりする。もちろん自分で選ぶのだが、ほとんどはホットだ。でも最近はどっしりと太陽が空を占めているから、アイスにする時もある。

    そこでの過ごし方を考える時、僕の心は少し俗世から離れて、海へ出たような気分になる。小学生ぐらいの時に行った砂浜で、海の家が並んでいるのを背に、いろんな遊びをしていた頃の記憶と、重なる。純喫茶、という海のような静かな場所で、機会を持たずに絵を描いたり本を読んだりするのが、僕の最近の好きな時間だ。

    一人の時間が好きになったのは、いつからだろうかと、ふと考えた。

    大学生の頃は、誰かと一緒に何かをしていないと生きている感じがしなかったし、会社員になっても、仕事が終わったら人の存在を求めて友達に電話したり、飲みに行ったりしていた。

    それがめっきり、最近は一人の時間しか、1日の中でないほどになった。これを成長というのかはわからないが、心地がいいなと思っている。

    一人で過ごしていると、外の世界が僕の胸に飛び込んでくる。こんちわっす、って言いながら、咲いている花の彩度、仕事の休憩中のサラリーマンの話し声、喫茶店のおばさんの訳のわからない中国語の会話などが、心の中に入り組む。それでも、そのうるささは悪いものではなくて、その一つ一つに物語があると思うと、なんだか嬉しくなる。

    今日、わんこと散歩していたら、昨日は綿毛だったタンポポが、黄色い花を咲かせていた。

    電柱の下のちょっと右端に咲いているその一輪のタンポポは、首を伸ばして道路まで出てくる勢いで咲いていた。なんだ、お前も寂しいのかと声をかけたが、もちろん返事はない。

    話しかけても、返ってこないということは、僕の中で少しずつ大切なことになっている。書いているとき、わんこに話しかけているとき、空を見て今日も青いねと言うとき。全部全部、言葉は僕の心だけに響くだけで、形を変えてこだまはしない。

    それが心地よくて、僕はそういう時間を、つい長く過ごしてしまう。それでもなんだか、一人ではない気持ちになるのは、少し嬉しい。

     
     
    わんこと都内でのんびり暮らす28歳

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