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8歳の私の「ゆいごん」

    「倉庫を整理してたら、あんたの遺言が出てきたで」

    実家の母から届いたLINE。添えられた写真には、物騒なメッセージとは裏腹に、可愛らしいキティちゃんのノートが写っていた。

    そこに書かれていたのは、当時8歳だった私が、精一杯の決意を込めて綴った「ゆいごん」だった。


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    ゆいごん
    私は今から死にます!
    私は1つ心のこりがあります。
    それは、ゲームボーイのことです。
    お兄ちゃんは、私に「やれ!やれ」
    とすすめるのですが、私は、
    やりたい時にやりたいのです。
    バイバイ      ゆうより

    ノートの下部には、天使になった私と、雲の上で私を迎える神様のイラストまで添えられている。8歳の私は、兄からの「ゲームしろ」という圧力に耐えかね、「ゆいごん」を残すことで、この理不尽を昇華しようとしていたらしい。


    ・・・

    ことの始まりは、サンタさんから私に届いたクリスマスプレゼントだった。
    ゲームボーイと共に、ハムスターのキャラクターを着せ替えたり、育成したりするゲームソフトがプレゼントされた。

    当時、我が家には兄のゲーム機が溢れていたが、私専用はそれが初めて。とても嬉しかったことを覚えている。

    しかし私はそのゲームを気に入ってはいたものの、そこまで熱中することはなかった。
    なぜなら、当時の私はとにかく忙しかったのだ。

    物語を妄想しつつ奇抜な服装の女の子の絵を描いてみたり、

    友達と公園で「不良ごっこ」(タバコに見立てたチュッパチャップスを咥えて、「パラリラパラリラ〜」と言いながら遊具の周りを自転車でぐるぐる爆走するという、今振り返ると危ない遊び)をしてみたり、

    友達と持ち寄ったシルバニアファミリーで、病弱な子猫を主人公にしたサスペンスドラマを繰り広げてみたり、

    元々酒屋だった実家の倉庫を秘密基地にして、野良猫を招き入れてミルクを与えてみたり、

    やりたいことがたくさんあった私は、ゲームだけに熱中する訳にはいかなかった。
    3日に1回、30分。そのペースで遊ぶのが、私とゲームのちょうどいい距離感だったのだ。

    しかし、それを面白く思っていなかったのが、2歳上の兄だ。
    ゲームに心酔していた兄は、毎日1分でも、1秒でも長くコントローラーを握っていたい子供だった。

    そんな兄にとって、妹に自分専用のゲーム機が届いたのは、願ってもないチャンスだったはずだ。

    これで仲間が増える。妹も自分と同じようにハマれば、親からの「ゲームやりすぎ!」という小言の矢面に立つのは二人になり、自分への追求も分散されるだろう。そうやって味方につくのを、今か今かと待ち構えていたのだと思う。

    ところが、妹は一向に沼にハマらなかった。
    3日に1回、30分。まるで習い事かのように、行儀よく嗜むだけ。
    そうなると、きょうだいとは残酷なまでに比較されるものである。

    「妹はあんなに節度を守っているのに、あんたは何なん」

    兄の防波堤になるはずだった妹の存在は、あろうことか、兄の依存っぷりを鮮やかに際立たせる比較対象になってしまったのだ。親からの小言は分散されるどころか、以前よりいっそう、兄一人に集中することになった。

    だから兄は私に「ゲームをやれ、やれ」とすすめてきたのだ。

    兄の私への追い込みは執拗だった。

    「せっかくサンタさんがくれたのに、いっぱい遊ばんかったらサンタさんが悲しむやろ」
    「ほんと、冷たいやつやな」

    力でも言葉でも勝てない私に、兄は「正論らしきもの」を振りかざして煽ってくる。

    (ゆうがやりたい時にやるのの、何がいかんが?)

    悔しさが土佐弁で胸に込み上げる。

    (でも、いっぱい遊んだほうが、どっかから見てるサンタさんはよろこぶがかな?)

    (あんまり遊んでないのを知ったら「せっかくプレゼントしたのに」って悲しむんかな?)

    (ゆうはつめたいがかな・・・)

    サンタさんが悲しむと言われたら、自分が悪いような気もしてくる。サンタさんの顔を思い浮かべて、急に自分がひどく冷酷な人間になったような気がする。

    何も言い返せない私は、釈然としない想いを抱え、悔し涙を溜めた目で兄を睨みつける。

    そんな日は、夜な夜なキティちゃんのノートに向かった。

    怒りに任せて鉛筆を走らせる。

    けれど、不思議なことに、書いているうちに「書くこと」そのものが楽しくなってくるのだ。

    「どう書けばこの理不尽さが伝わるだろう?」

    「いっそ私が死ぬ設定にしたら、面白いかも」

    そんな風に企み始めると、いつの間にか、天使の羽をどう描けば可愛くなるか、神様はどんな表情で私を雲の上に迎えるべきか、そんなことで悩み始めている。

    筆圧濃く「ゆいごん」と書き殴っていた頃の怒りは、どこへやら。 ハートと星のキャラクター設定にこだわり始めた頃には、兄のことなんて、もうどうでもよくなっていた。
    書き終えたノートを閉じる。 誰に見せるわけでもない。けれど、そこには妙に清々しい感覚が残っていた。


    ・・・

    あれから四半世紀。私は今年、33歳になる。
    母から送られてきた写真を見つめながら、8歳の「ゆいごん」に刻まれた私の本質が、今も1ミリも変わっていないことに驚いてしまう。

    紙の裏までボコボコにさせる筆圧には、今と変わらぬ意志の強さが。

    「最初にインパクトのある一言を置けば、読んでもらえるはず」という打算には、今では広報としてコンテンツ制作に携わる私のあざとさが。

    納得できないことには、たとえそれが正論を装っていても、首を縦に振らない頑固さが。

    そして何より、自分を襲った理不尽さえも、表現のネタにして面白がってしまう図太さが。

    驚くほど、そのまんまだ。

    32歳、独身、フリーランス。
    そんな私を取り囲む現代の社会には、かつての兄と同じような顔をした「天敵」が、今もそこかしこに潜んでいる。

    「子供は産めるうちに産まないと、後で絶対に後悔するよ」

    「30過ぎて自分のためだけに生きてるって、ちょっと幼稚じゃない?」

    「誰かのために責任負ってこそ、本当の一人前だと思うけどな」

    「将来のために、NISAくらいは当然やってるよね?」


    そういう言葉を向けられるたび、昔の兄の顔がふと浮かぶ。

    「せっかくサンタさんがくれたのに、いっぱい遊ばんかったら悲しむやろ」

    あの時の兄も、きっと必死だったのだろう。妹がゲームにハマってくれたら、自分だけ怒られずに済むから。だから今は、「どうしてそんなことを言うんだろう」と、相手の背景を考えてしまう。

    焦っているのかもしれない。

    自分の選択を、誰かにも肯定してほしいのかもしれない。

    それを想像すると、少し切ない。

    けれど、自分の人生を差し出してまで、誰かを安心させてあげるつもりもない。

    なぜなら、私は今も忙しいのだ。

    一人で海外へ飛び出し、現地の大学に潜り込んでみたり、

    東京にいながら、知らない国の郷土料理で、まだ見ぬ味覚に出会ったり、

    自分のヌードをデッサンしてみたり、

    エッセイ漫画を描いてみたり、

    友人とPodcastで、持論を出し合って笑い転げたり、

    25年経っても、やりたいことで溢れている。

    だから私は今も、やりたくないことは、やりたくない。
    そして、やりたい時に、やりたいのだ。

    バイバイ

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