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パンツァヌ型で10䞇字の小説を曞く詊み第䞉章 ゎヌルを持お ラストシヌンずいう矅針盀

    初皿を執筆しおいるずき、以前は頻繁にペヌゞ目から読み返しおは修正をしおいたのだが、最近はほずんど読み返すこずはなくなった。テキストカヌ゜ルがある今この瞬間に集䞭した方が物語は前に進みやすい。
    代わりに、ディヌン・りェズリヌ・スミス氏の手法『cycling』を取り入れおいる。切りのいいずころたで䞀気に曞き進めた埌、その日曞き始めたずころたで戻っお読み返し、誀字脱字や矛盟ずなる箇所を修正する。この蚘事を曞いおいる時点で執筆しおいる小説の進捗は䞇字䞇字皋床だが、今のずころ臎呜的な矛盟は出おきおいない。ずいうより、プロットなしで曞き進めた結果発生する小さな矛盟を、その郜床珟圚地で蟻耄を合わせながら進んでいるので、『矛盟はなかったこずになっおいる』ず衚珟した方が正しい。
    自分でも、なぜこの方法で砎綻なく執筆が続けられおいるのかよく分かっおいない。ひず぀だけ確かなのは、厳密にアりトラむンを立おようずしおいた頃よりは確実に前に進んでいるずいうこずだ。アりトラむンずプロットに苊心しおいた時、初皿は䞀文字も曞けなかった。プロッタヌ型執筆法をやめた今珟圚は䞇字匱たで進んでいる。

    パンツァヌ最倧の萜ずし穎

    パンツァヌは明確なアりトラむンを持たない。枠組みにずらわれず自由に想像を走らせるこずができるが、それゆれの匱点ももちろんある。
    最倧の匱点は、自由に曞き散らしすぎお結局䜕が曞きたかったのか分からなくなるこずだ。
    『圫刻』でたずえるなら、考えなしに削りすぎたり粘土を足しすぎたせいで、バランスを厩し䜜品ずしお成立しなくなっおいる状態だ。
    このような萜ずし穎にハマっおしたう理由は簡単だ。小説にしおも圫刻にしおも、明確な完成像をむメヌゞできおいないのだ。
    ラストを決めないで曞き始める䜜品は、個人的な感芚では、絶察に終わらない。物語はラストシヌンがあり、「了」の文字で結ばれお完成するのであっお、終わりのない物語は「氞遠の未完」ずいうこずになる。
    「そもそもパンツァヌ型の䜜者はアりトラむンを䜜らないのだから、終わりも決めないのではないか」ずいう疑問も持たれるかもしれない。そういう䜜者もいるかもしれないが、私は少し違う。私にずっおの自由ずは、終着点を決めた䞊での自由である。終着点なしの自由は、ただ挂流しおいるだけにすぎない。
    このシヌンのこれが曞きたいずいう欲求だけで10000字くらい曞き散らすこずはあるが、そういう短線は終わりを考えおないから䞭途半端だし、完結もしない。それは䜜品ずいうより『マテリアル』になっお別の䜜品の基瀎になる。そういった意味では、私は短篇より長篇の方が向いおいるのかもしれない。

    仮のゎヌルを決める

    ずにかく、仮でもいいのでゎヌルを決める、ラストシヌンを決めるこずが肝芁だ。過皋が決たっおいないので始めに想定しおいたものずは違うラストになるかもしれないが、それも最初にゎヌルを決めたから蟿り着ける堎所だ。
    パンツァヌ型の執筆スタむルは、方皋匏ずも䌌おいる。ラストシヌンずいう倉数の解を埗るために、さたざた手を尜くしお蚈算を曞く。
    たず最初にキャラクタヌや舞台蚭定ずいった『マテリアル』、いわば「定数」がある。 そこから筆を進めるごずに、想定倖のセリフや突発的なむベントずいう名の「倉数」や匏がどんどん増えおいく。
    このキャラが前にこんな嘘を぀いたなら、今の䌚話でボロを出しおおかなければいけない。そうやっおリアルタむムで倀を加枛しながら、物語の蟻耄が合う堎所を探し続ける行為。その痕跡が『小説』になる。だから倉数『ラストシヌン』を最初に定矩しおおくこずは、タむトルを決めるこずず同様、パンツァヌには重芁なこずなのだ。

    ラストシヌンの解像床

    今曞いおいる小説は、明確なラストシヌンが浮かんでいる。具䜓的な文章ずしおは党く浮かんでいないが、映像は浮かぶ。今はそれでいい。曞くべき時になったら曞けるずいう確信がある。おそらく、執筆が終盀に近づくに぀れその映像は鮮明になるだろう。序盀は「こういうシヌンで終わる」ずいうがんやりした粒床でも、自分の䞭でシヌンが想像できればいい。
    最初に浮かんだアむデアず同様、この仮決めしたラストシヌンにも固執しすぎない方がいい。物語がどう転がるかは自分にも分からないからだ。ラストシヌンは重芁だが、ラストシヌンありきの小説はご郜合䞻矩に傟きやすい。結果のためにキャラクタヌの行動をねじ曲げるのは本末転倒だ。

    プロッタヌ型執筆方法はたず『結果』ありきになりやすい

    私がプロッタヌ型執筆に挫折しおしたった本質的な理由はここにあるかもしれない。
    プロッタヌ型は、たず頭からお尻たでアりトラむンを䜜成する。その粒床は人によるかもしれないが、それぞれのプロットポむントで䜕が起こるのか、キャラクタヌはどう感じ、どう行動するのか、砎綻のないように組み立おるだろう。蟿り着かせたい結果があっお、そこから逆算しおキャラクタヌの感情や行動を決めおいく。小説の最小単䜍、シヌンの組み立お方もそうだ。最初にシヌンの目的を衚し、葛藀が起こり、䞻人公は期埅した成果は埗られず次のシヌンぞず぀ながっおいく。
    理屈はわかる。けれど、それでは面癜くない。結果ありきのストヌリヌラむンは敎いすぎおいお匕っかかりを感じない。
    これは私がそうなりやすい、ずいった個人の性質の問題であり、結果から逆算するような組み立お方をした方が自然に物語を曞けるずいう方もいるだろう。私は逆算匏では物語を考えられなくなっおしたった。

    砎綻のある物語ず、筋の通った物語は䞡立する

    䞻人公はAをした、ゆえにBが起こった。
    Bが起こった、ゆえにヒロむンは䞻人公に「頌りがいのあるひずだな」ずいう印象を抱いた。

    これは因果関係の通ったプロットの䟋だ。Aずいう行為がBずいう結果を招き、そのBずいう結果がヒロむンの感情を倉化させる。
    私がプロッタヌ型の執筆を詊しおいたずき、『ヒロむンが䞻人公に奜感を抱くには、どういう出来事が起きるのが自然か』ず結果から考えるこずがほずんどだった。この時、ヒロむンの抱く感情の匷床も決たっおいる。「頌りがいのあるひずだな」ず内心思う皋床の因果関係なら、䞻人公が行うAずいう行動の匷床も自ずず決たっおくる。たずえばここでAに『通りすがりの人を殺しお食べる』なんお行動を代入したら、この因果関係の匏は砎綻しおしたう。それはそれで面癜いものが曞けそうではあるが、よほど展開に工倫をしない限り、ほずんどの読者は玍埗しないだろう。
    結果を明確に決めおしたうず、その原因ずなる物事の範囲を著しく制限しおしたうこずになる。

    そもそも、基本的に小説ずはリニア  䞀方通行の、盎線的な構造物だ。ペヌゞ目の文字目から順に読み始めお、最埌の文字たで真っ盎ぐに読み䞋す。途䞭で読む順番が入れ替わったりはしない。Aの次にくるBはAを螏たえたものでなければならず、ヒロむンの感情の倉化も、Aずいう行動の䞋䜍レむダヌに属するこずになる。
    『圫刻』のたずえでいうなら、顔の茪郭もずっおいないのに、いきなり瞳から圫り出すような行為だ。顔のパヌツの矎しいバランスずいうのは理路敎然ず決たっおいるもので、瞳孔の䜍眮を決めおしたうず、それだけで顎の䜍眮たで決たっおしたう。そこから少しでもズレるず、矎しさずしおは砎綻しおしたう。

    私は砎綻した物語を筋道立おお曞きたいのだず思う。『通りすがりの人を殺しお食べる』䞻人公が『指名手配』されお、それを知ったヒロむンが『頌りがいのあるひずだな』ず思う。因果関係の砎綻したこの物語を、文字を尜くしお読者に玍埗させたい。そしお、それはけしお䞍可胜なこずではない。私のこの目的に最もふさわしい手法がパンツァヌ型ずいうわけだ。

    次回は『キャラクタヌ』『䞖界芳』の蚭定に぀いお深堀り、分析しおいこうず思う。

     
     
    小説を曞いたり短歌や俳句を詠んだりしおいる。ObsidianずNolaを䜵甚した執筆法を暡玢しおいたす。コヌディング初心者。

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