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Photo bytohshiro

[短編小説]食欲減退!キマズイ亭

    「あ〜腹へったなぁ〜。」

    金曜夜、仕事終わりの僕は池袋の雑踏を歩いていた。僕の週末のお楽しみは、うまい飯屋を探すことだ。

    池袋には色々な飯屋がある…。
    僕は通りを注意深く、舐めるように店を探す。


    あら、こんな通りあったかしら?

    ふと僕は細い路地に気がついた。
    慣れ親しんだ通りのハズなのに。
    意外と人間の目は節穴だなぁ。

    僕はその路地へ入って行く。
    ギラギラした看板で飾られ、キャッチや酒を片手に歩く若者達の喧騒あふれる通りとは対照的に、点々と電柱の灯りが燈るだけの閑静な路地。
    僕はその通りの奥へと進むと、電柱の灯りと同じくらいのボヤっとした小さな看板が置いてあった。

    「キマズイ亭?」

    あたりを見渡すと、雑居ビルのエントランスの横に地下へ降りる階段があった。階段の下には紫色の木のドアに小さく「キマズイ亭」と書かれた札が付いている。

    なんだか、スナックみたいだなぁ。
    中がなんにも分からない。

    普段スナックなんか行かないけれど、僕は何故か凄くこの店が気になった。最近、先輩がスナック遊びの面白さを語ってくれたからな〜。

    今日はオトナの階段登っちゃうか!
    階段は下りだけど。

    今日は「らしくないこと」をしてみよう!と、
    僕はドキドキしながら
    「キマズイ亭」の扉を開いた。


    「ギィー、ガリガリ」

    もの凄く建て付けが悪い扉が開くと、

    「えっ、明るっ!」

    扉の先には、僕が想像していた湿っぽくて薄暗いスナックとは真逆の、蛍光灯が煌々と光る部屋が広がっていた。
    しかも、バーカウンターではなく、宝くじ売り場みたいなアクリル板に小窓がついたカウンターがある。部屋の中心にカウンター、その左側には黒いレザーのソファー。右側にはもう一つ扉があった。

    なんじゃこりゃ?
    まるで風俗の待合室じゃないか。


    あ!分かった!コンセプト風俗だな〜。
    「キマズイ亭」とかいうんだから、きっと料亭がコンセプトで温泉コンパニオン的な着物美女がご奉仕してくれるんだろう…。

    それはそれで面白そうだけど、僕にはそんなに金は無い。何より性欲より今は食欲だ。
    僕は紫のドアに手をかけて、引き返そうとする。
    しかし、後から「お兄さん!食べてきませんか?」と、呼び止められた。

    振り返ると、カウンターに男性が立っていた。
    銀の縁の丸渕メガネにホテルマンのようなオールバックの40歳くらいの男性。蝶ネクタイに黒のベストという出たちは、この店の雰囲気だとボーイにしか見えない。

    「へ?ここ風俗でしょ?
    まさか、女の子を"食べる"って表現してます?」

    僕はツッコミ混じりで冗談で返した。

    「ハハッ、確かに風俗っぽいかもですね。
    けど、ココは飲食店ですよ。そういう意味の食べるを使うほど、お下劣な店ではないですよ〜。
    まぁコンセプトレストランではありますが…。
    まずはメニューを見てくださいよ!
    きっと気に入りますよ!」

    ウェイター?ボーイ?は、
    笑顔でメニューを差し出す。
    僕は仕方なくメニューをめくる…。
    てか、コンセプトレストランって何?

    「…なになに…。
    『松花堂弁当〜瑞々しさと初々しさを添えて〜』
    『パスタセット〜甘酸っぱい出逢いの香り〜』
    『寿司と天ぷら御膳〜縁もたけなわ別れの味〜』
    なんじゃこりゃ?」

    写真は無く文章だけのメニュー。
    料理自体は無難なものばかりだが、いちいちヘンテコなキャッチコピーがついている。このコピーのせいで無難そうな料理に変な期待が沸いてしまう。

    「店員さんのオススメは?」

    「うーん。初回なら松花堂弁当ですかね。
    割と豪華ですし、この店の持ち味が感じやすいかと。お兄さんみたいな若い人なら尚更。」

    若い人?
    年齢とか関係あるのだろうか?
    こうなったら体験してみるしかないか!
    僕は2500円の『松花堂弁当〜瑞々しさと初々しさを添えて〜』を注文した!


    「はいー。ではあちらの扉を開けてください。
    あの、食べる前に衣装にお着替えお願いします。
    サイズ合わなかったら教えてください。」

    扉を開けるとそこにはロッカーと鏡。
    そして、正面にはまた扉がある。
    まるで更衣室だ。
    僕は荷物をロッカーに入れて、その衣装とやらに着替えた。置いてあったのは青いスーツだ。

    「なんだよー。スーツからスーツへ着替えるの?
    なんかこれ、ピッタリしてて新しい感じだなぁ。」

    レンタル衣装を来た僕は、就活生のようなフレッシュな雰囲気になる。まるで社会人1年目に戻ったような初々しい出たちになっていた。
    このスーツはリクルートスーツだね!?


    「お着替えできたら、
    反対側の扉を開けてください!」

    僕が入ってきた扉からさっきの店員の声がする。
    遂に夕食にありつけるぞ!
    僕はまた扉を開くと、そこにはまた衝撃的な風景が広がっていた!


    そこは、会議場のような雰囲気だった…。

    広い部屋には沢山並べられた長机。
    そして、奥には大きなステージとプロジェクター。
    会場内は僕みたいなスーツを来た若い男女と「スタッフ」と書かれた札をぶら下げた職員がわんさか居る。

    僕の目の前には、
    ホワイトボードに書かれた座席表が。


    え!?
    なんだこのスペース!?
    こんな広い地下室作れる程降りたか?
    大体、汚い雑居ビルだったよね?
    なんか空間が捻じ曲がってないか?


    あまりに突飛な空間の挿げ替えに
    僕は驚きを隠せず、汗を流していると、

    「あ、41番さんですね〜。
    今、ご案内しますよぉ〜。」

    引き攣った笑顔のスタッフらしいおばさんが僕に話かけてきた。僕の胸には「41」と書かれた名札が付けられていた。


    おばさんに着いていくと、
    どうやら僕の席らしいところへ案内される。
    机の上には「キッチンますだ」と書かれた割り箸に安っぽいちらし寿司と、煮付けと天ぷらが乗っかったお弁当が置いてある。

    …あ、松花堂弁当ってコレ?
    オイ、仕出し弁当じゃねぇか!!

    「あの!料理ってこれなんですか?
    2500円でコレなんですか。ねぇ?」

    僕は案内のおばさんに噛み付くが、おばさんは全く僕を相手にせずニコニコしながら去って行った。

    クソー!ぼったくりレストランじゃん!
    折角美味しいものを食べようと意気込んでいたのに、こんな安っぽい弁当を食わなきゃいけないなんて…。僕はイライラしてきた。



    それから、
    僕が嫌そうな顔で弁当を眺めていると、

    「隣、失礼します!」

    と、明るい声が響いた。
    振り返るとそこには、一つ結びにリクルートスーツを来た女の子が立っている。如何にも就活生、新卒さんと言った雰囲気で、ちょっと恥ずかしそうな初々しい笑顔を浮かべている。

    「あ、こんばんは〜。」

    僕が取り敢えず挨拶すると、
    彼女は胸ポケットから名刺を取り出して、

    「西宮フロントテクノロジー株式会社の
    立川まりかと言います!宜しくお願いします!」

    と、明るく元気に名刺を差し出してきた!
    なんだこれ…研修かよ!?

    「あ、頂戴します…。
    僕、株式会社かっぱ橋クックリン生産部の
    速水 亮輔です…あ、名刺は忘れました…。」

    つい僕も挨拶を返してしまう。
    すると、僕の後からまた声がした。

    「速水さん、
    名刺を忘れるなんておっちょこちょいっすね〜。
    俺、島崎商事 営業部の川島 悠人っていいます。
    今日は宜しくお願いしますー!
    同い年同士仲良くしましょ!!」

    「あの…私も名刺いいですか?
    ホームリサーチつばめから来ました。
    相原梨沙子です…宜しくお願いします。」

    茶髪でちょっとチャラそうな営業マンの川島さん。そして、メガネでボブで緊張気味な相原さん。
    みんな会社が違うのね…。



    それぞれ挨拶を終えた後、
    僕達は席に着く。

    「皆さん、研修会はキンチョーしましたよね!
    私、あんな風に挨拶練習したの初めてです!」

    立川さんは席のみんなに話題を振る。

    「マジすか?
    俺、焼肉屋のバイトの頃は毎日あんな感じでしたよ!だから、慣れたモンっすよ〜。」

    「川島さん…めっちゃ声でっかかったです…!
    私は全然だめでした…。」

    「そんな事なかったよ!
    相原ちゃんの挨拶はなんか可愛かった!
    速水さんもそう思わなかった?」

    「は、え!?僕!?
    うん…そうだねぇ…ハハッ。」

    そうか…シチュエーション。
    研修終わりの懇親会だなぁ!?

    この立川さんの話題の振り方!
    なんか話さねーとって喋ってる感!
    うわ…昔こんな研修したなぁ。


    「さぁ、皆さん!今日は研修お疲れ様でした!
    この後は同じ新社会人の仲間達と交流してください!業界の違う人と是非是非仲良くなっちゃいましょー!
    ですが、その前にみんなで『いただきます』しましょうか!!
    みんな、さっきの挨拶練習思い出してェー!!」

    さっきの案内のおばさんが前のステージから、
    大きな声で僕達に呼びかける。
    みんなその声に促されるように立ち上がった。
    僕も遅れて立ち上がり、

    「では、皆さんご一緒に…いただきます!!」

    「いただきます!」

    「あっ…いた、いだだきまぁーす。」

    会場のみんなは腹から声を出したような、
    どでかい声で「いただきます」を言う。
    僕だけ遅れて小さな声だった。


    そして、着席するや否やお弁当タイムが始まる。
    やっと飯!やっと食えるぜ!
    ショボい弁当だけどね…。


    僕はちらし寿司を口に頬張った。
    お味の程は勿論フツー。
    スーパーのお弁当のちょっと良いやつ程度の味。さて!もう一口と思ったら矢先、

    「あの…速水さんも俺と一緒で商社ですよね?
    何取り扱ってんすか?」

    と、川島さんが聞いてきた。

    「あー確かに!
    クックリンって面白い名前ですよね!」

    立川さんも乗ってきて、屈託のない笑顔で僕を見つめる。(ちょっと可愛いと思った)

    「あー。
    調理器具や厨房器具専門の商社なんですよ。
    例えば、レストランやホテルにあるでっかい冷蔵庫とか…小物なら食器やフライパンまで…。
    あと面白いのは、シュウマイ用のせいろとか、テーマパークで使うポップコーンマシンとか!
    結構色々扱ってますよ〜。」

    「スゲー!
    てか、速水さん自社の商品知り尽くしてないすか!?仕事名人じゃないすか!」

    川島さんは大袈裟に驚く。
    そりゃ、4年目だからね。新卒じゃねーし。

    「あの…!川島さんのところは!?」

    立川さんはまた元気に質問する。
    この子、絶対話を止めないようにしてるな?
    多分沈黙が怖いんだろう。

    「ウチは電子部品とかすかねー。
    ただ俺、まだ電気の事全然しらなくて。
    立川さんのフロントテクノロジーは技術系でしょ?何つくってるんすか?」

    「えっと…私の会社は肥料とか、農薬つくってるんです!私…お花が好きなんで、お花の役に立てる仕事がしたかったんですよね〜。
    相原ちゃんのお仕事も教えて!」

    「あ、あの…私のところは名前の通り、
    不動産関係で…。
    王子周辺の住宅なら、任せてください…ね…!」


    こんな具合に会社紹介が続く。
    僕は若いみんな(そんなに変わらねーけど)が一生懸命話すのを蔑ろに出来ずに「うんうん」と相槌を打ちながら聞いてしまう。その間、弁当を食べる手はピタリと止まり、箸は中々進まない…。

    「えーそうなんだぁ。」
    「俺の会社もー。」
    「不動産業界って言うのは…。」

    みんな自分の会社の凄さを伝えたり、自分の中身を大きくしながら、どうにか話が途切れないようにしている…。みんな指の関節が折れるんじゃないかと思う程背伸びしていた。


    初々しいが故の精一杯!
    うわー!!
    絶ミョーに気まずい!!
    あと、弁当の味がしねーよ!!

    一生懸命話す三人の勢いに圧倒され、僕まで、

    「そうなんだねー。不動産も大変だね。」
    「…川島さんはお休みの日は何するの?」
    「立川さんがいると…話しやすいなぁ〜。」
    「お花なら…千葉に博物館があって…。」

    なんて、みんなの顔色を伺いまくって、
    会話のラリーを引き伸ばしてしまっていた。

    嗚呼、あの頃。
    嗚呼、新人時代よ…!!

    味のしない弁当を頬張りながら僕は、「あの頃感じた気まずさ」を久々に体験したのだった。


    「いやー皆さん、盛り上がっているところ大変心苦しいのですが、縁もたけなわ。
    この会もお開きの時間がやってきました!
    では、皆さんお立ちください!
    せーので、ご馳走様でしたをしましょー!!」


    せーの!!

    『ごちそーさまでした!!!』


    僕は気付けば大きな声で「ご馳走様」と叫んでいた。あ〜懐かしい嫌な思い出…。

    そんな風に感じながら、
    僕は目の前のお弁当を見つめる。
    このマスには何が入っていたっけ?
    どんな味だったかな?全然思い出せないや…。
    すると、そんな僕の背中を川島さんがポンと叩く。

    「速水さん!ありがとうございました!
    また、研修一緒だったら宜しくっす〜!」

    「ありがとうございました。
    みんなのお陰で…私なんとか乗り切れました」


    相変わらずぎこちない、定型文の別れの挨拶!

    「いやーありがとうね!
    川島さん、相原さんと一緒に研修出来てよかったです!」


    僕も引き攣った分かりやすい笑顔!
    そして、最後に立川さんが駆け寄って来た。

    「速水さん!今日はありがとうございました!
    ボタニカミュージアム、今度行きます!
    あ、良かったらあとで連絡先教えてくださいね!」


    一番一生懸命な立川さん。
    社交辞令の笑顔なのは分かるけど、なんだか眩しくて可愛いなーと思ってしまう。連絡先知りたいだなんて…気があるのかな!?

    僕がスマホを取り出して
    LINEを起動しようとしたその時、

    「速水さん!本日はありがとうございます!
    ちょっとこちらについて来ていただけますか?」

    と、運営のおばさんが割って入って来た。
    僕はそのまま着いていくと、最初入って来た扉へたどり着いた。

    「あの、お時間です。
    本日はご来店ありがとうございました。」

    と、いきなりおばさんは硬質な挨拶をして、
    深々と頭を下げるのだった。

    え…!?
    あ、そうだった。ここ、レストランだったわ…。


    ガチャリ…。

    「一体なんてモン、食わせてくれたんですか!!」

    リクルートスーツを脱ぎ、扉を開いた僕。
    無機質な蛍光灯が眩しいロビーで蝶ネクタイの店員に僕は掴み掛かった。

    「速水さん、お味はどうでした?」

    「あ、味!?
    そんなモン一切分からなかったですよ!!
    料理を食べに来たんですよ僕は!!
    それなのに何ですか!?
    このトラウマの追体験は!!
    むず痒くなりましたよ!
    あと、さっき立川さんの連絡先聞いてたのに!」

    混乱する僕に店員はニヤニヤしながら、
    諭すようにこう言った。

    「いや〜ご満足頂けて何よりです。
    その『気まずい』がおいしかったでしょう?
    あと、『立川まりか』なんて新卒はいません。
    あれはウチの役者です。
    あなたのちょっとした恋心も、あの一連托生の環境が創り出した吊り橋効果ですよ。
    懐かしいでしょ?」

    「気まずい」を売るレストラン…。
    これがこの店の正体か!
    店内の作り込みや、僕一人のために何人役者を使ったのか、それで2500円は安くないか、みたいな疑問を全部ぶつけたかったが、店員は、

    「で、料理単体ではなく、コンセプト含めた場合…当店のサービスどうでしたか?
    『おいしかった』ですか?」

    と、不適な笑みを浮かべながら畳み掛ける。
    僕は顔を真っ赤にして、プルプル震えながら、

    「…ええ、美味しかった…。
    美味しかったですよ!!
    胃が痛くなるくらいには!!」


    大したものは食べていないが、
    胃がキリキリするような感覚。


    …それが、なんとも堪らん。
    何だこの感覚!

    「では、またのご来店、お待ちしております…!」

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