
消えた通知(終)
最終話 明日は晴れです
相沢蓮は駅のホームにいた。私が最後に会った時より、少しだけ大人になっていた。でも笑った顔は変わっていなかった。私は少し安心した。
夕方、人の少ないホーム。電車の音。風の音。そして私たちだけ。
蓮は私を見る。何も驚かなかった。まるでこうなることを知っていたみたいに。
「久しぶり。」
私は笑おうとした。でも上手く笑えなかった。蓮は小さく頷く。
「うん。」
短い返事。その沈黙が苦しかった。
私は知っている。もう時間がない。通知がそう言っていた。私は消える、たぶん、もうすぐ。
蓮がポケットへ手を入れる。取り出したのは、少し色褪せた手紙だった。私は息を呑む。見覚えがあった。大学時代、何度も書き直した返事の手紙。私は結局渡せなかった。事故が起きたから。
蓮は苦笑した。「拾った。事故の日の後。ずっと持ってた。」
私は泣きそうになった。蓮は手紙を見つめる。そして少しだけ笑った。
「本当はさ。」
沈黙。ホームに電車が入ってくる音が遠くで聞こえる。
「返事なんてどうでもよかった。」
私は顔を上げた。蓮の目が赤い。泣いているわけじゃない。でも、泣くのを我慢している顔だった。
「生きててほしかった。」
私は何も言えなかった。言葉が出ない。胸が苦しい。涙だけが溢れる。
「ごめん。」
やっと出た言葉。蓮は首を振った。「違う。」優しく、本当に優しく首を振った。「謝るな。」
その言葉で、私は完全に泣いてしまった。事故の日からずっと抱えていたものが崩れる。後悔、未練、悲しみ、全部。
蓮は静かに言った。「俺さ、十回とも会ったんだ。毎回同じところまで来て、毎回お前は思い出した。」
私は涙を拭う。「じゃあ通知って。」蓮は空を見上げた。夕焼けだった。雨は止んでいる。
「誰か一人じゃない。陽菜の後悔、真帆の願い、葵の想い、俺の未練、お前の生きたいって気持ち。」
私は目を閉じる。そうか。通知は誰かじゃない——みんなだった。あの日をやり直したかった人たち全員の願い。だからここまで来れた。
その時、スマホが震えた。最後の通知。私はゆっくり画面を見る。もう怖くなかった。
『よく頑張りました。』
『もう大丈夫です。』
視界が滲む。蓮の姿が少しずつ遠くなる。時間だ、分かっていた。でも不思議だった。怖くない、悲しくない、少し寂しいだけ。
私は蓮を見る。そして、ずっと言えなかった言葉を伝えた。
「ありがとう。」
蓮は笑った。大学時代の頃と同じ笑顔で。「こちらこそ。」
その瞬間、スマホが最後に震えた。本当に最後の通知。私は画面を開く。
『明日は晴れです。』
私は空を見上げる。雲の隙間から光が差していた。その光の中で、私は初めて前を向いた。
通知は消えた。もう二度と届かない。それでよかった。だって、明日は晴れるのだから。