
アリは内蔵を食う│とある昆虫好きの思い出
アリは可愛い。虫嫌いと名乗る友人もそう言っていたことがあった。
小学生ぐらいならば地面のアリを見つめてはその行き先を見守ったり、自分の手のひらに乗せて遊んだ人も多いだろう。
アリはあまりにも小さく、「虫らしさ」を感じられないフィルムにもなっている。身近に存在し、小さくて不快にならない虫。それだけで親しみやすい虫といえる。
私はアリだけでなく様々な昆虫が好きだった。昆虫図鑑を休み時間に読み漁り、誰かに意味の無い知識まで披露した。誰かが気持ち悪いという虫をこよなく愛した。
昆虫好きが次にとる行動は虫を触ることである。
夏休み。私はセミを積極的に捕まえた。時にはトンボを捕まえた。バッタは速すぎて捕まえられなかった。
それから私は虫を触ることに熱中し外に出れば良く触りに行っていたと思う。
ある日。近くの小さな公園のブランコで遊ぼうと思った。
ブランコの台座の上にいたのはなんとセミ。私は歓喜した。しかし彼は動かない。死んでいるのだろう。
セミの寿命は短く、弱ってしまえばその場で一生を終える。今まで何度も弱って死にかけたセミを見てきた。彼ももう既に遅かったのだろう。
しかし私の好奇心は止まらなかった。
死体でもいい。セミを触ることを求めた。それが間違いだったのだ。近くに列をなしているアリの存在に気づかないほどにセミを追い求めてしまった。
蝉を持ち上げた。軽い。何だか身軽だ。
そう思って何となく蝉を裏返した。そこで私はセミを地面に投げ捨てる羽目になる。
なかった。あるはずの内蔵が、その手足が、胴体が綺麗になかったのだ。残っていたのはセミの羽と頭部。
地面を見て私はやっと理解した。アリだ。
アリが綺麗に列を作り、ブランコの下を歩いている。こいつらだ。犯人はこいつら。こいつらがセミを食ったんだ!
あれほど大好きだったセミの内部が無いことはあまりにもグロテスクだった。グロすぎた。
そして、その犯人であるアリに対しても恐怖を抱いた。
アリはあまりにも小さい。しかし、アリはその大量の群れをなして餌を食い荒らす。自然の摂理とはいえ、あまりにも見たくなかった食事だった。
私はあの日から虫が触れなくなった。