
村の残り香
最近部屋がクサいんだよね。理由はわかってるんだけど、止めらんない。
ワンルームでさぁ、狭いワンルームに住んでいるわけよ。この間、いいチーズを買ったから冷蔵庫に入れてたの。でも、脱臭炭を切らしてたのすっかり忘れてて。
ペットボトルの水を飲むために、冷蔵庫を開けて閉める。その度に遅れてチーズの乳臭くて腐ったような重たいニオイがこっちに来んのよね。
冷蔵庫の真ん前、ちょっとだけ通路を挟んだところにベッドがある。もっと正確に言うと、枕があんのよ。
だから、ベッドでこうして書き物をしている私はたびたびこのクサいけど、癖になるようなニオイを鼻から吸い込むの。そ、鼻の穴をはふはふさせてね。
買ったのは本当にいいチーズで。たしかカマンベール村で作られたカマンベールチーズだったんじゃないっけ?
バーで食べたんだけど、名前込みであのクサさが忘れられなくてさ。バーテンダーに聞いて、仕入れ先のデパ地下までわざわざ行った。
そしたら、そっくりなおばちゃんが二人チーズコーナーにいて。二人とも給食のおばちゃんみたいに上から下まで白いのよ。
でもって、ふくよかだからかなぁ。こう思ったの。「このおばちゃんのセンスなら信頼できる」って。
勘は見事に当たった。おばちゃんたちは私を見るやいなや、「こんにちは〜。どんなチーズが好きですか?」ってニコニコ話しかけてくれてさ。こんな風に距離を詰められたら、こっちだってお腹を見せるしかないよね。
「カマンベール村のカマンベールありますか?」って聞いたら、にこーってマスク越しでもわかるくらいおばちゃんたちが笑顔になったの。「シャイニング」に出てくる双子みたいだった。だいぶポップだったけど。
おばちゃん1号がスッと指差したのは、手のひらサイズの半円のチーズ。ポップには「カマンベール村」の文字が、文字通り独特な筆跡で躍っていたわ。
そうだ。ちょっと脱線するけど、どちらかといえば私は「持ってるタイプ」でさ。このときもチーズはラス1だった。
その程度で喜ぶなって言われてもムリ。小さな幸運の積み重ねが大きな幸福を連れてくるんだから。わらしべ長者をご存じない?
で、話を戻すと、私はそのラス1のカマンベール村を連れて帰った。だからね、あのクサさは遠く離れたどっかの村の幸せなんだと思うのよ。
こういうことがあるから、この狭いワンルームが好きなの。私の小さな城。今はカマンベール村の別荘付き。
でも、冷蔵庫の別荘はすごい勢いで私の胃に吸い込まれちゃってる。あと何日、村は持つかしら。
あのね、ハチミツをかけるとおいしいの。