
嘘の効き目|掌編小説
「こんにちは。今日は2026年4月1日です」
今年に入って三度目の4月1日をあなたの声でなぞる。このお決まりの挨拶の後に訪れる展開を私は知っていた。
これは最初に聞いたあなたの音声配信ではない。聞き始めて少し経ってから投稿された回だった。一度だけコメントを残したことがあり、流れでお互いをフォローし合った次の回である。
私はその頃、ひどく渇き、飢えていた。自分が生きている意味や価値を誰かに言葉にして欲しくて。でも現実に慰めはなかったから、本当の名前も顔も知らない誰かの言葉を自ら探しに行った。
そこで辿り着いた中のひとつが、あなたの声だっただけ。あなたの声に答えはなかった。それどころか私以上にこの世の毒に侵されているようだった。
冷めきった日々に一筋の光る糸を探すように話す歪な音が耳に残り、私の音とぶつかって崩れる。聞くほどに自分の中の何かが削がれる感覚がたまらなくて、その後も配信を追い続けた。
4月1日の配信であなたは『嘘』をテーマにした。

肉声で語られる理想の家族像は、親兄弟から始まって、あなたの魂を掬い取るような伴走者と出会う形で幕を閉じた。伴侶として結ばれるまでを語らないところが、逆にあなたが過去に受けた傷を開いて見せているようで。
最初に聞いたときは笑った。笑いながら涙が止まらなくなった。私たちの魂が共鳴したから。暗い底でついに響き合ってしまったのだ。
一度噛み合った歯車は止まらない。偶然が連鎖した。それから半月もしないうちに、お互いそれぞれの欠けたパズルに合うような素晴らしい伴走者を見つけたのだ。
あなたは音声配信で幸せを拾い上げた。私もそのさざ波に浸り、より輝く波の訪れを待った。4月の終わりのことである。
そして、5月の初め。再び同じタイミングで伴走者との関係の名前が変化した。『恋人』といういかにもありふれたラベルに私たちは浮かれていたと思う。断定できないのは、どこまでいってもあなたが画面越しの他人だから。
ここで私は自らに訪れた幸福を恐れ、あなたの4月1日の配信に耳を傾けた。いつか私に訪れた平穏が崩れ去っても、あなたの過去の祈りだけは標本のように変わらないと思っていたから。不安にはより大きな不安をぶつけるに限る。あなたの嘘は良く効いた。

そして先日、恋人ができてから1ヶ月を迎えた。世間一般の1ヶ月と、私とあなたが待ちわびた1ヶ月の重さはたぶん釣り合わない。
この頃のあなたは憑き物が落ちたようだ。日々のささやかな変化に愛おしさを感じ、声は凪いでいる。配信頻度もすっかり減った。それでも時々聞こえてくるあなたの声を私は拾う。私も幸せでいていいと思うために。
今の私は、4月1日の嘘だけを信じている。