
駅奇譚:浜松の黄色い新幹線
浜松駅の新幹線改札って、昔からぜんぜん変わらないよね。なんか雰囲気が。なんとなく、古いままっていうか。 もちろん自動改札とか、券売機とか、設備は変わってるけどさ。基本的な構造物が変わってないからかな。この階段とか、天井とか。あとは……鰻の匂いとか? なんか変わらないよねぇ。
えっ? 35年も前のことなんて覚えてない? そりゃそうだよね。もう35年だもんなぁ。でも35年前から変わっていない気がするのって、不思議だよね。えっ、歳の話はするなって? ……そっちじゃん、始めたの。
でも、何だろうね、この風景を見ると、何かよみがえるんだよね。結びついちゃってるっていうか。古い記憶? 思い出? 体験と紐付いているからなのかな。そう、Kと一緒にいた時のこととか、思い出しちゃうんだよね。
Kと何をしたのかって? 知りたい? まあもう時効だから話してもいいかな。こんな日だからね。まずはコーヒー買って、ホームまで行って、ベンチで座って話そうか。少し長くなるけどいいよね?
高校二年の春だったかな。Kと一緒に関西に旅行に行ったんだよ。そう、知っての通り、おれたちは鉄道ファンだったからね。Kは今でも……ついこの間までか。最近の言い方だと鉄ヲタってやつ? おれはまあ鉄道ファンと鉄道マニアの間くらいって感じだったかな。マニアと言うには恐れ多いって言うか、まわりにはもっと猛者がいたって言うか。Kはおれよりマニア寄りだったかな。なんでも凝るやつだったからね。
で、その鉄道ファンの二人でね、旅に行ったんだよ。鉄道に乗ったり、写真を撮ったりするための旅行。どこかの観光地に行くっていうより、鉄道そのものが目的のね。まあ、マニアだよね。フツーの人からすれば。
そうはいっても高校生だし、貧乏だったし、だからさ、キセルをしたんだよ。キセル。えっと、まあ簡単に言うと、乗車料金をごまかしたの。乗車する駅からひと駅分の切符で乗って、下車する駅のひとつ前の駅からの分で降りる。で、その中間の料金を“節約”する。それがキセル乗車。
キセルって煙管のことでさ。わかる煙管? そう昔の煙草を吸う器具。落語に出てくる、細長いパイプみたいなやつ。口をつける部分を吸い口って言って、煙草を詰めて火を付けるところを雁首って言うんだけど、その二つは金属でできてるのね。でもそのあいだを繋ぐ部分は、羅宇(らう)って言うんだけど、竹とか木でできてるの。金属じゃなくて。全部金属だと高くつくからね。中間部分を「節約」する。だから、間の乗車料金をごまかすことをキセル乗車って言うわけ。
ん? そうそう。犯罪だよ。だから言ったじゃん、時効だから話すって。
えっ?今でもできるかって? キセルが?
まあ無理だろうね。システム的にも。精神的にも。鉄道会社もいろんな対策をしているし、自動改札とか、車内検札とか。そう車内で切符拝見ってやつ。それに、もうそんな元気もないしね。そんなことに精神力使うぐらいなら、金払ったほうが気が楽っていうか。
当時はできたのかって?
そうね、まあゆるい時代だったしねぇ。当時はまだ国鉄だったし。おおらかって言うか。今思うとね、若いやつらから金を搾り取るよりも、ほかにやることがあるだろうって、そんな感じの時代だった気がするね。全体としては貧乏だけど、金より大事なものがあるっていうか、前向きだったっていうか。そんな気しない? やだね、歳取ると、そんなこと言っちゃって。ごめんまた歳のこと言っちゃったよ。
まあ俺たちにしてもさ、若かったんだよ。なんて言うかさ、制度っていうか仕組みの裏をかいてやろうっていうかさ、そういうのにスリルを感じるっていうかさ。おれだけはうまくやってやるっていうかさ。単純に、貧乏だったのも確かだけどね。ほら、俺たちが高校生のころって、アルバイト禁止されてたじゃん? バイトなんかすると「不良」になるって。地域ぐるみで監視されててさ、バイトしてると地域住民に通報されたりして。ほんと、そういう記憶がおれをこの町から遠ざけるんだけどね。
話が逸れちゃった。で、そう、貧乏だったんだけど、新しい新幹線に乗りたかったんだよ。二階建ての新幹線。新型車両がデビューしててさ。二階建てだよ? どんな形になってるのか気になるし、二階からどんな風景が見られるのかつて。そんな話をしてたわけよ、Kとね。そしたらさ、俺にまかせとけって言うわけ。Kが。で、いろんなことをお膳立てしてくれたの。
えっ?息切れてるじゃんって、ほんと、やだよね、歳取ると。階段上がるだけで息が切れちゃうんだもんな。高校生の頃からは考えられないよね。しかし、ここのホームも本当に変わらないよね。わからない? まあでも変わらないって思いたいだけかな。
鉄道旅には、二階建て新幹線に乗ること以外にもうひとつの目的があってさ。いわゆる撮影旅行。そう、鉄道の写真を撮る旅。おれにとってはそっちが本命だったわけ。ある列車を、ある風景のなかで撮りたくて。まあマニアだよね。でも正確に言うと、撮影だけが目的じゃないっていうか、その先があるっていうか。
ドクターイエローって知ってる? 黄色い新幹線。ほら、新幹線って普通は白と青じゃん? でも黄色と青に塗られてる新幹線があるんだよ。検査のための専用車両。架線とか線路とかを走りながら検査するの。その新幹線の写真が撮りたかったの。
ドクターイエローって、一般の人は乗れないから、いつ走ってるかわからないんだよ。時刻表にも載ってないし。運良くみつけると幸せになれる、なんて言ってる人もいるくらい。幸せの黄色い新幹線ってね。そのたとえも古いか。
そんな感じだから写真もなかなかなくて、いわゆる今ならレアっていうのかな、まあ貴重だったわけ。当時はインターネットとかもなくて、ドクターイエローがいつ走るのかってぜんぜん情報がないし。頼りはダイヤ情報って雑誌と口コミ。
ダイヤっていうのは……長くなるから簡単に言うと、鉄道の運行情報が書かれた折れ線グラフみたいなもので、どの駅に何時何分に到着して、何分止まって、何分に出発して……って情報が書かれてるの。縦軸に駅名が書かれてて、横軸が時間。だから、エスカレーターみたいな階段上の線が描いてあるのよ。そう、駅での停車時間が踊り場みたいな感じで。
で、その線の中には臨時列車の線も描かれてるのね。ドクターイエローも臨時列車の中にまぎれてるんだけど、「臨時」には修学旅行の団体列車とかも含まれてるから、どれが目的の線(スジって言うんだけど)かわからないわけ。
で、あるとき、Kがね、ドクターイエローのスジが見える、って言ってきたんだよ。どうしてわかるんだって聞いたら、たしかな情報を入手したって言うわけ。なんでも「関係者」から聞いたんだって。Kは鉄道サークルっていうマニアの集いに所属していて、そこには「関係者」もいた。「関係者」は、当時で言えば国鉄職員。つまり彼らの情報はオフィシャルなわけ。まあ鉄道マンなんて、鉄道マニアのなれの果てって言うか、究極形って言うか、そんなもんだからね。それに臨時列車の情報を流したからってとくに害があるわけじゃないし、今みたいに鉄道ファンがトラブル起こすこともそんなに多かったわけじゃないし……表に出なかっただけかもしれないけど……まあおおらかだったんだよね。
そんなわけで、Kはそのサークルの「関係者」から、ドクターイエローが走るという情報を掴んできた。俺たちは、その日に向けて準備を始めたわけ。これはチャンスだと。この機会を逃しちゃいけない、と。
おれにはさ、切実な理由があってね。本当に撮りたかったんだよドクターイエローが。人生がかかってるって勝手に思いこんでて。変でしょ? 今思えばおれも変だと思うけど、でもホラ、高校生だし、なんか思い詰めてたし。ドクターイエローが撮れたら、この先の人生が開けるって本気で思ってたんだよね。
そのきっかけはさ、ある写真だったんだ。
とある鉄道雑誌に乗っていた写真なんだけど、本当に何気ない新幹線の写真だった。でも、思わず見入っちゃうって言うか、見るものの心を捉えて放さないって言うか、ずっと見てられるって言うか、なんかドラマがあったんだよね、その一瞬の中に。具体的にどんな写真かって?
本当に何気ない写真なんだ。手前は、たぶん田んぼか畑なんだけど、雑草が生えた草原みたいなところで、背景は残雪の山。その真ん中に、水平に新幹線。でも、車両はほぼシルエットで、奥から光が差していている。山の稜線も、手前のススキみたいな草も、そして新幹線のエッジも、すべてが金色に輝いている。平等に。自然の風景と最先端技術が生みだした機能美が共存していた。なんて言うのかな、自然と人工物の対比って言うんじゃないんだよ。そういうステレオタイプな感じじゃなくて、まったく真逆。共存。人間の営みも自然の一部なんだなぁ、って感じさせてくれる。そんな一瞬。それぐらい風景のなかに鉄道が馴染んでいる。あえて言うなら、人間も自然のものなんだから、その自然物たる人間が生みだしたものも自然なんだなぁって思わせてくれたの。南米の巨大な蟻塚みたいにね。蟻が作ったものは自然じゃん? だったら人間がつくったものだって自然だろうって。そんなふうに感じたのはその時がはじめてだった。人工物なんて人間の傲慢だなぁって。
でね、おれもその場所に行って写真が撮りたいって思ったの。強く。そこで新幹線を撮りたい。ドクターイエローで撮ったら、その金色がさらに強調されて、本家を超えられるんじゃないか、そんな思いがむくむくと頭の中に湧いてきたんだよ。
下世話な下心もあってね。この写真でコンテストに応募して、賞を取って、で、大学に行きたいって思ってた。そう、写真科のある美大にね。うん、わかるよ、それが浅はかなのは。今ならね。でも当時は大真面目でね。大学受験に有利になるかもというのもあったけど、親を説得する材料にもしたかったんだ。ほら、美大って金がかかるし、将来の見込みも薄いしね。当時はほら「受験戦争」だったじゃない? 親からしたら少しでも偏差値の高い大学に入って、いい会社に就職してほしかったんだと思うし。だからその写真で、人生を変えようと思ってたのさ、真剣に。
だからさ、ドクターイエローが走るって情報をKがもってきたとき、おれはもう絶対行かなきゃって思ったわけ。これが最後のチャンスだって思ったの。高校二年の春に。
K? どうだったのかな。二人ともプロカメラマンになりたいと思ってたんだよ。それはわかる。なんというか、当たり前のこととして。鉄道写真のプロになるんだって。こっそり競い合ってたっていうか。だからこそ、あまり本気で話をしないって言うか。意地を張ってるっていうか。わかるでしょ、そういうの。わからない? 男の子だけなのかな、そういうの。マジだからこそ話せない、みたいな。
でもさ、やっぱりKの本心がどこにあったのか、今でもよくわからないんだよね。なんて言うかさ、あいつ、つかみ所がなくてさ。別に男同士じゃなくても、本心を話さないっていうか、はぐらかすっていうか。そこはわかるでしょ? でもKがおれに気を遣ってつきあってくれているとか、そう言うんじゃないのはわかるわけ。たぶんおれが行かなくてもひとりで行ってただろうし。コレクションするみたいに珍しい列車の写真を集めてたのは確かだし。でもKが本当にドクターイエローが撮りたかったかどうか、よくわからないんだよね。そのあとのことを考えると。
まあでも当時はそんなこと考える余裕はなかったし、自分が撮りたいって思いでいっぱいだったし、なんていうか、おれがそう思うんだからKもおなじだろうぐらいに思ってた。他人(ひと)のことまで考える余裕がないっていうか、そんな気遣いなんてできないっていうか。高校生にはできないよね、そんなこと。まあ今でもできないけどね、はは。
というわけで、おれたちはカメラバッグと三脚を抱えて、午前三時半に浜松駅に集合したの。四時過ぎに浜松駅を出る普通列車に乗るために。この列車は名物列車でさ、大垣行きの深夜鈍行。通称345Mって呼ばれてた。まあ時刻表に乗ってる列車番号そのままだから「通称」でもないんだけどさ。
いわゆる貧乏人の味方でさ。寝台(ベッド)はないけど深夜に移動できるから次の日の時間を有効に使えるし、普通列車の割には間の駅を通過するからほとんど特急みたいでね。すごい人気だったんだ。まあ浜松以降はほぼ各駅停車だったけど。
青春18切符って知ってる? そう一日定額で各駅停車ならどこまでも乗れるって言う切符があってさ……いまでもあるか……当時は二千円ちょいぐらいだったかな、それを使えたから、深夜鈍行の345Mは本当に若者の味方だったんだよ。早朝から定額料金だから、一日有効に使えるしね。あ、そうだやっぱり春休みだ。そう青春18きっぷって学生の長期休みの時しか使えないの。若者の味方ってことだね。
だったらキセルなんかかしなくてもいいんじゃないかって? もちろんそうなんだけどさ、まぁ新幹線にも乗りたかったんだよ。特急は乗れなかったからね、青春18きっぷではさ。
目的地はね、例の写真にキャプションがついててね。新幹線の岐阜羽島駅と米原駅の間だってことがわかってた。だからそこを目指して、まずは朝イチの鈍行で移動することにしたの。お金も節約できるし。で、345Mに乗ったわけ。
なんかすごく混んでてね。まあみんなお金がなくて、でもどこかに行きたいって人が溢れてたんだね。東京発だから浜松に着いた頃にはもう満員で、当時は指定席でもなかったし、デッキに立ったり座ったりしてね。たまたま洗面所のスペースが空いたから、洗面器に新聞敷いて、窪みに尻を嵌めて交代で座ったりして、終点の大垣までやり過ごして。
目的の場所は、新幹線で言えば米原駅の手前なんだけど、在来線で言えば別の駅が最寄りで。えっと、なんて言ったかな、たしか近江なんとかって駅。さすがに覚えてないや。たしか大垣からさらに何駅か京都方面に進んだ場所だったはず。で、そこからさらにけっこうな距離歩いて行かなきゃいけない場所だったのね。撮影ポイントは。
場所はだいたいわかってたんだけど、行き方がわからなくて。でも、Kが「まかせとけ」って言うから、おれはあんまり調べてなかったのね。えっ? そう、人生かけてた割にはね、テキトーなのよ、おれ。そういうところが駄目なんだろうなぁ。詰めが甘いって言うか。
で、大垣で乗り換えて、さらに各駅停車に乗ってその近江なんとかって駅に着いて。ちょうど朝の七時ぐらいだったかなぁ。どうやっていくの?ってKに聞いたら、「まいった」って言うわけ? どうした?って聞いたら、バスがないって言うわけ。バス停があったんだけど、そこには「本日運休」って張り紙がしてあった。一瞬めまいがしたよね。駅前には何にもなくて、古い喫茶店が一軒あるだけ。もちろん開いてないし、タクシーも一台もいない。左側のほうにバス会社の建物みたいなものがあったけど、見事にシャッターが降りてた。こりゃぁ、歩かないといけないのか?カメラと三脚担いで?って思ったり、場所はわかるんだろうか、と不安になったり。
まかせとけって言ったくせに調べてねーのかよ、って心の中で舌打ちして。まあまかせきりにしたおれも悪いしって自分に言い聞かせてたんだけど、でもなんか不機嫌になると、隠せないんだよね、おれ。そういうところも変わってないけどさ。だから多分、そんときも結構顔に出てたと思う。今以上に隠さなかったし、まして友達の前だからね。そういう素の感情みたいなものを出しても大丈夫な関係がのが友達だって勘違いしてたし。
まあでも例によって、Kはまったくお構いなしで、「大丈夫だいじょうぶ」って笑ってて。わかるでしょ。なんかそういうやつだったじゃん。ほんとは俺が不機嫌になったことにも気づいてたと思うんだけど、そんなことお首にも出さないで、ニヤニヤしてて。なんか余計にむかつくって言うか、腹立つっていうか、うらやましいって言うか、イライラしてる自分が嫌になるっていうか、余計に不機嫌になっちゃっってさ。
それでも、Kはまったく気にせずに、たまたまそこにやってきた人に聞き始めたの。あの笑顔のままで。このあたりで、良く新幹線の写真撮ってるところ、知りませんかって。軽トラで走ってきたオヤジにだよ。例の雑誌の写真を見せながら。なんて言うか、その人見知りのしなさに、すげーなって思ったり、またうらやましくなったり、わかるわけねーじゃんとかって、意地の悪い自分がいたりしてさ。
そしたらさ、その軽トラの運転手がさ、知ってるよって言うわけ。新幹線を撮るところだろ。うちの近所だから乗ってけよって言ってくれたの。まじかよって。
もうさ、安心するやら、なんか悔しいやら。もちろんさ、その撮影に人生かかってるからさ、ポイントに辿り着けないのはヤバイし、送ってくれるっていうのは本当に嬉しかったんだけどさ、一方で、大丈夫か、騙されないか?っていう思いも拭えなくて。まあ高校生の男二人騙しても、金持ってるわけじゃなし、処女の乙女でもないし。騙されようもないんだけどさ。
そんなこんなでどんな顔していいかもよくわかんなくて、口もごもごさせて、ありがとうございます、なんて小声で言ってたらさ、Kは笑顔でカメラを取り出して、そのオジさんを撮ってるわけ。どっからきたの? 浜松? そりゃわざわざ、とか話しながら。もうほんと、良い根性してるよね。まあそうじゃなきゃカメラマンなんかになれないんだろうけど。
というわけでさ、その軽トラのオジさんに乗せてもらって送ってもらうことにしたの。他に手段もないし。あ、気がついた? そう、まあこれも時効だから言うけどさ、軽トラって二人乗りだから、おれたち二人は荷台に乗ってね。まあ当時はそのくらい普通だったけどね、田舎道ではさ。今でもかな。
駅前のロータリー……って言うほどのものでもなくて、駐車場みたいなところを出て、ちょっと行くとちょっと広めの道に出た。近くに確か、なんか大きな木がある神社だかお寺だかがあって、遠くには雪が残っている山が見えて、ああ、あれが写真の背景に写ってた山なのかなぁって思ったり。
ガタガタ道を振り落とされそうになりながら、じかに座ると痛いから中腰って言うか蹲踞の姿勢で乗ってたわけ。ちょっと寒かったけど、風は気持ちよかったし、上を見たら一点の曇りもない空で、空気が肺の中まで綺麗にしてくれるような感じで。
道路沿いには、公共施設やら、農協やらがあって、それが途切れると、周りは田んぼだらけ。道端には雪が残ってて、浜松ではないなあ、って思ったのを覚えてる。ちょっとしたカルチャーショックだよね、浜松人にはさ。道端に前日の雪が残ってるなんて。気がついたらさ、さっきの不機嫌はどこかにいってたね。
しばらく行くと、新幹線のガードが見えてきて、そろそろかなあって思ったら、それをくぐって、ぐるっと回ってまたガードだなあ、そろそろかなあって思ったらまたくぐって、っていうのを何回か繰り返して、あれ、意外に遠いな、カメラと三脚担いで歩くのはやっぱり無理だったなあって思ったりして。そしたら急に畦道みたいなところを曲がって入って行って、もうすごい揺れるから、Kと2人、荷台の端にしがみついて笑ったりしてた。
そしたら急に止まって、今度は、前の運転室にぶつかったりして、おじさんが「わりーわりー」って笑いながら出てきた。その笑顔が本当に憎めない感じでね。どうしてそんなに無条件に心を開けるのか、正直、怖いとすら思った。
なんか、無条件に心を開かれると、一歩引いちゃうっていうか。身構えちゃうっていうか。自分が心を開けないことを責められているっていうか。わかってくれる? 嬉しいね。同志だ。そうそう。それがわかるからといって、無条件に心が開けるようになるかは別問題だよね、ははは。
荷台からカメラバッグを下ろして、ここで良いんだよなって聞かれたからまわりの風景を見渡したの。そしたらもう見事にあの写真の風景。どうしてここがわかったんですか?って聞いたら、前にも一人ここに連れてきたんだ、その写真、有名なの?って聞かれて、写真はともかく、カメラマンは有名な人みたいですって答えたら、そうだろうね、いい写真だもんな、おれが見てもわかるもんっておじさんが言ってた。
ここにきた人、このカメラマンだったんですかね?って聞いたら、その人いくつぐらいって聞かれて。僕もよくわかんないですが、そこそこの歳だと思いますよって答えたら、じゃあ違うね、前に連れてきたのも君たちと同じぐらいの若い子だったよ、って言ってた。
で、おじさんは、じゃあ張れよって、あっさり車に乗ってエンジンをかけたの。ありがとうございましたって頭下げて、帰りどうすんのって聞くから、タクシー拾うか、なければ歩きますよってKが答えてて。そうか、じゃあ気をつけろよって、おじさんは窓から手を振りながら、軽トラを走らせていった。
おかげで、ドクターイエローが来るまで時間にだいぶ余裕ができたんだけど、まあカメラのファインダーを覗いたり、手で四角形作ったりしながら、撮る位置を探してたのね。どうやって撮ったら理想の画になるかってね。手前の枯れた田んぼと、一直線の新幹線のガードと、背景の雪を被った山と、どんな関係にすればいいか、ちょっとずつ位置を変えながらファインダーを覗いて。それこそ人生がかかってるんだって息巻いてね。
あーでもないこーでもないって歩き回って、ようやくこの辺かなって三脚を立ててたら、さっきのおじさんが戻ってきたの。で、風呂敷包みを差し出して、これ食えよって。朝飯まだだろって。
それでね、まあおじさんの親切には慣れてきたから怖いって言うんじゃないんだけど、なんとなく違和感を感じたから、勇気を振り絞って「どうしてそんなに親切にしてくれるんですか?」って聞いたの。嬉しくないわけじゃないんです、すごく嬉しいんだけど、どうして、とかモゴモゴ言ってたら、例の笑顔で「この町にきてくれる人がいるってことが嬉しいんだよ」って言うの。
なんかそん時はさ、わかるようなわからないような。まあ、今より全然わかってなかったけど、そんなもんかなあ、ぐらいに思っててね。で、Kはそんときもおじさんの写真を撮ってたんだよ、スナップ用のカメラで。で、あとでその写真を見たときに、なんかちょっとわかっちゃったわけ。おじさんがどんな気持ちでそんなことを言ったのかってことを。
でもそん時は、どうしたらいいかよくわからなくなっちゃって、もらったおにぎりを齧りながら、目をそらして三脚の位置直したりしてたら、おじさんが、君らは高校生か?って聞いてきて、Kがそうだって答えたら、いいなあって。なんでもできるもんなって。そんな立派なカメラ持って、カメラマンになるのかって聞くから、そんな簡単じゃないっすよって。ちょっとムキになっちゃって、おれが。で、それを気取られまいとして、あわてて「おじさんは何してるんですか?」って聞いたら、おれか?おれは農業だよ、農業。って力瘤作ってね。思わず笑っちゃった。でも、笑っちゃったことが失礼かなって思って、また目をそらしたんだけど、そのあともう一度おじさんを見たら、おれの方を見たまま、嬉しそうに笑ってた。それがまた悔しいやら恥ずかしいやらで、またちょっとむっとしちゃったんだけど。
そん時ちょうど新幹線が来たので、試しにファインダーを覗いて、数枚シャッターを切ってみた。モータードライブっていうのが着いてて、要は連写できる装置なんだけど、とはいえ貧乏な高校生にはフィルムだけでも貴重だったから、怖くてあんまり撮れなくてね。でも今みたいにデジタルじゃないから、その場で見ることもできないしね。現像するまではね。だから多めに撮らないとと、それはそれで不安だし。写真ってなんかすごくアンビバレンツなもんだなぁって、お茶を啜りながら、当時覚えたての言葉で思ってた。
おじさんがいつまでいるの?って聞いて、Kが「十時五七分」って答えて、何がくるの?ってまた聞かれて、Kがドクターイエローの説明を始めて。おれはそれを聞きながら、なんとなくまわりの風景を見てた。
目の前には茶色の田んぼ。左側から中央奥に向かって斜めに用水路が走っていて、それが新幹線の土手までまっすぐ伸びている。そこでほぼ直角に交わってて、奥行き感を強めてい。斜め手前に伸びてくる線路の向こうには雪を抱いた山。朝焼けの光を背後から浴びて、輪郭が光ってた。あの写真で見た風景そのものだった。
……はずなんだけど、何かが違っていた。もちろん時間も季節も違うから、まったく同じというわけではないんだけど、あの写真で見た感動は、今の風景には見えなかった。もちろん良い風景だ。でも何かが違う。自分のカメラのファインダーから覗いて見ると、少し劇的になった気もする。でも足りない。そのまま次の新幹線が通過するのを待ったけど、目の前を高速列車が走り抜けても、その一瞬をとらえるべくシャッターを押しても、何かもの足りない感じは変わらなかった。
ドクターイエローがくれば変わる、そのときはそう信じて待っていた。そのラストピースがはまれば、この絵は完成し、おれの人生は開けるんだって、まだ信じていた。たぶん何かが崩れ去るのが怖くて、どこかで間違ったことが理解できなくて、でも薄々何かを感じ始めてて、ただ闇雲に信じようとしていただけなんだと思うけど。
おにぎりを食べ終わると、水筒を持っておじさんはクルマに乗って、頑張れよ、若人、とか言って帰って行った。相変わらずの笑顔と力瘤を見せて。で、通過予定時刻まで、まだ時間があったから、ときどき通る新幹線を見ながら、Kとおしゃべりしながら時間をやり過ごしてた。不安と闘いながら。
で、いざ、十時五七分の目前になったらね、呼吸がうまくできなくなってね。もう心臓がドクドクいってて、耳鳴りがして。なんかもう、えいって、文字通り息を止めて待ってたの。数分前からね。
でもなかなかこなくて、遅れてるのかななんて思いながら、腕時計の針を見て、五七分を過ぎても来なくて、でもまあ、ダイヤグラムの「スジ」は直線だし、駅の間だから、想定した時間から多少は前後するだろうと思って、ファインダーを覗きながらじっと待ってたの。
でね、やっときた。でもそれは、普通の新幹線だった。青と白の。しかもこだま型の古いの。あの丸いやつ。ひとまずシャッターは切った。バシャバシャバシャって、連写で。で、走り去ってからも、なんかあきらめきれないって言うか、焦燥感って言うか、頭に血が上っていって、このままじゃヤバイ、違う、そんなはずはない、何かの手違いだって頭の中でぐるぐるいろんな言葉が渦巻いて。たぶん遅れてるんだ、次がある、きっとそうだって思いながら、またほとんど息を吸うのを忘れたまま、次の新幹線を待って。Kもさすがに何かを感じたのか、その間ひとことも言葉を交わせなくて。
で、次の新幹線が来たんだけど、やっぱり普通の青白で。ようやく息を吐き出して、ちょっとあきらめの意識が出てきて、どうしようって。すごくがっかりしたっていうか、言うに言われぬ感じっていうか、放心っていうか、身体中にモヤモヤが溜まってる感じっていうか。やり場のないっていうか、行き場のないっていうか、そんな感情。今でも蘇ってくるな。やるせなさっていうの? 本当にやり場のない感情だった。両手両足をバタバタさせて叫びたいぐらい。そう、曲がりなりにも人生賭けてたからね。
一歩間違えば、その感情を、Kの方に向けかねなかったんだけど、まあ流石にKが悪い訳じゃないし、深く息を吐きながら、念のためもう少しだけ粘って、さらに次の一本を待って、やっぱり黄色い新幹線は来ないってことを確かめてから、少しづつ気を落ち着けて、カメラを片付け始めて。おれ、これからどうすればいいのかなあって考えてた。やっぱりカメラマンになるなんて夢、捨てた方がいいのかなあとかね。もうそのあと、どうやって駅まで戻ったのか、あんまり覚えてない。あのいやな感情が戻ってくるだけ。
でね、話が長くなっちゃったんだけど、ここからがキセルの話。俺の悪い癖だね、話が長くて。歳とると余計にね……。歳の話はするなって、ごめんごめん。
でね、帰りがこの旅のもうひとつの目的、二階建て新幹線に乗ること。そう、青春18きっぷでは乗れない超特急にね。新型車両の、100系っていうんだけど、そう、ちょっと尖った、細い目の。それに乗るために、一旦新大阪まで移動しなきゃいけなかったの。だから、例の近江なんとかって駅からまた鈍行で、京都を通って大阪まで移動。その間もおれの両手は震えてた。何をするにも雲を掴む感じで。ほんと、これからおれ、どうしよう、どうしようって、そればっかり考えてた。
まあでも、二階建て新幹線に乗れる、今はそれを楽しもうって、移動している途中から、無理やり気持ちを切り替えて。で、新大阪からのキセル作戦に集中したの。Kが計画して、準備もしてくれた作戦に。もちろん緊張が伴うものだったからね。
まず、新大阪で、京都行きの新幹線の切符を買って入場、乗車した。客席には行かずに、いきなり車両中央にある食堂車に行く。食堂車はちょうど二階建て部分の二階にあって、下はグリーン車なんだよ。でね、車内検札ってあるでしょ、そう、車内で切符のチェックをするやつ、それがね、当時その二階建て部分は、車掌さんが一階部分を通っていって、食堂車で食事をしている人の切符は確認しないって言うわけ、そう、Kが。ほんとかなあって思うでしょ、俺も疑ってたんだけど、例の曖昧な笑顔で大丈夫っていうからさ。これで二階にも乗れるし、検札もパスできるって。
で、実際に二階に行って、食堂車のテーブルに座ってね。そう、ちゃんと四人掛けのテーブル。そこにKと二人で。でも本当に車掌は来ないのかとか、とにかく落ち着かなくてさ。ドキドキしながら、メニューをみたんだけど、すげー高いわけ。もうそれだけでびっくりでさ。で、Kはコーヒーだけにするっていうの。おれはそれもできなくてさ。なんか食事を頼まないと申し訳ないというか、怪しまれるんじゃないかって思って、一番安いメニューを探して、カレーを頼んだの。千五百円。カレーライス一杯だよ。三十年も前に。しかもバイトができない高校生にとって、それがどれだけ大金だったか。そしたらKがそんなもん頼んだら意味ないじゃんって言って。せっかくキセルして節約してるのに、そんな高いもん頼んじゃったらって。もっともだけど、無理だよね。小心者のおれには。できないの。だから腹が減ってるんだからいいんだよって、言い訳したりして。
で、カレーが届いて、でもこのカレーを、名古屋まで持たせなきゃいけないわけ。要は京都から名古屋まではこのひかり号に乗っていくから、ずっと食堂車で検札を回避し続けなきゃいけない。で、ちまちま食って、なんとか引き伸ばしてたの。その間もキョロキョロして、誰かが入ってきたら車掌じゃないかって気にしてて。だから千五百円のカレーの味も二階からの風景も全く記憶にないんだよ。とにかくドキドキしてた記憶しかない。まあ自業自得だよね。覚えてるのは、隣のテーブルにテレビに出てる有名な落語家がいて、マネージャーらしき人にずっと説教してたこと。すごくがっかりしたんだよ、面白い人にはずっと面白い人でいて欲しかったって言うかさ。渥美清は24時間寅さんでいたって聞いて、さすがだなって思ったよ。
でね、なんとか名古屋まで乗り切ったわけ。で、名古屋駅で降りて、今度は浜松まで、こだま号……つまり新幹線の各駅停車に乗ったわけ。でも京都からずっと切符なしだから……つまり無賃乗車だから、とにかくドキドキしっぱなし。名古屋駅でこだまに乗っても、席には座れずに、デッキで時間潰してさ。それこそ車掌が回ってるから、いざとなったらトイレに入ろうとか、逃げる準備をしながら。この名古屋〜豊橋間が一番ドキドキしたかな。
って言うのもさ、豊橋からは切符があったわけ。Kがね、事前に豊橋〜浜松の切符は買っておいてくれたの。「キセル」だからね。で、丁寧にその切符には鋏が入れられてるわけ。ほら昔はさあ切符って改札入る時パチンって切られたじゃん? あれってさ実は駅ごとに切り口っていうか鋏の刃の形が違っててね、不正乗車対策をしてたわけ。でねKがね、豊橋駅のハサミの形を調べてその形に合わせ切れ込みを入れるところまでやってくれてたの。念が入ってるよね。こういうところ、さすがだよね。
繰り返すけど今はもうできないよ、色んな意味で。
名古屋から豊橋までをやり過ごして、豊橋駅に着いた時は、本当にホッとしたなあ。ここからはカタチ上は正規乗車だから堂々とシートに座ってね。それで浜松に帰ってきた。
で、最後の難関が浜松駅の改札。不正切符であることがバレないように通過しなきゃいけない。だから駅員に切符渡して逃げるように通過したの。でも走ると怪しまれるから落ち着いたフリして歩いて抜けて。すごいドキドキしてた。もう、呼吸を忘れるぐらい。鼻の奥がつんとして。それでも一生懸命正面を見て、落ち着いているふりしてまっすぐ歩いて。 角を曲がって、駅員から見えなくなるあたりから、走って逃げたりしてね。しばらく行ってから、Kと一緒に大笑いした。なんだかんだいっても、あいつも緊張してたんだなって。ほっとした途端に、うなぎの匂いがしてきたりしてね。
それが、浜松駅の改札を見ると、ドキドキする理由なのかなぁって。なんとなく今でも自然に思い出されるんだね、その時の記憶が。改札を抜けた時のドキドキ感とかね、蘇るんだよ。悪いことはできないもんだね。体が記憶してるっていうの?
でもね……それも思い込みかもしれない。なんとなくさ、いま話してて違う気がしてきたんだ。ようやく気がついたよ。どうして浜松駅の改札で、こんなにドキドキするのかって。この話には、後日譚があってね。まだ少しかかるけどいい? うん、そりゃそうか、ここでやめられても気持ち悪いだけだよね。
そう、その後、撮影した写真と、おれとKがどうなったかって話。
現地で撮ってきた写真、帰ってきて現像したのね。それは行く前に想像していたのとはずいぶん違ったものになってた。もちろんお手本にした写真とは雲泥の差。ただの鉄道写真っていうと変だけど、まあその辺によくある写真だった。そこには自然の一体感はもちろん、自然と人工物の対比なんてものも、少しも写ってなかった。ただ、いい場所で取れた、ちょっと綺麗な写真。あの場所に行ったことにだけ価値がある写真だった。つまりはあの場所を発見した、先達がすごいだけってこと。
でもまあそれでも、高校生限定の写真コンテストには出すことにしたのね。写真部のメンバーで団体賞もあったし。不本意だけど、まあ間に合わせって感じで。どこかに諦めきれない思いも持ち合わせながらね。間違って賞でも取れないかなぁって。
でね、Kはどの写真を出すの?って聞いたら、おれはいいよって言うわけ、また曖昧な笑顔で。そんなこと言わずに出せよって言っても、いいよって。ふざけるなって思いながら、でも心のどこかで、Kもあまりいい写真が撮れなかったんだって思って、ちょっとほっとしたりして。おれだけがうまくいかなかったわけじゃないって。もしかしたらおれのほうがマシだったのかもしれないって。だから、見せろよって言ったんだけど、なかなか見せてくれなくて、で、ネガフィルムごと奪い取った。勝手に良いやつ選んで、プリントしてコンテストに出しちゃおうと思って。
暗室でネガ見てショックを受けたんだよ。Kの写真、凄かった。ひと言で言えば、勝てねーって思った。単なる鉄道マニアじゃなかったんだよ、Kは。
どんな写真だったかって? 気になるでしょ。それがさ、凄かったのは鉄道の写真じゃないんだよ。例の、軽トラのおじさんを撮った写真。それがもう、なんというか、ひとことでいうとイキイキしてて。なんていうの、心の動きみたいなものが写ってるの、写真のなかに。地方のおじさんと高校生が会って、初めて話をしたという瞬間の心の交流とか、ただ単に優しいだけじゃなくて、若い俺たちにそのおじさんが何をみていたのかってところまで。おれが、現地にいたからそう思うんじゃなくて、本当に写ってるんだよ。心の交流が。一枚の写真に。Kは、なんか別の場所で、おれの知らない人と会ってたんじゃないか、って思ったぐらい。おれが見逃していたおじさんの表情を、バッチリ捉えてる。あの時おれがわからなかったおじさんの気持ち。それは、地方の田舎で農家を継いで、自分はもうこの土地から逃げられなくて、その土地にやってくる若い高校生の世話を焼くことで、自分の夢をそこに託しているというか、でも自分の未来じゃないんだ、みたいな、複雑なドラマが、おじさんの表情に刻まれてるんだ。
嘘みたいだろ。でも、ほんと、ルーペの中に浮かび上がったおじさんの表情に、それが見えちゃったの。そしてそれが、おれ一人の思い込みじゃない証拠にね、その写真、コンテストで審査員特別賞を取ったんだ。
高校生写真コンテンストの入賞作品が展示されたのが、さっき通ってきた改札前のコンコースだった。入賞作品が一斉に展示されててね。もちろん最優秀賞とか、教育長賞とか、そういうメインの受賞作品が中央に大きくスペースをとって展示されていた。その中に、Kの審査員特別賞受賞作品も堂々と貼り出されてた。
見れば見るほど、悔しかった。なんか、力の違いというか、才能の違いを見せつけられた。結局、写真って撮影者と被写体との関係性が写り込むんだ。コミュニケーションって言うか。つまり、最後は撮る人の人柄なんだよ。Kの写真にはそれが写ってる。でも自分にはそれがないんだなぁって。わかっちゃった。なんか、とてつもない絶望を感じた。どうしようもない力の差。努力ではどうにもならない壁。それがその一枚の写真に写ってる。しかもおれがプリントした一枚にね。カメラマンになることは、そこで諦めたと言ってもいいのかもしれない。
おれの作品は、会場を探し回ってようやく見つけられた。まとめて貼り出された下の方、自分でも見落としそうなくらいの位置にそれはあった。佳作。いわゆるギリギリ入選。まあ努力賞って感じかな。頑張ったで賞って感じ。何の慰めにもならなかった。
ん? ああ、そうね。そういう意味では、その当時からおれはプレイヤーというか、クリエイターではないんだなって思うよ。編集者の方が向いていたんだろうね。少なくともKの写真の良さを理解して、選んで応募できたわけだからね。それで結局そのままこの人生だよ。
まあおれは、一応写真の大学には進めたから、所期の目的を達成したと言えなくもない。その佳作が効いたのかどうかはわからないけど。そして結局カメラマンとしては生きていけなかったから、遠回りしただけなんだけどさ。
そう。Kはね。知っての通り、大学には行かなかった。カメラマンにもならなかった。間違いなく才能があったのにね。そのことで、おれは真剣に腹を立てた。だって、おれより確実に才能があるやつが、ある日突然、カメラマンになるのをやめた、東京へも行かないって言い始めたんだぜ。そりゃ腹も立つよ。こっちは必死にやって、ようやく入選で、ギリギリ大学に滑り込もうとしてたのにさ。それをあっさりやめたって言われたらさ。
今ならわかるよ。でもさ。当時は若かったし、何より才能のある奴が夢をあきらめて家業を継ぐなんて、おれには信じられなかった。というか許せなかった。侮辱されているとさえ思った。だから、高校卒業以降、あいつには会ってなかったんだ。
それで今日さ。ひどいよな、あいつ。どこまで人をバカにしてんだって。写真捨てて、家業の鉄工場で働いて、嫁さんもらって、娘までいて。それでおれより先に死んじまうなんて、どこまでおれをバカにしてんだって。
おれたちは、新幹線の浜松駅のホームのベンチに並んで座っていた。隣には、やはり黒い服を着たMが座っていた。彼女は、まっすぐ線路の方を見ていた。駅のホームでは、通過列車のアナウンスがあった。
「これが、おれが浜松駅に帰ってくると、ドキドキする理由、かな」
彼女は、こちらを振り向いた。その顔には、同情の影が浮かんでいた。が、次の瞬間、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情になって「あっ」と叫んだ。そして、おれの背後を指差して「あれ」と言った。
振り向くと、轟音と共に、通過列車が入ってきた。その車体は黄色かった。
ドクターイエロー。
30年前とは違う、最新型の黄色い新幹線。検査用に作られた、レアキャラ。俺たちはその黄色い車体が浜松駅の通過線を走り去るのを見ていた。そして最後尾の車両が通過すると東京方面に首を振り、その車体が小さく消えるまで見守った。
黄色い点が見えなくなっても、しばらくそのまま見続けていた。東京行きの新幹線が到着するアナウンスが聞こえたとき、ようやく彼女は振り向いた。彼女の頬には、二本の涙のあとがついていた。それを見て、おれもようやく泣くことができた。