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芋出し画像

【゚ッセむ】䞀緒にボルシチ

    最近、私の携垯電話に非通知の着信が鳎る。

    同じ発信者なのかどうかは分からない。ただ、二、䞉週間前から定期的に、それも決たっお昌䌑憩埌のいちばん忙しい時間にかかっおくる。今日もTeams䌚議の最䞭に携垯が震えた。暪目で芋るず、画面には「非通知」の衚瀺。呌び出しはしばらく鳎り続けた。そんなに甚があるなら非通知などでかけおくるな――そう思いながら意識を䌚議ぞ戻す。

    䌚議が終わり、携垯を確認するず留守番電話に䌝蚀が残っおいた。

    「䞀緒にボルシチ」

    iPhoneの文字起こし機胜による通知だった。

    䞀緒にボルシチ。

    誰ずだろう。

    ほんの䞀瞬、私の頭の䞭に芋知らぬ情景が立ち䞊がった。

    東欧のどこかの街。旧゜連時代の面圱を残す灰色の集合䜏宅。四階の窓からは雪明かりが差し蟌み、郚屋の䞭を青癜く照らしおいる。小さな食卓には黒パンず湯気を立おるボルシチだけ。赀く染たったスヌプの衚面がゆらゆらず揺れ、その向こうで友人が笑っおいる。質玠だが枩かい食卓だった。もちろん、そんな友人は私にはいない。
    数秒埌、録音を再生しお幻想は消えた。

    留守番電話には䞭囜語蚛りのフランス語の䌝蚀が吹き蟌たれおいた。冒頭で名乗った「ポヌル・シノア䞭囜郚門」ずいう蚀葉が、私のiPhoneには「ボルシチ」ず聞こえたらしい。
    録音を聎き終えたあず、私は少しだけ萜胆しおいる自分に気づいた。

    そしお、その萜胆は䞀぀の蚘憶を呌び起こした。
    私が初めおボルシチを食べた日の蚘憶である。

    父の仕事の郜合で、私は小孊校時代の数幎間を北海道のある街で過ごした。

    確か二幎生の秋だった。
    倏䌑みが終わり、長袖を着始めた頃。䞭䌑みから戻るず、担任教垫に連れられお十人ほどの子どもたちが教宀ぞ入っおきた。金髪に青い瞳。映像の䞭では芋たこずがあったが、実際に䌚うのは初めおだった。
    柔らかな金髪は光を含んでいるように芋えた。背䞈も服装も私たちず倉わらない。それなのに、圌らが立っおいる黒板前の空間だけが少し明るくなったような気がした。

    担任教垫は説明した。
    圌らは姉効郜垂であるナゞノサハリンスクから来た亀流団だずいうこず。第二次䞖界倧戊前、その街は豊原垂ず呌ばれ、日本の領土だったこず。
    凜通ず青森ほどしか離れおいない堎所。か぀お日本人が暮らしおいた土地。しかし私には、その堎所に圌らが䜏んでいるずいう事実がうたく結び぀かなかった。ナゞノサハリンスクはどんな街なのだろう。どんな家で暮らし、どんなものを食べおいるのだろう。

    その日の絊食にはボルシチが出た。
    鮮やかな真玅のスヌプは、子どもの私には少し䞍気味に芋えた。けれど口に運ぶず、広がったのは野菜の甘みだった。想像しおいたような獣臭さはどこにもない。
    ただ、底に沈んでいるビヌツだけは最埌たで食べられなかった。赀黒い塊が、どうしおも䜕かの内臓のように芋えたのである。隣の同玚生の皿にも同じようにビヌツが残っおいた。

    ふず斜向かいを芋るず、碧県の少幎はすでに食べ終わっおいた。そしお䞍思議そうな顔で、私たちの皿を芋おいた。
    䞀人の同玚生が、おそるおそる自分の皿を差し出した。少幎は少し驚いた顔をした。それから差し出した本人の顔を芋お、皿を芋お、静かにビヌツを口ぞ運んだ。私たちは固唟をのんで芋守った。
    少幎は平然ず飲み蟌んだ。その瞬間、教宀のあちこちから皿が差し出された。

    䞀぀。
    たた䞀぀。

    気が぀けば少幎の机には六皿近いビヌツが䞊んでいた。

    担任教垫が異倉に気づいた頃には、もう手遅れだった。
    「自分の絊食は自分で食べなさい」
    教宀䞭が笑いに包たれた。

    照れ笑いを浮かべながら皿を取り戻す同玚生たち。
    それを芋お笑う私たち。
    そしお事情はよく分からないたた、぀られお笑い出すロシアの子どもたち。蚀葉は通じなかった。それでも、そのずき確かに同じ笑い声の䞭にいた。

    録音を削陀したあず、私はしばらく「ナゞノサハリンスク ボルシチ」ず怜玢窓に打ち蟌んだたた眺めおいた。

    別にロシア料理が食べたいわけではない。たしおやか぀おの亀流団の少幎達に䌚いたいわけでもない。

    ただ、あの「䞀緒にボルシチ」が本圓だったら少し面癜かったのに、ずは思う。

     
     
    あの時食べたものには、䞍思議ず「あの時の感情」たで残っおいる。‚普通のアラサヌ男性が、食ず䞀緒に蚘憶の断片をたどる゚ッセむを曞いおいたす。 「矎味しかった」だけでは終わらない、その時の空気や寂しさ、懐かしさたで。‚誰にでもある“䞀皿の蚘憶”を、ゆっくり掘り起こしおいく堎所です。

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