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愛の体重計

    体重計を降りると、スマートウォッチが微動した。

    ーーー
    アイの減量に成功
    ▽0.5kg 3,600kcal
    ーーー

    ……アイ?

    わたしは、その体重計が届いた日のことを思い出した。


    ー 先週の土曜日
    最新式の体重計をポチった翌日、それが届いた。

    あれ、違う。
    わたしが頼んだのは、これじゃない…

    ーーー
    「愛の体重計」

    この体重計を使えば、
    あなたが愛を減らすたびに、
    体重も減ります
    ーーー

    愛じゃなくて、AIなんだけど、間違って買った?

    どれどれ。

    踏み台の中央に、逆さのハートが薄く浮かんでいた。
    ジョークグッズって感じね。

    スマートウォッチが付属しているのは、いいかも。
    これ、普段も使えそう。
    返品するの面倒だし、計れるならいいか。

    体重計に乗ってみた。


    55.5kg


    また、戻ったか。

    捨てる予定の体重計にも乗ってみたが、同じ数字だった。


    30歳で49.5kg


    50kgに乗せないことが、わたしのプライドだった。
    でも、彼と付き合ってからは、そんなものは消えた。
    年々、代謝が落ちる。

    職場から歩いて帰ったり、糖質抜いたり。
    いろいろチャレンジしたけど、続かない。


    変わらないと、わたし。


    こいつで、毎朝計って、意識から変えていく!

    よし、気合いを入れたところで、疲れたから、もう寝る。

    そういえば、昨日の食べかけの羊羹があったっけ。



    ー 昨日の夜
    2週間ぶりのデート。

    映画見て、焼き鳥食べて、ビール飲む

    仕事帰りで、せわしない。
    けど、平日終わりの特別な感じが好き。


    「あれ、その腕時計、どうしたの?」

    「あー、これね」
    「体重計を買ったんだけど、付属されていたやつ」
    「健康状態もアプリで確認できて、超便利」

    「体重計買ったんだ、またダイエット始めるの?」

    「またって、何よ」

    「だいたい、お菓子好きなのに、糖質抜きとか無理でしょ」

    「プチン、だよ」

    「どうせ、また、羊羹片手に、ネトフリとか見てさ」

    「プチン、プチンだよ、あんた」

    「寝る前に食べちゃダメでしょ、意思が弱いんだよな、意思が」

    「プッチン、プッチン、プッチンプリンだぁぁぁ!!! おのれぇ」

    「わかっているんだよ、そんなことは、わたし自身が!」
    「毎回毎回、わかりきっていることを指摘をしてきて!」
    「腹立つ、ほんとに、いちいち、なぞんないで!」

    「はい、はい」


    この漫才みたいなやりとり、楽しいけど、地味に腹立つ。

    30で付き合い始めて、1年もすれば、結婚の準備に入るものだと思っていた。
    それを、ずるずると、代謝を減らすわたしを、嘲笑うかのようにさ。
    あんたが、早くもらってくれないから、むかつく。
    婚活アプリでも始めようかな、まじで…

    そんなこんなで、いろいろ思うところもあるけども、飲んでは、食べては、それなりに楽しんだ。

    終電前になんとか電車に飛び乗って、千鳥足で、家まで辿り着いた。

    明日、朝からゴルフだって?

    普通、家まで送るでしょ、あんぽんたん。



    ー 今日の朝
    毎朝恒例の体重審査会。

    ずっと、55キロを行ったり来たりの一進一退の攻防。

    でも、昨晩の暴飲暴食により、結果はわかっているのです。
    はぁ、乗りたくないけど、自分への戒めといたします。


    55.0kg


    えっ、嘘

    0.5キロ落ちてる

    そんなわけない。

    この体重計、壊れたのかな。
    前の体重計捨てちゃったしな…

    スマートウォッチが微動して、文字が流れてきた。

    ーーー
    アイの減量に成功
    ▽0.5kg 3,600kcal
    ーーー

    アイ?

    わたしは、体重計が届いた日のことを思い出した。

    あぁ、AIじゃなくて、愛のやつね。
    愛が減ったから、体重が減った?
    ジョークグッズなのはわかるけど、体重は正しく計ってもらわないと…

    また、体重計買うのもなぁ。

    いいこと思いついた!
    スパに行って、風呂上がりに体重を計る!

    ひとり満喫のオアシスに行く口実を作って、スパに足を運んだ。


    55.0kg


    あれ、うちの体重計は壊れていない…

    あれこれ満喫して、リラックスルームでスマホをいじっていたら、彼からチャットが届いた。

    ーーーーーー
    ごめん!
    来週もゴルフすることになりそう
    また連絡する
    ーーーーーー

    またか。
    デートも隔週があたり前になってきたな。

    なんだか、リゾート気分も興醒めして、家に帰ることにした。


    コンビニで買った、羊羹をつまみに、缶チューハイを飲む。
    恋愛リアリティショーの最終回を、ついに見終わった。
    もう、見るものないな。

    ヒマだな。
    何やっているんだろうな、わたし。


    よし、決めた!


    前から気になっていた、婚活アプリに登録をしてみよう。どんなものか見てみたいし。


    はぁ… しんどい。
    登録だけで何時間がかかっただろうか、眠い。

    最後の一絞りで「公開」ボタンをタップした。

    早速1通の通知が。

    えっ、はやっ。

    また2通の通知が。


    …明日の朝、まとめて見よう。



    ー 翌朝
    54.5kg

    また、0.5kg落ちてる。
    ……おかしいな。

    ーーー
    アイの減量に成功
    ▽0.5kg 3,600kcal
    ーーー

    鏡越しに見る自分の顔、なんだか少し締まったような。
    スパのおかげ? 気のせい?

    婚活アプリからは大量の通知が届いていた。

    アプリを開いたら、100件近くあることがわかった。


    嬉しい!!!


    まだまだ、わたしも捨てたもんじゃないわね。
    今日1日、わたしはこれにかける!


    終わらない… 捌いても、捌いても。


    50人はチェックしたかな。
    その間、ひとりの男性と、メッセージのやりとりが何度か続いた。

    もう、いいや。
    疲れた、寝る。


    ベッドに入る直前、彼から通知が届いた。
    後ろめたさもありながら、チャットを開いた。

    ーーーーーー
    高級羊羹をゲット! 今後持っていくよ〜
    ゴルフの埋め合わせ、いつにしようか^^

    いいね!
    いつがいいかな、ようかん、がえておくわ〜

    くだらな w

    寝る、おやすみ♪
    ーーーーーー

    次の金曜日はもしかしたら会えないかも。

    あれから、毎日、婚活アプリが日課となった。
    体重計は数字を減らし続けていた。



    ー 金曜日
    今日は、ずっとメッセージをやりとりしていた、茶坊主さんと対面の日。

    今朝の体重審査の結果は51.5kg

    平日には使わないファンデを丁寧にあてながら、鏡の前で、首を左右に動かしては、アゴのラインを見る。


    痩せた、わたし。


    仕事を終えて、待ち合わせの恵比寿に向かった。
    彼からのゴルフチャットが届いているのに気づいたが、開かなかった。


    待ち合わせのイタリアンの前で待っていると、ひとりの男性が立っていた。

    写真の顔と似ているかな、そうかな。

    めっちゃ緊張してきた。

    こっちに来た!


    「あの、羊羹さんですか」

    「はい」

    「茶坊主こと、鈴木です。はじめまして」


    それから2時間近く、話も弾んで、また、会う約束となった。

    それから連日、わたしのスマートウォッチには、アイの減量メッセージが流れた。



    ー 次の金曜日
    わたしはいつもの店で、彼と食事をしていた。

    羊羹ゲット、焼き鳥食べて、ビール飲む

    いつもなら、ご機嫌になるところだが、今日はそうもいかない。

    今日は、1年前に笑ってごまかされたセリフを言おうと決意していた。
    茶坊主さんとも、このままズルズルとはいけない。


    料理も、ビールも、会話も、いつも通りに進んでいく。

    うーん、タイミングが合わない、楽しい会話に水を差せない。
    ここで話すのは、やっぱり無理か。
    帰り際かな。
    いや、やっぱり、チャットにしようかな…


    そもそも、引き留めて欲しいのかな、わたし。


    「あのさ、ちょっと大事というか、伝えたいことがあってさ」

    えっ、ドキッとした。

    少し真面目な顔して、彼は言った。


    「来月、課長に昇進する」


    「おっ、おめでとう」


    彼のゴルフも半分は接待なのも知っていた。
    もちろん、仕事が認められたんだろうけど。

    わたしは自分の決意を打ち消すように、矢継ぎ早に言葉をかけた。


    「よかったね、ほんとに」
    「30歳で課長かぁ、すごいよね」
    「よし、飲もう!」


    それから、1時間近く飲んだ。

    家まで送るよ、と言われたけど、一人で帰りたくて、適当に嘘をついた。



    彼が仕事の話をするときって、いつも、わたしにも理解できるように話してくれているのがわかった。

    そういう気遣いができる人だから、仕事がデキるんだろうなって。

    たぶん、わたしの嘘もわかっている。
    それでも送るよと、彼は言わない。




    あなたは知らないでしょう。

    毎朝、体重計に乗るたび、
    あなたの顔を思い浮かべていたことを。

    最初は無理だと思った。
    でも、減っていく数字が、
    今日という日を決めてくれた。

    痩せ我慢も、これで最後かな。



    家について、彼にチャットを送った。
    ほどなくして、通知が届いたが、開くことはなかった。


    そして、愛の体重計は処分した。



    ー 翌朝
    新しい体重計は49.5kgを表示した。

    わたしは羊羹一切れを口に運んで、お茶を飲んだ。
     
     
     


     
     
    「もしも」をテーマにしたショートショートを中心に書いています。不思議で、少し笑えて、少し考えさせる物語を書いています。ときどきエッセイも。 もしもの、もしもし https://note.com/yossi_yossi2026/m/m27ee1970484a

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