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【百年ニュース】1920(大正9)4月12日(月)内務省の都市計画委員会が東京市拡大の範囲を決定。海外の大都市を参考にし東京駅を中心に約10マイル範囲に。従来の東京市(15区)に隣接5郡82町村(荏原郡,豊多摩郡,北豊島郡,南足立郡,南葛飾郡)を合併する方針を決定。→関東大震災あり実現は1932年に。

    吉塚康一 Koichi Yoshizuka

    東京の都市計画委員会座長である和田豊治は、当時渋沢栄一に続く次世代の財界世話役として頭角を表していた。当時59歳。富士紡績、日華紡績、理化学研究所等多くの企業を創立し、日本工業倶楽部設立に奔走した。実業界が明治期の金融中心から、大正期の工業中心へと移行するに従い影響力を高めた。

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    株式会社キュリエ代表取締役。ときどき100年前の出来事をつぶやきます。主に自分の勉強のためです。関心は近代日中外交史/経済史/経営史です。早大社学研/博士満退/劉傑ゼミ/1971年生/新潟市出身/96年新卒で三井物産/05年退職&起業/新潟大学法学部卒/三児の父。

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