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『空を捨てた街』

    第三章

    雲海へ落ちた声

    太陽が黒く染まった夜。

    アーク・ノヴァは眠らなかった。

    避難警報。
    軍の巡回。
    閉鎖される区域。

    空には巨大な軍用灯が浮かび、街を昼みたいに照らしていた。

    でも、人々の顔は暗い。

    皆、気づき始めている。

    この世界は、
    もう長くない。

    カナタは旧格納庫へ戻っていた。

    父の船、“ノア”。

    船体に触れる。

    冷たい鉄。

    でも、不思議と鼓動みたいなものを感じた。

    「お前は何を知ってたんや……」

    返事はない。

    代わりに、格納庫の奥で小さな音がした。

    カチッ。

    カナタが振り返る。

    誰もいない。

    だが、ノアの通信盤だけが淡く光っていた。

    あり得ない。

    電源なんて死んでいるはずだった。

    ザー……

    ノイズ。

    まただ。

    カナタはゆっくり通信機へ近づく。

    すると突然、音声が割り込んだ。

    ⸻

    『……応答しろ、ノア』

    ⸻

    若い女の声だった。

    カナタの呼吸が止まる。

    通信は続く。

    ⸻

    『こちら地上探索班E-17』

    『まだ空に生存者はいるのか?』

    ⸻

    地上。

    その言葉だけで、全身が凍る。

    カナタは震える手でマイクを握った。

    「……誰や」

    沈黙。

    そして相手も息を飲んだようだった。

    ⸻

    『人……?』

    『空の人間が、生きてるの……?』

    ⸻

    その声には、驚きより、
    “安心”が混じっていた。

    まるで。

    ずっと独りだったみたいに。

    「地上は滅んだんちゃうんか」

    通信の向こうで、小さく笑う声がした。

    乾いた笑い。

    ⸻

    『逆よ』

    『滅びかけてるのは、空の方』

    ⸻

    ブツッ。

    通信が切れる。

    同時に格納庫の扉が開いた。

    「いたぞ!!」

    軍だった。

    黒い装甲服。

    教会紋章入りの銃。

    その瞬間、ガレスが後ろからカナタを引き倒した。

    銃声。

    火花。

    通信機が吹き飛ぶ。

    「逃げろ!!」

    「ガレス!?」

    「軍に地上通信がバレた!! もう終わりや!!」

    格納庫へ兵士が流れ込む。

    「対象を確保しろ!!」

    「下落ち候補だ!!」

    狂気みたいな声だった。

    カナタは父の手帳を掴み、ノアへ飛び乗る。

    「まさか……!」

    ガレスの顔が青ざめる。

    「その船使う気か!?」

    「飛ぶんやろ!?」

    「それは“飛ぶ船”ちゃう!!」

    次の瞬間。

    銃弾が船体を撃ち抜いた。

    カナタは反射的に起動レバーを叩く。

    沈黙。

    そして。

    ゴォン……!


    船体奥で、低い振動音が響いた。

    格納庫全体が揺れる。

    古いエンジンが目を覚ます。

    ノアの機体側面が青白く発光した。

    兵士たちが後退る。

    「なんだこの船……!」

    カナタにも分からなかった。

    見たことのない動力。

    見たことのない光。

    だが。

    ノアはゆっくりと浮かび上がる。

    普通の空挺船と違う。

    風を使っていない。

    まるで重力そのものを拒絶しているみたいだった。

    警告音が鳴る。

    計器が点灯する。

    そして操縦席中央に、一文だけ表示された。



    【降下モード 起動】



    カナタの背筋が凍る。

    降下。

    その意味を理解した瞬間。

    軍が叫ぶ。

    「止めろ!!」

    「その船を下へ行かせるな!!」

    銃声。

    爆音。

    格納庫崩落。

    だがノアは、真下へ落ち始めた。

    空を飛ばずに。

    雲海へ向かって。

    まるで。

    最初から“下へ行くため”だけに作られた船みたいに。 。
    第四章

    雲の下

    雲海へ落ちる感覚は、“飛行”とはまるで違った。

    浮遊感じゃない。

    沈んでいく。

    世界から見放されるみたいに。

    ノアは白い雲の層へ突っ込んでいく。

    警報音。

    激しい振動。

    窓の外は真っ白だった。

    カナタは必死に操縦桿へしがみつく。

    「うおおおっ……!!」

    普通の空挺船なら、とっくに墜落している高度だった。

    だがノアは落ちない。

    壊れない。

    雲の中を“滑って”いた。

    まるで、この船だけが空のルールから外れているみたいに。

    その時。

    通信機が再び光る。

    ザー……

    ノイズ。

    そして、あの声。

    ⸻

    『生きてる!?』

    ⸻

    「……あんた!」

    女の声は少し息を切らしていた。

    ⸻

    『よかった……反応消えたから』

    『今どこまで降りた!?』

    ⸻

    「知らん!!」

    カナタは叫ぶ。

    「ていうか何なんやこの船!!」

    少しの沈黙。

    それから相手は言った。

    第四章

    雲の下

    雲海へ落ちる感覚は、“飛行”とはまるで違った。

    浮遊感じゃない。

    沈んでいく。

    世界から見放されるみたいに。

    ノアは白い雲の層へ突っ込んでいく。

    警報音。

    激しい振動。

    窓の外は真っ白だった。

    カナタは必死に操縦桿へしがみつく。

    「うおおおっ……!!」

    普通の空挺船なら、とっくに墜落している高度だった。

    だがノアは落ちない。

    壊れない。

    雲の中を“滑って”いた。

    まるで、この船だけが空のルールから外れているみたいに。

    その時。

    通信機が再び光る。

    ザー……

    ノイズ。

    そして、あの声。



    『生きてる!?』



    「……あんた!」

    女の声は少し息を切らしていた。



    『よかった……反応消えたから』

    『今どこまで降りた!?』



    「知らん!!」

    カナタは叫ぶ。

    「ていうか何なんやこの船!!」

    少しの沈黙。

    それから相手は言った。

    『その船は、“旧世界”の船よ』



    旧世界。

    聞いたことのない言葉だった。



    『空ができる前の時代』

    『まだ人類が、地面で生きてた頃の技術』




    カナタは息を飲む。

    あり得ない。

    学校でも教会でも、空の文明こそ“最初の世界”だと教わってきた。

    地上は滅びた世界。

    空こそ救済。

    そう習った。

    だが。

    全部、違うのか。

    突然、船体が激しく揺れた。

    ゴォォォン!!


    何かに衝突した。

    窓の外を巨大な影が横切る。

    「なんや今の!?」



    『雲喰いよ!!』



    次の瞬間。

    白い雲の中から、“目”が現れた。

    巨大だった。

    船より大きい。

    暗闇みたいな黒い瞳。

    長い骨のような身体。

    雲の中を泳ぐ怪物。

    カナタの全身から血の気が引く。

    「うそやろ……」

    怪物はノアを見つめていた。

    ゆっくり。

    獲物を観察するみたいに。

    通信の向こうで女が叫ぶ。


    『逃げて!!』

    『ノアは武装がない!!』



    その瞬間。

    怪物が口を開いた。

    空気が震える。

    轟音。

    白い雲が吹き飛ぶ。

    ノアが激しく回転した。

    計器が赤く点滅する。

    【機体損傷】

    【高度限界突破】

    【重力安定率 低下】

    「くそっ……!!」

    カナタは操縦桿を握る。

    逃げろ。

    考えるな。

    だがその時。

    父の手帳が床へ落ちた。

    ページが勝手に開く。

    そこには見覚えのない文字が並んでいた。

    だが。

    なぜか読めた。

    『雲喰いは光を恐れる』




    その瞬間だった。

    カナタは咄嗟に、操縦席横のレバーを引いた。

    ゴンッ!!

    ノア後部が開く。

    そして。

    青白い閃光が、雲の中を貫いた。

    怪物が悲鳴を上げる。

    空気が裂ける。

    雲喰いは身体をよじりながら、暗闇の奥へ消えていった。

    静寂。

    荒い呼吸だけが残る。

    カナタは呆然とレバーを見つめた。

    「……なんやこれ」

    通信の向こうで、女が小さく呟く。



    『やっぱり……』

    『その船、本当に残ってたんだ』


    その声には、恐怖が混じっていた。

    そして同時に。

    どこか希望みたいなものも。

    ノアはさらに下降を続ける。

    白い雲が、少しずつ薄くなっていく。

    やがて。

    カナタは見た。

    雲の切れ目の向こう。

    遥か下。

    暗黒だと思っていた世界に。

    無数の光が広がっていた。

    街だった。

    地上は。

    滅んでなんかいなかった。


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