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廃トンネルの呻き|掌編小説 #アカリウム肝だめし 創作部門大賞受賞作品

これは、ワタシの親友の友達が人づてに聞いた心霊体験だそうです。



「これ、どう見たってヤラセだよな」

大学の定期試験が終わり、明日から長い夏休みが始まろうとしていた日のこと。同じテニスサークルに所属している同い年の岡崎勝平が、あるYouTube動画を観せながら同意を求めてきた。

その動画は、ユーチューバーが夜更けにとある廃トンネルの中に一人で入り、心霊現象を撮影しようという内容だった。

俺は内心悪趣味だなと思いつつ、岡崎と一緒に動画を観る。
そのユーチューバーが声を殺してトンネル内へ足を踏み入れていくと、ほどなくして、


「……っい」


という、人の呻き声のようなものがはっきりと入っていることを、このユーチューバーが「ななななんと!!ついに幽霊の声を収録しちゃいました!!」と大げさなアクションで解説していた。

「どうせもう一人がカメラが映っていないところにいて声出しただけだろ。これで再生回数稼ぜるのかな」
「どうだろうね」

夏の時季になるとお茶の間を賑わせていた『心霊番組』は、もはや放送されなくなっていた。

昨今のカメラの高性能化により奇妙な写真が生まれなくなった他、怪奇現象のようなオカルト番組を放送することに「非科学的だ」とクレームを投げつける視聴者が増えており、制作サイドではリスクがある心霊番組よりもウケがいいトーク番組を中心に見据えた番組制作に切り替えていった。

心霊番組に代わって、一部のユーチューバーたちが心霊スポットを巡る動画を配信しているが、こちらはこちらで絶対にヤラセだろうという内容のものがほとんどで、視聴者もそれを黙認した上で視聴しているような有様だ。

そんなヤラセまがいの動画の一つ一つを、岡崎は指摘しては俺に同意を求めてくることが日課になっていた。
こいつは相当暇人なのだろうが、それに付き合っている俺も暇人の一人かもしれない。

最後まで動画を観る前に画面を閉じた岡崎が、何かを思いついたような顔つきをしていた。

「この夏、何か予定ある?」
「ああ、バイトくらい?実家に帰るのも面倒だし、今年はここで過ごすつもり」
「ふ~ん……なるほど~……」

岡崎の顔つきがだんだんとニヤニヤしてくる。

「なんだよ?何か企んでない?」
「お前さあ、最近、みずほちゃんと良い感じだよな」
「な、なに言い出すんだよ!!」
「図星~」

そう言うと、岡崎が堪え切れずに、夏の青空に向かってケラケラと笑い出した。


***


それから数日後。
岡崎が考えていたある企てをLINEで聞かされた俺は、部屋のベッドで横になり、深いため息をついた。

『みずほちゃんと真帆ちゃんに声かけたらOKもらえたから、早速今度の水曜日に決行ということで。バイト入れるなよ?』

岡崎が企画したそれは、何の捻りもないありきたりな『肝試しデート』だった。
この前に観た心霊スポット動画の廃トンネルが、ここから車で約二時間程度で行ける場所だと知り、岡崎が男女四人で行こうという話が俺の同意もなく勝手に決まっていたのだ。

岡崎が声をかけた同じテニスサークル所属の女の子二人のうちの一人、掛川みずほはゼミもサークルも一緒の同級生で、岡崎は両想いだろうと勘違いしているようだけど、実際は俺の片想いのようだ。
大学一年の時は結構いい感じに仲が良かったが、二年になってから俺に対して素っ気ない態度が続いていた。何か失言でもしたのかと思ったけど、思い当たる節はなく、気持ちがモヤモヤしたままの日々が続いていた。

もう一人の女の子、黒井真帆は学年が一つ下の黒のロングヘアが似合うスレンダー美人で、美男美女が揃っているこのサークル内でも一、二を争うほどの人気者。岡崎はこの黒井との距離を縮めたいがために声をかけたようでシタゴコロありありだろうけど、黒井は二つ返事でOKしたようだ。

これで男女四人のメンバーが決まった。

だが、この軽はずみな行動が、後に俺を含めた全員が絶望の淵に追い込まれるとは、この時は誰も予想できなかった。


***


『肝試しデート』の前夜。

そろそろ寝ようとベッドで横になったところで、岡崎から電話がかかってきた。明日の打ち合わせかなと思いながらスマホに表示されていた受話器ボタンをタップする。

『今、大丈夫か?』
「ああ、今から寝ようとしていたところ」
『あのさ、明日のことなんだけど……』
「なんだよ。まさか、怖くなってきたから止めよう、とか?」
『いや、そうじゃないんだけど……』

何か言いにくいトーンで話す岡崎だったが、意を決したように、今日あったことを話し始めた。

明日行く廃トンネルについて気になった岡崎が、同級生の篠山小夜子を大学近くのカフェに呼び出して例のユーチューバーの動画を見せたのだという。

篠山は霊感が強いようで、霊を見るのが大好きという奇怪な女の子。
一人で心霊スポット巡りに行ったり、ホラー映画を深夜帯に真っ暗な部屋で平然と観たりと、誰もが距離を置きたくなるような子だ。
嘘かホントかは知らないが、昨夏に篠山が入っているゼミ合宿の夜に怪談話をして、そのあまりの恐怖に女の子二人を失神させてしまったそうだ。

そんないつも無表情で凹凸がない平たい顔をした篠山が、この動画を観た瞬間、眉間に皺を寄せたのがはっきりと分かったという。

このヤラセ動画に不快感を示したのだろうと、岡崎が俺の時と同様に、軽いトーンで賛同を求めた。

だが、篠山から発した言葉は意外だった。

「これ……どこのトンネル?」
「どこって、隣の県の山の中にある使われていないトンネルだけど」
「こんなトンネル、知らない」
「へ?」
「私、これまで沢山の心霊スポットへ行ったけど、こんなトンネル、知らない」
「え、そうなの?」
「それに……」
「それに?」
「……いや、なんでもない」

そう言うなり急に立ち上がり「用事思い出したから帰る」と言って、アイスコーヒー代八百円を置いて店を出て行ってしまった、という話だった。


「篠山さんが知らない心霊スポットってあるんだなって」

呑気な声で話す岡崎だが、どことなく元気がないようにも聞こえた。
俺は何だか胸騒ぎがしてきた。

「そのトンネル、本当に行って大丈夫なのか?」
「あの篠山さんが知らない心霊スポットに行ったなんて、良いネタになるじゃん」
「いや、そんなことよりも、身の安全を優先した方がいいって話」
「ここで引き下がったら男が廃るってもんだよ、清瀬くん。じゃあ明日は大事なデートだから絶対に遅れるなよ」

岡崎は俺の忠告を無視して一方的に話を切り上げて電話を切った。

スマホの時刻がもうすぐ一時を指そうとしていた。
電話を切った後もしばらくは動悸が収まらず、ベッドの上で何度も寝返りを打った。


***


そして迎えた『肝試しデート』当日。

深夜帯だと何かあったら危険と思った岡崎が「昼に肝試しに行って、その後は近くの展望台にあるレストランで飯でも食おうぜ」という話になり、大学の最寄り駅前に十時に集合した。

約束の時間より三十分早めに待ち合わせた男子二人は、岡崎が先に駅前のレンタカー会社へ手続きをしに行っている間、俺は女子二人を待つことになった。

「清瀬先輩、こんにちは!」

先に現れたのは、黒井だった。
夏らしく大きめの麦わら帽子に白のキャミソールと黒のハーフパンツ姿に、これから行く場所が心霊スポットだとは到底思えない。黒のロングヘアが白のキャミソールにマッチしていて、ちょっとドキドキしてしまった。

「行く場所、聞いているんだっけ?」
「はい、聞いていますよ!有名な秘湯に行くんですよね?ワタシ、秘湯巡り好きなんですよね~今から楽しみです!」

岡崎め、嘘ついてまで誘いたかったのか。
こんな強引な方法で成功するとは、考えが甘いのではないだろうか。

「二人ともこんにちは」

そんなことを考えている最中に、俺たち二人の前に現れたのが、掛川だった。

薄水色の半袖シャツにひざ下までの濃紺のジーンズという組み合わせは、大学生としては一見地味な印象があるものの、『みずほ』という名前に合わせるかのような落ち着いた服装に、俺の目は釘付けになった。

そんな掛川は、黒井ばかりに視線を向けて、俺には全然向けようとしない。

どう考えても避けているようにしか見えないが、それなら何故今回の誘いに乗ったのだろうか。掛川の心情が分からない以上、どうにもならないが。


プップッ


レンタカーを借りた岡崎が、クラクションを鳴らしながら駅前のロータリーにやってきた。山の中を走る予定のためコンパクトカーを用意したが、コンパクトカーの方がみんなとの距離感がグッと縮まるだろうという岡崎のシタゴコロもふんだんに含まれている。

車から降りてくるなり「二人ともお待たせ~!ではキャストも揃ったことだし、いっちょダブルデートに行きますか!!」と調子よく話しかけた時、黒井が「別にデートのつもりなんてさらさらないんだけど……」とぼそりをツッコミが入れているのが耳に入った。これは相当ハードル高そうだな、ご愁傷さまと心の中で呟いた。

一方の掛川は、特段表情に出さずにそそくさと後部座席に乗り込んだ。

行く前にちょっとくらい会話したかったけど……何だか気まずい気持ちのまま四人を乗せた車は予定通り走り出した。


***


出発してから滞ることなく隣の県に入り、目的地の廃トンネルまで順調に進んでいた。

運転席には岡崎、助手席に俺、後部座席に掛川と黒井が乗っているが、これまで和気あいあいと会話していたが、幹線道路から外れた林道を走り出すと車内の雰囲気が一変したような気がした。

「なんだかものすごい山道に入りましたね…………」

後ろを振り向くと、黒井が一面木々だらけの車窓に目を向けながら、不安そうな表情を浮かべていた。

出発前に設定したカーナビは、例のYouTube動画内で紹介されていた場所どおりに入力したはずだが、誤っていないか再度確認しようとスマホで検索した時、ここである事実に気がついた。

「あれ?」
「え、どうした?清瀬」
「あの動画、削除されている……」

そこで岡崎がブレーキをかけた。
後部座席の二人が同時に「どうしたの?」と声を上げる。

「ええ!?だって出発前までは、あったよな?」
「うん……。でもほら」

俺はスマホの画面を岡崎の顔前に突きつけた。
黒い画面上に、「動画を再生できません」という文字が並んだのを確認した岡崎は、

「動画で見たときはこんな感じの道だったからきっと合っていると思うよ。とりあえず先まで行ってみて何もなかったら引き返せばいいんだし」

「ハハハ」と、岡崎は気を取り直してアクセルを踏み始めたが、不審に思ったのだろう、掛川が今のやりとりに反応した。

「あの……一体今からどこへ行こうとしているの?」
「岡崎先輩からは秘湯に行くって……」
「なら、『動画』って何の話!?」

俺の真後ろに座っているから表情は分からないけど、明らかに問い質す口調に変わり始めていた。
普段は穏やかな掛川が怒るなんて。

「みずほちゃん、どうしたの急に。まあ、楽しくやろうよ!」
「秘湯、じゃないですよね?行き先」

軽い口調の岡崎とキツイ口調の掛川の間に繰り広げられたやりとりに、気まずい雰囲気が漂う。

堪りかねた俺は、仕方なく真実を明かすことにした。

すると、掛川が、

「帰る!!降ろして!!」

と無茶なことを言い出した。

「いや、さすがにこんな山の中で降ろせないよ」
「それなら早くUターンして!!」

俺がたしなめても語気を荒げ、取り乱す掛川。
この時の掛川の様子から、なにか変だと違和感を覚えた。こんなに必死に怒るのを見たのは初めてだ。

一方、掛川の非難の声を間近に聞いているはずの岡崎は、いつの間にか黙りこくり、引き返す素振りを見せずにずっと前方を向いたまま黙々と運転し続ける。


もしかして、この先にあるであろう、あの廃トンネルと何か関係があるのだろうか。


そうこうしているうちに、車はどんどんと奥深く入り込んで行き、その後まもなく、前方には何やら大きな穴のようなものが見えてきた。

その姿が視界に入った瞬間、俺は喉が鳴るほどの生唾を飲み込んだ。



草深い山の中で、ひときわ異質で不気味な雰囲気を醸し出したあの廃トンネルが、俺ら愚か者たちを待ち構えていた。



***



オォォォォォォォォォォォォォォ……




車を降りて、廃トンネルの入り口にやってきた俺たち四人は、そこでしばし佇んでいた。

トンネルから風が流れてくる音が聞こえてくるが、その音が心なしか、人の呻き声に聞こえた。

ここからではトンネルの出口が見えず、かなりの距離のトンネルなのか、それとも途中でカーブしているのか、この位置からでは分からないほどの闇だった。
その闇を見つめているだけで、何だか魂まで吸い取られるのではないかと思うほど、身体がスーッと吸い込まれそうな感覚に苛まれる。


「……入るの、止めませんか?」

黒井が岡崎の背中越しにトンネルの闇を見つめていた。

「できればトンネルの向こう側まで行ってみたいんだけど。結構距離がありそうだから、とりあえずちょっと行ってみて遠そうなら引き返せば大丈夫だよ」
「でもなんだか、ものすごく危ない気がするんですけど……」

岡崎の提案にもあまり乗り気ではない黒井。

「とりあえず途中まで入ってみよう。こんなトンネルだけど、何の変哲もないトンネルなんじゃないかなー」

「はい、これ」と言って、岡崎が用意していた懐中電灯を一人一人に渡すなり、ライトを付けてトンネル内に足を運び出すとともに「怖かったら、はい」と、黒井に手を差し伸べるも、

「いえ、結構です」

黒井は無下に断り、岡崎はがっかりした表情でトンネルに入っていた。


その後に続こうと歩き始めたところ、グイッと後ろから急にTシャツを引っ張られたので、ビックリして振り向くと、掛川が深刻そうな顔で俺を見つめていた。

「清瀬くん……本当に、行くの?」
「みんないるから大丈夫だよ」
「入っちゃいけない気がして……怖い」
「それなら無理せず、外で待ってる?」

掛川は辺りを見渡したので、俺も釣られて見てみた。
木々が生い茂っていて昼間のはずなのに薄暗く感じたのだが、そういえばさっきから蝉の声が一切聞こえない。

「蝉の声が、聞こえない……」
「一人にいるのは怖い。行くから、ずっとそばにいてほしい……」
「……」

俺は自然と掛川の手を握る。
怖さで微かに震えている、掛川の手。

「大丈夫。俺がいるから」と言葉で言う代わりに、握りしめた手に力を込めた。


トンネルに入ると、先を行く岡崎、黒井の二人の懐中電灯の光以外、何も見えないほどの深い闇だった。天井に光を向けると、ところどころに崩落したような跡があり、そこから水が滴れていた。

だいぶ先まで進んでいたので、追いつくように歩く速度を上げると、怖さが増してきたのか、掛川の握る手に熱がこもり始めていた。


奥へと進むにつれて、感じたことがある。
妙な臭いがするのだ。何か生き物を焼いたような、焦げた臭い。




「……っい」



ふと、闇から何か声がしたような気がした。
あの動画で収録されていた声に、とてもよく似ていた。

それは、俺の左側にある壁近くからだった。



俺は直感でその音の方向を見ず、早く前の二人に追いつこうと駆け足になる。

「清瀬くん、どうしたの?」
「早く二人と合流しよう」
「うん……」

何かを察したのか、掛川は何も言わずに俺に従い駆け出した。


すると、前の二人が立ち止まったままトンネルの奥に懐中電灯を向けていた。

「どうした?」

俺が岡崎の背中に声をかけると、岡崎はこちらには振り向かず、先にある闇を見つめながらボソリと呟いた。

「清瀬、今、何か聞こえなかったか?」
「えっ?」
「あの先から、聞こえてきたんだよ」

そう言われた俺は改めてトンネルの先にある闇に目を凝らした。




「……つい」




異常に近い場所から聞こえた、声。
その瞬間、全身に悪寒が駆け巡った。



違う、あの先じゃない。



俺たちの真上の天井からだ。





「つい……あつい……あつい……」





その苦しそうな呻き声は、一人二人ではなく、何十人にも聞こえてきた。

俺は意を決して、懐中電灯で天井を照らした。





「あつい……あつい……あつい……あついよ……」





そこには、天井から逆さ吊りのように何体もの人の形をした得体の知れない「何か」が、力なくぶら下がっていた。


その全てが酷く焼けただれていて、目玉や鼻が無いもの、手足が無いもの、首から上が無いものたちが、「あつい…………」「たすけて……」「いたい……」などの呻き声を発しながら、今にも俺たちの頭上に落ちてこようとしていた。



「いやあああああ!!」



天井の存在に気づいた黒井が大声で叫ぶなり、懐中電灯をその場に放り投げて逃げようと駆け出した。
それにつられて他のメンバーも無我夢中で逃げ出した。




「早く開けてください!!」

先に外まで逃げ出した黒井が、車の後部座席ドアを開けようと必死になっていた。

「ちょっと待って」という岡崎は、手元が震えているのか、車のキーを取り出せない。

そこで思わぬことに気づいた俺は、あわてふためく二人に叫んだ。


「掛川さんが、来ていない!!」


逃げる途中で転んでしまったのだろうか。
それとも……。


「どどどどうしよう」とその場にへたり込む黒井。そして顔面蒼白なまま固まっている岡崎。

あんなものを見てしまっては、普通ならもうトンネルに引き返せないどころか、今すぐこの場から立ち去りたいはずだ。


俺自身もあまりの恐怖に足がすくんでいた。
でも、このままにしていていいはずがない。


「俺が、助けに行ってくる」


「え?」という表情の二人に踵を返し、俺は懐中電灯を握りしめながら闇の中に身を投げ入れた。



不気味なほど静かなトンネル内を、俺の走る足音だけが辺りに響く。掛川はどこだ?

十メートルくらい先を光で照らしながらしばらく走ると、人の手のようなものが見えてきた。
さらに薄水色の服が見えたときに確信した。

そこには掛川がうつ伏せで倒れていた。
俺はそばに駆け寄るなり、掛川を抱き起こす。


「掛川さん!!掛川さん!!」


掛川の胸に耳を当てた。

「トクン、トクン」という心臓の音が聞こえてきて安堵する。あまりの恐怖に気絶してしまったらしい。


何とか出口まで出ようと、掛川の身体を抱えてゆっくりと歩き出したその時。




「……つい」




あの声が背後から聞こえて、ゾクリと背中に悪寒が走った俺は、恐怖のあまりにその場から動けなくなった。




「……つい……あつい……あついよ……」




声の主がジリジリと近づいてくる感覚に、俺の背中はトンネル内のねっとりした暑さに相まって嫌な汗が何筋も流れていた。

その時、俺は心の中で同じことを何度も祈った。



​――掛川を助けたい。

​お願いだから俺たちを見逃してくれ。もうこんな愚かなことはしないから。頼む……



すると、背後から近づいてきていた呻き声が、突然ピタリと止んだ。


辺りにはトンネルに入った時のように静寂が訪れた。


もしかして、祈りが通じたのか。
しばらく振り向かず、そのままじっとしていたが、その声が聞こえてくることはなかった。


そこで俺は大きなため息をつき、再び掛川を抱えながら歩き出そうとした。



えっ!?



俺の顔から血の気がどんどん引いていく。

右足を動かそうとしたが、足首に何かが絡まっていて動かせない。

いや、誰かに掴まれている。

骨が剥き出しになった指が食い込んでくるような感覚。



俺は恐る恐る後ろを振り返った。



そこには、





胴体から下が無く、全身焼けただれて顔の一部が酷く溶けて原型を留めないほどにジュクジュクにした「人間だったようなもの」が、うつ伏せになりながら両手で俺の足首を掴んでいた。



そして、目があったであろう部分に穴が開いている溶けた肉塊のような顔で、ゆっくりと俺を見上げてきた。










「おいてかないで」











それは、地獄の底から響くような怨嗟の声ではなく、先を行く母親を追いかけるような、子どもがすがる声だった。





***


この後どうやって逃げ帰ったのか、記憶がなかった。

そして、命からがら集合場所の駅まで帰ってきたときに、ある異変に気付いた。
掛川が顔を真っ赤にして、肩で息をしながらとても苦しそうにしていたのだ。
黒井が額に手を当てると「ものすごい熱だよ!!」と慌て始め、すぐに近くの病院へ担ぎ込んだ。

その時に医師からは風邪か疲れかだろうということで薬を処方されて、その日は掛川を実家まで送ってあげたが、三日後、掛川の母親から俺宛てに「あれから娘の熱がずっと下がらないから市民病院に入院することになった」との連絡が入った。

掛川が入院している病室へ駆けつけると、掛川がベッドでぐったりしたままずっと、



「あつい……あつい……あつい……」



と言いながら、苦悶の表情を浮かべていた。

医者からはどこも異常が見られず原因不明だそうで、しばらく様子を見るとのことで、母親が心配した眼差しで娘を見つめていた。

俺はまさかと思い、急遽、岡崎から篠山の連絡先を聞いてすぐに病院へ来てもらうように頼んだ。

ほどなくして病室へやってきた篠山が、俺や掛川の母親などに挨拶する間もなく、掛川に向けて指を差しながら言い放った言葉が今でも鮮明に覚えている。





「あの〜ベッドの脇にいる人って、知り合いですか?」





篠山が心霊スポット後に必ず近所の寺で除霊をしているとのことで、その住職に病室まで来てもらい、その場で急遽除霊を行ったところ、掛川の体調はみるみる回復して、二日後には無事に退院した。

あとで篠山が、

「掛川さんがうなされている間、枕元にいた全身黒焦げの霊が「ううう……」とずっと呻いていたんだよね。きっと掛川さんのこと、亡くした家族か何かと勘違いしていたのかな……」

と淡々と話していたが、俺はそれを聞いて改めて戦慄を覚えた。


***


あの一件以来、黒井真帆はサークルに顔を出すことがなくなり、俺たちとは一切関わらなくなった。たまに見かけても避けるように素通りしていくように。

岡崎勝平はその後も仲良くしているが、あの廃トンネルについてはお互いに口を閉ざし、心霊全般についても一切話題になることはなくなった。

そして、皮肉なことに、あの日を境に俺と掛川みずほとの関係は急速に縮まり、夏休みが終わりに近づいた頃から交際を始めた。

当然のことだけど、あの日のことは忘れたかのように話すことはない。



過去にあの廃トンネルで一体何があったのか。
俺たちの前に現れた、見るにも耐えがたいほどに皮膚がただれた亡霊たちは、どうしてあのような姿だったのか。




だが、あの場所には二度と関わりたくない俺らには、その謎を知る由もなかった。













■今回の掌編小説は以下のマガジンに収めています😌

■小説専門マガジンに参加中です✨️

■創作が泳ぐ水族館に入館しています🐬



この作品は、赤髪のあかりさん企画【アカリウム肝だめし】応募作品です🍧


初めて本格的なホラー小説を執筆しました。
この暑い夏の中、作品を読んで少しでも涼しんでいただければ嬉しいです🍧

ここまで読んでいただきありがとうございました🍀



追伸

この作品でコングラをいただきました✨️
最近はコングラをいただいても気にしなくなり、スクショしなくなりましたが、久しぶりにスクショして貼り付けました。

何となく自慢ぽく見えて避けていた部分もありますが、貼り付けます😂




追伸2

この度、『第2回アカリウム企画「夏の肝だめし」』において、創作部門で大賞を受賞しました🏆️

これまで自分の作品にスキやコメントをしてくれた皆さまからの支えによって、めげずに創作活動を続けてこられたからこその結果だと思っています🥲

これからも読んで楽しくなるような作品が書けるよう努力していきます😌引き続きよろしくお願いします🎵



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