シカゴで一か八か|ショートショート
朝起きて洗面台に向き合うと、台の右側にあるラックに見知らぬ小型のスプレー缶が置いてあった。
表面には何も書かれておらず、光沢のあるエメラルドグリーンが、窓から差し込む陽光に当たりキラキラと輝いていた。
あれ?こんなスプレー、あったっけ?
そのスプレー缶を手に取ったがすぐに元の場所に戻して一旦部屋に引き返した。
寝起きのままのシーツがくしゃくしゃしたベッドの上で顎に手を当てて考えた。外は秋晴れで、最近あまり見かけなくなった雀の鳴き声が窓際から聞こえてくる。
スプレー缶の表面に何も書いていないのはどう考えても怪しすぎる。
もしかしたら毒ガスが入っているかもしれないし、催涙ガスが入っているかもしれない。
いや、プッシュしたら缶ごと爆発するかもしれない。世界滅亡のボタンだったらどうしよう。
いや待って。
一昨日、親友の奈美がワタシの部屋へ泊まりに来たときに忘れていったスプレー缶かもしれない。でも中身はどんなものなのか、まるで分からない。
確認のために奈美に連絡しようかと、スマホに手をかけた瞬間、スマホが震え出したので、驚いて床へ放り投げ出してしまった。
液晶画面には、「03」から始まる番号が表示されていた。見知らぬ番号だ。
この番号に出るかどうか悩む。
最近何かとニュースで話題になる詐欺グループからかもしれない。いや、この前ワンピースを出したクリーニング屋さんから早く取りに来いという催促の電話かもしれない。はたまた、実家の親が倒れて緊急入院したと病院からの連絡かもしれない。
その間も、床で「ブーッブーッ」と震え続けるスマホ。
どうしようとまごまごしていると、
「ピンポン」
と、玄関のチャイムが鳴った。
誰だろうと思い、壁にあるモニターを確認すると、チャイムを鳴らしたであろう宅配業者の服を着た男が小包を持ってエントランスのカメラに映っていたが、帽子を深々と被っていて、直感的に不審者と感じ、思わず後ずさりした。
出ようかどうかモタモタしていると、このマンションの住人らしき人がエントランスから入ったその後を追うように、不気味な男がスッと入り込んでいた。不法侵入じゃないの?これ。
あの男がこの部屋の前までやっているのかと思うと、ぶるっと身震いがした。どうしようどうしようどうしたらいい?
心臓の鼓動がどんどん激しくなり、緊張と不安が最高潮に達した時、ワタシの中のリミッターが解除された。
一か八かの『シカゴ作戦』発動!
この死(シ)を覚(カ)悟(ゴ)した作戦が発動されると、頭の中が急速にクリアになり、思考より行動の人間に様変わりするのだ。一応説明しておく。
脳内で作戦が発動されるなり、洗面台に置いてあった謎のスプレー缶を手に取り、いまだに鳴り続けるスマホを拾い、そのまま玄関までやってきたタイミングで「ピンポン」というチャイムが鳴ったので、返事もせず間髪入れず勢いよくドアを開くなり、持っていたスプレー缶のボタンを押しながらスマホの通話ボタンを押して、
「助けてください!!不審者が家に来ています!!」
と、大声で叫んだ。
が、そこに立っていたのは、スーパーのビニール袋を手に口をポカンと開いたまま突っ立っていた隣の部屋のオバちゃんだった。
その間、スプレーは一切噴射されず、電話を鳴らしていた相手は既に電話を切っていた。
「ど、ど、どうしたの~?何かあったの!?」
「い、いいえ!!大丈夫です!!ちょっと、黒くてカサカサした生き物がいたものでして、その、助けを……」
「ああ、ゴキブリね。言ってくれたら退治してあげるのに~。手伝いましょうか?」
「いいいいいいえいえ大丈夫です!!気のせいかもしれないので。もし見つけたらお願いするかもしれませんね」
ぐちゃぐちゃの部屋を見せるのが恥ずかしかったのでテキトーに誤魔化すと、「あらあ~そう?見つけたらすぐに言ってちょうだい」と言いながら、お裾分けの梨を渡されてさっさと隣の部屋へ戻って行った。
朝からとんだ災難だった。
いや、結局災難なんて一つも起きていないんだけど。
拍子抜けしたらどっと疲れて、少しベッドに横になろうと部屋に戻った瞬間、目の前の光景に我が目を疑った。
白いレースのカーテン越しに見えているベランダの柵の外側に、人が立っていたのだ。
よく目を凝らすと、先ほどエントランスにいた男に違いなかった。
ここ、二十階だけど。
どうやってワタシの部屋のベランダに侵入したのか分からないけど、どう考えたところで悪だくみをしているに違いない。
なんて命知らずなんだろうか。この高さに恐怖心はないの?
ワタシの『シカゴ作戦』より大胆だけど、なにも本気で命までかけることなんてないのに。
侵入男にとって不幸なのは、今のワタシが『シカゴ作戦』発動中だということ。臆病の向こう側に行ってしまったワタシを止めることは、できない。
そもそもこの男がワタシの部屋のチャイムを鳴らしたのが悪いのだ。
玄関に立てかけてあった箒を手に取るなり、ベランダ側の窓を勢いよく開けた。ベランダの男はまさに柵をよじ登ろうと、片足を柵に乗せていたところだった。
男と目が合う。
その間、時が止まった。
「えい」
ワタシは箒を握る両手に力を入れながら、侵入男を勢いよく突いた。
その瞬間、タワマンの高層階に吹く風がいつも以上に強く感じた。
■今回のショートショートは以下のマガジンに収めています😌
■小説専門マガジンに参加中です✨️
■創作が泳ぐ水族館に入館しています🐬
■綴り灯の一つとして照らしています🕯️
この作品は、甘野充さん企画【アマノ文筆クラブ】参加作品です。
今回のタイトルは、【シカゴで一か八か】でした🙄
タイトルの「シカゴ」でかなり悩まされました。
勢いで書き進めていましたが、途中から自分自身が何が何だか分からなくなり、久しぶりの迷作が生まれました(笑)
ここまで読んでいただきありがとうございました🍀
