
日常のアクセント|掌編小説 #第二回一枚の写真から文芸賞
朝、いつものように海沿いの道を自転車で走っていると、海側の手すりに両手を置いた状態で、目の前の海を眺めている男がいた。
なじみのない男だった。
ワタシはいつも決まった時間に決まった道をなぞるように自転車を漕ぐ。自転車のスピードもほぼ同じ。そして、道行く人たちも同じ行動を取っているようで同じ顔触れで溢れかえっている。
いつも同じ時間帯に同じような道を散歩するお婆さん。
いつも同じ時間帯に朝食の一部でも詰め込んだように頬を膨らませながら急ぎ足のサラリーマン。
いつも同じ時間帯に立ち入り禁止となっているテトラポットに乗って釣りをしているオジサン。
誰かから聞いたけど、同じ行動を取るのは脳みそが楽するように設計されているらしい。たしかに考えなくていいし、同じ行動なら安心感もある。
それは日常の中で既に決まっているかのような「アクセント」のある人生。
そんな人生を送るなら、この見知らぬ男がいるだけで人生の不協和音となり気持ちがかき乱される、とはワタシは思わなかった。
いつも十二分早く目的地へ着くようにしているからまだ時間に余裕がある。
海を眺めたまま微動だにしない男の後ろ十メートルほどに、ちょうど背もたれのある木のベンチがあったので、自転車を降りてそこに座った。
男の背中越しに、永遠に続いているような海を眺める。
「ミャーミャー」という複数のウミネコの鳴き声が頭上に響いていた。これまで気にしていなかったが、気にし始めるとやけにうるさく感じた。
短髪で身体が引き締まっているというよりも少々瘦せ型の背中。
いつもの決まった景色にはない「アクセント」となっているその男は、まるで「俺を背景に絵を描いてくれ」と言わんばかりの背中に思えてきて、両手をカギ括弧にして、男にフォーカスしてみた。
こういう気になる人を見かけると、いつもの癖で様々なことを妄想してしまう。
海に大切な物を落としてしまい、途方に暮れているのか。
彼女にフラれて、海に向かって叫ぼうか考えているのか。
人生に嫌気が差して身を投じようと悩んでいるのか。
妄想はネガティブな方向へ行きやすい。
なぜなら、人間はポジティブな情報以上にネガティブな情報に興味を示すから。
劇的な何かが起きるのではないかと勝手に期待しているワタシをよそに、その男は手すりを両手で掴んだまま微動だにしない。
すると、その男とワタシの間を、自転車が横切った。
頭を丸刈りにした学ラン姿の男子が、ベンチに座っているワタシのことなど脇目も振らずにペダルを一心不乱に漕いでいる。
その横顔が、スローモーションのようにゆっくりと通り過ぎていく時、思わず「あっ」と声を漏らした。
見知った顔だった。中学生の時に通っていた塾で同じクラスにいた男子。
周りとは会話せずただ授業を受けに来て終われば誰とも会話せずにサッと帰宅していた。その当時も丸刈りだった。
そんな彼はクラスで浮いた存在だったが、別の中学校だったワタシは、塾だけで会える彼の姿を教室で見つける度に心が弾んでいた。
いつの間にか彼は、ワタシにとって決まった場所にいてほしい「アクセント」となっていった。
だけど、タイミングを見計らって話しかけようとしたものの、ついに一度も叶わず、高校進学と共に会う機会が消滅したと思っていた。
でも、彼の学ランに付いていた校章のバッジ。
それは紛れもなく、ワタシが通っている高校の校章だった。
彼の後ろ姿をいつまでも見つめていたが、だんだんと小さくなっていくにつれて、ハッと我に返り、腕時計を見た。すでに十二分以上が経過していた。
ワタシは慌ててベンチから立ち上がった瞬間、海風に乗せてスカートがひらりと舞い上がったが、周りの目など気にせずに自転車に跨り、彼を追いかけようとペダルに足を乗せた。
数メートル漕いだ後、ふと後ろを振り返った。
あの海を眺めていた男はいつの間にかその場から立ち去っていた。
(了)
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この作品は、花澤薫さん企画【第二回一枚の写真から文芸賞】応募作品です。
ここまで読んでいただきありがとうございました🍀