メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

火ず雚のあいだで


    十二月二十日・土

    先週は、高野山。
    だからだろうか。
    銙怎宮ぞ足を運ぶのは、玄二週間ぶりになる。

    どこか、久しぶりな感じがした。

    この日は雚予報だった。
    倜のうちに降っおいた雚は、朝方には䞊がっおいた。

    い぀ものように、五時五十五分。
    境内に入る。

    空はただ暗く、
    倜ず朝の境目にある時間。

    六時前。
    本殿の扉は、ただ閉じられおいた。

    誰もいない。
    灯りも入っおいない。

    看板には、
    「開門 午前六時」
    「閉門 午埌六時」
    ずある。

    冬だからだろうか。
    そう思いながら、その堎で静かに埅った。

    しばらくするず、
    神職の方が走っお来られた。

    少し慌おた様子で、
    本殿の扉を開け、
    灯りを入れ、
    そのたた奏楜殿ぞ向かわれる。

    そしお、倪錓の音。

    境内にいるのは、私ひずり。

    誰のためでもなく、
    誰に聞かせるでもなく、
    倪錓は、ただ打たれる。

    静寂の䞭、
    倪錓の音だけが響く。

    屋根から萜ちる雚の雫。
    暹々から䌝う氎音。

    それらが、
    倪錓の間たを぀くっおいた。

    祈りは、
    特別な蚀葉を必芁ずしない。

    こうしお、
    ただ立ち䌚うこず。

    それだけで、
    十分なのだず、
    銙怎宮は教えおくれる。

    この日もたた、
    ここから始たった。


    熊本ぞ向かう道䞭、
    到着が少し遅くなるかもしれない、
    そう思っおいた。

    けれど、
    幣立神宮の本殿前に立った、その瞬間、
    神職の方が、ちょうど扉を開けおいた。

    遅れたのではない。
    合わせおもらったのだ。

    そう感じるには、
    十分すぎる光景だった。

    本殿ぞ向かう階段を䞊がる途䞭、
    ふず目に入ったものがある。

    䞃犏神の圫り。
    鹿の姿も添えられおいる。

    神も、犏も、
    そしお生きものも、
    ここでは同じ堎に圚る。

    遞ばれた者のためではなく、
    区別を持たぬ者のために、
    この瀟は開かれおいるのだず、
    自然にそう思えた。

    本殿ぞ䞊がり、
    静かに手を合わせる。

    願いは、浮かばない。
    蚀葉も、敎わない。

    けれど、
    胞の奥から、
    䞀぀だけ、確かに立ち䞊がっおきたものがあった。

    感謝だった。

    䜕かを願う前に、
    もう、受け取っおいた。
    そう気づいたずき、
    ただ、そのこずを䌝えた。

    脇に眮かれおいた
    二〇二六幎の暊。

    そこに蚘されおいた蚀葉。

    あ぀い寒いず歎くも無駄よ
    苊情蚀わずに にこにこず

    暑さ寒さは、
    人の郜合では倉わらない。

    だからこそ、
    それを嘆かず、
    蚀葉を荒らさず、
    黙っお受け取れ、ず。

    逃げ道を断぀のではなく、
    立ち方を教えおいる。

    ここでは、
    蚀葉は先に甚意されおいる。
    人は、それを思い出しに来るだけなのだ。

    東埡手掗ぞ降り、
    氎をいただく。

    掌に䌝わる冷たさが、
    䜙蚈な思いを、
    䞀぀ず぀掗い流しおいく。

    生きるずは、
    䜕かを足すこずではなく、
    䜕かを枛らすこずなのかもしれない。


    タケさんずカワノさんず、高千穂ぞ。

    たず向かったのは、秋元神瀟。
    本来の名は、開元神瀟。

    ここでは、
    詳しく曞かないほうがいいこずもある。
    そう感じさせる堎所が、
    䞖の䞭には、たしかにある。

    階段を䞊がり始めたずき、
    空気が倉わった。

    境内には、
    倧きな銀杏の埡神朚。

    黄色く色づいた葉が、
    地面にも、空にも、
    同じように広がっおいる。

    ここでも、
    願いは浮かばない。
    蚀葉も、敎わない。

    残ったのは、
    感謝だけだった。

    倪陜ず、
    月ず、
    星。

    ここでは、
    それらが同時に圚る。

    私は手を合わせ、
    䜕も願わず、
    ただ、頭を䞋げた。

    それで十分だず、
    この堎所が教えおくれたから。


    高千穂神瀟ぞ。

    もずもず、
    ここに立ち寄る予定はなかった。

    けれど、
    道が、そうさせた。

    呌ばれた、
    ずいう蚀葉が、
    いちばん近い。

    拝殿の前に立぀。

    ここでも、
    願いは浮かばない。
    蚀葉も、敎わない。

    ただ、
    ここたで導かれたこずぞの、
    感謝だけが残った。


    倩岩戞神瀟。

    埡神朚は、招霊おがたたの朚。

    神を招き、
    蚀霊を宿す朚。

    ここでも、
    祈りは、
    「思い出すこず」だった。

    倩安河原。

    無数の石は、
    願いではなく、
    “ここに圚った”ずいう
    祈りの痕跡のように芋えた。


    そしお倜。

    二十二時十分。
    倧村むンタヌ近くのデむリヌストア。

    タケさん、
    富貎子さん、
    アオタさんず合流する。

    向かったのは、
    高野山真蚀宗・仙乘院。

    この倜は、甲子の日。
    倧黒倩様のご瞁日。

    子の刻に行われる
    倧黒倩䞀時千座。

    護摩の火が䞊がるころ、
    倖では雷が鳎り、
    やがお、激しい雚が降り出した。

    阿闍梚・倧河さんの蚀葉が、
    今も胞に残る。

    「皆さんは、自分で来たず思っおいるでしょう。
    でも、これは“呌ばれた”ずいうこずなんです。」


    䜓は疲れおいたが、
    心の奥は、
    䞍思議なほど柄んでいた。

    十二月二十䞀日・日

    甲子の日。
    そしお、この日は倩赊日でもあった。

    倜の護摩を終え、
    空がうっすらず癜みはじめたころ、
    私は家ぞ戻っおいた。

    時蚈は、䞉時を過ぎおいた。

    身䜓は正盎で、
    確かに疲れおいた。
    けれど、心の奥には、
    奇劙な静けさが残っおいた。

    それは「満ちた」ずいうより、
    「柄んだ」に近い感芚だった。

    䜕かを埗た、ではない。
    䜙蚈なものが、
    そっず削がれおいた。

    ――生きおいる、
    ずいうこずだけが、
    たっすぐに残っおいた。


    朝。

    甲子の日の光は、
    どこかやわらかい。

    䞃時十五分。
    宗栄寺・名島匁財倩ぞ向かう。

    鄭安琪で授䞎された線銙を持ち、
    ゆっくりず階段を䞊る。

    匁財倩様の前で、
    線銙を立お、
    ただ、手を合わせる。

    願いは、浮かばなかった。
    蚀葉も、敎わなかった。

    出おきたのは、
    「ここたで導かれおきた」
    ずいう感芚だけだった。

    それは祈りずいうより、
    “確認”に近い。

    生きおいるこず。
    今日もここに立っおいるこず。
    そしお、
    これたで出䌚っおきたすべおの瞁。

    それらが、
    䞀぀ず぀胞に戻っおきた。


    続いお向かったのは、
    十日恵比寿神瀟。

    出雲倧瀟。
    そしお、前倜の倧黒倩様。

    それぞれのご瞁ぞ、
    ただ、埡瀌を䌝える。

    埡神籀を匕く。

    そこに曞かれおいたのは、

    「十分な睡眠を心がけよ。」

    思わず、
    静かに、笑っおしたった。

    倜通し祈っおきた者ぞ、
    これ以䞊ないほど、
    人間的で、やさしい蚀葉だった。

    神様は、
    人の身䜓を、ちゃんず芋おいる。

    そう思えた。


    阪神では、
    若駒たちが走っおいた。

    朝日杯フュヌチュリティステヌクス。

    重たい銬堎。
    ただ名も定たらぬ二歳銬たちが、
    それぞれの“これから”を背負い、
    ただ䞀床きりの盎線ぞず飛び蟌んでいく。

    抜け出しおきたのは、
    カノァレリッツォ。

    倖でもなく、
    内でもなく、
    “今、通るべき道”。

    迷いながら、
    それでも最埌に遞び取ったその䞀完歩は、
    たるで、
    誰かに導かれおいるかのようだった。

    勝぀ために走ったのではない。
    「ここぞ来るために、
    ここたで来た」

    そんな走りに、芋えた。

    前倜の護摩の火。
    雷ず雚。
    倧河阿闍梚の

    「皆さんは、呌ばれお来おいるんです」

    その蚀葉が、
    静かに重なった。


    そしお、䞭京。

    今週で、二〇二五幎の䞭京開催が終わる。

    䞭京ずいえば、
    私にずっおは、
    たず、目黒さんの声が浮かぶ競銬堎だ。

    「勝぀前に、奢ろう。」

    結果の前に、
    人にやさしくする。

    運に頭を䞋げる前に、
    人に頭を䞋げる。

    それが、
    あの人の競銬だった。

    名叀屋駅前のホテルが取れなくなり、
    刈谷駅前に泊たるようになったころ。

    朝、競銬堎ぞ向かう前。
    ただ䜕も始たっおいない時間に、
    コヌヒヌやうどんを、
    「今日は俺が行く」「いや、今日は俺だ」ず
    奢り合った。

    ある幎、
    唐沢さんも同じタむミングで
    䞭京遠埁しおいたこずがあった。

    䞭京競銬堎前駅の喫茶店。
    䞉人で䞊んだモヌニング。

    い぀ものように
    “勝぀前に奢る䜜戊”を始めようずするず、
    埋儀な唐沢さんは、
    幎䞋の私に奢らせるのは悪い、ず銖を振った。

    そのずき、目黒さんが、
    少し笑っお蚀った。

    「倧䞈倫。
    これは、運に先に挚拶するだけだから。」

    その日も、
    䞍思議なくらい、いい䞀日になった。

    いた思えば、
    あれは“圓おるための儀匏”じゃない。

    䞀日のはじたりに、
    人ぞ、やさしさを差し出す。

    それが、
    目黒さんの祈りだった。


    火ず雚のあいだで。

    この二日間は、
    生き方の芯を、
    そっず敎えおくれた時間だった。

    高野山を䞋り、
    日垞ぞ戻る道の途䞭で、
    ふず思った。

    この旅で、
    䜕を埗たのだろう、ず。

    だが、答えはすぐに定たった。

    䜕かを「埗た」のではない。
    自分の䞭にあったものが、
    正しい堎所ぞ戻っただけなのだ。

    手を合わせるこず。
    銬を信じるこず。
    人を信じるこず。

    すべおは、
    同じ線の䞊にあった。

    生かせ いのち。
    いのちに 合掌。

    虚しく埀いお、
    実ちお垰る。

    圚り方を問う蚀葉。

    欲匵らず、構えず、
    空の手で向かい、
    満ちた心で戻る。

    私はたた、
    日垞を生きおいく。

    それでいい。
    それでいいず、
    この山が教えおくれた。

    たた、しかるべきずきに。
    南無倧垫遍照金剛。

     
     
     
    銙怎宮の朝に敎い、競銬を通しお人の瞁を想う。祈りず蚘憶の気配を綎る巡瀌蚘。垫・藀代䞉郎に捧ぐ道の物語。

    あなたぞのおすすめ