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深玅の竜血 ⑥

    【第六章 終わりの地】ヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌ

     虚空の果おに東から暁の陜が昇り、それはやがお呜の灯火が消え入るように闇の䞭ぞず呑み蟌たれおいく。


     そういった䞀連の光景を目にするこずが、どれだけ圓たり前で䞍倉的なこずなのかさえ老婆は久しく忘れ去っおいた。


     か぀おこの地は䞀幎の倧半を雪ず氷で閉ざされた極寒の地であったのだが、今は邪悪な魔物が倧地を這いずるように灌熱のマグマが溢れる倧地ぞず北郚は倉わり果おおいた。


     叀゚ルフ族が暮らしおいた針葉暹や萜葉暹などが広がっおいた広倧な矎しい森もか぀おの姿を消し、過去の面圱を偲ぶこずさえできない。


     冬季は枩暖な別の倧陞ぞず枡りをおこない越冬する倧型の枡り鳥である癜鳥が生息する矎しい氷の湖面も今は存圚しない。


     氞久凍土は解け、川は干䞊がりその豊かな氎の代わりに高枩のマグマが倧地で無圢の生き物が蠢くかのごずく流動的に流れおいる。


     倪叀の森は焌け萜ち炎の火の粉は動物をも焌き払った。


     逃げ遅れるトナカむの矀れは四肢から燃え䞊がりのたうち回る。


     生きながら呜を削られ絶呜しおいくこずに䜕も意矩を芋出だせなかった。


     そしお、倧気は毒ガスに芆われ倧小様々な呜あるもの党おが姿を消した。


     狌の王章の王囜はか぀おの癜銀の王囜ではなく、亡者の王囜であり死者の墓堎ぞずその有り様を倉えおしたっおいた。


     その王城ロンカストラ城は今は魔法の球䜓に包たれ、倧地から遠く離れた䞊空ぞず浮かび䞊がり倩空の城ずしお浮䞊しおいる。


     そしお、王城ロンカストラ城のそれずは別の土地からもうひず぀の球䜓も䞊空に浮かび䞊がり、マグマから驚異を回避しおいた。


     それは貎族の通であった建物である。


     その貎族の通の䞭では、以前たで廃墟の村にあったその地を治めおいた貎族の廃通に身を隠しおいる老婆がいた。


     老婆の氷のような鋭い芖線の先には、冷たい氷の棺に閉じ蟌められた枅らかな少女の姿を眺めおいた。


     老婆は黒衣の魔女ず呌ばれおいる数癟幎もの歳月を行き続けおいる人間である。


     黒衣の魔女の想いは、このたた炎の神によりこの地䞊に存圚する生きずし生けるもの党おが、たずえ䞖界が明日で終わりを告げたずしおも埌悔するこずはなかった。


     それは、これたで同様に黒衣の魔女である自分のシナリオ通りに事が運んでいるからだ。


     あずは”わたしの王”であるりィリアムずいう青幎を埅぀だけなのだ。


     若き階士は叀゚ルフのむザベラ女王殿から䞎えられた剣グラムにより、ディノィナずいう名の少女の心臓を貫くこずを老婆はただただそのこずだけを枇望したのだった。


     この哀れで無垢な魂の少女さえ死ねば、その身に封じられた叀竜ファヌノニルも死すからだ。


     忌たわしいあの叀竜”抱擁するもの”は巚倧な蜥蜎であれば扱いやすいが、知的でありそしお神にも匹敵する匷倧な魔力を持っおいるのが厄介でならなかった。


     狌の王章の王子であるりィリアムには叀竜退治の埌には炎の神ず察峙しおもらわなくおはならない。


     神を匑いするこずはさすがに倧眪である。


     本来ならば神の子ずしお生れた人間が匑逆を䌁む事などあっおはならないこずであるのだ。


    「人間は皆、善なる神の子であったのは神話の䞭にしか蚘されおいない」


     黒衣の魔女は己の考えを蚀葉にした。


    「それは、あくたでも神話。人間は自らの過ちから孊び成長するこずができる。決しお玔然たる悪ではない」


     䜕凊からずもなく黒衣の魔女に意芋する声がした。


    「たた、お前か。い぀もわたしの邪魔をする。わたしは必ずこの䞖界を救う。それこそがわたしの䜿呜なのだ」


    「䜕からこの䞖界を救うずいうのだ それはお前の傲慢な考えだよ。お前は“䜿呜”ず蚀うが、わたしからすればそれは“䜿呜”ではなくただの“呪い”だ」


    「うるさい 黙らぬか わたしはこの䞖界を救うためにしなくおはならないのだ。䜕故、お前は解かろうずしない」


    「黒衣の魔女よ。お前の䌁みは成就せぬよ。絶察にな」


    「お前にわたしの䜕が分かるずいうのだ さっさずこの堎から倱せよ」


    「わたしからは逃げられぬよ  」


     その蚀葉を最埌に黒衣の魔女に語り続けおいた声は止んだ。


    「おのれ、忌々しい奎め」


    黒衣の魔女は振り乱した髪に狌狜した衚情でその堎に厩れ萜ちた。


     䞡手で顔を芆いながら肩を小刻みに震わせおいた。


     嗚咜の様な物を挏らしながらその堎から立ち䞊がり、先皋の声の䞻に向かっお叫んだ。


    「いいだろう。お前がわたしの邪魔をするず蚀うのなら受けお立ちたしょう。安定ず調和をもたらすのがこの矎しい戊争だずお前に芋せおあげる」


     黒衣の魔女は神の子ず呌ばれた人間たちが、自らの業で滅びに瀕しおいるずいう考えをよりいっそう深めた。


     その滅びから逃れるためには安定ず調和が必芁であり、それは生産ず消費の均衡が守られなければならない。


     増えすぎた人間はこの地䞊を害する存圚ずなりやがお土地や食料䞍足から戊争が始たる。

     その戊争はたた別の戊争を生み出し、人類ある限り氞久に䞋さい繰り返されるであろう。

     ならば、人間は自らを埋しおいかなくおはならないため、黒衣の魔女はその圹目を己の䜿呜ずしたのだった。




     暗闇ず陰鬱が満ちおいる籠の檻の䞭で、少女は孀独にひたすら耐えるしかなかった。


     その籠の檻は自由を奪うためにだけ存圚しおいる隔離された空間であった。


     決しお、倖郚からの脅嚁から身を守るために甚意されたものではない。


     幜閉される為にだけ甚意された忌たわしい物である。


     䜕も聞こえない。


     䜕も感じない。


     少女の五感ずいう感芚が埐々に党お倱われ぀぀あった。


     朊朧ずする意識ず削ぎ萜ずされおいく感芚の䞭、少女は己の名前であるディノィナずいう自分の存圚に必死に瞋り付いおいた。


     そうしなければ、蝋燭の揺らぐ燈火の劂くずおも曖昧で䞍確かな自己が消滅しおしたいそなのである。


     既に呌吞しおいる感芚さえない。


     そんな䞭でも䞀぀だけ異質で底知れぬ畏怖を感じられるものがあった。


     それは五感で感じ取るものではなく、魂そのもので”解る”ずいうものである。


     たるで、匷制的に理解させられおいるようなもの。


     それは静寂な闇の䞭では、ずおも小さな錓動の音だけしか感じられない。


     だが、途蜍もない重みずいうか次元の違う存圚である認識は本胜的に理解できた。


     少女は闇の䞭で途方に暮れおいた。


     次第に孀独に苛たれおいる最䞭でも芏則正しく打たれるリズムが心地奜ささえ感じおいた。


    「魂の同調  」


     それが少女自身の小さな䜓から打ち鳎らされおいる音ではないこずに気づきはじめた。


     突然、挆黒の䞭に䞀筋の眩い光が射し蟌んだ。


    「己を芋倱っおはなりたせん」


     どこから途もなく少女の魂に盎接囁きかけた声があった。


    「誰か居るの!?」


     倢心地の気分から突然珟実ぞ匕き戻されたような感芚に戞惑いを顕にした。


     光は掻き消され再びそこには闇だけが根匷く居座っおいた。


     心臓の錓動はその闇そのものなのではないかず思える音で、先皋ずはあきらかに違う圧力をディノィナに䞎えおいた。


    「我を解き攟お」


     その殺気を孕んだ声が闇党䜓を揺るがした。


     ディノィナは逃げ隠れすり堎所さえない闇の䞭で、必死に光の神の䞀柱である慈母神に救いを求めた。


     闇がディノィナを捕たえ八぀裂きにするであろうこずが理解できた。


     匷倧で無慈悲な存圚の恐怖を抑えながら、ディノィナは䞀心䞍乱に慈母神の名を繰り返し叫んだ。


    「己を芋倱っおはなりたせん」


     先ほど聞こえたのず同じ倧いなる慈悲に満たされた優しい声が、少女に魂そのものに盎接響きいた。


    「わたしには慈母神の加護がある  」


     少女は壊れおしたいそうな自分の存圚を再び匷く意識した。


     するず闇が動揺したようにディノィナに䞎え続けおいた圧力を緩めたはじめた。


     最匷の幻獣である叀竜に察し、無抵抗で無力な人間の少女が抵抗したこず感じた。


     その抵抗した力が叀竜をも屈服させるほどの圧力を秘めおいたために、少女ぞ䞎えおいた圧力を匱めずにはいられないほどのものであったのだ。


     忌々しいほどの少女の圧力はいただに叀竜の存圚を束瞛するのに十分であった。


    「わたしはあなたに屈しないわ 叀の竜である”抱擁するもの”よ 深淵の闇の底ぞず垰りなさい」


     ディノィナは恐怖の内に眠っおいた勇気を呌び起こしお魂の限り叫んだ。


     お互いの力が拮抗する䞭で、魂ず魂ずの戊いは時間の流れさえも止めおしたう皋であった。


    「我にくだれ非力な小嚘よ。お前には我を抑える力などないのだ」


    「だ、だめ  もうこれ以䞊  抑えるこずができない」


     砎壊ず殺戮の匷い衝動がディノィナを呑み蟌もうずしおいた。


     ディノィナの魂は悲鳎をあげおいた。


    「消滅せよ。お前には我を抑える魂の力はないのだ」


     叀竜ず呌ばれる存圚は神々の時代から存圚しおいた。


     神々ず同等の魂の力を持っおいる存圚なのだ。


     圧倒的なたでの匷倧な力の前では、ディノィナの魂はいたにも粉砕されおしたいそうである。


    「愚かな人間の小嚘よ。諊めるのだ。我を封じ蟌めるこずはお前には無理なのだ」


    「わたしは、あなたを開攟しないわ あなたを開攟すれば、党おが  党おが終わっおしたう」


    「䜕故、人間の呜を守ろうずする お前が守ろうずしおいる人間はお前の父ず母を殺したのではないか」


     ディノィナを芋据える父の物蚀わぬ虚ろな県が思い出された。


     胎䜓から切り離された父の無惚な生銖は、圢盞を浮かべながらディノィナを芋おいるあの光景が心に動揺の波を抌し寄せさせた。


    「お父様  」


     竜の王章の王族であったディノィナは䜕もかも蚘憶を取り戻した。


     ディノィナの父は竜の王章の囜王であり、善政を掲げた囜政に取り組んでいた。


     しかし、行き過ぎた法は囜民にずっおは圧政でしかない。


     創造䞻である神々が目指した䞖界を実珟させるかの劂く、ただひたすらに神の子である善なる人間を求めた。


     その結果、法の名のもずに囜民は次々ず裁かれたのだ。


     盗みをしたら死眪。


     皎が玍められなければ死眪。


     倫圹を䌑んでも死眪。


     䞉ヵ月で六䞇人もの呜が奪われた。


     囜土は挜歌ず血で満ちたのである。


    「この忌たわしい行いは、善なる神の子ずしお創造された人間の本性なのだ。所詮、おたえたち人間も神々ず同様に血ず驕りのかたたりなのだ  」


     叀竜は嘲笑うかの劂く吐き捚おる様に蚀った。




     地衚から吹き䞊がる高枩のマグマの熱気が䞊空たでも焌き尜くす勢いであった。


     りィリアムは䞖界の運呜が自分に蚗されおいるず、目の前にいる老人に唐突に告げられたばかりであった。


    「残された時間もあず僅か、このたた考えおいお仕方がないですね」


    「そうだ。”時は有限なり”じゃな。この堎で手をこたねいおいおも時間は埅っおはくれん。事態は悪化する䞀方じゃ」


     倧魔導垫は遠くを芋る目でそう蚀った。


     りィリアムはトレバヌの芖線の先を远いかけたが䜕もなかった。


     あるのは灰色に淀んだ空である。


     これからの未来が芋えないそんな䞍安がそこから感じ取れた。


     倧魔導垫は䞊䜍叀代語の呪文を詠唱し始めた。


     䜓内の魔力の源であるマナが高たるに぀れお、老魔導垫の双県に集䞭した。


     魔法の効力が発揮されるず遥か遠方たで芋枡せる事ができた。


     遠芖の呪文によりトレバヌの芖界に広がっおいるのは、犍々しい赀色の球䜓に包たれた狌の王章の城である。


     その城の䞭にある玉座には、若き日の狌の王ナアンに䌌た青幎が座しおいる。


     傍らには肢䜓に密着した真っ赀な祭衣に身を包んだ炎の神の女叞祭である玅い女がいた。


     二人はトレバヌの遠芖の呪文で芗かれおいるこずに気づいおいた。


     䞍適な笑みを浮かべおいる。


     青幎が䜕者かは分からないが、新たな噚ずしお炎の神の䞍滅の魂をその身に宿しおいるこずだけは確かであった。


     青幎がそっず手を差し䌞べるずそこから玅蓮の焔が连った。


     明らかに倧魔導垫を挑発しお楜しんでいる。


     炎の女叞祭は矎しい劖艶な声で、神聖語を高らかに詠唱し始めた。


     するず、玉座の間は赀銅色の霧に包たれた。


     やがお赀色の霧が散るず、そこには矎しい女性である玅い女の姿はなくなっおいた。


     炎の翌を持ち党身炎に包たれた山矊の顔した生き物が居た。


     それは人間のように二足歩行しおいる。


     足には蹄があり、歩く床に床に炎の足跡を残しおいた。


     䞉本指には䞉ツ又の矛が握られおいる。


     炎の翌をはためかせお倧空に向かっお飛び去った。


     トレバヌは玅い女が化け物に転じおたのか、化け物の姿が本来の姿なのかを考える暇もなく遠芖の呪文の効力を消した。


     目の前には䞍安そうな衚情を浮かべおいる若き階士がいた。


    「どうかしたのですか 暫くの間声をかけおも聞こえおおられないようでしたが  」


    「りィル  皆を呌べ 戊いの準備じゃ」


     倧魔導垫は険しい衚情を浮かべおいる。


     りィリアムはただ事ではないこずを理解し、盎ぐに仲間を集めた。


    「たさかこんな状況で戊いなるずは思いもしなかったわ。でも、ここは颚の粟霊力が匷く働いおいるから粟霊界の扉を開けやすい」


     そう蚀っお森の劖粟族の嚘であり粟霊魔法の䜿い手のナヌリアは、高らかに粟霊語の詠唱を始めた。

    するず空である空間に歪みが生じる。


     しかし、粟霊魔法で颚の粟霊を召喚しおもりィリアムたちの目にはその姿は映らないのであった。


     心地奜い颚を济びお、叀゚ルフ族の嚘の黄金色の長い髪は宙を枞いだ。


     ドワヌフ族の金现工のように掗緎されたその容姿を目にしお、りィリアムは初めおナヌリアのこずを矎しいず感じた。


     い぀もは気䜍が高い傲慢な゚ルフ族の嚘であり、皮族が違うこずもあっお異性ずしお接しおいなかった。


     りィリアムは限りある呜を生きる皮族であるが、叀゚ルフ族のナヌリアには氞遠の呜があるのだ。


     森の神ずたで称えられおいる叀゚ルフ族は神話の時代より存圚し”半神”ず䌝承されおいる。


     目の前のナヌリアはたさに神々しい姿であった。


     圌女の瞳には宙を舞い螊る颚の粟霊シルフたちが映っおいるに違いない。


     ナヌリアは颚に身を任せおより集䞭力を高めおいた。


     「颚の乙女たちよ。この離宮に颚の結界をお願いね」


     ナヌリアは宙に埮笑みかけおそう蚀った。


     するず自然の颚の流れが止み、この浮き島党䜓を包む䞍思議な感芚がりィリアムにも分かった。


     暫くするず灰色の空に黒い点が目芖できた。


     それは次第に倧きくなり赀色であるこずがわかる。


    「来おったか  玅い女」


     倧魔導垫が錻を鳎らした。


     玅い女ず呌ばれたその赀色の者が離宮の近くたで来るのに然したる時間はかからなかった。


     炎の翌をはためかせお宙で静止するように同じ堎所に留たっおいた。


     山矊の角からも赀色の炎が揺れおいる。


     玅い女の顔は山矊そのものであり、䞍気味な目でこちらを芋おいた。


     䜕か悲鳎のような鳎き声をあげおいるがそれが䜕なのかさえ分からない。


    「蚀葉たで倱ったか  」


     トレバヌは皮肉を蟌めお玅い女に蚀った。


    「どういうこずですか」


    「神聖魔法にも癜魔法ずいうものず黒魔法ずいうものがある。あれは黒魔法じゃ」


     倧魔導垫は吐き捚おるように蚀った。


     癜魔法は神の奇跡である癒しの呪文や蘇生の呪文などがある。


     黒魔法は邪神や悪魔ず契玄を亀わしお埗られる邪悪な力である。


     魔法䜿いたちの䞭にも黒魔法を䜿う者がいたが、異端者ずみなされ眰せられた。


     魔法孊院や魔法私塟などでは犁忌ずしおいた。


     黒魔法は呪いや厄を扱うだけで悪魔ず契玄すれば、その魂は魔界ずも冥界ずも呌ばれる悪魔の䞖界ぞ堕ちおその魂は悪魔になるか悪魔に喰われるのだ。


     目の前の玅い女は悪魔になるこずを遞んだのであろう。


     炎の蝙蝠の翌に人間のような䜓栌だが党身は山矊である。


     炎の衣を纏った魔物は䞉本指に握られおいる䞉ツ又の矛を翳した。


     倧気が振動しおいるのか䞉ツ又の矛の呚りでうねりが生じるやがおそれは炎を䌎う枊を巻いた。

    「いかん!! 炎が来るぞ!!」


     剣指南圹の老階士バむロンは鋌の盟を構えお叫んだ。


     老魔術垫二人は奇劙に歪んだ暫の杖を振るいながら呪文の詠唱をした。


     魔法孊院のむヌサン老垫は魔法の盟の呪文により玅い女の枊巻く炎の攻撃を防いだ。


     倧魔導垫トレバヌは悪魔の姿をした玅い女に向けお無数の雹の瀫を济びせる。


     炎の衣を纏った魔物は次々ず拳皋の倧きさの氷の塊を解かした。


     宙には倧量の氎分ず氎蒞気が拡散した。


    「゚ルフの嚘 今じゃ」


     トレバヌが叫ぶず叀゚ルフの族の嚘は粟霊魔法の詠唱を終え呪文を行䜿した。


     倧気に拡散した氎蒞気や氎を媒䜓にしお氎の粟霊界から氎の乙女を召喚した。


     颚の乙女ず違い氎の乙女はりィリアムたちの県にもその氎の動きは芋えた。


     氎の乙女たちは獲物を捕獲する網のように魔物を包み蟌む氎の幕ずなり、玅い女を拘束したのだった。




     焔が氎の粟霊界の乙女たちを䞀瞬のうちに消し去った。


     叀゚ルフ族の嚘であるナヌリアは絶望の衚情を浮かべおいた。


     ナヌリアには氎を叞る䞋玚粟霊りンディヌネたちが炎の高熱で氎の䜓が沞隰しお蒞発し、物質界から消滅した光景が粟霊䜿いであるために芋えおいたのだ。


     氎の乙女たちは絶呜したのではなく、物質界においお力を行䜿するための媒䜓である氎が無くなったために粟霊界ぞ戻ったのだ。


     それでも、粟霊を傷぀けおしたった事実は倉わらない。


    「りンディヌネたち、ごめんなさい」


     ナヌリアは粟霊界ぞ届くように匷く念じた。


    「なかなか手匷いな」


     ドワヌフ族のむムリが歯痒いずいった衚情で叀゚ルフ族の嚘を芋た。


    「離れた堎所にいるから接近戊が埗意なあなたの出番はただよ」


    「材料さえあればカタパルト䜍なら簡単に぀くれるんだが、ここには本圓に䜕もない」


    「倧䞈倫よ。優秀な魔術垫が二人もいるんだから。こちらに神聖魔法の䜿い手がいないから怪我だけしないで頂戎ね」


     ナヌリアはむムリにそう蚀っお埮笑んで芋せた。


     䜙裕があるわけではないが、ここで取り乱したりしおは盞手の思う壺だず思ったのだ。


     目の前の炎の山矊の魔物はトレバヌの話によるず炎の神の女叞祭だずいうのだ。


     だずしたら、盞手は傷぀いおも己に回埩魔法を䜿うこずができる。


     北の賢者ず呌ばれた倧魔導垫トレバヌは䞊䜍叀代語の詠唱を行いながら右手に握られおいる魔法䜿いの杖を耇雑に操り、宙に魔方陣を描いた。


     玫色に発光する魔方陣の䞭から無数の黒い手が次々ず珟れお、䞀斉に玅い女ず呌ばれる炎の神の女叞祭ぞ掎み掛かっお行った。


    「黒魔術に察抗するには黒魔術じゃ 倱われた叀代語魔術の䞀぀を埩掻させた。犁忌の魔法で闇ぞず還るがいい」


     トレバヌの犁断の呪文は確実に玅い女に効力を発揮した。


     無数の黒い觊手は炎の山矊の魔物の四肢を掎み䜓を包み蟌むように束瞛したたた、玫色の魔方陣の䞭ぞ匕きずり蟌もうずしおいる。


     誰もがこれで決着が぀いたず確信しおいた。


     だが、黒い觊手は焔に燃え䞊がり现かな塵ず化しお消滅した。


     䞉ツ又の矛により魔方陣は切り裂かれ、魔法の効力は完党に倱われた。


     間髪いれずにむヌサン老垫は光の矢の呪文を玅い女ぞ攟った。


     無数の矢は魔物の肉䜓を貫き臎呜傷を䞎えた。


     傷口から葡萄酒のような鮮血が吹き出しおいる。


     玅い女は獣のような鳎き声であったが、神聖魔法の呪文を詠唱した。


     真玅の光に包たれるず傷口がみるみるうちに塞がっおいったのだった。


     その光景を芋おいたむヌサン老垫が口から血を吐き出し、その堎に俯せの状態で倒れた。


     老魔術垫の突然の吐血にりィリアムは䜕が起こっおいるのか理解できずに、ただ芋おいるこずしかできなかった。


     枯葉色の賢者のロヌブは血に染たり倒れた石畳の床面には血溜たりができた。


     県に鮮やかな真玅の血は波王を描きながら倧きく広がり続けたのだった。


     むヌサンが物蚀わぬ冷たい骞になるのに然したる時間は掛からなかった。


    「己の負った傷を回埩させる代䟡ずしお、盞手に傷を䞎えお己の負った傷を回埩させるずいう黒魔術の犁忌の呪文じゃ」


     譊戒するように促しながら叫ぶトレバヌの顔色は先皋ずは明らかに倉わっおいた。


     ナヌリアはその堎を牜制するためにありずあらゆる粟神に䜜甚する粟霊魔法を行䜿した。


     離宮の庭園の朚々から魅惑を叞る粟霊ドラむアヌドを召喚したり、建物の圱から闇の粟霊で恐怖を叞る

    シェむドや戊の粟霊で勇気を叞るノァルキリヌを召喚したのだった。


     山矊の顔を持぀魔物の呚りであらゆる感情を叞る粟霊たちが玅い女の感情を刺激した。


    「効いおいるのか!?」


    「分からない  」


     りィリアムの問い掛けにナヌリアは力なく答えた。


     叀゚ルフ族の嚘はあるこずに気づいた。


     目の前の魔物に粟霊たちは䜕の効力も䞎えられずにいたのだ。


     それは、目の前の炎の神の女叞祭には”感情”が欠劂しおいるこずに他ならなかった。


     山矊の魔物は粟霊䜿いであるナヌリアの呚りに炎の瀫を济びせた。


     悲鳎ず共に華奢な䜓が宙を舞った。


     先皋たで森の劖粟が立っおいた堎所には炎が散乱しおいる。


    「倧䞈倫か!?」


    「ええ  䜕ずかね」


     ナヌリアは気持ちが激しく動揺しおいた。


     もしあの攻撃を避けられなったならば、火だるたになっお絶呜しおいたに違いないのだから。


     叀゚ルフ族の嚘は芚悟を決めた。


     粟神集䞭を高めおいき、粟霊界の䞀぀の扉を開いた。


    「わたしの呌び掛けに答えお お願い」


     暫くの沈黙ののちナヌリアの呌び掛けに答える巚倧な意識が珟れた。


    「森の嚘だな。我に語りかける氞遠の存圚よ」


     圧倒的な意識の力が圧力ずしお盎接ナヌリアの存圚そのものを脅かした。


    「そうよ。貎方の力を貞しお欲しいの」


    「お前に我を䜿圹する力ず資栌があるのか」


     ナヌリアは圧倒的な力を有する粟霊の問いに迷わず答えた。


    「わたしには貎方を䜿圹する力がただないかもしれない。でも゚ルフ族ずしお生たれたからには粟霊䜿いずしおの資質はあるわ それが貎方にずっおの資栌ずいうこずならね」


    「いいだろう  我を物質界に召喚しおみよ お前の力が未熟なら我は物質界におその力を行䜿できぬし、できたずしおも我の力を最倧限に発揮させるこずは叶うたい」


     炎の䞊䜍粟霊むフリヌトはそう蚀った。




     肌を焌き尜くすような激しい痛みが激痛の荒波ずなっお、りィリアムの党身を駆け巡った。


     狌の王章が刻たれた鋌の鎧は若い王子の䜓を護るこずができないだけでなく、高枩に熱せられおいた。


     鋌鉄の塊は灌熱を垯びお曎にりィリアムを苊しめ続けた。


     りィリアムを襲った炎は、炎の神に仕える女叞祭が攟った巚倧な火玉であった。


     炎の神の女叞祭は䞻の姿に䌌せお人間ならざる姿ぞず倉貌を遂げおいた。


     化物の姿は魔神そのものであり、倧いなる闇の魔法で幟぀もの巚倧な火球が若い王子の呚りに突劂出珟させたのだった。


     その火球は姿を倉えお高枩高熱の炎の柱なりりィリアムを呑み蟌んでいた。


    「りィル」


     老魔術垫の嗄れた声が絶望を孕んだ声で叫んだ。


     トレバヌは知っおいた。


     あの火球䞀぀を攟぀だけでも魔法䜿いでは導垫玚の魔術垫でなければあの呪文を成功させるこずは叶わない。


     倧魔導垫ず呌ばれるトレバヌでさえ、あの火球を最倧䞉぀たでしか同時に攟おない。


     攟ったが最埌、己の党魔力が底を぀き、暫く魔法を䜿うこずも身動きするこずできないほど消耗するのだ。


     トレバヌは数十幎前に䞀床だけこの呪文を詊みたこずがあった。


     呪文は成功し巚倧な火球は倧魔導垫の頭䞊に同時に䞉぀珟れた。


     それを海に向かっお攟ったのだが、その埌の蚘憶はなかった。


     おそらく党魔力を消耗し、極限の集䞭で粟神ず身䜓が疲匊したために意識を倱っおしたったのではないかず考察したのだった。


     あれから数十幎が経過し幎老いた自分にあの時ず同じ事ができるのかずいう䞍安もある。


     倧魔導垫ず呌ばれる自分よりも、目の前の矊の頭をも぀魔物は火球を同時に四぀も攟ったのだ。


     炎は曎に倉化をし火柱ず化したのだからトレバヌさえ知り埗ない耇数の魔法を組み合わせた耇合魔術を攟ったのに違いない。


     りィリアムは玅蓮の炎の䞭で薄れゆく意識に倧魔導垫の声が壊れた機械仕掛けの玩具のようにゆっくりず駒送りで届いた。


     自分だけが呚囲ずは別の時間の流れに囚われおしたったのではないかずいう錯芚に襲われた。


    「ディノィナ  」


     そんな状況䞋にあっおもりィリアムは薄れゆく意識の䞭で、圌女のはにかみながら埮笑む幌さ残る顔が浮かびあがった。


     ディノィナを救うこずもできなかったこずが悔いおならない。


     極寒の地で飢えず寒さに怯えながら育ったが、それでも王族ずしお呚りの民ずは比べ物にならない皋に恵たれた生掻を送っおいた。


     りィリアムにずっお自囜の領土が党おであり、それ以䞊のこずそれ以䞋のこずも考えられなかった。


     王族ずしお退屈で窮屈な毎日の倉わらぬ生掻がずっず続くものだず疑う䜙地もなかったのだ。


     父亡き埌は兄が家督を継ぎ狌の王章の王囜の王ずなる。


     母が違う自分は王族の血を匕いおはいるが、正統な王族ずしお城内では扱われおいなかった。


     “䞍矩の子”ずさえ䟮蔑を蟌めお眵る者もいた。


     ナアン王亡き埌は䜕凊か蟺境の地の領䞻ずしおお払い箱だず噂されおいるのも知っおいた。


     䜕凊かの囜の王女を劃に迎える兄ずは違い、兄に埓う忠実で有胜である野心家な䞋玚貎族ず婚姻させられるか血を残さないように結婚を蚱されないこずさえもあり埗るのだ。


     䞋玚貎族の嚘の芪は兄に忠実ではあるが身分が䜎いためこのような婚姻でもなければ、珟圚の地䜍も䞊がらない。


     りィリアムは所詮捚お駒であり貎族達の出䞖の道具に過ぎないのである。


     どうしようもないこずであるし受け入れる意倖ないのだ。


     ならば、そこで腐らずに自分らしく生きようず決めおいた。


     剣術に励み、勉孊にも打ち蟌んだ。


     だが、人生は死ずいう終着点たで䞀本道であり、そこから寄り道しようが幟぀もの枝分かれした道を歩もうが最終的には定められた運呜の䞀本道を歩みそしお死ぬこずは倉えられないのだ。


     心の奥底で朜んでいた䜕かがりィリアムの䞭で膚らみ始めた。


    「死は始たりにすぎない」


     冥府を叞る神がりィリアムにそう囁いた。


     死界ぞ行った時に感じた倧いなる意思の力を感じた。


     冥府を叞る神は死界ぞ蚪れたりィリアムを珟䞖に還す時にそう告げた蚀葉であった。


    「ただ  死ぬわけにはいかないんだ」


     りィリアムの生ぞの執着がそう叫んだ。


     死を拒絶せんずする己の意思の力がりィリアムの心の奥底で膚らみ぀぀あった力を抌さえ付けたのだった。


     炎の柱の䞭で眩い閃光が走る。


     次の瞬間、たちどころに炎の柱は煙の劂く散々に飛散し消滅した。


     空䞭に浮かぶ浮島に光が溢れ呚囲に満ちた。


     その光はりィリアムの手に握られおいる剣から発せられおいた。


     叀゚ルフ族の女王むザベラから授けられた長剣である。


     魔法の光に包たれた長剣は青癜い光で氷のごずき鋭さで茝いおいた。


     叀゚ルフが鍛えたこの魔法の剣が運呜を握っおいるず冥府を叞る神がそう蚀っおいたこずを思い出した。


     りィリアムは䞀流の剣技がある階士でもなく勇猛果敢な戊士でもない。


     たしおや魔術垫や叞祭ずいった叀代語魔法や神聖魔法を䜿いこなす魔法䜿いでもないのだ。


     ただの若者である自分がある日突然、䞖界の砎滅を意味するような神の審刀に運呜を翻匄されるこずずなったのだ。


     そしお運呜を巊右する皋の歊噚を手にしおいるのは神ではなく、人間であるりィリアムであった。



     倧地が震え、そしお哭いおいた。


     凄たじい地響きは、広倧な草原の遥か遠く離れた叀城にたで蜟いおいた。


     城䞻は壮幎の男だが、芋るからに怯えおいた。


     顔面蒌癜ずいう蚀葉は、たさしくこの王に盞応しい有り様である。


     それを䞀向に隠そうずもせず、玉座の回りを狌狜えた衚情のたた䞖話しなく歩き回っおいた。


     文官ず歊官はそんな䞻の姿を䟮蔑を蟌めた県で冷ややかに芋詰めおいた。


     花厗岩でできおいる城内の床や壁さえも、城の䞻を蔑み䟮蔑の笑みを浮かべおいる様な雰囲気を感じさせおいた。


     西偎の明かり取りの窓からは、黄金色の光が射し蟌んでいる。


     それが陜の光ではないこずは、この玉座の間に居る誰もが呚知の事実であった。


     いたたさに城䞋が炎で燃え䞊がっおいるのだ。


     聖郜ず吟われたこの“黄金色の獅子の郜”がその名の黄金色の炎に包たれおいた。


     巚倧な城皋もあろう姿の翌竜が倧空を舞っおいる。


     翌をはためかせる床に、その颚圧により倧地が匕き裂かれるかのような悲鳎をあげおいるのだ。


     文官の䞀人である初老の男が己の䞻に恭しく声をかけた。


    「殿䞋、あれは北方の倧陞に棲息しおいる老竜です。䜕故、南のこの地ぞやっお来たのかは分かりたせん。竜に襲われおはもう打぀手はないため䞀刻も早く民ず共にこの地から離れなくおはなりたせん」


     初老の男は控え目に䞻に進蚀した。


     この男こそ六魔道士の䞀人であり、この獅子の王囜の宮廷魔術垫で名をマヌク・オヌりェンである。


     倱われた叀代語魔法の第䞀人者であり、幟぀もの倱われた秘術を珟代に甊らせおいた。


     遠く離れた倧空を我が物顔で飛び回り、巚倧な口から黄金色の炎を噎出する倪叀の魔獣にしお最匷の幻獣である竜のこずを䞀番理解しおいるのもマヌク自身である。


     人間には想像を絶する皋の氞い幎月を生きた竜は“老竜”ずなり知胜も優れ、耇数の耇雑な魔法すらも掛け合わせお巧みに操るのだ。


     その力は䞊䜍皮になるず、神をも滅する力をも持぀ずされる“叀竜”に匹敵する存圚ですらある。


     今、獅子の王囜を滅がさんずしおいるのは、たさしくそれであった。


     黄金色の瞳ず黒い鱗の巚倧な竜は、蝙蝠の様な倧きな翌で死を運んでくる。


     それゆえ、その姿から“黒竜”又は“邪竜”ず呌ばれおいる。


     千幎以䞊も生き続けおいる老竜は、再び咆哮をあげた。


     遥か遠くから攟たれたその咆哮は、聞くもの党おの魂そのものを打ち砕いた。


     炎から逃げ惑う人間や家畜、自然動物に至るたでその堎に厩れ萜ち䞀瞬のうちに息絶えた。


     そんな絶望の枊䞭ではあるが宮廷魔術垫マヌク・オヌりェンの魔法の防護壁により、玉座の間に居る者たちはその恩恵を受け死を免れた。


     だが、城内の譊備兵や宮廷の貎婊人の倚くは、断末魔をあげたかの様な圢盞のたた息き絶えおいた。


    「進退窮たったずは、このこずだな  」


     宮廷魔術垫は口には出さなかったが、呚りの者たちも各々それは理解できた。


    「宮廷魔術垫殿、䜕か策はないのか」


     䞻からの蚀葉に歊官や文官が䞀斉にマヌクぞ芖線を向けた。


    「セフィロトの守護者たち  我が囜ぞの救揎を求める文を持たせ䜿者を早銬で向かわせおありたす  」


    「おお‌ セフィロトの守護者たちならば、あの邪竜を屠っおくれるずいうもの!!」


     この玉座の間に安堵の溜息が挏れた。


     しかし、宮廷魔術垫だけは䜙談を蚱さない状況であるこずに倉わりがない珟状だず王を諌めおも聞く耳を持たないのである。


     恐怖の床が過ぎるず人間はその状況から䞀刻も早く逃れたいず考える。


     ささやかな望みさえも、それがあたかも最倧の救いの策であるかのように錯芚するのだ。


    「皆よ、同士が駆け぀けるたで暫しの蟛抱だ‌」


    「囜王陛䞋、䞇歳‌ 囜王陛䞋‌ 䞇歳‌」


     王の激励に皆が恐怖の䞭から奮い立った。


     人民を䞀瞬にしお魅了するカリスマ性の持ち䞻、これこそが王ずしおの資質かも知れない。


     宮廷魔術垫は自分には決しお手に入らないものに畏敬の念を瀺した。


     知識や技術のように求めれば埗られる力ずはたた別の力ずは王ずいう資質ずいうものなのだろう。


     マヌクは暫の朚の杖を握り締めおセフィロトの守護者たちの助力が埗られるこずを願った。


     セフィロトの守護者ずは氞い幎月の間お互いに同盟関係にある。


     獅子の王章の王囜の南方にある森はセフィロトの土地ずし、䞍可䟵条玄を締結しおいるのだ。


     森は倪叀の姿を残し、そこで暮らす民ぱルフ族である。


     セフィロトず呌ばれる生呜の暹を護り、自然の掟に埓い暮らしおいるのだ。


     叀゚ルフ族は“深い森の民”、“暗い森の民”、“倪叀の森の民”がこの倧陞には存圚する。


     セフィロトの守護者たちは叀゚ルフ族に敬意を蟌めおそう呌んでいる。


    「セフィロトの守護者たちがあの老竜を退治しおくれるのだろうか もし、助けに来おくれない堎合は  」


     マヌクの脳裏に負の連鎖の劂く、次々ず悲芳的な考えが沞き䞊がっおくる。


     あえお神にも匹敵する竜ず闘うこずが、圌らにあるのかずいう疑問が払拭できない。


     同盟を結んでいるずいっおも遠い昔の話であり、その同盟に立ち䌚った者は既にこの䞖にいない。


     誰もがそんな盟玄など反故だずいうのではなかろうかずさえ考えられる。


    「わたしは絶察に拒絶する」


     己がセフィロトの守護者ならば、絶察にそう䜿者に告げるだろう。


     犠牲を芚悟で人間を助けたずしお䜕の特があるだろうか。


     いた生き残った人間でさえやがお死に、この今の出来事を芚えおいる者もいなくなるのだ。


     たずえ、セフィロトの守護者が救っおくれたずしおも蚘憶は倱われおしたう。


     そんな人間を救う䟡倀がセフィロトの守護者たちにあるずはマヌクは思えなかった。



     玉座の間では宮廷魔術垫マヌク・オヌりェンが宰盞ずしお、セフィロトの守護者ぞ文を出した䜿者の戻りを埅っおいた。


     突然、玉座の間の正面に䜍眮する芳音開きの重量感がある扉が、重々しい音をたおおゆっくりず軋みながら開かれた。


    「戻っおきたか 埅ちかねたぞ」


     マヌクは期埅を蟌めお扉の方ぞず芖線を向けた。


     だが、その人物を確認するず盎ぐにそれは譊戒心ぞず倉わった。


    「久しぶりに聖郜ぞ寄っおみたのだけど、お邪魔だったかしら」


    「䜕しに来た  」


    「この私を呌び぀けるなんお、いったいどういう぀もりなのかしら」


     幟分、皮肉を蟌めおその女は蚀っおいるのだが、端正な顔だちで無衚情なために、その真意はうかがい知れなかった。


    「皆が噂しおおるぞ。“黒衣の魔女の傍にいるず生きおは垰れない”っおな」


     そう蚀ったのは宮廷魔術垫マヌク・オヌりェンであった。


    「ずいぶんな、挚拶ね。今の時代の宮廷魔術垫殿は目䞊の者に察する瀌儀を知らないのかしら」


     玉座の間に居合わせた文官や歊官たちはざわめいた。


     䜕故なら、目の前に珟れた矎しい女が初老の宮廷魔術垫よりも幎䞊には芋えないからである。


     そしお、黒衣の魔女はゆっくりず右腕を前に䌞ばした。


     それは、たるで宮廷魔術垫マヌクに察しお拳を突き出すような姿勢であった。


     䞭指には倧きな玫氎晶に金で繊现に现工を斜された矎術品のような指茪がはめられおいる。


     それは、濃い玫色から薄い玫色に炎の様なものが劖しく揺れ動きながら宝石の䞭で茝いおいる。


     装食品はたるで呜ある生き物のようにも感じられる。


     魔晶石に蓄えられた魔力ずそれに付䞎魔術垫が特定の匷力な魔法をその指茪に付䞎した代物であるず、叀代語魔法に粟通したマヌク・オヌりェンには分かった。


    「残念ながら黒衣の魔女よ、貎様のその魔法の玩具はここでは䜿えんよ」


    「そうなの 詊しおみる」


    「ワシの魔法の防護壁の䞭では、ありずあらゆる魔法は瞬時に無効になる。貎様もこの叀代語魔法の呪文の効力の絶倧さは知っおおろうに」


    「そうね。確かに知っおいるわ。その叀代語魔法の防護壁の呪文の前では、䟋え炎の神の焔も竜の咆哮さえ無効にしおしたうでしょうね。でも  」


    「䜕か他に打぀手があるずでも」


    「もし䞇が䞀、今のような状況で私が無力な存圚になった時の事を私が考えないでここぞ来たず思うの」


     黒衣の魔女の胜面の様な感情のない顔からは、盞手が䜕を考えおいるのかも読み取るこずはできない。


     宮廷魔術垫ず黒衣の魔女の間で目には芋えない䜕かの攻防戊が繰り広げられおいる。


    「たさか」


    「ご名答。そのたさかよ」



    「そ、それは  あの魔導具の䞀぀“氎瓶座”なのか!?」


     宮廷魔術垫マヌク・オヌりェンは目を茝かせおいた。


     䜕故なら、魔導具は䞖界に十二皮存圚し、そのいずれもが絶察的な力を有しおいるのだ。


     あらゆる䞇物の原理原則をも無芖したその力は“神の領域”を超えおいるずさえ䌝えられおいる。


     その魔道具の補䜜者はアナスタシア・ボギンスカダずいう名の高名な魔導垫であった。


     叀代王囜時代初期に圌女は叀代語魔法ず錬金術を極めおいたず叀文曞には蚘されおいる。


     そこには、十二皮の魔導具を創䜜するために、魔界から魔神王を呌び出した。


     そしお、十二の郜垂の䜏人の呜を代䟡にしお等䟡亀換により十二の魔導具を手にした。


     その魔導具は叀代王囜の初代王に仕える十二人に䞎えられた。


     やがお、歎史が流れ魔道具の奪い合いの戊乱の最䞭、その十二皮の魔道具は散り散りになり所圚地䞍明の幻の魔導具ずなったのだった。


     突然、䞀぀の咳払いがした。


    「挆黒の魔女を呌んだのは䜙ぞ オヌりェンは䜙の客人に察しお無瀌な振る舞いは蚱さぬ」


    「も、申し蚳ございたせん  殿䞋」


     先皋たで狌狜しきっおいた人物ずは思えないほどの嚁厳を取り戻した王に、宮廷魔術垫を含む文官ず歊官も動揺した。


    「黄金色の獅子の王、私はあなたに私の力をお貞しいたしたしょう。ただし、芋返りは必芁です」


     黒衣の魔女の感情の欠片もない声は、静たり返った玉座の間の隅々たで届いた。


    「黄金か それずも領地か 䜕なりず申せ。お前の望みは党お叶えおやるず王の名にかけお玄束しよう」


     黒衣の魔女はそれでも衚情䞀぀倉えずにただ軜く頷いた。


     黄金色の獅子の先代王は、北の狌の王が率いる軍勢に敗れ、囜土の倧半は占領されおた。


     王家の第䞉王子であったチャヌルズは戊地に赎くこずも王䜍継承暩に巻き蟌たれるこずなく僻地の領䞻を務めおいたのだ。


     それが北の狌の王の軍が黒゚ルフ族ずの戰が始たるず、軍がそちらぞ進軍した折りに黄金色の獅子の残存兵力で王郜を奪い返したのだ。


     その埌に玉座に迎えられたのが王䜍継承暩第䞉䜍のチャヌルズであった。


     王族の生き残りであったチャヌルズが王になっおただ間もないが、再び王郜が戊火包たれたのだった。


    「殿䞋も気づいおいるかず思いたすが  この戊いは䜕も埗られない戊いです」


    「戊っおも䜕も埗られない!?」


    「党おは炎ず血に染たり、瓊瀫ず屍の山ず化すこずでしょう」


    「それでも、あの忌々しい竜は殺すこずはできるではないか」


    「民が居なくなった王囜を治めるような愚行な王に、この先誰も仕えはしないでしょう」


    「䜙が愚行な王だず!?」


    「たさに、愚の骚頂です。暩力を握るず傲慢ず虚栄に満ち暪暎に走る。挙げ句の果おは自己愛が匷すぎるために狂王になるのです」


    「この䜙を  黄金色の獅子王であるこの䜙を  愚匄するのか!!」


    「怒鳎れば盞手が黙るず思っおいらっしゃる。それは小心者で臆病者である確固たる蚌でございたす」


    「おのれ 誰か この狡猟な魔女を捕らえよ」


     近衛兵の二人が黒衣の魔女の䞡脇に立った。


    「宮廷魔術垫殿、䞀぀いいこずを教えおあげるわ」


     黒衣の魔女は感情なき陶噚の人圢の衚情のたたそう蚀った。


    「わたし  あの叀竜を手に入れたの」


    「なに!? 䌝説のあの“抱擁する者“をか!? しかし、あれはあくたでも䌝説では!?」


    「そうかしら よく考えおみお宮廷魔術垫殿。あなたたちの祖先の歎史のこずよ」


    「だが、しかし  」


    「いたたでそうであったように  䌝説はやがお、神話になるのよ」


     やがお、宮廷魔術垫マヌク・オヌりェンは黒衣の魔女の真意を読み取った。


    「お前は  歎史に名を残したこずに飜きたらず、今床は神にでもなろうずいうのか  」


    「お䌚いできお、楜しかったわ。あなたたちに光の神々の加護があらんこずを。最埌に䌚えお良かったわ。さようなら、昔の友人マヌク・オヌりェン」


     黒衣の魔女は玫色の指茪を倩井に向けお䞊䜍叀代語を䞀蚀唱えた。


     するず、匷力な魔法の防護壁の魔力が氎瓶座ず呌ばれる魔導具の玫色の宝石ぞずたちたち吞い蟌たれた。


    「た、埅お 抱擁する者には手を出しおはならん 蚀い䌝えが本圓ならば、あれには手を出しおはならん」


     そしお、黒衣の魔女は神聖語の詠唱を枈たせお神聖魔法の垰還の呪文でその堎から姿を消したのだった。



     王は死んだ。

     それに぀いおは、蚀の心臓ほどの小心者であった王チャヌルズ陛䞋のため仕方がないこずである。

    「わたしのせいではない  わたしのせいではない  」

     宮廷魔術垫は䟮蔑を蟌めおそう心の䞭で繰り返し呟いた。

     そしお、熱気を含む突颚が火の粉を舞い䞊がらせおいるこの光景が、たるで幻圱であるかのように飜きるこずなく眺めおいた。

     その熱颚に合わせおマヌク・オヌりェンの鮮やかな濃い玫色の賢者のロヌブの袖が颚で靡いた。

     黄金色の炎で倧地を焊がし民を焌き぀くしおいる炎の熱気を纏った颚の乙女は死の旋埋を奏でおいるのだ。

     こんな荒れ狂う炎の粟霊力が異垞に匷たった状況では颚の粟霊シルフも狂気を孕む存圚ず化しおいた。

    「わたしのせいではない  わたしのせいではない  」

     火の粉を舞い䞊がらせおいる颚を党身に济びなからバルコニヌに立ち、宮廷魔術垫マヌク・オヌりェンは物思いに耜っおいる。

     ぀い先刻、黄金色の獅子ずいう王囜のチャヌルズ王は恐怖の䜙り錯乱し、このバルコニヌから身を螊らせながら投身したのだ。

    「わたしのせいではない  ククク  あれではたるで  ククク  」

     それはたるで、滑皜な道化垫の芋せ物か壊れた傀儡人圢のようであった。

     宮廷魔術垫は粟神厩壊寞前であり正垞な感情に保っおいられずに笑いが蟌み䞊げおいた。

     マヌク・オヌりェンには䞀連の出来事が走銬燈のように芋えおおり、それらは終わるこずがない繰り返しの映像ずしお宮廷魔術垫の粟神を磚り枛らし続けおいた。

     その光景は、あっずいう間の出来事であった。

     黒衣の魔女が玉座の間から姿を消した埌、再び黒竜の咆哮が発せられた。

     宮廷魔術垫は王を庇うように前に立ちはだかり、咄嗟に己ず王の呚りに魔法の盟の魔法を発動させた。

     防護の魔法ずしおは初玚であるが、呪文詠唱が短く瞬時に発動させる魔法ずしおはこの咄嗟の状況ではこれが限界であったのだ。

     残念なこずにマヌク・オヌりェンの魔法の恩恵を埗られなかった玉座の間に居た者たちは、挆黒の老竜が攟った咆哮により文官も歊官も党お絶呜しおいた。

     宮廷魔術垫マヌク・オヌりェンの防護魔法により、聞く者党おの粟神や魂たでも砎壊するず蚀われるドラゎンの咆哮の効力は幟分緩和されはしたが、それでも魔法に耐性の䜎いチャヌルズ王は正気を倱っおしたったのだ。

     荘厳な獅子を型どった黄金の装食ず幟぀もの高䟡な宝石が散りばめられた王冠を冠した姿で狂喜乱舞し、城のバルコニヌから身を投げたのだ。

     チャヌルズ王からすれば、己の浅知恵で黒衣の魔女を王囜ぞ招き入れた結果、最悪な状況を曎に悪化させたに過ぎなかったのだ。

     宮廷盞談圹の宮廷魔術垫には内密にし、邪悪な魔女の力を借りようず浅はかな考えが招いた悲劇に察しチャヌルズ王の硝子现工のように脆い心は砕け散ったのだ。

    「この囜は死んだ 」

     宮廷魔術垫マヌク・オヌりェンは県䞋に広がる燃え盛る王郜を眺めおいた。

    「わたしのせいではない  わたしのせいではない  」

     その现められた県には栄華を極めた聖郜であった景色はもうそこにはなかった。

     そしお、黒竜の黄金色の炎は城をも焌き付くす勢いで攟たれおいる。

     おそらく、自分はこの黄金色の王囜で唯䞀人の生き残りであるず挠然ずであるが刀断できた。

     遠くの南の城壁に銬に階乗した団䜓が芋えた。

    「お、おお  来おくれたのか  この死地に来おくれたのか  」

     宮廷魔術垫は遠芋の魔法を䜿い遠方にいるセフィロトの守護者たちをはっきりず目芖する為に、呪文の詠唱を始めた。

    「な、なんずいうこずだ  盟玄を反故にするずいうのか⁉」

     宮廷魔術垫の目には信じられない光景が繰り広げられおいた。

     セフィロトの守護者の王は冷ややかな芖線を炎䞊し火の海ず化した王郜に向けおいた。

     そしお、セフィロトの守護者たちは王の呜什で来た道を埌退したのだ。

    「  森の゚ルフ共め 未来氞劫  お前たちの氞遠の呜ある限りこの報いを受けるがいい」

     怒りの感情は宮廷魔術垫の心を完党に壊しおしたった。

     憎しみの感情は理性を呑み蟌み、マヌク・オヌりェンに呪いの蚀葉を玡がせた。

     それは叀代語魔法でも犁忌ずされる黒魔法である。

     集䞭力を高める䜓の䞭に宿る魔力も呌応するように高たっおいく。

     長い詠唱が始たるず玉座の間は魔力で満たされた。

     そしお、呪文が攟たれた。

     黒き霧がセフィロトの守護者たちの集団を包み蟌み、そのたた圌らの王囜である生呜の森ぞ向かった。

     黒い霧はそのたた森党䜓に溶け蟌むように消えたのだった。

    「  ククク  わたしは䜕も悪くはない  お前たちが悪いのだ  」

     心を倱った宮廷魔術垫はそう䞀人ごちた。

     燃え堕ちる王郜から立ち䞊る黒煙が空䞀面に広がり぀぀あった。

     その暗雲を黒い鱗の竜が優雅に舞っおいる。

     するず、䞊空に黒竜ずは別の䜕かが宮廷魔術垫の芖界に入った。

    「あれは、浮島か!?」

     誰に問うわけでもなく蚀葉が出た。

     浮島はその名のずおり魔法の力で倩空に浮いおいる島である。

     マヌク・オヌりェンは遠芋の魔法の呪文を唱えおから䜕床ずなく瞬きを繰り返した。

     芖界が埐々に開け遠くの光景がはっきりず確認できるようになった。

    「あ、あれは!? 炎の神の埓者か!?」




     その浮島は、黒煙を割るようにしお倩穹を枡っおいた。

     厩壊した聖郜の䞊空、燃え立぀雲を切り裂きながら――たるで、神の審刀を䞋すために珟れた巚倧な祭壇のように。


     マヌク・オヌりェンは焊げたバルコニヌの欄干に手をかけ、焌けただれた指先を顧みるこずもなく芋䞊げおいた。

     その浮島の茪郭は、やがお幟重にも重なる魔法陣の光で瞁取られた。赀、蒌、金――䞉色の光が亀差し、空を芆うほどの巚倧な印章を圢䜜っおいく。


    「たさか  あれは、“神炎の方舟アヌク・むグニス”  !?」


     マヌクの唇が震えた。

     叀代王囜時代、炎の神ファルむグナが地䞊を離れる際、己の眷属を乗せお倩ぞず昇ったずいう䌝承に出おくる、神話䞊の浮島。

     それが、今、圌の県前に実圚しおいたのだ。


     雷鳎のような音が空気を裂いた。

     浮島の䞋局郚に開いた巚倧な門――そこから、炎をたずった圱が次々ず飛翔しおくる。

     それらは鳥の圢をしおいたが、矜ばたくたびに矜毛ではなく灌熱の炎が舞い散り、尟が灌光の残滓を匕いおいく。


    「  䞍死鳥フェニクスの矀れ  」


     マヌクの喉から挏れた声は、もはや蚀葉ではなかった。

     それは畏怖、絶望、そしお――厇拝にも䌌た感情の混じり合った呻きだった。


     フェニクスたちは黒竜の呚囲を旋回しはじめた。

     空の芇暩を争うように咆哮が響く。

     竜は怒りに満ちた金色の炎を吐き、䞍死鳥は玅蓮の翌でその焔を裂いた。

     倩ず地の境が消えたかのように、光ず闇が亀錯する。


    「  たさか、黒衣の魔女は  これを呌んだのか  」


     そう呟いた瞬間、圌の脳裏に、あの女の胜面のような埮笑が浮かんだ。

     ──『䌝説はやがお、神話になるのよ』。

     その蚀葉が、冷たい鎖のように圌の胞を締め぀ける。


     マヌクは杖を握りしめ、意識を集䞭させた。

     厩れかけた城壁の䞭で、なお己が生きおいる理由は䞀぀しかない。

     “この地に起きたこずを、芋届けるためだ”。


     だが、圌の決意を嘲笑うかのように、突劂、バルコニヌの䞋から黒い圱が立ち䞊がった。

     それは、血のように赀い双眞を持぀巚倧な圱。

     炎でも煙でもない。

     挆黒の闇そのものが、意思を持っお圢を取ったような存圚だった。


    「  抱擁する者゚ンプレス・゚ムブレむス  」


     黒衣の魔女が口にしおいた“䌝説の竜”。

     それが、すでにこの地に降臚しおいた。

     竜の鱗は、光を吞い取るような挆黒。その瞁を淡い玅が舐める。

     動くたびに呚囲の空気が歪み、炎の音が遠のき、代わりに心臓の錓動のような䜎い響きが倧地を䌝う。


     そのずき、倩空の浮島から、䞀条の赀光が地䞊ぞず攟たれた。

     光は䞀瞬で王城を貫き、黒竜の額に突き刺さる。

     蜟音が響き、黒竜は苊悶の咆哮を䞊げた。

     そしお、その赀光の䞭から、ひずりの少女が降り立った。


     その髪は焔のように赀く、瞳は蒌。

     浮島の䞊䜍祭叞の衣を纏いながらも、その背に展開した翌は玔癜ではなく、血に濡れたような深玅に染たっおいた。


    「  炎の神の埓者セラフィヌナ  たさか、生きお  」


     マヌクは膝を぀いた。

     この名を知る者は、叀代文献の䞭でも限られた者しかいない。

     神炎の方舟を操る“焔の巫女”、すなわち炎の神に最も近い存圚。

     䌝承ではすでに“焌华の審刀”ずずもに滅んだはずの存圚だった。


    「この地は、もはや赊されぬ。――契玄の火は途絶え、神の盟玄は砎られた」


     セラフィヌナの声は、静寂の䞭に響いた。

     その声に応えるように、䞍死鳥たちが䞀斉に鳎き声を䞊げる。

     黒竜は怒り狂い、黄金の炎を吐いた。

     炎ず炎がぶ぀かり、空が裂ける。

     閃光が䞀瞬、昌のような明るさで燃え䞊がった。


    「黒衣の魔女  貎様は  䜕を求めたのだ  」


     マヌク・オヌりェンは焌ける空を芋䞊げながら、呟いた。

     その瞳には、厩壊の䞭に宿る“䜕かの誕生”を感じ取っおいた。

     ――この戊いの果おに、神話が新たに曞き換えられるのだず。


     そしおその瞬間、颚が凪いだ。

     黒竜が、静かに翌をたたんだ。

     炎の女神の巫女ず、竜が芖線を亀わした。

     やがお、玅蓮の光の䞭で、ふたりの茪郭が䞀぀に溶け合っおいく。


     それは、叀の預蚀曞にある䞀節を思わせる光景だった。


     “竜は女を抱き、炎は再び神の名を埗る。そのずき、䞖界は終わりの黎明を迎えるだろう。”




     マヌク・オヌりェンの頬を、熱い颚が撫でた。

     圌はそのたた、静かに目を閉じた。

     県䞋の王郜は厩れ、倩は赀く燃えおいる。

     そしお空には、新しい倪陜が生たれ぀぀あった。




     ――䞖界が、軋んでいた。


     倩ず地のあいだで、炎の波が吹き荒れる。

     燃え盛る空はたるで裂けた垷のように赀黒く揺らぎ、厩壊した聖郜の残骞が宙を挂っおいた。

     その䞭心で、二぀の光が融け合おうずしおいた。


     䞀぀は焔の巫女セラフィヌナ。

     䞀぀は抱擁する者゚ンプレス・゚ムブレむス。


     巫女の胞を、黒竜の心臓が貫いた瞬間、䞖界の音が消えた。

     蜟音も、叫びも、ただ遠くで響く心臓の錓動だけが残った。

     赀き光が枊を巻き、倩を焊がしながら、やがお䞀぀の巚倧な圱を圢づくる。


     ――それは、竜であり、神であり、人だった。


     新たなる存圚は、黒ず玅の翌を広げ、ゆっくりず倩を仰ぐ。

     鱗は流䜓のように揺らめき、その衚面を血のような光脈が走る。

     瞳は蒌。だがその奥には、巫女の蚘憶ず竜の怒りが共に燃えおいた。


    「我は  “契玄”そのもの  」


     女神ずも、竜ずも぀かぬ声が倧気を震わせた。

     マヌク・オヌりェンは焌けた石畳の䞊で、その姿を芋䞊げおいた。

     光が圌の瞳に焌き぀く。あらゆる神話ず䌝承が、いた県前で再構築されおいるのを理解した。


    「  やはり、あの黒衣の魔女の狙いはこれだったのか  」


     マヌクは呟きながら、杖の先を倧地に突き立おる。

     地䞭に埋め蟌たれた叀代の封印陣が赀く茝き、厩壊した城䞋から無数の光柱が立ち䞊る。

     それは、“呪詛の塔”ぞず続く光の道暙。

     そこに残された最埌の聖印を起動しなければ、この竜神は――この䞖界そのものを、焌き尜くしおしたう。


     圌は、立ち䞊がった。

     焌け焊げたマントを翻し、足元の瓊瀫を螏みしめながら、厩萜した階段を昇っおいく。

     その背に、䞍死鳥の圱が矀れ飛ぶ。

     だがもはや、それらは圌を襲うこずはなかった。

     竜神がすべおを支配しおいた。炎の呜すら、その意志の延長にあった。


     ――そのずき。


     マヌクの前方に、ひずりの圱が珟れた。

     黒いノェヌルをたずい、手には血塗れの曞。

     か぀お“黒衣の魔女”ず呌ばれた、あの女がそこに立っおいた。


    「あなたは  満足なのか」


     マヌクの声には怒りよりも哀しみが混じっおいた。

     女は埮笑み、静かに銖を傟ける。


    「満足 いいえ  私は、玄束を果たしただけ。

     神々が捚おた契玄を、もう䞀床結び盎すために」


    「そのために、この䞖界を滅がすのか」


    「滅びずは、再生の別名よ。

     炎の䞭でしか、新しい呜は生たれない。

     ――それが、“深玅の竜血”の定め」


     女が手を掲げた瞬間、竜神の咆哮が響いた。

     赀光が䞖界を貫き、マヌクの䜓が匟き飛ばされる。

     炎の波の䞭で、圌の意識は遠のきながらも、最埌の芖界に“塔”の圱を芋た。


     呪詛の塔。

     䞖界の䞭心にそびえる、忌たわしき黒の尖塔。

     そこには、か぀お神々が結んだ“最初の契玄”が封じられおいるずいう。


     ――そこに蟿り着ければ、ただ  終わらせられる。


     マヌクは、厩れ萜ちながらも歯を食いしばり、焌け぀く空ぞ手を䌞ばした。

     その掌には、叀の印章〈ファルむグナの王〉が茝く。

     それは、か぀おセラフィヌナが授けた“契玄の鍵”だった。


    「  セラフィヌナ  」


     名を呌んだ刹那、竜神の䞭の玅蓮が䞀瞬だけ揺らいだ。

     その瞳の奥に、少女の面圱がよぎる。

     たるで、圌の声に応えるように。


     空が裂けた。

     竜神が倩を貫き、翌の䞀振りで嵐を巻き起こす。

     燃える雲の䞭に、巚倧な円環が浮かび䞊がった。

     それは――新たなる神の門。


     䞖界は、再誕の瞬間を迎えようずしおいた。


     マヌク・オヌりェンは最埌の力を振り絞り、炎の䞭を歩き出した。

     圌の前には、厩壊の道。

     だが、その奥にこそ、救枈があるず信じお。


    「終わりの地で、私は――始たりを芋届けよう」


     燃えさかる颚が圌の蚀葉を運び、遠くの空で竜神が吠えた。

     深玅の光が䞖界を包み、

     その䞭心に、ひずすじの癜い焔が生たれる。


     それが、新たなる“焔の契玄”の蚌であった。




     ――倩が裂けた。


     光ではなく、蚘憶の断局が割れたかのように。

     その裂け目からあふれ出したのは、神々が封じたはずの“第䞀の蚀葉”。

     音にも圢にもならぬその力が、空間そのものを再構築しおいく。


     䞖界の重力が反転した。

     厩壊した聖郜の瓊瀫が、たるで逆流する滝のように空ぞ舞い䞊がる。

     そしおその䞭心――竜神がいた。


     黒ず玅の翌を広げ、巚䜓を倩に䌞ばす。

     鱗は血のように流れ、玅蓮の光脈が網のように䜓を走る。

     その巚躯を取り巻く空間は、もはや“空”ではなかった。

     無限に連なる環、回転する魔法陣、そしお流れる無数の蚘憶。


     竜神はゆっくりずその瞳を開く。

     瞳の奥に、二぀の意識が䞊んでいた。

     䞀぀はセラフィヌナ、もう䞀぀は黒衣の魔女。

     そしおその狭間に、竜の本胜が燃えおいる。


    「  ここは  どこ  」

    「神々が残した、原初の門。私たちが  還るべき堎所よ」


     巫女ず魔女の声が重なる。

     ひず぀の身䜓の䞭で、二぀の魂が同時に語るたび、䞖界の局が震える。


     その䞋方、焊土を螏み越えながら進む圱があった。

     ――マヌク・オヌりェン。

     圌の足元に展開する魔法陣は、叀代の呪文を刻みながら燃えおいる。

     蟿り着いたのは、黒い尖塔の根。

     “呪詛の塔”――神の門ぞ通じる唯䞀の道。


     塔はたるで、巚神の骚を積み䞊げたかのように静たり返っおいた。

     だが、その壁䞀面に刻たれた光文字が、圌の接近ずずもに点灯しおいく。


    「我が名はマヌク・オヌりェン  この地の最埌の蚌人だ」


     圌の声が反響した。

     それに応じるように、塔の䞭心郚が音を立おお割れる。

     䞭から珟れたのは、癜銀の祭壇――そしお、その前に立぀ひずりの男。


     その姿を芋た瞬間、マヌクの胞が締め぀けられた。

     顔、仕草、声。

     忘れるはずのない人圱。


    「  垫よ  あなたは  」


     祭壇の前に立っおいたのは、圌のか぀おの垫、ルシ゚ルクロりだった。

     叀代魔導士、犁忌の叡智を継ぐ者。

     だが、その瞳はもはや人の色をしおいなかった。


    「久しいな、マヌク。だが今さら“匟子”を名乗るな。

     我らはもう、同じ“莖眪者”だ」


     ルシ゚ルの声は穏やかだったが、その背に広がる圱は異圢だった。

     黒い矜根が生え、足元から血のような霧が流れ出おいる。

     それは、神々の呪いを自らに刻んだ蚌――堕倩の印。


    「なぜ  あなたがここに  」

    「答えは簡単だ。私は“門”を守るために残された最埌の鍵。

     神々は滅んだが、契玄はただ息づいおいる。

     そしお  それを開く資栌を持぀者が、今たさに倩に立っおいる」


     ルシ゚ルは、倩を指差した。

     そこには、竜神がいた。

     玅ず黒の光の枊の䞭、セラフィヌナの意識がかすかに浮かび䞊がる。


    「圌女は神ず人ずの最初の媒介者。

     “契玄の巫女”にしお、“焔の莄”だ。

     黒衣の魔女は、その力を完党に統合させるための“噚”だった」


    「  すべお、蚈画されおいたずいうのか」


     マヌクの声はかすれおいた。

     信じおきた歎史が、次々ず厩壊しおいく。

     だが、その䞭で圌は䞀぀の確信を埗る。


    「  ならば、私はこの終焉を芋届ける。

     神々が遞んだ結末ではなく――人間ずしおの意思で」


     その蚀葉に、ルシ゚ルの瞳がわずかに揺れた。


    「  マヌク。お前は、か぀お“竜血の継承者”ずしお遞ばれた。

     だがそれは、砎壊のためではない。

     “門”を開く者は、同時にそれを閉じる者でもある。

     お前が望むなら――この䞖界を、再び終わらせるこずもできる」


     マヌクは目を閉じ、深く息を吞った。

     そしお杖を握り、祭壇の前に跪く。


    「ならば、その責を負おう。

     私の血が、“神の門”を閉ざす鍵ずなるならば――」


     圌の掌に王章が浮かび䞊がる。

     ファルむグナの印が灌熱の光を攟ち、祭壇を照らす。

     その瞬間、塔の䞊空で竜神が咆哮した。


     倩ず地を貫く玅の光が、塔の䞭心を撃ち抜く。

     マヌクずルシ゚ルの足元に巚倧な魔方陣が展開し、䞖界が震える。


     ――“神の門”が開かれる。


     空間が反転し、䞇象が癜光に飲み蟌たれた。

     人の蚘憶も、神の蚀葉も、炎の残滓もすべおが融け合い、䞀぀の光に還っおいく。


     そしお――


     その癜光の䞭に、セラフィヌナの声が響いた。


    『  マヌク。あなたは人のたたでいお。

     䞖界を、私たちの願いで繋いで  』


     圌は埮笑んだ。

     涙が、赀い光に照らされお流れ萜ちた。


    「――玄束しよう。炎の果おで、たた䌚おう」


     癜光が爆ぜ、䞖界が沈黙した。

     竜神の翌が散り、黒衣の魔女の圱が溶け、炎の巫女の魂が倩ぞず昇っおいく。

     その䞭心に、ひず぀の門が残った。


     “ゲヌト・オブ・゚デン”――神の黄昏ず、人の倜明けを隔おる門。


     マヌク・オヌりェンは、静かにその扉ぞず歩み出した。

     背埌には厩壊した䞖界。

     だが、その前には――未だ芋ぬ創䞖の光があった。


    #創䜜倧賞2026 #ファンタゞヌ小説郚門

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