
ココロの声の聴き方について
「ココロの声を聴くこと」について、最近思ったことを以下に残したい。
1.「ココロの声」って案外、他の人も言っていた!体験
先日(2026/4/22)、たまたまご縁をいただいて、母校の大学で非公式に開催された大学生向けキャリアイベントに参加した。
集まったのは、母校の卒業生が通常進む道とは少し異なった、一風変わったキャリアを歩んでいるOBOGが5人、その話を聴きに来てくれた現役大学生(3年生と2年生が中心)が20人ほど。
自分自身が多少いびつな人生だとは思っていたけれど、他にもよくもこんなに集めたなというほど、キャリアプレゼンターたるOBOGの人生は紆余曲折だった。
プレゼンターからの発表後、社会人一人に対して、4,5人囲っての座談会形式での対話を相手をかえて2回行われ、そのあとは場所をかえて近所の飲食店(あのスタ丼のお店の国立西店)で語り合った。
僕自身、「若い方々が何を考え、どう生きようとしているのか」にすごく興味があったものだから、この機会は非常に有難いものであった。(お声掛けいただいた大将、ありがとうございます!)
また、興味深かったのは、プレゼンターの方々から本質的には同じような類のメッセージがいくつも含まれていたこと。
今回はその中でも、僕自身がここ1,2年ほど感じることの多かった「ココロの声」について、取り上げたい。プレゼンターの方々も「心の声に従うこと」「内なる声を大切に」といったことを口にしており、普段そのようなことをいう人にあまり出会わないものだから、案外他の人も似たようなこと言ってるんだなぁ、と思った。
今となっては僕自身も、彼らが言わんとしていることを理解できる気がしているが、それはあくまでも僕自身が彼らと(程度の差はあれ)似たような体験をする機会に恵まれたからこそ理解できるのだとも思う。
「ココロの声を聴く」ということを、だれにも教わらずに自然にやっている人もいれば、僕のように最初は「なにそれ?意味わからん」というところから、理解できるようになる人もいるかもしれない。
曲がりなりにも「その意味が分からなかった自分」と、「分かるようになった自分」、そして「できるようになった自分」を知っている立場として、それを知ろうとする人に対して、「わからない→わかる→できる」を伝えられたらと思う。
2.ココロの声って?
これって、カタチあるものではないので、正直説明が難しい。
ありていに言えば、「自分の本当の気持ち」や「本音」になるのだけれど、これを本当の意味で自覚することは人によっては簡単なことではない。
おそらくこれは大人になればなるほどそうで、「自分の本当の気持ち」を脇に置いて現実と向き合わなければなかったり、上意下達の組織の中で否が応でも本音を押し殺す必要があったりする(そしてこのことは「仕事だから」と自他から正当化されやすい)ことで、いつしか「自分の本当の気持ち」がどこにあるのかわからなくなってしまうのではないのだろうか。
事実、僕自身も高校時代の後半以降、自分のココロの声を聴くことを忘れていた時期が随分と長い間(20年以上)あった。(なので、「ココロの声。何それ。」と今思う人がいたとしたら、その人の気持ちも僕はよくわかる気がする)
3.ココロの声を聴く方法
それでは、もしも「ココロの声なるものが自分にもあるなら、それを聴いてみたい」という人がいたら、どうしたらよいのだろう。
この点について、いくつか参考になると思われるものを紹介したい。
①「自分自身との対話」を試みる
ココロの声は、自分の中にあるものだから、最初から最後までここに尽きるのだと思う。
ただ、「自分自身との対話」と言われても、抽象的過ぎて何から始めたらよいかはわからないだろう。
そんな時におススメの本が、『バレットジャーナル』という本。
この本は、ADHDだった著者が頭の整理ができなくて困りはてていた人生を克服する中で生まれだノート術について紹介した本である。一見するとよくある類の自己啓発本かと思われがちだが、僕はこの本にココロの声の聴き方の大きなヒントがあると確信している。
この本は全体を通して理解し体験することに意味があるので、ここで無闇に切り取って紹介することは極力避けたいが、たとえば以下の引用にココロの声の聴き方の一端が垣間見れると思われる。
僕たちは十分に気をつけていないと、つい自動操縦で暮らしてしまい、真の意味で世界を経験できないということだ。 だが、振り返りの時間をもてば、自動操縦のスイッチを切り、自分の経験についてじっくりと考えられる。そのためには、自問を繰り返さなければならないし、物事を額面どおりに受けとってはならない。もっと慎重に、自分自身と世界について思索しなければならないのだ。
人によっては、内容が少し難しく感じるかもしれないけれど、ここでいう「自動操縦」がココロの声をかき消して生活しているモードで、それに対して、この本でいうところの「振り返りの時間(その具体的な内容は本の中に書いてある)」をもつことで、自分自身との対話(自分自身と世界について思索)が出来るようになると思われる。
②「ココロの声」といったコトバを使う人と話をしてみる
よく「いろいろな人に会うことは大切だ!」と言われるが、こと「ココロの声の聴き方」を学ぶ上では、このアドバイスは半分正解だが、半分間違えていると言わざるを得ない。
というのも、ココロの声を聴くことのできる人は、もしかしたら少数派かもしれないからだ。
公に出てくる「人の前に立つ人」の中で注目を浴びやすいのは、いわゆる「社会的成功者」である。だけどその中には地位や名誉、収入といったものにこだわり続けた人である場合もあり(これはこれでよいと思うが)、「ココロの声の聴き方」という観点では参考になるかどうかはわからない。
そもそも、ココロの声は自分自身の内なる想いであることから、ほとんどの場合、地位や名誉、収入といった社会的に与えられる価値観とは無関係なことが多いのに、そいう観点で選ばれた人が登壇する場(これを否定するものではない)には、同じような社会的価値観を重視した人が集まることが多いから、ココロの声の聴き方を学ぼうとする上ではノイズとなりやすい。
一方で注意すべきは次のような言葉を口にする人たちだ。
僕の経験上面白いほどに、ココロの声を聴くタイプの人は、
・ココロの声
・内なる声
・内省(あるいは自省)
・自分との対話
などといった、言葉を使う人が多い。
そういうわけで、だれかと話すときは注意深く耳を傾け、こういった言葉を使う人かどうかを聞き分けると良いかもしれない。
わかりやすい社会的成功者ではなくとも、それは社内の一見するとパッとしない「あの人」なのかもしれない。新卒でたまたま気が合い最初仲良くしていただけの「あの彼」が、20年後久々に再会したときにそうであったと気づくこともあるかもしれない。
③それらを継続する
3点目。それは①②を継続すること。というのも「ココロの声」は、わからない人(かつての自分を含む)にとってはわからないもので、(割とすぐに)それを聴こうとすることをあきらめたくなる。継続することで徐々にその意味するところが理解されてくるものだと思う。
これはある種のスキルであり、それを身に付けるためには、確からしそうな方法に基づいて、一定期間取り組む必要がある。確からしそうな方法はいくつかあるかもしれないが、僕の経験上今勧められるのは①と②で紹介したことだ。
何を隠そう、僕自身も「バレット・ジャーナル」を実践しようとして1年半後に「あぁ。この本に書いてあったことはそういうことか」と思う部分もあるくらいだ。忙しくて、ゆとりがなくて、スカスカなノートの期間もあったけれど、続けていると見えてくるものがある(正しい方法にもとづいていれば)。
ココロの声に耳を傾け、本当の自分との出会いを。