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新高校1年生、学校サボって海へ行く。

    月曜日。正午の鐘で目を覚ます。憂鬱な昨日の出来事を思い出す。海に行こう。そう思った。詰め込むだけの飯を食らい電車に乗り込んだ。昼過ぎの電車は人が少なく穏やかな空気が流れている。同じ人を運ぶ箱なのに朝とは大違いだ。優先席で大口開けながら寝ている老人が2人。隣駅に着き片方が足でつつき起こす。言語は理解できなかったが怒り、罵り合い、互いに呆れて、最後は笑って電車を降りていった。私の心に一本、春の小川が流れる。

    私は電車を乗り換え南下していった。日は落ち始め片側だけオレンジに染まった家々が右から左へと流れる。向かいの席の端に高校生グループが目にとまった。耳そば立てているとクラスメイトのあいつがどうだの先生があれだの学生らしい会話を展開していた。昼らしい会話だ。私の前につり革に掴まらず揺れに耐えている女子高生が一人いた。カバンはキーホルダーや髪留めで装飾が施され、いかにも陽な雰囲気を纏っている。が、グループの輪には入ろうとしない。ただ揺れに耐えているその後ろ姿に、鋸片手にこれから悪夢に立ち向かう狩人のイメージが脳内に沸いた。春の川の流れに抗う魚が一匹増えた。電車は南下を続け人は減る。トンネルの合間から夕暮れに染まり銅のように輝く海が見える。東京湾を挟み黒く染まる街並みと富士山のシルエットがだんだん顕になる。突如一斉に車内のスマートフォンが鳴った。青森で大きい地震が起きたらしい。北海道から福島にかけて津波警報が発令されていた。

    このまま帰れなくなればいいのに。そんな私の願いとは裏腹に電車は南下してゆく。電車の心地よい揺れと美しい西日の中、私の靄は晴れない。田園を突き進む中、突如警笛が鳴り響き急停止した。10秒経たないうちに電車は動き出し、私は好奇心に負け車窓の外に目をやった。そこには線路脇で自転車を抱えた少年2人。なんと眩しいのだろう。小川の横に花畑が広がる。

    それから1時間ほど経ち、電車は東、そして北へと進路を移す。街は深い青に染まり景色は望めない。車内に入り込んだ虫と格闘しているうちに目的地である駅に着いた。ドア横のボタンをカチリと押し真っ暗なホームへ足を私だけ踏み入れた。海風が私の髪を揺らし少し寒さを覚える。猫を横目に小さな商店街を抜け海岸へと出た。人の灯りはなく雲の隙間から覗く星々と大きく欠けた月の明かりを頼りに砂浜へ降り立った。先程の地震の影響だろうか。鳥居は海に浮かび広く砂浜を凝固させていた。大きな波の音だけの中私は座り込みずっと続く暗闇を見つめていた。海は何も応えてはくれない。私は中学生の同級生に電話をかけることにした。

    「最近どうよ。高校生活楽しんでるかい?」

    「いや…ほんとキツイわ…陽キャの集まりっていうかノリがキツイっていうか…どれだけ中学校が平和だったか身に染みるよ…」

    「そっちも大変そうだな…おいらは生活リズムトチ狂って夜型人間の道突き進むことにしたわ。だから今日学校サボって海来ちまったぜ。いいぞ〜海は。」

    「ハハッ。やるじゃん。明日からどうすんの?」

    「う〜ん…気が向いたら行きますかね。そっちもあんま無理すんなよ。ヤバくなったら夜ふかししな。」

    「夜ふかししたら死んじゃうな…まぁそろそろ飯食ってくるわ。お互い頑張ろうぜ」


    私は共感を、理解を求めていたのだろうか。自分がこれから歩もうとする道を肯定してもらいたかったのだろうか。共感なぞ人生には不要だと考えていた私は、自己理解と無意識下の行動の矛盾にまた頭を悩ませた。1時間ほど経っただろうか。海風が体温を奪い私の顎の気を狂わせる。駅へ歩を進める。古ぼけた案内表示の看板にどこか希望を感じた。花畑の真ん中に大樹が聳え立つ。

    二両編成の電車に乗り込み車内の温度と人がいる事に安堵を覚える。私はもう一人、小学生の頃からずっと遊んでいた友人にラインをした。

    「俺夜間学校コース現実味帯びてきたかもしれん。」

    既読はつかない。

    途中乗り込んできた2人の会話が耳に飛び込んでくる。どうやら教師と元教え子のようだった。

    「あたし最近働いて学校も行って…偉いでしょ。」

    その一言が私の心を抉った。勝手に気づき勝手に傷つく。何とも面倒くさい男なのだ。私は。

    一気に都心部まで進む電車に乗り換え出発を待った。向かいの席には演歌を大音量で流し目を閉じ聞き入っている男性がいた。

    満員電車を想起させた。

    一歩一歩現実に戻されている感覚に私は暗い昼の闇の底へ引きずり込まれていくような感覚を覚えた。私のスマホが振動する。先ほどの友人からであった。

    「やめとけ。今からでも間に合う」

    再び昼に引きずり込まれる。

    「いやー、肉体が追いつかなかったっすわ…立ちながら意識飛ぶし、涙脆くなるし頭痛いし…病院で血3本抜かれてきたぜ。」

    「かわいい女の子はどうするんだよ。そのためだったら頑張れるだろ」

    「あたしゃもう疲れたのだよ…夜間にもかわいい女の子をいるはずさ。てか居るね。間違いない。」

    「そんな無理ならおれんち来い。」

    「昼間矯正プログラムってことっすか…?」

    「そのとーり。来いよ。叩き直してやる。」

    「…ちょっと一身上の都合で…またの機会ということで…」

    「まぁいつでも来いよ。」


    その友人は私にとって憧れの存在であった。嫌なことははっきり断り、やりたい事をやり抜く。自由な生き様に憧れていた。私の自由の価値観がおかしいのだろうか。それとも彼が変わってしまったのだろうか。私は寂しさと時間の流れをひしひしと感じ、電車は動き出す。どこからか吹いてくる隙間風に身を震わせ迫りくる尿意に耐えながら駅に着いた。


    尿切れが悪すぎる老人と最大出力で排尿している若者に挟まれながら私は開放感に包まれていた。

    腹が鳴った。構内を見渡すと立ち食いそば屋が目にとまった。幼き記憶がよみがえる。父と実家に帰省したあの日のことを。ホームに漂う出汁の匂いに腹をすかし新幹線を待っていたあの日を。

    私は迷わず入店した。9時間ぶりに温かいものを食べ安心感を覚える。七味を入れ過ぎて啜るたびにむせ返ったがとても充実した食事であった。

    家の最寄り駅に帰ってきた。私の心は混沌と化していた。春の穏やかな風景の下には昼が大きく口を開け、刻一刻と迫ってくる。帰りの車内で自分は自分だ。自分の生き方で生きてやれと信じ込ませた筈だが不安は拭えない。私は心からパンク・ロックに敬意を評した。

    玄関のドアを開ける。

    母の心配した声。

    目と耳を閉じ口を噤んで孤独な人間になりたいと願った。がそれは私の望んだ生き方ではない。

    見たこともないようなマイクロフォンの握り方で、聞いたことも無いような歌い方をしたい。だから。

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