メインコンテンツへスキップ
見出し画像

エッセイ_茗荷谷、悪しき風習の最後尾で

     私の大学生活において、茗荷谷が生活の中心だった。地元関西の田舎から大学進学のため上京したのだが、できる限り親への負担をかけまいと地元の商工会議所が運営する県人寮へ入寮した。東京ドームが位置する後楽園駅の隣にあり、池袋まで2駅という好立地。家賃は、平均価格の半額よりも安く、さらには大学まで自転車で通える距離にあった。5階建ての建物には1年生から4年生まで各学年約10人ずつの合計40人が住んでおり、ひとり一部屋与えられた。トイレと洗面所、そして大浴場というにも手狭で浴場というには大きい共用浴場が備わっていた。そして1階には、キッチンと食事を取れる広い共用のフリースペース。門限はなく、友人や家族、恋人も泊めてもいいという好条件だった。ただ、男子寮という一点を除けば。

     男子寮に存在するのは、上下関係のみ。男しかいない空間を過ごした人間だけがわかる、汗くささが正義、先輩こそ正解、「イエス or はい」が常態化した世界。どこまでいっても下品で下世話で、顎でこき使われても文句を言うことも許されない世界。そこで私は、先輩の空いたグラスにビールを注ぎ、ラベルが隠れないよう細心の注意を払い続けた。月に一度行われる寮生全員での懇親会で、3・4年生の発する「依光、なんかオモロイことやれや」に背筋が凍ったまま、恐る恐る前へ出る。上京したての1年生が芸なんて持ち合わせているわけもなく、ちんちんを出した。ちんちんを出すしかなかったのだ。もちろん、ちんちんを出してやることは、ただひとつ、そう我が寮お馴染み「ちんちん自己紹介」だ。「自己紹介させていただきます!」から始まる定型文が、寮生と認められるために覚えないと行けない構文が、この5階建ての手狭な世界には存在したのだ。生年月日、フルネーム、大学名学部、一言一句噛まずに吐き出す。「あっ」も「え〜と」なども、余白も許されない。それを下半身露出のまま行うのだ。これは昭和の話ではない。令和が始まる2年前の話だ。この文化の最後尾、残党として今も、私は令和を生きている。

     そんな劣悪な空間に耐えられた理由はたったひとつ。3年生になれば、次は自分が肩で風を切れるからだ。碌でもない邪な感情だけが原動力となり耐えていた。汚い感情以外で住んでいた人間はいないのではないだろうか。次は自分が無茶振りするのだ、その一心で過ごした2年間を終えた先に待っていたのはコロナ禍だった。絶望した。ちんちんの出し損だった。そんな言葉が存在して言い訳がないのだが、口に出さないと絶望が成仏してくれないので、今は亡きオンライン飲み会でよく言ったのを覚えている。ちんちんの出し損。あまりにも言いすぎて、誰に言ったかは覚えていない。ただ、毎回ウケたので、絶望はいつのまにかいなくなり、擦るたびに減価償却が済んでいった。今や資産だ。

     このままでは、寮の風評被害も甚だしいので補足をしておく。そこから飲み会はなくなり、無茶振りもなくなり悪しき風習は跡形もなく消え去った。昔はもっとキツかったと述べる先輩のいうことは事実だっただろう。なぜなら、明確に自分が悪しき風習の最後尾であるからだ。卒寮してから4年。今も定型文が存在するかは定かではない。ただ、絶望の魔窟で過ごした経験は、私を世間に出ても恥ずかしくない程度に鍛えてくれたのだけは間違いない。今後の人生において、これ以上の損は存在しないと心から願うばかりだ。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

    あなたへのおすすめ